第19話 誘導尋問にはご用心

 今日はちょっと早めに店を閉めて、アスティがやってくるまでの間に品評会向けのプリンを研究することにした。

 あれから続きはどうなったのかって?

 少しだけ大変な事があって、結局、残りは後日ってことになったのさ。


 あれからバスケットケースにもう一種類いれていた酒蒸し饅頭を、ブルエグのオッサンに食わせてみたらなあ〜。

 例の「美味いぞ!」の叫びと一緒に目と口からビームを発射したり、服がビリビリに破けてっ裸になったのはまぁ良いんだよ。

 いや、後半は見てしまった人間には精神的にあまり良くは無いかもしれないけど。


 そのブルエグのオッサンが叫んだと同時に、会場内のあちこちに火山が現れていっせいに噴火したんだよな。

 それだけでなく、俺の酒蒸し饅頭に感動したオッサンが会場の外へ飛び出していってさ。


 全力疾走の超ダッシュで。

 錐揉きりもみ2回転ジャンプで会場の仕切りを飛び越えながら。

 素っ裸で。


「ショウタくん、品評会に参加決定じゃあああぁぁぁい!!」


 飛び越えた瞬間のジャンプの頂点で、そう叫んだブルエグのオッサン。

 腹の肉とケツがブルルンと揺れた。

 やめろ! よりにもよって何ちゅうタイミングで叫ぶねん!!


 当然、外を歩いていたそれなりに身分のある人間達は大騒ぎ。

 そりゃいきなり素っ裸のデブなオッサンが、空中から華麗に着地して街中に現れたのだから当たり前だ。


 悲鳴をあげて逃げ出すご婦人の金切り声や取り押さえようとする警備の衛士の怒鳴り声。

 そんな大騒ぎな騒音に混じってブルエグのオッサンが「美味いんじゃあ! この饅頭が美味いんじゃあ!!」と叫んでいるのが聞こえた。


 思わず俺は両手で顔をおおってうつむく。

 ジト目で俺を見つめるマシュウ王女とラクリッツの視線が痛かった。



*****



「あれ、そういえば今日はアスティの奴、来るのがえらい遅いな」


 いつものアスティが来る時間を大幅に過ぎて、彼女が来ない事に不審ふしんを感じる俺。

 その俺の言葉にシーちゃんが呆れ顔で答えた。


「何言ってるのよショウタ。お姉様が品評会に集中してほしいからって、しばらくここに来るのを我慢するって言ってたじゃない」


「あ、そうだった」


 そんな俺にシーちゃんが、相手の弱点を見つけた悪党みたいな顔つきで笑う。

 ニヤアと笑いながら問いかけてきた。


「あらあら、お姉様が来ないのがそんなに寂しいのショウタ?」


「ん、まぁな……」


 プリンを作りながらだったのもあって、半分うわの空でそう答えた俺。

 すぐにハッとなってシーちゃんに否定の言葉で言い訳した。


「じゃねえ! ちがう、ちょっと忘れてただけじゃねえか!」


「ぷくく。まぁそういう事にしといてあげるわ」


 俺のセリフを全然聞いた様子のないシーちゃん。

 くっそう、勘違いしてるんじゃねえよ!

 違うからな、断じて!!

 俺はニヤニヤと笑うシーちゃんに叫んだ。


「くっそう、変な意味に取るんじゃねえよ! 何でもないって!」


「はいはい、それでプリンの作り込み状況はどうなってるの?」


「だからな、お前が考えてるみたいな事は無くてだな。……はぁ、もう良いよ。とりあえずロック鳥の卵は隠し味的に使うのがベストに近そうだ」


 俺の話に全く取り合わないシーちゃんに諦めて、プリンの研究結果を彼女に話す。

 シーちゃんは少しだけ真面目な顔に戻った。


「せっかく苦労して手に入れたのに残念だったわね」


「苦労して手に入れてくれたのはドノエルだけどな。俺はドラゴンを足止めしただけだよ」


「シュネーバレンをあれだけ足止め出来てただけでも凄いわよ。とんでもなく強いのよ、アイツ」


「さすがドノエルの活躍を見るために店番サボった方の言葉は違う」


 さっきのお返しとばかりに、シーちゃんにそう言う俺。

 さすがにシーちゃんも素直に謝ってくれた。


「もう、それはゴメンって。でも店には鍵をかけてたから良いでしょ」


「まぁそうかもしれないけどさ」


「それよりもせっかく手に入れたロック鳥の卵、あんまり使わなさそうね。こんなに大きな卵なのに勿体無い」


 と、厨房に置いているロック鳥の卵を見るシーちゃん。

 ダチョウの卵みたいにからが分厚かったのもあって、ドリルで小さな穴を開けている。

 だから少しずつ使うのにも便利なんだぜ。


「あーそりゃ大丈夫。俺のチートに収納空間作成スキルがあるから、そこに入れとけばOKだよ」


「ふーん、それって向こうの世界のレイゾーコみたいなものなの?」


「いんや、それよかもっと凄え。冷蔵庫は冷やして腐敗を極端に遅くするんだけど。この収納スキルは、放り込んだ時点で時間ごと止めちまうみたいなんだ」


「ふーん、まぁでもそのレイゾーコだけでも欲しいわよねえ。超小型の氷室ひむろみたいなのが、各家庭にあるレベルで普及してるなんてうらやましいわ」


「羨ましい、か。確かに言われてみたら、恵まれた暮らしをしてたのかもしれねえな、俺」


 手を止めずに俺はそう言った。

 そしてそのまま思い出す。

 俺の作る和菓子をジャンクフード扱いして馬鹿にするクラスメイトを。

 みんなに散々「みたらし団子なんてコンビニで100円ぐらいで買えるじゃん」って言われたな。


 それでもシーちゃんには、いやこの世界の人には素晴らしい土地に見えるんだろう。

 そもそも俺も、チートが無かったらこの世界でどうなっていたか。


「いつか向こうの世界に戻る方法が見つかったら、私も連れて見学させてね」


「戻る? お、おう……。そうだな、そんときゃそうした方が良い……のかな?」


 手を止めないながらも物思いにふけっていた俺。

 そういえば、日本が恋しいと感じた事がなかったな。

 なんでだろ?


「なによ、煮え切らない返事ね。ひょっとして、お姉様が気になってるのかしら?」


「ああそうだな、アスティが一緒なら戻ってもいいか」


 作業をしながらだったからだろうか。

 アスティが隣にいるイメージがしっくりきてしまったので、深く考えずにそうシーちゃんに返してしまった。

 自分の言葉に気が付いたのは、シーちゃんのセリフを聞いてから。


「あらあら、お熱い返事。素直なのは良いけど、ストレート過ぎてちょっとムカつくわね」


「へ? え? ……あっ!! い、いやいや今のはそんな意味じゃなくてだな、その、ついウッカリ話のノリで」


「はいはい、そろそろプリン研究のほうに集中しなさい。まだ品評会の参加が決まっただけなんでしょ?」


 思ったよりも不機嫌な表情をしてないシーちゃんを疑問に思う俺。

 しかし今は品評会が先なのは確かだ。


「そうだったな、ごめんシーちゃん」


「シードルさん」


「ごめんなさい、シードルさん」


「分かれば良いのよ」



*****



「さあさあ姉上、書類決済作業の続きをしましょう! 量は多いですが私と姉上の2人がかりなら、すぐに終わりますよ!」


 そう言いながら、魔王アスティが仕事をしていた執務室に入ってきた双子の弟のトスティ。

 しかし姉からの返事は無い。

 静まりかえっている室内。


 いぶかしげに中へトスティが入ると、そこは人の気配の感じられない部屋の空気。

 もちろん、机の上に転がっていた姉も居ない。

 そして机上には小さなメモ用紙が一枚。



 ──探さないでください。ショウタ成分を摂取してきます。



「ぅあねぅううえええぇぇぇぇェェェェ!!」



 魔王アスティの双子の弟の、鋼鉄の胃袋がキリキリと痛みはじめた。

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