第18話 みんなのわるだくみ



 代紋だいもん医師がその薄暗い部屋に入ると、重苦しい空気に支配されていた。

 十人は座れる大きさのテーブルに五人の先客が腰かけている。

 代紋医師が見ると、一番奥にアスティの補佐を長年つとめている双子の弟のトスティ。

 両肘をテーブルについたまま手を組み、少しうつむいて口元を隠している。碇ゲ◯ドウとか言うな。


 ──なんだ、この異様な緊張感は。


 代紋医師は警戒を強めた。

 他のメンバーを確認する。

 ショウタ以外の四天王とシードルだった。


「何をいつまでも立っているミチオ・ダイモン。座りたまえ」


 有無を言わさぬトスティの高圧的な物言い。

 こいつはこんな言葉もけるのか、と胸中の警報をさらに強める代紋医師。

 緊張の面持おももちのまま彼は席についた。


 改めて他のメンバーの様子を見渡す。

 異様な部屋の雰囲気に、戸惑いの表情で他のメンバーをキョロキョロと見回すシードル。

 代紋医師と同じように、隠しきれない緊張感をにじませるドノエルとカロン。

 黒髪長髪の人間族の四天王バウは「プリンプリンプリン……」いつも通りだった。


 代紋医師が席についた事を確認すると、おもむろに魔王の双子の弟トスティは口を開いた。

 冷たい声色のまま、相変わらずその表情は分からない。


「集まってもらったのは他でもない。今後の魔族領に関わる、重大な議案のことを話し合いたいと思ってね」


 魔王の双子の弟はゆっくりと顔を上げた。

 薄暗い部屋なのに、目にかけた丸眼鏡が光を反射して奥の瞳を見せない。

 だがその口元には、ぞっとするほど酷薄こくはくな笑みがたたえられている。


 ──もしかしてコイツ、姉を亡き者にして魔族領を自分の手で支配するつもりか!?


 そう判断した代紋医師。

 すぐに椅子を蹴倒けたおす勢いで立ち上がると、魔王の双子の弟に向かって叫んだ。


「待ちたまえトスティくん!! それは──」


「姉上とショウタがいい加減どうやったらゴールインするか、皆の知恵を貸して欲しい」


「なんて!?」




 魔王アスティの双子の弟にして有能宰相のトスティ。

 笑顔が誤解を与える男としても有名であった。




*****



 俺の目の前にラクリッツが立ち塞がった。

 腰に手を当てて、薄い胸を反らしてふんぞり返りながら。


「いい加減に無駄なことは止めたらどうなのショウタ!? 参加者でもないアンタがいくら作った菓子を皆に食べさせても、品評会の結果には何一つ影響しないんだから!!」


「それを言うなら、実力の無い人間が品評会優勝の肩書だけ持ったって、宮廷内での扱いには何一つ影響しないぜ」


 その俺のセリフを聞いて、ラクリッツが意地の悪い表情を浮かべる。

 腕を組んで得意満面の顔で勝ち誇ったように叫ぶ。


「はん! 実力があっても肩書が無かったら結局はどこかで頭打ちよ! 順調に成り上がって行ったとしてもね! それにそもそも順調に店を運営なんて、この私がさせない!!」


 あまりにも子供のワガママそのものな嫌がらせ宣言。

 しかし真の聖女様の発言であるからには、実行力もそなわっているからたちが悪い。

 そばにいたマシュウが、俺よりも先に抗議の声をあげようとした。

 その時。


「おやおやそれは我が国への内政干渉宣言ととらえても良いのかね、真の聖女であるラクリッツ殿?」


 上半身ムッキムキの裸でボディビルのポージングをしながら現れた王様。

 まああれだけラクリッツが大きい声で叫んでいたら、聞こえて当たり前か。

 それにしても……うーん、やたら濃いアメコミタッチになってるぜ、王様。

 王様はラクリッツに、次々とポージングを変えながら語り掛ける。


「個人の経営する店舗とはいえ、マヌカ帝国皇子ザルツプレッツェル殿の妻でもある聖女殿が動くという事は、帝国がこのパティスリー王国への侵略の意図を見せていると同等の重みがあるという事。貴殿はそれを理解していて当然であろうな、聖女殿?」


 背中を見せてガッツポーズ、右腕正面に肘曲げて三角筋見せ、正面向いて大胸筋ピクピク。

 しゃべる間にも流れるようにポージング。

 うわ、ワセリンでも塗ったかのように、肌がテッカテカに光ってるよ、王様。


「え!? いやなんで国王のアンタが出張ってくるのよ!? これはワタシとショウタの問題よ、あっちに行っててよ!!」


「そちらこそ何を言っておるのかね? 先ほどからあんな大声で、この会場内の人間全てに聞こえるように叫んでおるではないか」


「ぐっ……!」


「『私の言葉はマヌカ帝国次期皇帝マヌカハ2世となる皇子ザルツプレッツェルの言葉と同じ』。普段からの聖女殿の口癖だそうであるな?」


「うぐ……ぐぅっ……!!」


 王様の追求にさすがのラクリッツもたじたじになっている。

 さすがは一国の主、なんだかんだで口喧嘩が強いぜ。

 ラクリッツのは、基本的に大声で相手に何も言わせず強引にねじ伏せるだけの力押し一辺倒だからな。


「くっ、もう知らないわよ! 覚えてなさい!!」


 とても聖女の言葉とは思えない、雑魚ざこ悪役のような捨て台詞を吐いてこの場を離れるラクリッツ。

 いつものように傲然とノシノシ歩いて去って行く。

 俺は王様に礼を言った。


「一応礼を言っておいた方が良いですかね? 助かりましたよ、王様」


「なんの、気にすることは無い。先ほども言ったように、あれだけ大声で叫ばれてはそれなりに対応せざるを得ないだけであるからな」


「それでも助かったのは事実です。あ、蕎麦ぼうろ食べます?」


 そう言って俺は手に持っていたバスケットから蕎麦ぼうろを取り出して王様に差し出した。

 王様はアメコミタッチのやたら影の濃い笑顔で白い歯をキラリンと光らせた。

 ゲンコツから親指をグッと立てたサムズアップを力強く作ると、ひとつつまむ。


「『ソバボウロ』か、なかなか変わったクッキーだな。しかし良い香りだ」


 そう言って蕎麦ぼうろを口に放り込んだ王様。

 ボリボリと噛み砕くと「うむ、デリーシャスだ」と太鼓たいこ判を押してくれた。


 その時、向こうからラクリッツと入れ替わるようにブルエグのオッサンがやって来る。

 王様は太鼓判を押したが、コイツは太鼓腹を揺らしてこっちに来ている。

 え、ダジャレがしょーもない? うそん、結構うまいこと言ったつもりだったのに。


 そのブルエグのオッサンの足取りはなぜかフラついている。

 よく見ると表情もなんだか変だ。

 それが半泣きになっているからだという事に気が付くのに、時間はかからなかった。


「し……ショウタ先生……」


 こちらに近寄るブルエグのオッサン。

 太鼓腹がたぷたぷ揺れる。

 うわ、見たくねえ。


「ショウタ先生……!」


 こちらに近寄るブルエグのオッサン。

 太鼓腹がたぷたぷ揺れる。

 うわ、ますます見たくねえ。


「バスケットの中のお菓子が食べたいです……!!」


 最後にそう言うと、俺の目の前に崩れるように膝をついてオッサンはうずくまった。

 いや、元ネタ的に先生役はアンタでしょ、ブルエグのオッサンよ。

 体形的に。

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