清水の世界


陸軍大蔵駐屯地。第40歩兵連隊を基幹部隊とする歩兵科メインの連隊が駐屯する土地である。海軍や空軍では部隊の所在地が基地と形容されるのに対して陸軍は何故駐屯地なのか。それは陸軍に限っては有事の際駐屯地を放棄して住居ごと移転することが可能だからである。


その土地に駐在する必要のない、何もかもを持ち運びいつでもどこでも戦い眠る、それが陸軍である。加えて、大仰で、形式にこだわり、勿体ぶった言葉遣いを好む組織だ。


第4中隊中隊長奥田隆弘大尉は連隊長執務室を前に浮足立っていた。こんなに緊張するのは団長対応以上のイベントが起きた時ぐらいであり、つまり彼にとって自身の連隊長であり大佐の階級にあるその人が余計な緊張感を与えてくれる存在なのだ。



「まだなのか、時間になっても中々呼ばれないぞ」



ギリ、と奥歯をかむ。奥田大尉は劣等感を日々感じることがあるのかやけに自分の感情の浮き沈みをコントロールできない。連隊長は部屋の奥にいるはずなのだが入れ、という合図が連隊長ドライバーである下士官や総務幹部からやってくることがない。


痺れを切らした大尉は今回の個人的な呼び出しによる報告についての概ね聞かれるであろう内容を整理した。連隊長とは元々良い仲ではなく、かと言って連隊長自身が連隊の幹部からどう思われているかというと実のところ芳しくない。


彼はウィザードであり生粋の職業軍人である。世界の食物連鎖の頂点に存在する人間には似て非なるものとして人ならざる能力を与えられた人間が少数であるが一定数混ざっている。


それが突然能力を持たない家計から生まれてくることもあれば法則こそないものの独自に引き継ぐ方法を各人で持っているというのか、代々受け継ぐ異能家系というものも存在しており遺伝なのか未だ詳しいところを解明されない超常現象を巻き起こす能力を扱うことができるいわば新人類が人間と共に共存している。


情報発信や共有が一般化されグローバルな社会が形成された現代では過去のような特定の人種に行われた差別だの、迫害だの表立って起きることは無くなったが根強い偏見が消えることは未だなく、その力を軍事力としても転用しようと各国の政府は躍起になってその能力を登用し訓練して取り入れている。


連隊長は自身がウィザードとして能力を認められ訓練された隊員でありながら陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業した元々軍人を志して戦ってきた隊員である。そのような異例の存在は少なく大佐という階級で能力を行使できるものなど日本には存在せず第40歩兵連隊は初のウィザード連隊長が就任した、ということになる。



「能力が認められたと勘違いした野郎が…僕がなぜいちいち定期報告なんてものを行わなきゃならないんだ」



個人的な感情を吐露した大尉は連隊の中心部に存在する総務班で窓際にて駐屯地の風景を見つめ時間が過ぎるのを待っていた。


周りの隊員は各々が担当する事務作業に従事する者もいれば現場の視察、調整に走り回っているものもいる。腕を組み差し込む日光を浴びて何か名案はないかと考えていると洗車でもしていたのか暢気そうな男性隊員が笑顔でやってくる。


彼は大佐の専属ドライバーの職務を負わされている。下士官ではあるが部隊長の出退勤時の送り迎え、各業務においての輸送、その他スケジュール管理を担当する連隊長ドライバーは一息つくかの如く、


「連隊長室へどうぞ、どうせ女といちゃついてますけど」


そう言って颯爽と喫煙所へ向けてスキップしていく。


「クソしかいねえ職場だな」


吐き捨てるように控室の一面も担う総務班から脇にある通路を伝い執務室もとい連隊長室へ大尉は歩いていく。



「それで、とりあえず本件だけではないが色々聞かせてもらおうか」


悠長にマネージメントチェアに腰掛けブラインドから僅かに差し込む光に顔が照らされる大佐の顔が正面にある。


先ほどまで女性隊員と乳繰り合っていたというのに一切の動揺を見せず咳払い1つで返す慣れた仕草。


この色男が、と奥田大尉は殺意に通り越した嫉妬、羨望が入り混じった視線を向ける。


「今回はウィザード小隊の登録者を一人稼働しました。最近こちらの円滑な任務遂行をする上に当たって邪魔をしてくる人間がいましてね、連隊長も何度かこういう輩と交えたことはあったと思いますが」


「特に師団や陸幕から追及が来るわけでもないが、なるほど、お前の動きは先行き不透明なところばかりだがおかみの怒りを買ったわけでもないみたいだな」


焦りからか冷や汗を掻いた大尉をまじまじと見つめた大佐はその数多の女を口説き落としてきたハンサムな面をまざまざと見せつけクールに笑う。


「色々と書類は上がってきてるが、ところで清水を覚えているか」


「清水…ですか」


因縁の男の顔が大尉の脳裏に浮かび上がる。


核心に迫って来ているからこそこんなことを言い出したのか真意は分からないが大佐は長々と話を始める。


「数か月前に北九州で起きたテロがあったな。ロシア側から政府を通じて何か報告があるわけでもない、しかも一個中隊が殆ど全滅して町1つがあれほどに破壊された事案だ。やけにおかしいと思わんか」


無言を決め込む大尉を置いて大佐は続けた。


「レンジャー小隊は大学病院を占拠したテロリスト達に全滅させられ、そこで清水も死んだ」


「清水軍曹がやけにお好きなようですね、大佐」


冷淡で冷めた口調で大尉は自分自身の怒りを隠すように言った。大尉は自身の戦闘服の襟元に付いた階級章を弄びながら、畏敬の念を向けられる男に対して憎悪の感情を抱いた。


「だがそこには連中の遺体が二体はあっていずれも能力を行使しただろう反応が解剖で判明した。残る一人はあの病院で殺戮を繰り返したようだが目撃証言は曖昧、どこへ存在は消えたのか、何より唯一生き残った可能性の高い清水 総一郎が飛んでしまった以上何も分からず挙句の果てにやつも死亡判定を出されてしまった。あの時の指揮官は確か君だったはずだが、どうだ。ここ最近と言えば再び連中の残党?なるものなか分からんが戦闘で部下を二人失いウィザードを運用して目立ちすぎじゃないか」


何を隠しているんだ、という遠回しな言葉に大尉は特に臆することもなく、


「文句があるなら中隊長ごと人事異動で飛ばせばいいだけです。それをしない、できないのはひとえに私の功績が認められている証拠じゃあありませんか」


僕の邪魔などさせない、と不敵に笑う。大佐はこれ以上追及したところで無駄と判断したのか机に散乱する書類に目を落とす。


「…それが不気味だ。一体どこにいるんだ、あいつは」


小声でつぶやくように言ったあとは細かい業務報告や他愛もない雑談が進みやがて大佐は大尉を開放した。いなくなった何を裏でしているのかもわからない部下の行動をどうやって足枷を付けてやるべきか判断に迷う大佐は椅子に揺られながら思いに浸った。


「地獄の業火ヘル・ファイアか。私はそう呼ばれお前は伝説の日本兵と呼ばれた。一体あそこで何を見てお前は死んだ。答えろ、清水」

険しい目つきをしてどこを睨むわけでもなく今は無き戦友の復活を願った。



部屋を出た大尉は心臓の鼓動をようやく元の回数に戻すことができた。ウィザードという資質のみで評価された憎き大佐に己の手柄を横取りされることに対しての焦燥感や怒り、全ての感情をどこへ向ける訳にもいかずこびりついた不気味な笑顔を浮かべたまま隊舎内の通路を進む。


通りがかる連隊の隊員は特にそんな彼を不思議がる様子も見せず今日も任務に勤しむ。


「ヘル・ファイアが。人殺しの功績であだ名を付けられて満足か。仙谷大佐」


奥田という男には結局のところ凄まじい劣等感やコンプレックス、人間に対する憎しみというものがあった。それは中隊の中でも有名だ。



陸軍大蔵駐屯地の近隣に県立の誠堂高校は存在する。陸軍の駐屯地があるような土地は田舎が多くここも例に倣う。


特筆するような事項と言えばよく兵隊が出歩く街にあり学生も兵隊を見慣れており隊員の親族も多く通っている。北条 紅旗は家族に軍人がいるわけではないがこのような田舎で長らく暮らしてきた高校二年生でクラスではその他凡庸な人物として過ごしている。


彼は自分自身が小柄で童顔であり弱いことを気にしており、かと言ってそれは些細な問題だがとにかく揉め事を無かったように回避しようとする生き方を実践してきた。


これからもそうなるのかは知らないがとにかく背景に溶け込むことを普段から意識して今日も目立つこともなく授業中には必死に先生の話を聞いたふりをしている。


風魔ふうま 凪なぎはそんな北条の隣の席におり二人は教室の中でも最も後方の窓際に並んでいる。窓際のほうは北条の席だ。授業など上の空、特に理解しているわけでもないが聞いたふりを熱心に続ける愚かな同級生を彼女は見つめながら退屈な日常をやり過ごす。


授業が終わって昼休みになっても北条には特に仲のいい男友達など存在しない。彼は孤独であり繊細な人物であるから話し相手すら高校入学から一年経とうともまともにはいないのだ。話す相手と言えば隣の彼女くらいだ。


セミロングの肩にかかるくらいの透明感のある黒髪をちらちらと見ながら北条は購買で買ったパンを頬張った。


「キモいよ」


「ご、ごめん」


短い言葉でも不意を突かれるとどもってしまう悪い癖を北条は自身でも嫌っている。自分が視線を向けていることがバレた以上に卑屈なことを自身でも嫌がる。自己嫌悪の塊と表現してもいいだろう。


「風魔さん、お兄さんの調子はどう?」


何か話題は無いか、一日誰とも話もせず終わるのはさすがにいくらなんでもつまらないんじゃないかと焦りを感じた北条はダメもとで何度も聞いた質問をする。一年の時の暦はいつであっただろうか、数か月前に北条は大学病院に入院する風魔の兄の見舞いに共に訪れていた。


その感覚はしばらく続いていたのだが、そこではある事件が起きた。そこで起きた事件は何故か風化、どころかまるで認識する者さえいないレベルで無かったことにされておりその時の思い出は風魔と北条は忘れてはいない。どこかの誰かが北九州でテロを起こし病院は偶然にも命を救う場所から殺戮される空間へと変貌した。


人の命を奪った連中は形容するならテロリスト、彼らを倒すため助けに来たのは陸軍で無残にもその隊員達でさえ皆殺しにされた残忍な事件だ。にも拘らず地域住民は特にそれを認識することもなく暮らしている。


どこかで情報操作されているのか結局この件に関しては騒いだところでどうにもならず二人の中でも禁句に近いような出来事になってしまった。


「別に。いつも通りね」


つまらなそうに風魔は頬杖をついていた。気がかりなのか永遠にもじもじする北条をよそに彼女は独り言を言う。


「ここにいる人たちって何が起源なんだろうね」


「…起源?」


「個人の存在に至る由縁。例えば私の名前が風っぽいから起源が風だとして、あなたは何?」


そう言って北条の丸い純真無垢な大きな目を見つめる。北条はうつむいた。


「それ以上に、なんで生きてるのかもわからないんだけどね」


風魔は再び前を向く。その時北条は気づいた。


「風魔さん、顔に絆創膏してるけど、もしかして殴られた?」


風魔の頬に付いた一枚の絆創膏を指さす。


「ねえよ」


男口調になった風魔に睨まれ北条は「ですよね」と言って再びうつむいた。ところで、起源ってなんだ?と初めて聞いた言葉を理解しようと試みる。


何を思い浮かべても自分の出生から何か特別なことはあっただろうか、と頭を悩ませるぐらいであり彼に人と変わっている点があるとすればそれは親がいないことや一人で暮らしている事、もう一つは死にかけた軍人を助けたことである。


前者に関しては特殊であるだろうがありうる話であり、後者は中々ないんじゃないかと北条は自分に起源があるとすれば人助けでは、などと想像する。ところで何故風魔は急に起源がなんだのと言い出したのか。


考えたところで答えが出るわけでもなく一日はあっという間に終わりをつげ北条は一人帰路に就く。雑踏の足取りは軽やかでこれから何をするのか他の学生は楽しそうに仲間たちと雑談を交わす。たった一人の北条はこんな青春になったらいいもんだな、と心の中で思い助けた軍人について思いを馳せた。


その陸軍の兵士は戦闘服で血まみれであり言ったのだ。



『この恩は忘れねえ、いつか必ず返す』



痛みから気絶し掛けているのか、閉じそうになった瞳を必死に開けようとした者は言っていた。


名は清水 総一郎と。


それ以外にも幾つかその軍人はぼやくように言っていて、嵌められた、だの聞いてはいけない内容を次から次へと言っていたのを覚えている。


「ただいま…」


誰もいないアパートの一室に帰りいない家族に向けて言葉を送った。北条には身内がいない。元帝国陸軍軍人である祖父に幼少期から育てられその祖父も他界し遺産のおかげでなんとか生きている。なぜ家族がいないのかは北条自身何故か全くわかっていない、生きているのかも死んでいるのかも。


飯を食い死んだように眠る。馬鹿なので特に勉強することもないがテレビを付けるという習慣はある。ニュースを見てよくわからないが足りない頭に情報を入れようとしているのだ。


「最近よく人が死ぬんだな」


近隣で起きた殺人事件や行方不明事件について連日テレビでは取り上げられ注目されている。だが不思議なことに犯人に関する目撃証言などの情報は中々集まらず事態が進展している様子もない。


「そういえば誠堂高校でも人がいなくなってるんだよな」


クラスに友達がいないせいで北条には共感しにくい部分があるが高校の生徒が失踪したりしているのだ。もし死んでいるとしたら遺体をどこかに隠す必要がありだとすれば駐屯地の近くの山にでもそれは埋まっているんじゃないのかと北条は身震いする。


「考えたら怖いな。まぁ、大丈夫か。風魔さんも一人暮らしだからなのか分かんないけど夜中出歩いてるみたいだし不安だなぁ」


北条の住むアパートは木造二階建て。彼は一階の一室に居住しておりなんと隣人は風魔なのである。二人とも訳あり人物であり偶然も重なってか固まって暮らしており二人が交友があるのもそのためだ。


「ここ最近は物騒だから一緒に登下校しようっていい加減誘ってみるか」


好意を寄せている彼女に対してできもしないアプローチの方法を妄想し独り言を北条は連発した。期待に胸を膨らませ彼は夢想する。



清水の自宅アパートの付近には小学生が集う小さな公園がある。砂場と滑り台という限られた遊具しか存在しない少子高齢化を代表するような規模の小さな公園にてベンチでうなだれ黄昏るのは彼にとってもはや日課となっている。鬼ごっこに興じる子どもたちが呼ぶ清水のあだ名はホームレスのおじさんだ。


事実彼は水道を止められ水飲み場で用を済ませることが増えていた。


仕事のたびに梶木を協力させたり採算の合わない武器や設備の運用、加えて失った武器の数々の損失のおかげか現在清水には金がない。路上生活者になった方がいいんじゃないかとさえ思えているがせっかく確保した住居も手放すのは惜しい為家賃だけは支払い続けているのが現実だ。


「おじさん!何やってんの?」


じゃんけんで負けたのか罰ゲームであいつに話しかけて来いと言われたのか少年が嫌そうな顔で両手を広げてベンチに腰掛ける清水に話しかける。


ここ何日も同じジャージを着てたむろす髭も伸び切った男を見て恐怖し慄くのが普通であるというのに臆することもなく挑んでくるあたり大物の素質がある。死んだ目をした清水は答えた。


「俺はなぁ…人間生活してるのおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


わなわなと体を震わせ瞳孔を見開いた清水は子どもたちを思いまわす。大人を舐めるんじゃねえと。

そんな彼がひとしきり追いかけた後に無人の公園で喉の渇きと飢えた食欲を満たすために立形水飲水栓と正式名称がある蛇口に吸い付いているのを見て一人の男は近づいた。


「お前何してんだ」


梶木は神羅万象すべてを見てもあり得るはずのない醜悪な塊を見て侮蔑するように言った。


「見てわからねえか」


「分かりたくないぞ」


変わり果てた戦友を引き連れて梶木は身なりを整えさせるべく組織の所有する臨時の宿泊場所へ向かった。そこは清水の潜伏する市内の住宅街からさほど距離は無く陸軍から感知されない地域に存在しており外観は普通のホテルで既存の物を買い取ったと思われる。


引きずられるように連れていかれた清水は洗髪し体を洗い髭をそり身なりを整えおまけに洗濯乾燥まで終えて勝ち誇った顔で出てくる。


おまけに食事までしてきたのか食欲も満たしてきたようだ。しばらくロビーで立ち尽くした梶木は何とも言えない顔している、どうにもスーツも心なしかよれて見えて生活の余裕のなさが垣間見える。そんなことを気にすることもなく誇らしい表情をして清水は言った。


「生まれ変わった気分だ」


「一生そのまま死んでてくれても良かった気がするよ」


恥じもせず感謝する様子も見せず清水は萎えた梶木に問う。


「で、俺を呼んだってことは何か進展があったんだろう」


「そうだな、じゃないとお前を俺のおごりでこんなとこに連れてきたりはしないからな。次使うなら自腹を切れよ」


実は有料だったという都合の悪い言葉には耳を貸さないのか清水は聞こえないふりをする。


「今夜、誠堂高校へ行け。奥田の奴ともしかしたら会えるかもしれん」


「俺の家は今電気もガスも止まってるんだがそこんところはどうなんだ。今すぐキャッシュが入る仕事になるのかこれは」


「聞いてたか、話。さっきからお前の生活の話ばかりじゃねえか」


ああ聞いてたとも、尊大な態度で腕を組んで清水は返事する。ひきつった表情で梶木は続けた。


「それとな、警察はお前に執着心を燃やしてきてる、精々気を付けろ」


「ここまで俺から奪っておいてこれ以上何を取ると?」


「お前の生活は別に関係ねえよ。公安だよ、あいつらはこの前の氷結の魔女との一戦を感知したらしく、お前に是非享受させてほしいんだとよ」


「何を?」


そこまで話すと梶木は返事をすることもなく踵を返して手を振って返す。振られてた手からは『あばよ』という意味だけでなく何枚かのお札が握らており放たれ宙をヒラヒラと舞う。

慌てて清水は拾おうと飛び回った。



北条にとって学生生活を営む上で転校生がやってくることが経験上稀だったとしても全くなかったわけではない。だが、どうだ。ある日何の前触れもなく周りは完全に認識している状態で溶け込むように存在している人間がいて気づいているのは自分ともう一人ぐらい、なんて現実が訪れたら。


「北条君、気づいた?」


「ま、まぁね」


いつにも増してご立腹で目を尖らせ風魔はお客さんを睨みつけた。そのオーラに北条はどう反応していいのか分からず視線を泳がせる。


お客さんとはクラスの真ん中ほどの席に居座る銀髪の少女でその太陽の光によって生まれる輝き、目を奪われる艶、特徴的な赤い宝石のような大きな瞳はすべての人間を虜にすると言っても過言ではない。背は高くお互いに立てば北条は見上げるレベルだ。


推定でも175近くあるだろうか。その外国人と思われる少女が何故かある日急に現れ平然とHRに参加しており、誰も違和感に気づくことは無い。


「あの女…奥田のやつがまた何かしたに違いないわ」


奥田隆弘、北条はその名前を知っている。風魔と共に彼女の兄が入院する大学病院に見舞いに通っていた時のことだ。


その男は二人の男女と現れ彼女と何か言えない話をしていた。奥田は陸軍大蔵駐屯地の連隊の中隊長で縁があって関わりを持っているらしいがとても健全な関係には見えず風魔が喜んでいる風にも見えず何とも言えない気持ちを抱えたまま北条は過ごしていた。



彼女のために何かしたいと思っても人との接し方に疎い上に不器用なため踏み込むチャンスがない。


「奥田大尉のことだよね。なんであんな子がいたことに気づかなかったんだろう」


「認識阻害でも使ってるに違いないわ、あんたそんなことにも気づかないの?」


北条に食らいついたのか風魔は過剰に反応する。早くこの時間がすぎないものかと北条は肝を冷やす。


「いや、もちろん気づくけど」


「でしょ、あの匂い、あれで何もないってのがおかしいのよ」


イライラした表情で風魔は腕を組んだ。怒ってても可愛いもんだと北条は彼女の横顔を見て心のシャッターを切りまくる。


謎の転校生のように現れた銀髪赤眼の美少女に対抗心を燃やしているのだろうか、そんな彼女も負けず劣らず絹のような美しい髪の毛で長いまつげ、二重瞼で北条にとっては黒髪美人はストライクゾーンに入る。


「…!!」


しかし人が変わったように殺意を燃やした目を見て北条は自身の軽率さに慄いた。怒りの対象が自分でないことを祈りながらちらりと突然現れた少女へ向ける。


彼女は公に浸透している理由を調べた限りエヴァ・ブレイフマンという名前がありロシア人の少女のようだ。何の事情があってか急に転校してきた設定で、その目立つ容姿のおかげで人も集まってくるのかと思いきや彼女に接しようとする人間はまずいない。


誰も触れることがなく下手をすればそこにいないものとして扱われていたとしてもおかしくはない。風魔は匂いを嗅ぎつけたと言い、それが奥田大尉の仕掛けた認識阻害の術法であるというならば間違いだろう。


確かに認識阻害が掛けられているのは異能を扱う人物であるならば感知することも可能だが、それ以上にエヴァの放つ魔力と形容するべきか、力の香りは異常でそれは現象としては人の目を引き付けるというものとして現れる。


そこに不審性を見出したのか風魔の機嫌は一日中斜めで北条とそれ以降は言葉を交わすこともなく時間は過ぎ去っていった。


そんなある日、北条は不意に風魔の放課後の動向が気になってしまった。彼女を気にかけていた事実もあるがここ数日の気性の変化を見ていた中でまるで復讐に燃える殺人鬼と化した同級生を見ていると居ても立っても居られないと思ったのか、慣れない尾行を行うことを決意した。


だがしかし、早々に対象をロストした北条は誰もいない校舎を彷徨う事態となる。あたりは部活動に励む生徒たちの心地良い喧騒がグラウンドから聞こえてきて耳を澄ませながら教室の真ん中で立ち尽くした。


エヴァの席に漂う痕跡を鼻で感じて北条は次いで不審な現象に気が付く。いつもであれば早々に帰宅しているはずがこうしてクラスに一人残っていると校舎中を漂う香りに目を疑う。


「なんなんだこれ」


「異能の香りだろう」


背後からかけられた声に北条は我に返る。


「初めまして、ではないな。北条君。この匂いに気づくとはどうやら君もただ者ではないようだ」


教室の入り口で寄りかかった男には北条は見覚えがあった。


奥田 隆弘。


大蔵駐屯地第40歩兵連隊中隊長。



「な、なんであなたが」




「ついてくるといい」



面白いものを見せてやる、と奥田大尉はニヤリと口元を歪める。

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