第25話 マシュウの想い、ショウタの想い

「聞こえるかシュネーバレン!」


 俺は走りながら左手に刻まれた紋に話しかける。

 紋様が明滅するとシュネーバレンからすぐに明快な返事がきた。


『お呼びになりましたか? マイマスターショウタ』


「すぐに来い! 以前にお前と戦った例の平原でいい!」


『ご命令、うけたまわりました。最優先で参ります、心落ち着かせてお待ち下さいませ』





 その俺の前にラクリッツが回り込んできた。

 あの幼女体形で結構な運動能力だな。

 聖属性魔法に身体能力ブーストでもあるんだろうか。


「いまさらドコへ行くのよ!? アンタ一人が加勢したところで大した救援にならないわよ! 四天王最弱の武力のショウタくんごときが!!」


「お前には関係ない。どけ」


「アンタもワタシに命乞いなさい! そしたらワタシの部下として一生こき使ってやるから!」


「品評会の優勝なんていくらでも取れる。肩書が欲しいんならくれてやるよ。今の俺には魔族領へ行くほうが大事だ」


「ふん! 帝国に勝とうだなんて──」


 いい加減コイツの足止めにウンザリした俺。

 ラクリッツの口に投擲チートでみたらし団子を放り込んだ。


 口を動かし団子を味わい、ごくりと飲み込んだラクリッツ。

 突然、服を脱ぎ始めた。

 丁寧にたたんで地面に置くと、色気の無い下着姿になる。


 パチンと指を鳴らして何かの魔法を発動。

 背後にキラキラと雪のような光が舞い始めた。


「はぁああん! これは、これはっ! 素敵な味いいぃぃ!!」


 くるくると回りながらそう叫ぶと、わざとらしくを作りながら地面に倒れ込む。

 瞳をうるませながら、こちらの様子をチラチラと伺っているラクリッツ。


 なんちゅう実感のこもってないリアクションや。

 しかもテンポが悪いし。

 それに俺、あんまりロリっ子には興味を持てないんだよ。



 毎日アスティのおっぱいを見慣れている俺に死角は無かった!



 めた目でラクリッツの「せくしーぽーず」を眺めている俺。

 リアクションのテンポの悪さに会場もシラケ気味だ。

 それに気付いた彼女は、顔を真っ赤にしながら立ち上がった。


「なによ! オトメが恥を忍んでアンタの菓子の感想を言ってやったのに!! やっぱり男は胸が大きくない女はアウトオブ眼中なのよね!! 最っっっ低!!!!」


「何が乙女が恥を忍んでだ。その性格を直してから一昨日おととい来やがれ」



 俺は上着を脱いでラクリッツの頭からかぶせる。

 改めて、走って会場から飛び出していった。



*****



「シーちゃん! シードルさん! アスティは──」


 店に飛び込んだ俺はシーちゃんに開口一番にそう言った。

 俺の言葉に慌てふためくシーちゃん。


「え、アスティお姉様!? わわわ私はお姉様が行方不明だなんてまだ言ってな……」


「やっぱりラクリッツの言った通り、帝国に捕まってるんだな!?」


「帝国にお姉様が捕まってる!? うそっっっ!!!?」


「俺は今から魔族領に行く! 帝国が攻めてきてるんだ!!」


 そう言って、俺は二階に上がる。

 下からシーちゃんの声が追いかけてきた。


「ええっ!? じゃあ私も──」


「シーちゃんは王国に待機しててくれ! 何かあったらカロンに伝令させるから、王様と今後の対応を話し合うんだ!」


「そ、そんな……。い、いえ、分かったわ。」



 自室から必要なものを次々と収納空間チートに放り込んでいく。

 四天王時代の服をクローゼットから引っ張り出すと、それに袖を通した。

 下に降りると、シーちゃんが今までにないほど真剣な目で俺を見た。


「私、ここで待ってる。だからお姉様たちを」


「当たり前だ。ドノエルもカロンもバウも、そしてアスティも全員無事にこの戦いを終わらせてやるよ。だから心配すんな!」


 シーちゃんに、俺は不敵に笑ってそう言い残す。

 シュネーバレンと待ち合わせている、平原につながる城壁の門へ向かって再び駆けだした。



*****



 マシュウ王女が城門に辿たどり着いたとき、タイミング良くショウタもそこにやって来た。

 彼女は胸に手をやり呼吸を整えながらショウタに声をかける。


「行くの? ショウタ」


 彼女に振り返ったショウタ。

 彼は特に感慨も無くマシュウに返答を返す。


「ああ」


「魔族の人たちはみんな強いわ。貴方あなたが行かなくても問題ないと思うの」


「ごめん、アスティを助け出さなきゃなんないんだ」


 予想通りのショウタの言葉。

 王女は胸が締め付けられるような感覚になった。

 マシュウはすがるような目で彼に語る。


「もうすぐよ。もうすぐなのよ。『真の聖女様』が横やり入れたって貴方の優勝はきっと動かないわ」


「だろうな。でも本当はそんなの、どうでも良かったことに気が付いた」


 聞きたくない。

 マシュウは内心そう思う。

 こんな気持ちになるのは初めてだった。


「魔王殿が──アスティさんが……大事、だから……?」


 こんな事、言いたくない。

 そしてこれ以上ショウタの返事も聞きたくない。

 だけどたずねずにはいられなかった。

 予想通り、いっさい躊躇ちゅうちょせずに帰って来た肯定の返事。


「ああ」


 辛い。

 もうこれ以上は自分を傷つけるだけだ。

 そう思いながらも、彼へまるで駄々っ子のように言い放つ。


「行かないで」


「ごめん無理」


 ショウタの返事がまるで刃の様に襲い来るようだった。

 マシュウは自分の気持ちが理解できないまま、彼を必死に引き止める。

 その姿は、先ほどのラクリッツのようにも見えるほどだ。


「ねえ、これからなの。ブルエグが捕まって、王が彼を取り調べて裏の事情を全部吐き出させるわ。この国のうみがようやく吐き出せる時が来たのよ」


「……」


 黙ってマシュウの言葉を聞いているショウタ。

 マシュウは思いつく限りの言葉を並べ立てる。

 だけれども、彼女はまだ己の本当の気持ちには向き合えていない。


「膿を出し切ったあとは、いよいよこの国の改革に手をつけることになるわ。いまの私は一人でも同志が欲しいの」


「……」


 急いでいるだろうに、焦っているだろうに、彼女の言葉を聞き続けているショウタ。

 いつもは周囲の気持ちをおもんばかってばかりだった彼女は、いまは目の前の男の気持ちに気付けなかった。


「品評会優勝の肩書が付いたら、王宮の出入りがかなり容易たやすくなるわ」


 必死に心の奥底から言葉を拾い上げるマシュウ。

 いまの気持ちに最も近い言葉が見つかった気がした。

 震える唇にありったけの勇気を乗せて言い切る。


「ショウタお願い、私を支えて欲しいの」


 ショウタは腕を組んで目を閉じる。

 少し考えた後でさとすように言った。


「マシュウ……。マシュウ。貴女のこころざしは立派だし、きっとこの国をより良い方向へ持っていって多くの人を救うことが出来ると思う」


「だったら……」


「でもさ、マシュウ王女。俺は、俺には、作った菓子を美味うまそうに食べてくれる奴が一番大事なんだ。それはこれから来るシュネーバレンも……ドラゴンも例外じゃない」


「ショウタ……」


 目の前の男は、マシュウの目を真剣な目で見た。

 固い決意を秘めた声を彼女に投げかける。


「アスティは俺の作ったプリンを誰よりも美味おいしそうに食べてくれる。助けに行く理由はそれだけで、充分過ぎてお釣りがくるよ」


 駄目だ。

 もうこの目をした男の心を翻意ほんいさせる言葉が見つからない。

 マシュウは崩れそうになる膝に、必死に力を込めた。

 そんな彼女に追い打ちの言葉。


「それにさ、マシュウ王女は……マシュウは一度だって俺のプリンを、菓子を食べたことないだろ?」


「それは……!」


「だからごめん。色々と助けてくれたことは感謝してる」



 その時、バサリと城壁の外に巨大な影が舞い降りた。

 土埃つちぼこりを巻き上げながら降り立ったそのドラゴンは──シュネーバレンは、犬がお座りするかのような姿勢を取る。

 ショウタの姿を確認すると、その首を地面におろした。


 何も言わずにマシュウを見たショウタ。

 彼女に背を向けるとドラゴンへ向かって歩いていく。

 曲芸師のように身軽な動きでひょいひょいとドラゴンの身体を駆け上ると、その背中に身体を落ち着かせる。

 アルフ・オート山のドラゴン、シュネーバレンは身体を起こすと翼を広げた。


「シュネーバレン、魔族領に向かって全速力だ」


「御意」


 再び土埃を巻き上げ、マシュウや王都の街に風を叩きつけながら、ふわりと浮かぶドラゴン。

 首先を魔族領に向けると、あっという間に飛び去って行った。

 あとには茫然としたまま立ち尽くすマシュウ王女の姿。


「ショウタ……」


 彼女のもとへ、侍女がやってきた。

 修道院や孤児院の院長たちも。


「マシュウ王女」


 彼らが呼びかけると、振り返ったマシュウの顔はあふれる感情ではち切れそう。

 そんな彼女に、優しく諭すように話しかける彼等。


「マシュウ王女、いえ、


 王族に対する態度ではなく、いち個人としての言葉で語ろうとする。

 幼いころから親代わりに接してくれていた彼らの言葉には、マシュウには逆らいがたい重みがあった。


貴女あなたも一度、自分自身の気持ちに……欲望に正直に向き合うべきでしょうね」


「私は……」


「まずはいつも遠慮して食べていなかったショウタ殿のプリン、食べてみなさい」


 院長はそっと彼女にプリンを差し出した。

 マシュウはそれを恐る恐る手に取る。

 そしてスプーンですくい上げると、口に入れた。




「美味しい……」



 こぼれ落ちた涙が、スプーンにぽたりと落ちた。

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