第26話 四天王バウ最大のピンチ!

「ひるむな、押し返せ!」


 ドノエルのげきが飛ばされる。

 精強な顔つきな魔族の男女が、押し寄せる帝国兵を物ともせずにあしらい放り投げる。

 個体の能力差だけを見るなら、圧倒的に魔族側が有利だ。


 加えて、魔族領への入口にあたる地形で守りを固めているので、専守防衛に徹していればさほど難しい戦いではなかった。

 しかし帝国兵のどこか余裕のある雰囲気に不審を感じている。

 その余裕は決して数の優位だけではないことに。


 まだ開戦したばかりということもあり、なるべく帝国兵に死者をださないようにしている魔族軍。

 それは人道的な理由ばかりではない。

 先代『魔王』によって作られてしまった悪いイメージに実体を与えないようにするため。



 人間がもともと持っている魔族のイメージ。

 血に飢えた平和を乱す蛮族。

 人々をいたずらに殺して回る恐怖の対象。



 帝国が今回魔族領に攻めてきた大義名分は「先代『魔王』が倒れても次代の魔王が魔族をひきいて再び周囲への侵略をもくろんでいる」こと。

 帝国兵に死者が出た瞬間、鬼の首を取ったようにその大義名分を連呼し始め各地に伝令でんれいが走るだろう。

 下手をすれば背後のパティスリー王国すら敵に回りうる。


 今のところ個人レベルでは圧倒的な技量差があるので両者に死者は出ていない。

 都合が良すぎる?

 いいじゃん、ドラゴンと戦っても誰一人として死傷者が出なかった世界なんだから。


 とは言っても、帝国兵は本気で魔族を殺しに来ているので魔族側も無傷という訳にはいかない。

 だがそこはショウタ以外にもう一人、頼れる医学チートを持ってこの世界にやってきたこの人。




  ちゃらららら~ららら~♪(例のBGM)


 ──これは一匹狼の医師の話である。

 大学病院の医局は弱体化し、

 命のやり取りをする医療も、ついに弱肉強食の時代に突入した。

 その危機的な医療現場の穴埋めに現れたのが、フリーランス。

 すなわち一匹狼のドクターである。

 例えばこの男。

 群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、

 専門医のライセンスと、叩き上げのスキルだけが彼の武器だ。

 外科医・代紋未知男、またの名を「医師エックス」

『自分、失敗しないので』




「やめろ! クソ忙しい時に余計なツッコミを入れさせるな!!」


 どこへともなく顔を向けてそう叫ぶ代紋医師。

 しかし今回ばかりは彼の奇行にツッコミを入れる者はいなかった。


 ここは衛生班所。

 彼はそこで運び込まれる魔族の手当てをしている。

 彼のおかげで魔族側も戦力を落とさずに済んでいる。


 もともと頑丈な魔族の肉体。

 代紋医師のおかげで重傷者がすぐに戦線復帰できるのだ。

 都合が良すぎる?

 いいじゃん、ドラゴンと戦っても誰一人として死傷者が出なかった世界|(以下略)。


 しかしその肉体の頑丈さがわざわいして、多少の怪我けがは放っておいたら直ると思っていた者が多かった。

 それよりマシな医療概念を持つ者ですら、怪我にツバ付けておけば大丈夫程度の考えしかなかったのだ。


 その衛生観念を大幅に改善する事に奔走ほんそうした代紋医師。

 といっても基本は患部を水で洗って清潔にし、包帯を巻くだけ。

 場合によっては傷口を縫合したり、パティスリー王国で最近実用化させた蒸留酒を消毒に使ったりはするが。


 ショウタの話では、ウイスキーを酒蔵が仕込んでみたらしい。

 数年後が楽しみだな、と代紋医師は話を聞いた時に思ったものだ。

 閑話休題。


 最初はそういった怪我人を運ぶ衛生班を組織した時、配属された魔族はとても不満げな顔だった。

 なんだかんだで最前線で戦うことをほまれとする種族の彼らだ。

 それも当然だった。


 しかしそれも開戦して怪我人が運び込まれるまでだ。

 通常なら怪我が治るまでその戦場に戻る事は、さすがに魔族でも不可能だった。

 だが運んだ仲間が五分か十分ほど休憩しただけで飛び出していくのを見て、すぐに自分の仕事の重要性を理解した。


 基本、好戦的だけど頭は良い奴が多いからね、魔族。

 その効果に一番ビックリしていたのは代紋医師だったりするけど。



 その時、帝国軍の後方から弓矢や投石機の石、攻城用の大弓の矢が大量に飛んできた。

 業を煮やしたザルツプレッツェル皇子が、最前線の兵士を巻き込むのも構わず放ってきたのだ。

 もちろん巻き込んで死亡した兵士は、魔王率いる魔族に無惨にも殺された事として喧伝けんでんされる。


 空を黒く埋め尽くすかのような量の矢と投石。

 だが突然、台風でも吹き荒れたかのような突風が起こると、それらのほとんどが吹き飛ばされる。


「飛び道具なんて私達の風魔法の前には効かないよ!!」


 指揮を取るドノエルの横でドヤ顔を晒すカロンと風の精霊たち。

 しかし、その顔をするだけあって効果は本物。

 飛んできた飛び道具は全て彼女達に散らされていた。

 都合が良すぎる?

 いいじゃん、ドラゴンと戦っても誰一人として死傷者が出な(以下略)。



 その自分たち最前線の兵士を巻き込む味方の攻撃に、さすがに浮き足立つ帝国兵。

 目に見えて士気が下がっているのがわかる。

 元は徴兵された一般人がほとんどだから仕方がない。


 だが帝国軍もそれを見越して、逃亡を防ぐ監視役も兼ねた、馬に乗った指揮官が彼らを追い立て始める。

 悲壮な顔つきになり魔族に向かう兵士。

 だがそれを目ざとく見たドノエルが指令を叫ぶ。


「帝国兵! 戦いたくも死にたくもない者は魔族の陣地に避難しろ!!」


 すぐに前線で戦っている魔族に指令が伝わり、彼らもドノエルの指令を帝国兵に伝える。

 聞こえた者から即座に魔族の陣地に武器を捨てて駆け込み始めた。

 予想よりも大量の兵士が。


 その兵士に混じって監視役の指揮官も魔族の陣地に入り込もうとしていた。

 だが、前線の魔族は大量の兵士に身動きが取れなくなり、彼らの侵入に対応できなくなっている。


 さすがに焦りの表情を浮かべる前線の魔族。

 その時──。


「プリン!!」


 ちょっと締まらない掛け声と共に銀閃が走り、指揮官達が白眼しろめを剥いて次々と馬の背に倒れ込む。

 地面に着地すると手に持つ刀を鞘に戻している四天王バウの姿。

 チン、とつば鳴りの音を響かせたと同時に呟く。


「安心いたせ、峰打ちだプリン」


 なんだろう、本当なら凄く格好良い場面のはずなのに凄く格好悪い気がするのは。

 だがそんな事も気にせず、バウは続けて迫り来る帝国軍に向かって駆け出した。


 だん、と地面を踏みしめると凄まじい跳躍をみせるバウ。

 人の背丈を越える高さまで飛び上がると、兵士の頭を踏みつけてひょいひょいと飛び回る。

 そして次々と指揮官を狙い撃ちにして戦闘不能に追い込み、指揮系統を混乱させる。


 あっという間に魔族と交戦している場所は大混乱になった。


 だがそれは魔族側には好機でもある。

 逃亡する兵士を自分達の陣地へ誘導することに専念する魔族。

 しかし突然、バウは地面に着地するとしゃがみ込んだ。


 片膝をついて口元に手を当て、ゴホゴホとき込むバウ。

 苦しげな表情でつぶやいた。


「くっ……。ショウタ殿のプリン断ちの禁断症状と、持病の糖尿病が……!」


 それを聞いた代紋医師からすかさずツッコミ。

 すごい聴力だね、代紋医師。


「バウくん。糖尿病やプリン断ちで、咳き込む症状は出ないぞ」



 そんなアホな事をしているバウの周囲を、当然ながら帝国軍が取り囲む。

 敵の幹部を討ち取れそうなチャンスに下卑た笑いを浮かべる。

 それを知ってか知らずか、咳き込みながらその場を動かないバウ。


 討ち取った褒賞を思い浮かべて武器を構える兵士。

 その手柄を横取りしようと算段を始める指揮官。

 彼らが振り上げた武器を一斉に振り落とそうとしたその時──。



「危ねえバウ!!」


 突如、上空から叫び声がすると彼らに突風が襲いかかる。

 先ほどのカロンの繰り出した、横向きのそれと異なり、上から下に叩きつけるような風。

 そしてその場に真っ黒い影が突然落ちた。


 あまりの強風に吹き飛ばされる帝国兵。

 後方の帝国軍は見た。

 凶々まがまがしいまでの神々こうごうしさを形にしたような、アルフ・オート山の主であるドラゴンを。


 シュネーバレンを。




 蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す帝国軍兵士。

 さすがに今回ばかりは指揮官も一緒だ。

 そしてドラゴンの巨体から身軽に降りて、バウのそばに降り立つ人影。


「遅くなってすまねえバウ、みんな!!」


 かつて追放された元・四天王。

 ショウタ・ノカシその人だった。

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