第22話 うごめく裏事情

「おい、良いモン手に入れてきたぜ。最近この国で名前が売れてきている菓子専門店の菓子だ。プリンって言ってたかな」


 捕まったアスティを監視している、男たちの一人がそう言って外から戻ってきた。

 手には『菓子専門店ノカシ』の箱。

 さすがに任務中に酒は飲めないので、せめて甘味を楽しむぐらいは無いとやっていられない。


 箱を開けると、容器に入ったプリンの甘い香りがあふれて鼻腔をくすぐる。

 思わずその場に居た人間全員が嬉声をあげて差し入れを持ってきた男に群がった。


「これ美味いよな! 帝国にもこんなとろけるような舌触りの菓子は無いぜ!」


「他の菓子作りの連中が作ってるのと値段一緒ぐらいなのに美味さが段違いなんだよな。腕の違いとか言うヤツか?」


「味もそうだけどこの値段だよ。高級菓子にしては恐ろしく良心的な価格。俺でなきゃ見逃しちゃうね」


「うむ、ショウタのプリンの価値が分かるとは、なかなか良い味覚を持っているなお前たち」


 突然、女の声が彼らに掛けられる。

 この場に女など居ない筈だ!?

 監視対象の魔王以外には!!


 男たちが一斉に声の発生源を見た。

 そこには女性としては背の高い、ハイヒールをはいた赤毛の魔族の女。

 彼らの肩口からプリンの箱を見下ろすには充分な背の高さで、よだれを垂らしながら一心不乱に箱を見ている女魔王。


「ひぃ! なんだお前! なんでここに居るんだ!?」


 そんなある意味当然な男たちのツッコミも、どこ吹く風に食欲全開アスティ。

 獲物を目の前にした肉食獣の顔そのもので男たちに懇願こんがん


「すまん、私はしばらくショウタのプリンを食べておらんのだ。食わせてくれ」


「ひ、ヒィィ! ど、どうぞ!!」


 悲鳴と共に、アスティにプリンの箱を押し付ける男。

 その行為に抗議の声をあげる仲間は誰ひとり居なかった。


 机に箱を置いて、嬉しそうにプリンを食べ始めるアスティ。

 男たちは彼女を閉じ込めていた鉄格子の牢屋を見る。

 彼女が通れる大きさに広げられた鉄柵が目に飛び込んできた。



 おそらくは目の前の女魔王が、手でこじ開けただろうその隙間。



 その時「ごちそうさまでした」の声があがると再び男たちはアスティに目を向ける。

 彼らの困惑の眼差しが目に入ると、魔王は左の手のひらに右手をポンと打ちおろす。


「そうか、いま私はお前たちに捕まっておるのだったな。これは済まない事をした」


 言うが早いかノシノシと牢屋の中へ帰り、広げた鉄柵を掴むと元の形に戻した。

 特に力を込めた様子もなく。

 もう気軽な感じにクィッと。


 最後に人差し指を立てて口に当てると、「しーっ」とイタズラが見つかった子供のような笑顔を見せる。

 その後はオッサンのように「よっこいせ」と呟くと、牢屋の床に転がってアスティは寝てしまった。

 その姿には、捕まった悲壮感は微塵も感じられない。



 男たちはお互いに視線を合わせる。

 全員のその目は、「見なかったことにしよう」と訴えていた。



*****



「息子よ、『魔王』を討伐せし勇者ザルツプレッツェルよ。王国に潜入させていた工作員からの報告があったそうじゃが、何だったのじゃ?」


「ははは! やったぜ父ちゃん明日あしたはホームランだ!」


「はて、この世界に野球はあったかのう」


「いんだよ、こまけえことは!」


「して、報告の内容は何だったのじゃ? つか、むしろわしのほうへ先に報告入れるじゃろ、普通」


「うるせえな、どうせすぐに俺がアンタの後継あとついでマヌカ帝国マヌカハ二世になるんだから問題無いぜ」


「そんな事より報告の内容をよ」


「ちっ、うるせえジジイだぜ。……どうやら魔王アスティを捕まえたらしいな。王国内の工作員アジトで監禁してるらしいぜ」


「なんとあの傑物が!? そう簡単にぎょせるとは思わんが……」


「うはははは、父上殿は心配性が過ぎるぜ! あのバウとかいう四天王の一人も病気でせっているというし、あの影の薄い雑用男の四天王も今は抜けている。絶好の機会そのものだぜ!!」


「そういうの、らぬ狸のフラグ立てと言わんか?」


「それを言うなら皮算用だろ。って、なんで俺の方がツッコミに回ってるんだ」


「ふむ、ボケの自覚はあったのか」


「うるせえ黙れジジイ。魔族領を落として、その勢いでパティスリー王国も併合してやるぜ! その功績をもって、マヌカ帝国マヌカハ二世に即位してやる!!」


「フ~ラグ~フ~ラグ~♪ たーっぷり、フーラグ♪」


「うるせえ、たらこマヨネーズ美味うまいじゃねーかよ!」



*****



「え? アスティお姉様がまだ帰ってないの!?」


「うむ……。さすがに姉上抜きの私だけでは、あの量の書類仕事はキツかったよ」


 魔族領に帰ったシードルを出迎えたのは、過重労働で青い顔をしてフラフラになっている魔王アスティの双子の弟であるトスティ。

 胃のあたりを押さえながら、書類の見すぎで目をショボショボさせている。

 ふところから取り出した、帝国から最近取り寄せている胃薬を口に入れてボリボリ噛み砕いた。


 有能宰相にしてアスティの双子の弟トスティ。

 基本的に苦労人である。

 笑顔は誤解をあたえやすいけどな。


「だったら探しに行かないと」


 そう言うシードルにも顔色を変えないトスティ。

 というか、疲れすぎてもうこれ以上顔色が変わりようがないというか。


「大丈夫だろう。あの姉上をどうにかできる奴など想像できんよ」


「私もそう思ってたんだけどさ、よく考えたらショウタ断ちの悪影響でパティスリー王国で暴れて滅亡させたりしないかなぁ……って」


 そう言いながらシードルの脳裏に広がる、わりと最近な過去の思い出。

 自分の姉が、アルフ・オート山のドラゴンであるシュネーバレンを威圧するだけでビビらせたあの光景。

 シードルの兄にしてアスティの双子の弟でもあるトスティは、その言葉に姉の強さを思い出した。



 ──前『魔王』を倒した武力の姉上が暴れたら……ヤバいんじゃね?



「──!! そ、そうだな今すぐカロンにお願いして捜索してもらおう」


「ショウタにも今すぐ連絡して……」


「いや、それだけは止めておこう。ショウタも捜索に回って品評会がおろそかになったら、姉上はそれこそ悔やんで引きこもりになってしまうかもしれん」


 そんな馬鹿なとシードルは一瞬考えたが、来店した女装姿(女だけど)のイケメンな姉が帰って行った様子を思い出す。

 まずい、充分にありうる。


「そ、そうね。分かったわ、しばらくショウタには黙っとく」



 風雲急を告げる魔族領。

 触らぬアスティに祟りなし、とも言いがたいのがもどかしい。


 危うし、アスティ…………を捕まえた工作員たち!

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