第六話

 その翌週―――。

「琴子さん、こういうのも好きでしょ」

 店主がレコードを掛けると、軽快なサックスの音色が店内を満たし始めた。


「ナットキングコールね。いいわね。マスター、一緒に踊る?」

「私には、そんな洒落たことはできないよ。琴子さん、知ってるでしょ」

 曲調が変わり、今度は静かなバラードが流れ始めた。


「これ、飲んでみて。たぶん気に入るよ」

 店主は、塩をグラスの縁にたっぷりと振りかけたオレンジ色のカクテルを琴子に出した。

「んー。ソルティドッグ?」

 琴子は口をつける。


「あ、味が違う・・・。ジンでもウォッカでもないわね。これ何?おいしい~」

「芋で作ってみたんだ」


「超おいしい」

「これこれ、そんなにぐいっとあおるような飲み物じゃないよ。もっと淑女らしく味わって」


「だって、おいしいんだもの。お代わりくださいな」

「やっぱりなあ。酒呑みは絶対、気に入ると思ったんだ」


「あら、さっきはわたし用に作ったみたいに言っておいて、酒呑み用だったのね。実験したなあ」

「ははは。ごめん、ごめん。琴子さん用のスペシャルメニューにしとくよ」

「あら、こんな素敵なものを独り占めなんてできないわ。他のお客さんにも出してあげてよ」


 *************


「良彦さん、今日は来ないね」

「たぶん、悩んじゃってんじゃないかなあ。今日は来ないわよ。もうこんな時間だし。余計なこと言っちゃったかなあ・・・」


「この間の息子さんの話?」

「うん」


「人は、何かに依存しなきゃ生きていけないよ。それがゲームだっていいんじゃないの?」

「その通りだわ。でも、程度問題ってこともあるでしょう?それに、マスターが考えているような普通の家庭用ゲームとは思えないのよ」


「大学卒業して二年だっけ。二四くらい?ほっといても自分で立ち直るんじゃないの?」

「彼は、アメリカの大学卒業するのに数年、余計にかかってるから、たぶん二十六くらいじゃないかしら。それに、マスターたちの時代とは違うのよ」


「三十歳近いんだね。アラサーか。子供じゃなくて立派な大人じゃない。もう親にできることなんてないんじゃない?」

「そうなんだけどねえ。良彦としても、いい加減、自立して欲しいらしいわよ。でも、病気が病気だけに、やり方が難しいわ」


「放置するか、それとも荒療治に出るか。ゆっくりと治療する方法はないの?」

「治療法がね、確立されていないらしいの。彼の性格上、ほっときはしないと思うわ。もう引きこもって二年は経つらしいの。このままだと悪化する一方じゃないかしら。どうしたもんか」


「琴子さんは優しいねえ」

「そんなんじゃないわよ。もしわたしだったら、髭生やして、いい年した自分の息子が子供部屋で一日中ゲームしてたら嫌だなあ。出てけって、放っぽり出すかも。鬱とか何かの病気なら分かるけど、ただ現実逃避して好き勝手に引きこもっているだけらしいんだもの。これ以上ゲームを続けると依存症だけじゃなくて、何か別の二次的な精神疾患を患ってしまうんじゃないかしら」

「様々な価値観や生き方が認められている時代だよ。どんな生き方したっていいじゃない。・・・まあ、私も概ねとしては、琴子さんの意見には賛成ではあるけどね」

「分かってるつもりよ。わたしだって、彼が本当に自分の心の深いところで決めた生き方をしているならいい、そう思うわ」



「お、琴子さんの好きなFly Me to the Moonが始まったよ」

「いいわねえ。キングのIn Other Wordsもいいわあ」

「琴子さん・・・」

 店主が真顔で琴子を見つめてきた。


「今夜の月はとっても綺麗だね」

「んー。そう?わたしには今夜の月は青くないかも。Once in a blue moon(そんなことは、めったに起こらないわ)」

 ガハハハハ。二人は大爆笑をした。


「琴子さんと飲むのは、本当に面白いなあ。良彦さんの気持ちがよく分かるよ」

「あら、面白がってくれるのは、マスターと良彦くらいのもんよ。あなたたちが変わってるのよ」

「ねえ、マスター。マスターはどうして結婚しなかったの?」

「過去形で聞くのかあ。そうだねえ。私にもいい人はいましたよ。でも、こういう仕事してるとねえ。相手はちゃんとしたお嬢さんだったし」


「マスターは、誠実だもんね。責任感があるわ。わたしは、いい男だと思うわよ。あのやさ男とは大違い」

「おや、秀樹のことは嫌いなのかい?」


「嫌いじゃないけどさあ。いい年して、若い女の子を弄んでさ」

「本当にその通りだねえ。でもさ、あいつにもいいところはあるんだよ。まず、ギターがうまい。絵を描くのもうまいんだ。見ての通り、性格も優しいだろ?」


「あら、珍しく褒めるのね」

「褒めてなんかないよ。友人としての義務感から、少しくらいはフォローしとこうと思っただけ」

 顔を見合わせて、くすっと、二人は笑った。


「あの優しさが罪なのよねえ。ああいうタイプは、人の心のひだの弱い部分に住みつくのが上手なのよ。厳しい言い方をすると、寄生虫だわ」

「また、的を得たうまいことを言うねえ。言い得て妙だ」


「彼の奥さんはどんな人だったの?」

「ピアニストだったよ。性格は・・・。よく分からない。なんだかふわふわしていて現実感がない人だったなあ。秀樹たちは、大学卒業してすぐ結婚したんだけど、五年くらいで別れちゃった。彼らのグループの奏でる曲は、見事なものだったけどねえ。若い秀樹の雑で粗いギターの音にぶつからないように、奥さんが優しいピアノの音色で寄り添ってあげてね。お似合いの二人だったんだ」


「人は、やり直しがきくよね。間違ったことをしても立ち直ることができる。でも、それは本当でもあり、嘘でもある、わたしはそう思うのよ。法も人を裁いてくれる。でもね、わたしはやっぱり思うんだ。法で物理的に罰を与えることができても、その人が自身の倫理観で自分の心に罰を与えたとしても、許されない類の罪はあるんだって。そういうことをした人は、決して変われないわ。神は全てを許したもう?そんなことがある訳ないじゃないの」

「たとえば、千夏ちゃんを輪姦(まわ)してビデオを撮ろうしたアメフト部の連中のことを言っているのかい?」


「そうね、彼らもその類の人間だわ。彼らは、ある種の宿業をもって生まれてきたの。それは、彼らがどんなに反省して、心を入れ替えたつもりになった時が来たとしても、それは表面上の変化だけで、彼らの内面は変わることはないわ。決してね。彼らは、全く同じことはしないかも知れない。ただ、別の状況の違う環境において、同様の誤ちをまた犯すわ。別に、またレイプするとかそんなことを言っているんじゃないの。今度はターゲットは男性になるかも知れない。社会人になっても、同期、先輩や後輩といった人たちに対して何かをするかも知れないわ。見かけ上は全く別のことなんだけど、本質的には同じ種類の悪さをするのよ。それが法で罰することができる類のことかどうかは別にしてね。人の罪は、許されるべきだわ、でもね、ここを超えてはいけない、それを超えたら人ではない、そういう一線は存在するのよ」

 そう言いながら、琴子は自分のジョニ赤のボトルに線と今日の日付を書き入れ、ロックを作った。


「琴子さんも、最近、飲みすぎでしょ。今日は、そこまでにしときなよ」

「大丈夫よ。今日は無理矢理に飲ませるバカもいないしね」


「あれは無理矢理なのかなあ・・・。ま、それは置いといて、相棒がいないんじゃ、琴子さんも張り合いがないか」

「あおられたって、今日はこれ以上は飲まないわ。でも、そうね。やっぱり、ちょっと寂しいね、あいつがいないと」


「こんな老いぼれが飲み相手ですまないねえ」

「そんなこと言ってないわよお。それにわたしも、老いぼれに片足つっこんでるんだから。こんな日もいいわ。マスターとサシで飲んでると、大人のお酒を飲んでる気がしてくるわ」

「おいおい、そこは、マスターもまだまだ若いよ、って返すところだよ」


 ガタっ、チリーン、チリーン


 客が入ってきた。そう思ったら、秀樹だった。

「お、噂をすればなんとやら。ちょうど、お前さんの話で盛り上がってたところだよ」

「どうせオレは女癖が悪いだの、どうしようもない女ったらしだの、死ねだの、クズだの、罵って酒の肴にしてたんだろ?」

「そこまでは言ってないわ。ま、当たらずとも遠からずだけどね、マスター」

 そう言って、琴子は店主に片目を閉じてみせた。



 秀樹は、琴子におしぼりを出すと、エプロンをかけ、生ビールをジョッキにつぎ、それを持ったまま、琴子の隣の席に腰かけた。生ビールは、琴子のために入れたのではなく、自分の分だった。すかさず、店主が声をかけた。

「おいおい、そこなんかい。てめえが座るのはこっちだろ」

 そう言うと、店主はカウンタ―裏に丸椅子を置いた。

「一杯だけだよ。琴子さん、かんぱーい」

 悪びれもせず、秀樹は、琴子に自分のジョッキを差し出した。

 琴子も仕方なく、合わせる。

「はいはい。乾杯、乾杯」

「つれねえなあ。そこがいいんだけどさ、琴子さんの場合はさ」


「今日はどこに行ってきたの?」

「名古屋のイベントに呼ばれてさ。何かのお偉方の立食会だよ。どうせ誰も聞いてねえし、わざわざ生演奏なんかさせなくっても、BGMかなんか流しとけっつうの。バイト代も、交通費差し引くと、なーんにも残んねえ。いや、ちゃんと計算したら、足出てるかも知れねえ。道は怖いし死ぬかと思ったよ。なんでみんなあんな無茶苦茶な運転をするんだ。やたらいい車に乗りやがって、その割にはさ、路駐はしまくるわ、まるで道端でウンコするみたいにマナーがくっそ悪いの。幅寄せはするわ、合図せずに蛇行運転するわ・・・。車にウインカーがついていないんじゃないか?」


「それは散々だったわねえ。日頃のバチでもあたったんじゃあないの?名古屋走りって知らなかったの?事故を起こしてくれないと、車が売れないんだから、愛知県は困るでしょう?そんなブラックジョークがあるくらいなんだから。一般常識の範囲内よ。それにね、郷に入っては郷に従え、って言うじゃない。そんなに他所のことを悪く言うもんじゃないわ。ここでマナーが良いことが、別の土地でマナーが良いことかどうかは別の話よ。新婚旅行で行ったんだけど、おフランスなんて知ってる?若いマダムが他人の車に自分の車をぶつけて移動させてから自分の駐車スペースを作るのよ。バンパーは傷つけるためにあるんですって。まあ、その通りかも知れないけど」

 琴子は、ぶーぶー言う秀樹の様子が可笑しくて、くすくす笑いながら、そう言った。


「琴子さん、共感とか同情って日本語、知ってる?よくもまあそんなにベラベラと。ま、琴子さんには、客商売はできねえな。オレだって、頭下げながら毎日、一生懸命、その日その日を生きてんだよ?ちっとは慰めて欲しかったんだけどよ」

「相手を間違えたわね。別にわたしじゃなくても他に慰めてくれる女性、たくさんいるでしょ?あなたって、典型的なダメ男くんだけど、なんだか憎めないのよねえ。かわいいのよ。母性本能をくすぐられて、女の子が寄ってくるのよね、たぶん」


「ひゃあ、まいった、まいった。今日は、本当に踏んだり蹴ったりだ」

「虐められて喜ぶ性癖もあるでしょ?」


「マゾっ気はないよお・・・いや、ちょっとはあるかな?」

「でしょう?もっと虐めてあげましょうか?言葉がいい?体がいい?」

「勘弁してよー。琴子の姉御にやられたら、おいら死んじゃうって。ガラスのハートなんだから」

「豆腐じゃないことは認めるのね。きっとそのガラスは、強化ガラスだわ」

 たまらず、秀樹は厨房内に逃げ帰っていった。


 その秀樹の背中に、琴子は笑いながら声を張り上げた。

「一回り以上も違ううら若き美女に対して、姉御はないでしょうに。プンプンだわ」


 秀樹が、暖簾の下から顔をのぞかせて、答える。

「このくらいの年になるとさ、十歳やそこらの年の差なんて、同世代と言っていいと思うよ。年齢が上がるに従って、年齢差と人間性、人間関係には、ほとんど相関がなくなるものだよ。それに、美女ではなくて、美魔女だな、琴子さんは」

「あら、わたしにどんな魔性があるって言うのよ」


 秀樹は、戻ってきて、カウンタ―越しに座った。

「うーん。男が膝まづいて、つま先に口づけをしたくなるような魔性、かな?」

「言うわねえ。わたし、そんなことされたら、その男のあご先をそのまま足で蹴り上げちゃうかもよ」


「それってめっちゃいいかも。オレ、琴子さんにだったら、やられてみたい。本気でお願いしてもいい?」

「バカ、変態、やっぱ死ね」

 いつの間にか、店主もカウンターに出て来て、彼らのやり取りを聞いて笑っていた。


「ねえ、秀樹さん。もうそろそろ、わたし帰るんだけどさあ。聞いてもいい?なんで奥さんと別れちゃったの?」

「なんじゃそりゃ。今から帰るのに、そんなディープな話を聞くんかいな」


「だって、秀樹さん、めったにいないんだもん。普段は、若い女の子がいる日じゃないと来ないんでしょう?」

「だ、誰がそんなことを・・・。今日は、琴子さんがいるじゃんさ」

「わたしは、土曜日はよくいるわよ。でも、秀樹さんはあんまりいないよ」


 秀樹は、下あごの髭に手をあてがい、首を右に傾けると宙の一点を見上げたまま、少しの間、固まっていたが、「ま、琴子さんにならいっか」と言い、話を始めた。


「こう見えて、おじちゃんも苦労したんだよ。まあでも、よくある話さ。オレ、大学出て、コンピュータの会社に就職したんだ。結構大きな会社だったよ。そしてエンジニアになった」

「え?秀樹さん、確か、英米文学か、英語科とか、そっち系の出じゃなかったけ?」


「うん、そうなんだけどさ。どこ出てようが関係なく、SEの求人が大量にあった時代なんだよ。仕事に英語も必要だしね。同期も、社会なんたら学部やら、人文系の出身がたくさんいた。今でも経済系ならSEになれるんじゃないかな?よく知らないけどね」

「かっこいい。SEだったんだね」


「そんないいもんじゃないさ。プログラマーから上がってきたコーディングソースをサーバーにアップして、ひたすらテストをするの。バグ出しみたいなもんだね。その修正をやらされることもあったけど、それは、オレにはなかなか難しかった。あとはひたすら雑用。当時―――今もそうかも知れないけど、ソフト開発の現場って残業が多くってさ、午前様や泊まり込みなのは日常茶飯事だったよ」

「秀樹さんにもスーツ着て、真面目に働いていた時代があったんだねえ」


「おじちゃんを茶化さないの。・・・確かにスーツ着て、ネクタイまで絞めてたなあ。今の時代は、割とカジュアルな服装で仕事している人がほとんどらしいけど。まあ、そんなことで、嫁さん―――、いや元嫁さんとは顔を合わせる暇もなくってね。向こうは向こうでピアノ教室の仕事やたまに入る演奏の出張仕事もしてたし。月並みだけどさ、すれ違いってやつだよ」


「でも、それでも、それなりにうまくやっていく夫婦もいるでしょう?」

「そのうち、元嫁さんが脊柱の病気になって、歩けなくなっちゃったの。手術もしたんだけど、術後の状態が芳しくなくて家に寝たきりで過ごす時間が長くなっちゃってさ。九州のお義父さんが実家に連れて帰っちゃったの」


「???なんで?・・・入院とかして、夫婦のままではいられなかったの?」

「元嫁さんはさ、そんな体の状態でありながら、オレが毎日深夜まで働いている間に、浮気してたのさ。男を家に引き入れてたんだ。家の手伝いと看病をしにきてくれたお義父さんが家を訪れてきて発覚した。逆にお義父さんに土下座されて謝られたよ。すまなかったって。万由―――あ、元嫁さんの名前ね―――をこんな娘にしたのは親のせいだから、責任もって、こちらで引き取る。君は君の貴重な人生をこの子に捧げずに、大切に生きなさいって」


 店主が口を挟んだ。

「万由ちゃんは、とんでもなく綺麗な人だったからね。音楽関係の付き合いもあって、お見舞いにきてくれる男性も多かっただろうし、ちょっとした出来心だってあっただろう。どんな聖人にだって魔が刺すようなことはあるんだし」

「あいつは、一度じゃなくて、継続的に浮気していたことを認めたんだ。まともに歩けないあんな体で普通そんなことするかよ。それにさ、相手の方から訪ねてきたとしても、受け入れたのは万由なんだ」

「奥さん、寂しかったのね。どうしようもない心の穴を少しでも埋めて欲しくて・・・」


「分かってるよ。でもやり直したって、同じことの繰り返しさ。お義父さんの判断は正しかった、オレはそう思ってる。―――でもね、一方で、オレは自分を責めたさ。なんでもっと傍にいてやれなかったんだろうとか、そんなことじゃないよ。オレが働かないと生きていけなかったんだから、仕事で家を空けるのはどうしようもなかった。オレが一番、情けなかったのは―――」

そこまで言いかけて、しばしの間、秀樹は黙り込んだ。


「若かったからさ、浮気した女房に対して、激しい憎悪も抱いたんだけど、それだけじゃなくてね、寝たきりの彼女がいなくなって、解放されたような、どこかほっとしたような気持ちも持ったの。そして、そんな自分が嫌で嫌で仕方がなくなった。オレは小さい男だよ。さっき、お義父さんは正しいって言ったけど、そうじゃなくて、オレは男として万由を許し、受け入れ、一緒にいさせて欲しいって、オレの方こそお父さんに土下座して頼むべきじゃなかったんだろうか、そんな風に思うこともある。だから、オレ、一生、結婚しないの。オレの奥さんは後にも先にもあいつだけなんだ」


 秀樹は、自分のコップを新しくした。そこに氷を入れ、スコッチを注ぎ、自分の指を液体につっこんでかき混ぜた。渋い顔をしてゆっくりと味わって飲んだ。

「な~んてね。もう、こんな話なんてするつもりなかったのに。琴子さんが、やたらまっすぐな瞳で話を聞いてくれるから、つい喋っちまったよ。オレのキャラじゃないでしょ、こんなの。もう忘れてね。つまんない話を聞かせちゃったね」


「わたしの方こそ、ごめんなさいね。人に歴史ありか。わたしも人のこと言えないわ。亡くなった旦那に対して、決して消えないたくさんの後悔があるの」

 琴子は、そう言いながら、若くは見えるが、年相応にしわが出てきているその男、茶色をベースとしながらも、かすかに金色を混ぜて髪を染めている秀樹の顔をすまなそうに見た。


 琴子は、そのまま会計を済ませて、店を出た。外は小雨が降り出していたが、彼女は小走りで最寄りの駅に向かった。そして、電車を乗り継いで、自宅まで帰った。



 この日、店のカクテルメニューには、『ビタースイートムーン』という名の新しい飲み物の名前が加き加えられた。


 しかし、良彦は、すぐにその芋ベースのソルティドッグを味合うことはできなかった。それから当分の間、彼が店を訪れることはなかったのである。

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