第20話 死亡遊戯

「ねえ私の顔、変な感じになってないかしら?」


 もうこれで何度目だろう。

 マシュウ王女が護衛も兼ねたお付きの侍女にそう訊ねるのは。

 しかし侍女は嫌な顔ひとつせずに、にこやかにつかえる主人に答える。


「良くおえになられてますよ、マシュウ様」


 その言葉に「そ、そう? ショウタも気に入ってくれるかしら」と頬を赤らめて含羞はにかむマシュウ。

 そのくせ、すぐに修道帽を脱いで手櫛てぐしで髪を整え直す。

 川辺を歩いていた時など、数歩おきに水面みなものぞき込んで自分の顔を確認していた。


 そんな女主人を微笑ほほえましく見つめる侍女。

 なにしろ記憶にある限り初めてだったからだ。


 己の主人あるじに、想いを寄せる相手ができた事など。

 その者を想って、主人が化粧をすることなど。


 今までそういった欲望とは無縁に……いや、抑え込んで生きてきたマシュウ。

 彼女の禁欲的な生き方を尊敬すると同時に痛ましくも感じていた侍女にとって、それは歓迎すべき変化だった。

 マシュウの口元には、侍女が選んであげた薄桃色のべに


 ふわふわとまるで跳ねるように歩く女主人を、母親のような気持ちで見守る侍女。

 二人の姿は、そのまま「菓子専門店ノカシ」へと吸い込まれていった。




「こんにちは、ショウタは居るかしら? ちょっと今後の国の改革について相談したい事があるのだけれど」


 まるで花が咲いたような笑顔で、開口一番そう店内で告げたマシュウ。

 いつもの店番の魔族の少女が、隙のない『エイギョウスマイル』で出迎えた。


 しかし化粧をしたマシュウの顔を見ると、一瞬ポカンとなって彼女を見つめる。

 すぐにハッとなると申し訳なさそうに告げた。


「ごめんなさいマシュウ王女様。ショウタは今日、アルフ・オート山へドラゴンのプリンを届けに行ってるわ」



 マシュウは死んだ。



*****



「それはやはり魔王殿にれておるからではないでしょうかな、マイマスターショウタ」


ちげえよ、ただの戦友だ。俺とアスティはそんな関係じゃねえって」


 それはアルフ・オート山までシュネーバレンのためのプリンを持って行った時のこと。

 先日のシーちゃんにやられた誘導尋問の愚痴をついコイツにこぼしてしまった返事がこれ。

 なんだかこのドラゴンまでニヤニヤと笑っているように感じられる。


「我が見た限りですが、随分と魔王アスティ殿とマイマスターショウタの間には、信頼を超えた親愛の情が見受けられましたように感じました」


「俺のプリンを真っ先に気に入ってくれた上司だからな」


「ドラゴンの中でも古龍種は、単性ゆえにオスメスのつがいの情にはうといのですが、その我ですら分かるのですから相当はっきりした感情だと思われますが」


「なんだよシュネーバレン、単性って生殖とかはどうやってるんだよ? まぁいいや、単性だっていうお前の感性がたぶん違ってるんだよ」


「ふむ、まあいずれ自覚できる時が来ますでしょうや。ちなみに古龍は世界の開闢かいびゃくとともに生まれ世界と共に生きてきた存在ゆえに生殖とは無縁なのですな」


「へえ、そりゃまた何ともファンタジーな話だねえ。っとシュネーバレンそろそろ口を開けな、プリンを食べさせてやるよ」


「感謝します、マイマスターショウタ」


 その言葉と共にシュネーバレンは口を開ける。

 相変わらずデカい口だ。


 そう思いながら、チートで作った収納空間から大きなバケツを取り出す。

 中にはたっぷり入った特製プリン。

 それでもシュネーバレンの巨大な口のサイズと比べると、ゴマつぶみたいなものだ。


「ほらよ、量がこんだけでいつも悪いな」


 俺はシュネーバレンの舌の上に、バケツをひっくり返してプリンを載せる。

 俺の部下を自称するドラゴンは口を閉じると、モゴモゴと動かす。

 中でゆっくりとプリンを味わっているんだろうな。


「素晴らしい……。悠久の時を生きてきて、こんな幸せになれる食べ物と出会うとは思わなかった」


 うっとりと目を閉じて、しみじみとそうつぶやくシュネーバレン。

 ちっくしょ、例えドラゴンだろうとそんな顔してそんな感想言われると、作りがいがあるってモンじゃねえか。

 笑顔を必死に噛み殺している俺を、部下になったドラゴンが現実に引き戻した。


「ところでマイマスターショウタ。こうして命を助けて頂き、あまつさえプリンを食べさせてくれる恩義に我から贈り物をしたいのですが」


「別にそんな気をつかわなくてもいいぜ」


「いえ、マイマスターショウタは我が主となられたのですから、これは是非とも受け取って欲しいのです」


 ずいぶんと熱心だな。

 しかしそうだな、部下が俺に気を遣ってくれているんだ。

 断り続けるのも可哀想か。


「まあ、そこまで言うのならもらわないと逆に悪いかな。分かったよ」


「正確には物ではなく紋章ですが。マイマスターショウタの身に直接きざみ込ませてもらうものです。これを通じて、離れていても我と交信する事が可能になります」


「身体に直接!? おいおい、まさかだまして俺を奴隷化させる紋様を入れるつもりじゃないだろうな」


 ついそんな冗談を口にした。

 しかしシュネーバレンは極めてクソ真面目な目で、俺の冗談を否定する。

 うん、まあこの目してて騙されたのなら仕方が無いかもしれねえ。


「大恩ある御方にそんな卑怯な事は致しませんし、そもそも我はそのように器用な事は出来ませぬ」


「冗談だよ、シュネーバレン。お前の贈り物、受け取らせてもらうぜ」


 だがこのクソドラゴンは最後にとんでもない事を言い出しやがった。

 やっぱり騙された気がする、トホホ。


「ありがとうございますマイマスターショウタ。ただ刻み込む時に少し痛みがあると思いますが、そこはご容赦ください」


「え? いや最後にそんなことを言われても困るんだけど……。やっぱりちょっと待ってくれ。ちょ、ちょっと待ってくれシュネーバレン!!」


「いきますぞ」


「やっぱりパス! 気が変わった! また今度にさせてください!! ちょ、ちょ待って、ま……いぎゃああああ!!」



*****



 背の高い赤毛の美しい婦人が、「菓子専門店ノカシ」に入ってきた。

 鍔広つばひろの白い婦人用の帽子、白いワンピース、赤いハイヒール。

 颯爽さっそうと歩く姿は、むしろ街中の女性の目を集めている。


 普段の男装とは全く違う、貴婦人が着崩している普段着のごとき装い。

 彼女こそは誰であろう、魔王アスティその人である。


 だがそんな彼女も、店に入る前にはキョロキョロと周りを見回す。

 少々、挙動不審きょどうふしん気味に。

 そして入店するなり、店番のシードルに話しかけた。


「ショ、しょうた殿ハ店ニ居ラレマスデショウカ!?(凄い裏声で棒読み)」


「あら、アスティお姉様。もうショウタにお会いになられてもよろしいのですか?」


「違イマス、私ハ魔王デハアリマセン」


「ショウタなら、今日はアルフ・オート山へシュネーバレンのプリンを届けに行ってるわよ、お姉様」



 魔王アスティは死んだ。

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