喧嘩のあとに、献花して、それから
綾乃雪乃
第1話 喧嘩をしてみる。
「はーい、おまたせ」
「わー!」
久々の暖かな日差しに、人々がいつもより生き生きとして見えるとある日の昼下がり。
この国で2番目に栄えていると言われてるだけあって、王都に負けず劣らず色とりどりな景色が街を彩っている。
私は店の外の席から、屋台のサンドウィッチを手に入れて満足げな男の子をぼーっと眺めていた。
「こらこら、食べる前にどうするんだっけ?」
「えーっと……」
小さな頭を優しく撫でる女性は母親だろう。
顔の造詣が男の子によく似ているし、似た色合いの服を着ている。
もしかして母親の手作りだろうか。もしそうだったら、お揃いでかわいい。
わたしもやってみたいものだ。
少し考える素振りの後、男の子は気づいたように目を大きく開き、声を上げた。
「『かのくしんに、おめぐみのかんしゃを!』」
「はい!よくできました、食べていいわよ」
「やったー!」
かぷり。
なんて、音がしそう。
喧騒で聞こえないが、男の子は元気な租借音が聞こえそうなくらいもぐもぐと口を動かした。
「ねえ、まま」
「なあに?」
「『かのくしん』、って誰?」
「カノク神はね、時の神様なのよ。
私たちがこうして毎日を過ごせるのは、カノク様が時間を私たちに与えてくれるからなの」
「うーん、よくわからないや」
「ふふ、ココにはまだ難しいわね。
カノク様はいつも私たちを見守って、時に助けてくれる良い神様なのよ」
「へー」
この国――ミル王国が主神と崇める神様の話なんていつぶりに聞いただろうか。
過去の記憶を引っ張り出しながらもう一度目を向けてみれば、満足したのか無言で食べ始める男の子が見えた。
時に助けてくれる良い神様、か。
ならこの国を襲う危機の1つや2つ、颯爽と現れて解決してくれればいいのに。
そんなことを考えていると、不意に近くから声が耳に届いた。
「おい、聞いてるのか」
くるりと首だけ振り返って、テーブルの向こうに視線を向ける。
そこには、それはそれはもう、『怒っています』と言わんばかりの顔がいた。
「聞いてない」
「ったく、お前は……!」
こんなにのどかで素敵な日。
豊かな景色とはあまりに似合わない
「……念のため聞かせてもらおうか。お前、さっきなんて言った?」
わたしはゆっくりと肩肘をついて、手のひらを頬に押し当てる。
歪みそうな表情を抑えるには、丁度良い。
「『別れてほしい』って言ったの」
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