撤退、報せ、自決

科文 芥

最後

「大統領お逃げください。空軍に命令すれば、まだあなたを逃がすためだけの戦力は用意できます。ここに署名さえいただければ直ちに作戦を発動できます。お願いです...」

 あの提案、受けいれればよかったのだろうか。私はそんな事を考えながら今、コレクションとしてしまい込んできたコルトM1919に弾を詰めている。

『ドカンッ』『ダンッ』

音が響く。

 ここでも聞こえるほど、敵は近くまで来たか。私は響く音におびえ、震える手をいなしながら弾を詰める手を早める。

これから私は死ぬのだ。一国の大統領として国民に償いをするのだ。

 2099年、開戦した日。あの日から薄々負けることは感づいていた、帝国が我が共和国の領土を越境してきたときもう気づいていたのだ。外交で失敗した末の戦争だった。国民に罪は無い。ただただ、交渉から戦略まですべての面で失敗した私の責任だ。

 もしかしたら勝てるかもしれない。そう思った時もあった。例えばエバステニ攻防戦、共和国軍はあの場所で大勝利を収めた。戦車を航空レーザー兵器と特攻ドローンで鉄くずにし、逃げる歩兵を電磁波攻撃で殺した。あの光景を映像で見たときは頭に「戦勝」という文字が浮かんだ。

 しかし現実は非情だった。帝国軍は衛星兵器、レールガン、個人携帯型レーザーガン。我々の常識では理解できない兵器を使用し、物量でも圧倒してきたのだ。撤退、玉砕、登降、全滅。これを繰り返した。気づけば首都目前までいや、官公庁と宮殿の立ち並ぶ首都中央まであと一歩のところまで迫ろうとしていた。陸軍の電子科部隊がなんとか妨害電波を発生させて敵軍を錯乱させているため、足止めできているが、時間の問題だろう。

 先ほどの国民義勇隊からの報告が真実ならば、首都陥落は今日中だ。陥落すれば降伏せざるを得ないだろう。降伏後はなにが残る?裁判、占領、処刑、属国化。どれだろうか?何にせよ暗い未来だろう。

 責任をとる。もしかしたらこれは大義名分で単に罰を受けるのが嫌で、祖国がこれ以上壊れるところを見るのが嫌で死のうとしてるのかも知れない。そうも思った。だがもう死ぬんだ。そんなことを考えたって無駄だろう。指示はだした。自決のあとの新大統領も降伏文書も国民への声明も。あとは死ぬだけだ。

『タアンッ』

一発の銃声が大統領宮殿に響く。 22時39分フィール・ダラト大統領死去。

ダラト大統領死去から51分後に共和国は降伏。戦後、共和国民は帝国の人種政策により70%が虐殺され、生き延びたものも多くが強制収容所へ送られた。共和国の建築や美術、文化は徹底的に破壊された。


共和国が再び独立を果たすのは2155年である。


共和国の歴史家ガーネ氏は語る「彼は国の最後を見なかった、それが唯一の幸運でしょう。」

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撤退、報せ、自決 科文 芥 @Flip1984

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