第4話 魔石の街エルビス②

 魔石の採掘へと向かうシェリー達をアネモネはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

「さて、魔石掘りが出来ないのは残念だけど私も何かお仕事見つけなきゃ」

 意気揚々とアネモネも進む。

 しかし数時間後、街の片隅でうなだれるアネモネの姿が有った。

「仕事が…………仕事がぁ……」

 仕事自体は繁盛していて人の足りない飲食店の接客の仕事が早々に見つかった。

 しかし惜しい事にアネモネには単純な力仕事以外の能が無い。

 皿洗いで立て続けに皿を割り、他にもいろいろとやらかしで早々に追い出されアネモネの心は折れていた。

「あれ?アネモネさんですか?」

「へ?」

「こんな所で何しょぼくれてんのよ?」

 名を呼ばれアネモネが顔を上げるとシェリー達が居た。

 三人共に体中汚れていて酷く疲れた顔をしている。

「もしかして仕事が見つからなかったのかい?」

「いや〜その……あはは……」

 アネモネは誤魔化す様に笑う。

「そっちもなんだか大変そうな感じだね。魔石掘りはどうだったの?」

「…………あまり良い結果にはならなかったわ」

「一応幾らかは稼げたけど容易く稼げる訳じゃ無さそうだね」

「これも竜から与えられし試練です。受けて立ちましょう」

「とりあえず何か食べたいわね。アンタも来る?」

「いいの?」

 食事の誘いにアネモネの目に光が戻る。

「言っとくけど自分の分は自分で払いなさいよ。こっちには奢る余裕なんて無いんだからね

「やったー!一緒にごはんー!」

 食事の誘いにアネモネはそれまでの落ち込み様とは打って変わってぴょんぴょんと跳ねる。

 四人は手近な店へと入る。

「らっしゃい!空いてる席に座っとくれ!」

 店に入るや否や恰幅の良い女将が料理を乗せた盆を両手に出迎えた。

 食事処としては大きめな店で席数は多いがその席の大半が埋まっており、女将の他に数人の店員が忙しなく店内を動き回っていた。

 四人は空いたばかりの丸テーブルの席に座る。

「ウチは味良し、品数良し、何よりすぐに飯が出て来る街一番の店だよ!さあ!どんどん頼んどくれ!」

 席に付いてすぐ女将がメニューを持ってくる。

「ほわぁ〜!ホントにいっぱい有る!」

 アネモネは目を輝かせメニューの内容を吟味する。

「迷っちゃうなぁ〜。女将さんのおすすめってある?」

「どれもおすすめ!って言いたい所だけど今日は新鮮な魚がしこたま入ってるよ!これなんてどうだい?」

 女将はアネモネの持つメニューの中からお薦めの品を指差す。

「じゃあそれ!あとこっちも!」

「はいよ!少々時間がかかるからこれなんてどうだい!すぐに出せるよ!」

「じゃあそれも!あとこれも食べてみたいな!」

「お目が高いね!酒は飲まないのかい?」

「エールを特大ジョッキで!あとこれとこれとこれも!んー……とりあえずそれで!」

「あっはっは!最高だよ蜥蜴の嬢ちゃん!そっちのお三方は決まったかい!?」

 勧められるままどころかそれ以上に次々と注文するアネモネに女将は上機嫌になり、そのままシェリー達へと注文を促す。

「あっ…………後で!」

「はいよ!決まったら呼んでくんな!」

 女将はご機嫌なまま去っていった。

 シェリー達は景気よく注文したアネモネとは真逆で三人顔を寄せ合い、メニューで口元を隠しながらひそひそと話し合う。

「ちょっとちょっとちょっと!?何これ何この値段?めっちゃくちゃ高いじゃないのよ!」

「ここって高級店じゃない普通の大衆食堂だよね?」

「魔石で栄えてる大きな街ですし物価自体が高いのでは無いでしょうか?普通の食事でこれだと宿の方もなかなかのお値段なんじゃ…………」

「どうする?昨日から何も食べてないし何も頼まず出るのはやだよ?」

「アタシだってひもじいのはいやよ!」

「しかしこの値段だと三人分注文したら明日の食事代すら残らないかと」

「うぅ…………じゃあコレならどう?」

 シェリーはおずおずとメニューの端を指差す。

「量が有りそうな中では一番安いね」

「そうですね。これなら……」

「三人共どうしたの?」

 ひそひそと話す三人を見てアネモネが子首を傾げているとエールといくつかの料理を持って女将が戻って来た。

「はいよお待ち!」

「うっひゃあ!いただきまあす!」

 ドスンと巨大なジョッキいっぱいに注がれたエールが置かれると同時にアネモネは飛び付き喉を鳴らして一気に飲む。

「ぷはっ!くぅ〜!」

「あっはっは!良い飲みっぷりだ!そんでそっちの三人は注文は決まったかい?」

 女将はシェリー達の方へと再び注文を促す。

「え、ええ。魚のパイを一つでお願いするわ……」

 シェリーは店の喧騒に掻き消されそうなか細い声で注文する。

「なんだい少食だねぇ?はいよパイ一つ!そっちの兄ちゃんと修道女の嬢ちゃんは?」

「それだけです……」

「あの……すいませんが取皿を三つお願いします……」

 カインとリリィも同じ様にか細い声で申し訳無さそうに顔を背ける。

「あー、若い頃ってのはそういう時も有るものさ。しっかり頑張んな」

 三人の様子を見て女将は察して、いくらか優しげな声色に変わり励まして去って行った。

「どうしたの?」

 アネモネが酒を片手に不思議そうに首を傾げる。

「お金が無いのよ。ここまで来るのに殆ど路銀を使い果たしてんのよ」

 シェリーは苦々しい表情で唇を噛む。

「魔石の採掘が頼みの綱だったけれどダメだったからね」

「明日……明日こそ頑張りましょう」

 リリィとカインも落ち込み視線を落とす。

「はいよお待ちどう!」

 女将が店員一人を引き連れてやってきて注文した料理をテーブルへと並べていく。

 アネモネの前には注文した山ほどの料理が、シェリー達三人の前には一皿のパイと取皿が置かれる。

 注文された全ての料理を並べ終えると女将と店員は去っていく。

「ここに来る道中の保存食や草を煮ただけのスープよりはずっと良い物です。有り難く頂きましょう」

「少なくとも飢えて寝れないなんて事は無いさ」

「そうね。きっちり均等に分けるわよ」

「はいどうぞ」

 慎重にパイを取り分けようとするシェリーにアネモネはにっこりと微笑み自身の腕より太い油の乗った骨付き肉をシェリーへと差し出した。

「な、何のつもりよ?」

 シェリーはアネモネの意図が分からず困惑するが、目の前の香ばしい香りと肉の油のテカりを無視出来ず視線がアネモネと肉の間を忙しなく往復する。

「食べていいよ?」

「は?な、なんでアンタも」

「ほらほら遠慮せずに」

 アネモネがずいっと骨付き肉をシェリーの眼前に寄せるとシェリーの視線は肉に釘付けになる。

 ただ空腹なだけで無く嗅覚が鋭く、更に犬の獣人であるシェリーにその誘惑は文字通り垂涎ものであった。

 シェリーはわなわなと手を伸ばしかけるが僅かに残るプライドで何とか押し留まる。

「ア、アタシは何も返せないわよ?自分達の事で精一杯なんだから…………」

「いーのいーの!一緒に食べよ?」

 しかし呑気な表情で肉を差し出し続けるアネモネに、シェリーは遂に我慢の限界を迎え差し出された肉を取り勢いよく齧り付く。

「はぐっ!…………うぐっ…………ぐすっ……あむ……おいじいぃ……」

 そしてシェリーは肉を貪りながら泣きべそをかく。

「んふふ、カイン君とリリィちゃんもお腹減ってるでしょ?」

 アネモネはカインとリリィにも同様に肉を差し出す。

「えと、それじゃ遠慮なく」

 既にシェリーが既に食べているのもありカインは躊躇うことなくアネモネの注文した料理へと手を伸ばす。

「ありがとうございますアネモネさん。大いなる竜のお恵みに感謝致します」

 リリィも手を合わせ竜教徒としての祈りの言葉に口にした後に受け取った。

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