第2話 破局したい。

彼の名は、リルトール。

ツンツンした銀の髪に、空のような透き通った青い瞳。

ぱっと見は細身だが筋肉質で、剣を持たせれば誰もが認める凄腕ギルド同盟者メンバー

つまり、魔物討伐や採集、護衛の依頼を受けて金銭を稼ぐお仕事をしている屈強な男の1人というわけだ。


……かくいう私も、魔導師としてギルドに所属しているのだけれど。


彼の性格を端的に表せば、『面倒見はいいががぶっきらぼう』

愛想のない言葉遣いに反して、行動の1つ1つに混ざりこむ紳士的な優しさ。

そのギャップに落とされる女性は数知れず、出会ったときからたくさんの人に囲まれ慕われるような不思議な人だった。


ひとりで魔術の探求に明け暮れるわたしには、あまりにも遠くて眩しい存在。

こうして恋人になってくれたことですら、夢なんじゃないかって思ってしまうくらい、わたしには過ぎた人。



そんな男に、わたしは今、自ら別れを告げている。



「なんで、急にそんなことを言い出す?」

「わたし、ずっと我慢してたの。……もう限界かなって」

「なっ……」



何のことだ、いつの話だ。

呟くように聞いてくる言葉を、私は無視して跳ね返す。

どう言ったらいいかわからないとばかりに、彼はひたすら困惑の表情をしていた。


彼は気づかないだろう。

そんな姿に、私の本心がどれだけ悲鳴をあげているか。


本当は、別れたい理由も不満も何もありはしない。

だって、『わざと』なのだから。




―――――――――――――



剣と魔法が栄える大国、ミル王国。

わたしの故郷でもあるこの国は、数年前からある深刻な悩みに苦しめられている。


魔王と呼ばれるモンスターの復活による、魔物の大繁殖。

住む場所を求めて侵攻を始めた彼らは、次々に土地を襲い、占拠し始めた。


通常、魔物というのは単に動物に魔力が宿っただけの存在だ。

ほとんどは無害で、討伐対象である理性を失い人々を攻撃するような魔物は、そう多くない。


だが数百年ぶりに封印が解かれてしまったというモンスターの存在により、危険な魔物が増えすぎてしまった。

従来の定期的な討伐では到底間に合わず、国軍を出してもまだ足りない。

ついには辺境の村が襲われ始め、今や世界中に緊張と混乱が広がっている。



それは私の故郷の村でも同様だった。




2週間前、家族に手紙で呼び戻されたわたしは、『魔導師の里』と言われる故郷へ数年ぶりに戻った。

そこで聞いたのは、『召喚の儀式』

魔物から村を守るため、禁術である儀式に手を出してしまっていた。


『「ニーウ神」の御霊は召喚できた。だが、この地に完璧な形で顕現いただくには、人の身が必要になる。

 お前はこの村で最も魔力を持つ者。……やってくれるな?』

『……そ、それはつまり』



『あら、あなたが私の依り代となるのかしら?』

『ニーウ様!!』



村の半分が更地にされて、地面には数多の魔法陣が紫色に光っている。

見たこともないような膨大な文字の上に転がり、取り憑かれたように言葉を繰り返すよく見知った人々。

わたしの知っている故郷とは程遠い景色の真ん中で、大蛇の下半身を持つ妖艶な美女がこちらを見て微笑んでいた。



『早く、早く、早く、私に身を預けて頂戴な』



巨大な手のひらの先は、鋭利な爪が覗く。

子供をあやすような口調で言葉を紡いでは、わたしをうっとりと眺めている。



 

『近くの村はもう焼けて真っ黒なんでしょ?あなたの大切な大切な故郷も同じ目にあわせたいってわけ?』

『……それは』

『カヤナ!どうか、どうか……!』



依り代は、別に命をささげるわけではない。

一時的に身体の所有権を渡し、やるべきことが終われば返される。

ただ、大きなけがを負ったり力を使いすぎれば、もちろん死ぬ。


即決することなど、わたしにはできるわけがなかった。


だって、わたしには。

大切な、大切な彼がいる。


彼を置いていくわけにはいかない。

でも、村を見捨てるわけにもいかない。



どちらの未来も守る方法。

それなら、わたしは。



『わかりました』

『おお!カヤナ……!』

『まあまあ!よく言ってくれたわ、さてさて早速……』

『でも、1週間、待ってもらえませんか。

 わたしは村の外で暮らす者。片付けなければいけないこともあるのです』

『……はあ、仕方ないわね……』



わたしに残された1週間。

どう使うかだけは、即決できた。



『チッ、早く身体を渡せばいいものを……』



彼と、別れよう。


この状況だ。

正直命が助かるとは思えない。



わたしが彼を幸せにできないのであれば、いつかの誰かに希望を託せばいい。



わがままだってわかっている。

それでも、それでも。


そう思えるくらい、わたしは彼が大好きなんだ。

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