第11話 カイン、剣を買う
それからアネモネ達は坑道の浅い場所で毎日のように魔石を採掘し続け稼いだ額の殆どを食べ物と酒に注ぎ込むアネモネ以外はそれなりの額を貯める事が出来た。
そしてそれと同時に魔物との戦いも多くこなしたのでシェリー達の冒険者としての腕前も順調に伸びていく。
そして初めての魔石の採掘から一月程経った頃。
「あああっ!?」
アネモネ達はいつもの様に坑道の浅い場所で魔石を採掘していてあと少しでアネモネの背負う袋もある程度膨れた頃、亀の魔物、ストーンタートルを倒したカインが悲痛な叫び声を上げる。
「カインくん!?」
「ファイアボルト!」
シェリーの魔術が魔物を打ち倒す。
「今の魔物でたぶん最後!リリィはカインをお願い!」
「はい!カインさん!すぐに治癒の奇跡…………を……?」
背を向け蹲るカインの正面へと回り込んだリリィは動きを止める。
「リリィちゃん!カイン君は無事なの?」
「はい……怪我をした訳では無いみたいです。大丈夫ですか?」
リリィは安堵しつつも肩をがっくりと落とすカインを心配する。
「だ、大丈夫じゃないよ。け、剣が…………」
カインはわなわなと震えながら振り向き半分の長さになった剣をシェリーとアネモネの方へと見せつける。
折れた先は絶命したストーンタートルの甲羅に食い込んでいた。
「あちゃあ…………。ぽっきり折れちゃってるね」
「魔石の採掘を始めてから毎日相当な数の魔物と戦っていましたから流石に酷使し過ぎたみたいですね」
「はぁ………………安物だったけど結構愛着湧いてたんだ」
カインは切なそうに剣を見つめ深く溜め息を吐く。
「既に魔石はある程度採掘出来てますし今日はもう引き上げましょう。ここに居ると魔物が集まって来ます」
「お昼からはお買い物だね!」
カインの剣が折れた状態で採掘を続けるのは無理だと判断してアネモネ達は早々に引き上げる。
そして魔石ギルドにて報酬を山分けして街へと繰り出した。
「さて、カインの剣はどこで買うべきかしらね?」
このエルビスの街では武具を取り扱っている店は多い。
この街に住み店舗を構える武器屋だけでも幾つか有る上に、外から来た商人達は大通りに露店を広げている者も多く、その中に武具を取り扱っている者も多い。
「武器や店の良し悪しなんて分かりませんし悩みますね。やはりここはこの街で作り経営されている武器屋さんへと赴くのが手堅いでしょうか?」
「いやいや、こういうのは露店の方に掘り出し物が有ったりするのよ。値段だって露店の方が値切り易い筈よ」
「うーん…………」
リリィとシェリーの正反対の意見にカインは悩み唸る。
「カイン君はどう思うの?」
「いや、僕もその辺り詳しい訳じゃないし分からないよ。折れた剣だってこれしか買えなかったから選ぶ余地も無かったしね」
「ここで話し合ってても仕方ないわ。早く引き上げた分、時間には余裕有るし片っ端から回るわよ」
「そうだね。予算も多くは無いんだしとりあえずどんな物なら買えるかを知らないとね」
「良い物有ると良いね!」
話し合って居ても埒が明かないので店を巡り武器を見て回る事となった。
「あの…………その前にあのお店に寄っても良いでしょうか?」
歩みを進めようとするシェリー達をリリィがもじもじと恥ずかしそうに呼び止める。
指し示す先には蒸かした芋に甘いシロップをかけた料理を売っている屋台が有った。
「…………まあ正直この甘ったるい匂いは気になっては居たけどね」
「食べ歩きながらお店回ろうよ!」
「いいね。この街に来てから結構経つけどそういうのはして無かったよね」
朝は果物や日持ちのする食べ物を宿の部屋で簡単に済ませて朝から夕方まで坑道に潜り終わったらいつもの店で腹いっぱい食べて寝るの繰り出しの日々だったので昼間に食事を取るのはこの街に来てから始めての事だった。
更に言えば金も暇も無かったので生活に必要最小限の物を買うのを除けば店を見て回るのも始めてであった。
アネモネ達は食べ歩きながら大通りの露店を端から順に回っていく。
露店は様々な食べ物、食材、装飾品、土産物、魔具、果てには何に使うのかも分からない物まで様々な物が売ってあった。
カインの次なる武器だけで無く目に付く物、惹かれる物を食べ歩きながら見て回る。
武器を取り扱っている露店は比較的少ないが露店を回り始めてすぐにカインは一つの露店に興味を持つ。
「おっ!お兄さんは魔石を掘りにこの街に?坑道は魔物がいっぱい!頼りになる一振りをご所望では?」
カインがその店を少し離れた場所から眺めていると店主もそれに気付き声をかけてくる。
その店は武器、特に刀剣類をメインに扱う露店だった。
「何だか変わった雰囲気の武器ばかりですね?」
カインは並べられた武器を眺めながら店主へと尋ねる。
その武器はどれもこの辺りで見られる武器とは違う装飾や特異な形状をしていた。
「お目が高い!これらは全て異国から買い付けた武器でどれも優れた品質です!どの様な武器をお求めでしょうか?」
興味を持つカインに店主は露骨な営業スマイルを浮かべる。
「実は魔石の採掘中に使ってた武器が折れてしまいまして……」
カインは半分の長さになった剣を抜き、店主へと見せる。
「なんと!?これは酷い!一刻も早く新しい剣を手に入れなくては!」
店主はそれを見て露骨な反応を見せる。
「良い品を見つけたのですか?」
「何よこの店?変な武器ばっかじゃないの」
近くの店を見ていたシェリーとリリィがやって来てカインの背中ごしに店を覗く。
「おお!お仲間ですか?魔術師と竜教徒の方とお見受けしますが護身用にこちらの短剣など如何でしょう?」
「ア、アタシ達は良いわよ」
「そうですね。野営等に使っている短剣もまだ使えますし……」
店主は近づいて来たシェリー達にも節操なく売り込む。
「あの、そこの一番奥の剣を見せて貰えますか?」
「勿論!よっ…………と」
店主はカインの指差した剣を重そうに担ぎ上げカインの前へと置く。
「是非その手に取ってお確かめ下さい。勿論この往来ですので振り回すのは御遠慮願いますが」
カインは目の前に置かれた剣を手に取り構える。
「重い………けど振れない事は無いかな?」
「その剣は強度が自慢ですのでちょっとやそっとでは折れたりはしません!如何でしょう?」
その剣はカインが今まで使っていた両刃の両手剣と長さは近しいが片刃で肉厚の刀身をしていた。
「へー、この辺りじゃ珍しい剣だね。西の方の国で作られたのかな?」
何処かの露店で買ったパンを齧りながらやって来たアネモネはカインの剣を見て言う。
「アネモネはこの剣の事知っているのかい?」
「たぶんだけどここからずっと西の方に有る国で作られる武器っぽいかなぁ?凄い硬い鉱石が採れるから剣や道具もとっても丈夫に作れるんだ」
「お詳しいですね。リザードマンのお嬢さんは西の方へ行った経験がお有りで?」
店主は予想外だったらしく作り笑顔を崩し素の表情で驚いた様子を見せる。
「へへーん!私はいろんな所を旅してるからね。西の国でその鉱石を採掘する仕事をした事があるから詳しいんだあ」
アネモネは自慢気に胸を張る。
「因みにお兄さんは西の国に忌避感がある方で?西の国の品だと知ると敬遠する方も居ますので…………」
「別に有りませんね。何か事情が有るのですか?」
「いやいやお気になさらず。ははは……」
「まあ悪い物じゃない事は分かったけどどうするのよ?買うの?買わないの?」
「そもそもお金は足りるのですか?」
「た、確かに。ちなみにおいくらなんですか?」
カインに値段を聞かれ店主は目の色を変える。
「名のある職人による一品では御座いませんが質は確かな一品です。三十万ドラゴ…………が通常価格ですが特別に二十五万ドラゴ……………いえ、二十三万ドラゴでは如何でしょう?」
店主はカインの表情を伺いながら値段を下げていきどの値段まで出せるのかを探っていく。
「う……二十三万ドラゴ………かあ」
カインの所持金はおよそ二十万ドラゴ、シェリーかリリィに借りれば買えるがそう遠くない内に防具等も新調したいと考えていたカインには即決する勇気は出なかった。
「まだ全然見て回ってないんだから今決めなくても良いわよ。とりあえず他も見て回りましょうよ?」
「そ、そうだね。すいません、少し考えさせて下さい」
「なんと………それは残念です。またのご来店をお待ちしてます」
カインは安堵の溜め息を吐いて剣を店主へと返し、店主は露骨に残念そうにしながら剣を受け取る。
そしてアネモネ達は他の店へと足を伸ばすのだった。
そして日が赤くなりかけた頃、アネモネ達は露店の並ぶ大通りの片隅で立ち尽くしていた。
「うーん……」
「うーんじゃないっての」
シェリーはその手に持っている包みで未だに剣を買えずにいるカインの尻を叩く。
「シェリーそれは?」
シェリーの手に有るのは布の帯で固く綴じられた古びた分厚い本だった。
「魔術書よ。露店で売っていたから思い切って買っちゃったわ。おかげですっからかんよ」
「因みにどんな魔術が使える様になる本なの?」
「エクスプロージョンていう爆発の魔術よ。今のアタシが唯一使えるファイアボルトの魔術は一発で一体の魔物を倒す事しか出来ないからまとめて吹っ飛ばせそうなのが欲しかったのよ」
「あはは……僕達は巻き込まない様に気を付けてね」
「善処するわ。それよりさっさと決めなさいよ?」
既に露店も街の武器屋も武器を取り扱っている店はほぼ全て見て回り後はどれを買うのか決めるだけだ。
「いやでも剣を使う僕にとっては一番重要な事で…………。僕だけで無く、一緒に戦うシェリーとリリィは勿論、アネモネを守りきれるかにも関わってくるしさ?」
「お気持ちは分かりますが明日以後も魔石の採掘の為にもそろそろ買わない事には…………」
困った表情を浮かべるリリィの視線の先では多くの露店が店じまいの最中だった。
「カイン君は何かこれっていう剣は無かったの?」
「やっぱり最初に見たあの店の剣が…………。ただやっぱり値段が高いのと少し重いのが気になって」
カインの視線の先には最初に訪れた異国の剣を取り扱う露店が有り、その露店の店主も他の露店と同じ様に忙しなく店じまいをしていた。
「どうにもならないくらい重いって訳じゃ無いでしょ?使ってたら慣れるわよ。それより買うの?買わないの?」
「買おう…………かな?リリィ、申し訳無いけど少しお金を貸してくれないかな?」
カインはシェリーに促され不安ながらも購入を決めた。
「待ちなさい。何言われた額そのままの値段で買おうとしてるのよ?」
「へ?どういう事?」
疑問に思うカインを無視してシェリーは店じまいを始める異国の剣を売る露店の店主へとずかずかと歩いて行く。
「ちょっと?」
そして屈んで商品を仕舞っている店主の前で仁王立ちすると威圧的に声をかける。
「お……?おお!これはこれはこれは!昼に来て下さったお兄さんとそのお連れの方々!やはり私めの剣がお気に召しましたか!?」
覇気の無い顔で店じまいをしていた店主が顔を上げるとカインの顔を見て、そして新しい剣を未だ持っていないのを確認すると一気に表情を明るくして揉み手で立ち上がる。
「あの剣、十五万ドラゴでどうかしら?」
「ほう…………?」
カインへとにこやかに詰寄ろうとする店主の前にシェリーは不敵な笑みで立ちはだかり値段を提示した。
店主は笑みを崩さないが足を止め語気と雰囲気をシェリーに負けないくらいに強める。
「いやいやいやいやご冗談を。無銘の品とて確かな品で御座います。しかしまあ…………二十一万ドラゴまでなら頑張れますなぁ」
シェリーと露店の店主、互いに笑みを浮かべつつも威圧的な戦いが始まった。
「へえ?そちらこそ冗談が上手いわね。確か近々この街を離れるって言ってたわよね?それなら路銀は多く、荷物は軽い方が良くないかしら?十六万」
「むむ……確かに。しかしながら仕入れ値という物が有りましてな。到底その値段でお売りする事は適いませんなあ。しかしそのお気遣いに感謝してキリの良い二十万で如何でしょう?」
「あらぁ?残念ながらこっちの予算は二十万なのよ?その値段では今晩の宿と食事にありつけなくて困るわね。十七万」
「あ、あのシェリー?程々にね?」
じわじわと値段の差を詰めていくが引く様子を見せないシェリーに傍から見ているカインが戸惑いながらも口を挟む。
「お兄さんもそう言われてますしそろそろお決めになられては?今晩の宿と食事を考慮して十九万。此方としてもそろそろ店じまいをしたいのですが?」
「即決するにはもう一声欲しいわね。十八万」
「……………………致し方有りませんな。それで手を打ちましょう」
店主は溜め息と共に両手を上げて降参の意志を示す。
「して、ここまで値切っておいて買わないというのは御座いませんよね?」
店主はカインへと威圧感の有る笑みで詰め寄り確認する。
「は、はい。僕の仲間がその…………すみません」
カインは申し訳無さそうに料金を支払った。
「なんのなんの!こちらの地域では西の国の剣はあまり気に入って貰える事が少なく私めも悩ましく思っていましたので助かりました!」
金を受け取った店主はご機嫌な様子でカインへと剣を渡す。
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