第24話 急転直下

 ブルエグのオッサンはムキムキマッチョな王様に訴える。

 相変わらずメソメソと泣きながら。

 この前に街中へ駆け出していった時のまま、素っ裸で。


「王様。なぜ私がこのような目にあわなければいけないのですか?」


 しかし返ってきたのは軽い返事。

 洗濯物を干すついでに日なたぼっこでもするかアハハ〜みたいなノリで。


「いやあ、タイミングが良かったから?」


「タイミングって……それは街中に裸で出てしまったのは咎められるかもしれませんが」


 いや、ブルエグのオッサンもあんだけ大騒ぎを起こしておいて、そんな軽い処分な訳ないだろ。

 王様はブルエグのオッサンの話を聞いた風もなくガッツポーズで肉体を見せびらかす。

 そして白い歯をキラリンと光らせて、暑苦しい爽やかスマイル。


「ん〜、もうしばらく泳がせておいてから、纏めて洗いざらい自白ゲロってもらうつもりだったけど、こないだの騒ぎで捕まってくれたからな」


 ゲロって……王様がそんな汚い言葉を使っちゃダメでしょ。

 なんか案外似合ってるけど。


「この品評会が終わった後で話してもらうぞ。帝国との繋がりとか裏でやってる汚職とかな」


「わ、私はそのような事など……」


「んー? そこの新参のショウタくんですら噂を知ってるのだ。儂の耳にはもっと色々と情報が入ってきておるぞ。割と言い逃れが効かないぐらい」


「そ、そんな……」


 ガックリと牢の中で四つ這いに蹲るブルエグ。

 どうでも良いけど、俺の場所からはオッサンのケツが丸見えなんだよ、勘弁してくれ。


 しかしまぁ、あのドラゴン騒ぎのあとにブルエグのオッサンを追求する声が、すぐに無くなった理由がようやく分かったよ。

 マシュウ王女も腑に落ちたスッキリした表情をしてら。



*****



「息子よ、『魔王』を討伐せし勇者ザルツプレッツェルよ。諜報・工作活動を統括しておる者が報告にきておるぞ」


「──兵站確保は充分だな、徴兵がもう少し集まった時点で魔族領に仕掛けるぞ。……なんだ、俺は忙しい。報告は手短にしろ」


「帝国の工作員三名が離反しました」


「末端の些細な情報をなぜ俺に持ってくる。適当に追っ手を放って捕らえて処刑しとけよ」


「そ、それが、『魔王殿の恋路を応援するチャンスなんだ。俺たちでなけりゃ見逃しちゃうね』と言い残して……」


「何だそのふざけた理由は!?」



*****



 うーん、何だろうこの感じ。

 言葉にできないモヤっとしたものが俺の胸の中に巣食っている。


「こ……これは! これはっ!! 美味うーまーーいーっちゃっちゃああああ!!」


 牢屋の中でブルエグのオッサンがのたうち回っている。

 そりゃ牢屋の中で火山を出しているからなぁ。

 王様から「リアクションは牢屋内限定な」って釘刺されたから仕方ないけど。


 つか、リアクション芸のコントロールが出来るって、何気にスゲエなオッサン!



「こ、この勝負ショウタくんの勝ちで決定じゃい! ……熱ちち、痛てて」


 テイスティングのリアクションで飛び跳ねたり火山の熱さで暴れ回ったりで、身体のあちこちを牢屋にぶつけているブルエグのオッサン。

 意外とタフだ。


「凄いわショウタ。このまま順調に優勝できそうじゃない!」


「ああ」


 マシュウ王女が勝利を祝ってくれるが、俺は胸のモヤモヤが分からず上の空で答える。

 いやちょっとだけ分かってきた。


 物足りないんだ、これは。

 それも、対戦相手が弱過ぎるとかそういう感じの物足りなさじゃない。

 何だろう、何というかこう……。


「どうしたのショウタ? 浮かない顔ね」


 マシュウ王女が俺の顔を覗き込む。

 彼女の顔を見た瞬間、その物足りなさの正体が分かりかけた気がした。

 そうだ、俺は……。


「何をいつまでもワタシに食い下がってるのかしら!? 優勝するのはワタシにもう決定してるのに!」


 乱入するラクリッツの馬鹿デカい叫び声。

 分かりかけていたモヤモヤの正体がどこかへ吹っ飛んでしまった。

 こ、こいつわぁああ!!


「ブルエグのオッサンは捕まってるぜ?」


 裏工作で無理矢理優勝させるための重要な要因であるオッサンが、あんな厳重監視下なのにどうするっていうんだコイツ。

 しかし俺の指摘にも全く動じないラクリッツ。

 おかしい、いくら何でもここまで平然としているのは不自然すぎる。


「ふふん、あんなキモいデブのオッサンなんか関係ないわ! いくらアンタが頑張ったって世の中にはひっくり返せない事だってあるんだから!」


 ラクリッツの声が聞こえているブルエグのオッサン、牢屋の中で涙目。

 鬱陶しいオッサンだが、こうしてみるとちょっと可哀想かも。


「ブルエグのオッサンが捕まった時には、顔を真っ青にして『アンタが捕まったら誰がワタシを優勝させるのよ!?』って言ってたの、みんな聞いてたぜ」


「……ふ、ふん。そんなのアンタが幻覚でも見たんでしょ!?」


「いや、この会場に居た全員が聞いてたんだけど」


 この場に居る全員がいっせいに頷く。

 ラクリッツはそれでも悪びれずに薄い胸を張る。

 ある意味たいしたもんだ。


「はん! そんなの全員が幻聴でも聞いたんでしょ! 集団幻覚ってヤツよ!!」


「ああ、今でも幻覚が見えるよ。お前の代わりにせっせと菓子を作ってる爺さんの姿が」


 この場に居る全員が俺の視線の先に目を向ける。

 ラクリッツの持ちスペースで一生懸命にお菓子を作っている、執事っぽいお爺さん。

 俺たちの視線にも気付かず必死だ。


「部下の手柄は上司の手柄! だからワタシの部下のアイツが作った菓子は、ワタシが作った菓子と同じって事よ!」


 相変わらずのエクストリームな理屈を聞いて馬鹿らしくなってきた。

 肩をすくめてため息をつく。

 何も言わずに自分のスペースに戻ろうとした。


 その時──。




「王様、大変です! マヌカ帝国が魔族領を攻撃しました!!」


 そう言って会場に伝令兵が息急ききってやって来た。

 ラクリッツが得意絶頂な声音で叫ぶ。


「あはははは、ついに来たわね! さあパティスリー王、ワタシを優勝者にしなさい! そうすればザルツプレッツェルに口利きして命だけは助けてあげる!!」


 その言葉にこの場に居る全員が首をひねる。

 王様が俺たちの疑問を口にしてくれた。


「いや、攻められてるのは魔族領であろう。なぜそうなる」


「はん! 魔族領なんかすぐに落としてパティスリー王国も占領するからよ!」


「魔族領を抜けられたら確かに少し苦しいかもな。だが魔族領は難攻不落の地。魔王アスティ自身の武力も比類なきものだ」


 全くだ。

 アスティが率いる、一騎当千の強者揃いの魔族軍が負ける姿が思い浮かばない。

 ドノエルとカロンもいるし、バウが居なくても充分すぎるぜ。


「帝国はその魔族領を抜けねば我が国には侵攻できん。聖女殿の理屈は意味が通らんな」


 だがラクリッツはここで、とんでもない事実を明らかにした。

 相変わらず薄い胸を反らしながら。


「あはははははは!! 馬鹿ね! あの魔族のゴリラ女はとっくに帝国に捕まって人質になってるわよ!!」




 そのセリフを聞いた瞬間、俺は何も考えずに王都の外へ向かって駆け出していた。

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