第21話 魔王アスティ最大のピンチ?

「大丈夫ですかお姉様?」


「ダイジョーブ、一人デ帰レルモン」


 全く大丈夫そうではない様子で妹に返事した魔王アスティ。

 店の中で倒れた後、二階で寝かされて休んでいたのだ。

 何故かマシュウ王女も隣で寝かされていて護衛の人間が心配そうに見ていたが、それを気にする余裕は無かった。


 シードルは少々姉の様子が気にはなった。

 だが店を留守にするわけにもいかず、そのまま見送るしかなかった。

 まぁ魔王である姉の強さを考えたら、並大抵の連中では全く相手にならないだろうから心配は要らないだろうが。





「魔王殿、魔王殿」


 心ここにあらずといった様子でフラフラと街中を歩いていたアスティにかけられる声。

 何故に普段と違う女物の服装をしている彼女の正体をこの声は知っているのか。

 いや、結構バレバレで妹にも一発で正体を見破られていたけれども。


 うつろな表情で声のした方を魔王が見ると、細い路地裏から見覚えのない怪しい小男の姿。

 さすがに怪訝けげんな顔になってその場を立ち去ろうとするアスティ。

 そんな彼女に、小男から必殺の単語が繰り出された。


「ショウタ殿の使いで参った者です」


 ショウタの単語が聞こえた瞬間、ぐりんと向きを変えると男に向かって突撃アスティ。

 路地裏に入り込むと、小男の顔の横に力強く手を突く逆壁ドン。

 たまらず突かれた壁に蜘蛛の巣状にヒビが入ると、それを見た小男は恐怖に顔を青ざめる。


「ショウタ!? ショウタと言ったな! ショウタはどこだ!!」


「ひ、ひいぃ。お、お待ちになっている場所に案内いたしますのでどうか殺さないで……」


「ショウタだ、ショウタ! 今の私にはショウタが必要なのだ! ショウタショウタショウタ!!」


 なんだか四天王のバウと同じノリになってきているアスティ。

 おもくそだます気まんまんな詐欺師の表情だった小男は、いまや半泣きになりながらアスティに懇願こんがん


「こ、こっちですうぅぅ! だから暴れないでついて来てくださぁぁい(泣)」


「うむ分かった、案内してくれ!」


 そうして、見知らぬオジサンについて行ってはいけませんの教訓を知ってか知らずかアスティは小男について行く。

 ああ、げに恐ろしきは恋は盲目。

 騙した小男の明日はどっちだ。



 その薄汚い貧民窟の中の一軒の家にアスティが入った瞬間、上から鉄格子が落ちて来た。

 一瞬で牢屋の中に閉じ込められるアスティ。

 同時に床が割れて牢屋は地下に落下する。


 激しい衝撃にも関わらず、直立不動で身じろぎひとつしていない女魔王。

 割れた床が元に戻ると牢屋の周囲に男が二、三人。

 ニヤニヤ笑いながら帝国語でつぶやいた。


「へっへっへ。まさかこんな簡単に魔王が捕まえられるとはな」


 顔色をまったく変えずに彼らに問う魔王。

 いつも通り、自然に腰に手を当て胸を張る。


「ショウタは?」


「居るわけ無いだろ、お前は騙されたんだよ」



 後ろに倒れてアスティは死んだ。

 きっと復活した時が怖いよ。



*****



『聞こえますか……マイマスターショウタ……シュネーバレンです。……いま……御身おんみの心に……直接語りかけています……』


 おお、コイツ直接脳内に……!


 俺の左手の甲に刻み込まれた刺青いれずみ状の紋様が明滅して、シュネーバレンと交信がなされている。

 紋様が手に刻まれた時はかなり痛かったけれど、こうしてみると結構カッコいいな。


『これでマイマスターショウタは……名実共にドラゴンマスターとなりました。……以後、この紋様に意識を集中して頂けたら……今のように我と交信できます』


 なんかはじめて自分に部下が出来たって実感が出てきたぜ。

 うん、「令呪をもって命ずる。我が元へ来たれシュネーバレン!」とかやるとカッコいいかもしれない!


『お呼びでしたら……地の果てまでもマイマスターショウタの元へ……駆け付ける所存です』


 おっと、今はコイツと交信中だから俺の思考も向こうへダダ漏れ状態か。

 この状態で考え事とかして、余計な雑念を入れるとお互いが混乱するかもしれないな。


『大丈夫です。いままでずっと届いていた、マイマスターショウタの魔王アスティ殿へのあふれる恋慕れんぼの情は我が胸の内に収めておきます故」


「おう、そいつは助かるぜ。……じゃねえ! だから俺とアスティはそんなんじゃねえッて言ってんだろ!」


『ははは。分かりました、とりあえずそういう事にしておきましょう』


 やっぱり部下が出来た感じがしねえ……。





「マイマスターショウタ。もしよろしければ、パティスリー王国まで我がお送りしましょうか?」


 紋様を通じた会話をやめて、普通にそう話すシュネーバレン。

 そういえばコイツ、なんか除夜の鐘でも鳴らしたみたいな感じの、低めの結構なイケメンボイスなんだよな。


「そりゃそうしてくれたら助かるけど、お前をそんな便利に使っても良いのかよ?」


「何をおっしゃいます。我はマイマスターショウタの下僕、なんなりとお申し付けください。それに……」


「それに?」


「マイマスターショウタが晴れて名実共に我の主人となった事実のお披露目ひろめを、大々的に皆に知らしめるのも一興いっきょうかと愚考致します」


「おお、そりゃ確かにカッコいいな! よし頼むぜシュネーバレン!」


 俺は鼻づらを突き出してくれたシュネーバレンの顔の上をひょいひょいと跳ねるようにして乗り越えていくと、部下になってくれたドラゴンの背中に乗った。

 ビバチート!

 身体能力向上チートのおかげで、本当なら曲芸みたいなことも気楽に出来るぜ!!


 俺が姿勢を安定させたのを確認するとシュネーバレンは身体を空中に浮き上がらせた。




 以前に俺や四天王、そして王国軍がシュネーバレンと戦った平原に再び同じドラゴンが降り立ったのだから、騒ぎは予想できた。

 が、武器や弓を突き付けられながら取り囲まれるまでは予想していなかった。


「お前! 王国を襲ったドラゴンに乗ってきやがって! お前が王国を襲わせた張本人か!!」


「違イマス。僕ハ王国ノ人間デス。菓子専門店ノカシの店主デス」


「知らん! そもそも上流階級の人間が食うモンに我々がありつくことなんて無いわ!!」


 あ、兵士のオッチャンの本音がちょっと見えた。

 俺はチャンスとばかりに揉み手をしてオッチャンにささやく。


「まぁまぁそう言わずに隊長さん。今度ウチのお菓子のサンプルを届けますから、今回は大目に見てくださいよ」


「む、そ、そうか? ならば今後はこのような騒ぎを起こさなければ今回だけは──」


 そんなまとまりかけていた話に水差すような大声。

 青銅の大鐘を思い切り打ち鳴らしたような、腹に響く低音のイケメンボイス。

 俺の後ろで、犬がやるようなお座り姿勢で待機していたシュネーバレンの声だった。


「マイマスターショウタ。何をそのような小物にびへつらうのです。貴方あなた様はこの我の主人なのですぞ」


「お、おいシュネーバレンせっかく話が収まりかけてたのに──」


 慌てて制止しようとした俺。

 しかし俺の部下を自称するドラゴンは威圧感のある視線で兵士たちを睥睨へいげいし続ける。

 そしてその場にいた者全員が気絶しそうな声で俺の制止を無視して叫んだ。


「聞け、矮小なる人間の小童こわっぱ共よ! 我はこの偉大な食物を作り出すことのできるお方と主従の契約を結んだ! うぬ達がマイマスターショウタを手厚くぐうするなら我はこの国をも守ることを誓おう! だが我が主を軽く扱うというのなら!!」


 腹の底の底まで響く重低音で威圧していたシュネーバレンは言葉を区切った。

 後ろ足二本で立ち上がると羽根をバサリと大きく広げる。

 そして上空に向かって軽く炎を吐くとセリフを続けた。


「この前の戦いの続きだ! 今度はマイマスターショウタも、うぬ達に助太刀する事もないぞ!?」


 兵士たちはいっせいに平伏して頭を地面にこすり付ける。

 すぐに王様までやってくる騒ぎになった。

 相変わらずアメコミチックでムキムキマッチョのままな王様。


 この国の頂点とシュネーバレンが話し合う。

 王様は俺を厚遇することを誓い、俺の部下を自称するドラゴンはパティスリー王国を守護することを誓った。



 ねえ、やっぱり主従の関係がおかしいと思うの、俺。

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