第11話 四天王バウ最大のピンチ

「ほう、これは恭順きょうじゅんの姿勢だな! コイツ、よほどショウタのプリンが気に入ったらしい。ドラゴンのくせになかなか分かっておるではないか」


「恭順……?」


「お前を主人として認めたという事だ」


「えええええ!?」


 いや、あんなにおびえていた相手のアスティにならともかく、なんで俺ええぇぇェェ!?

 パニックを起こしている俺に構わず、シュネーバレンは姿勢を崩さずに俺に語りかける。


「ワレ、悠久ユウキュウノ時ト共ニ生キテキタ『しゅねーばれん・がれっと・かすたーど』ハ、ナンジしょうたニ忠誠ヲ誓ウ。汝ガぷりんヲワレにアタエル限リ」


「おい、何が恭順だ。ていのいいプリンのカツアゲじゃねーか!」


「うむ、ショウタが昔作ってくれた『ウドン』に乗っていたアレだな。アレも美味かった」


「アスティそれは『かき揚げ』だ。……ってお約束で口を挟まないでくれ、話がややこしくなる」


「すまんショウタ」


 途端にしゅんとなった女魔王。

 くっそう、それもえらく可愛いじゃねーか!


「オ願イシマス、貴方ノぷりんニレマシタ。マタ食ベサセテクダサイ。あれヲ作レル貴方ヲ尊敬シマス」


 あっこの野郎(ドラゴンだけど)、俺の弱い所をつついてきやがった。

 くっそう、こんな事を言われたら男がすたるってヤツじゃねーか。

 くっそう、分かってるのにこんな単純なめ言葉に顔のニヤケが止まらない。

 くっそう、くっそう!


「あー……。う、うむお前がそこまで言うのなら……。俺の第一の部下として特別にプリンを与えようではにゃラひは」


 アスティの口調を真似て、精一杯シュネーバレンに虚勢を張ろうとしたら思い切り噛んでしまった。

 あ、くそ、ドノエルが必死に笑いをこらえてやがる。覚えていやがれ!

 俺はせきばらいをして気持ちを切り替える。


「まあ聞けばお前にも色々と大変なことがあったみたいだしな。王国にも掛け合って、食料の提供とかも出来るように頑張ってみるよ」


「感謝します、マイマスターショウタ」


 シュネーバレンが突然聞き取りやすい話し方でそう返事した。

 びっくりして部下になったらしいドラゴンに思わず聞き返した。


「うお? なんか急に話し方が流暢りゅうちょうになった!?」


「これまでのマスターと魔王殿たちとの会話を聞いていて微調整をかけました」


 おおう、なんという有能ドラゴン! 殺さなくてよかった!!

 食肉にしようとか考えていてゴメンね。

 そんな有能ドラゴンは、さらに有能さを俺に見せつけてきた。


「ところでマスター。帝国の連中はなぜ私をこの国にけしかけさせたのでしょう?」


「あっ!!」


 そうだった。

 帝国の連中の狙いは、ブルエグのオッサンの狙いは、このドラゴンをけしかけた犯人を俺にする事だった!

 慌てて俺はアスティに振り向いた。


「アスティ! 王都の中にシュネーバレンをけしかけた連中の仲間が入り込んでいるはずだ! いますぐ王様のところへ行って、怪しい奴らを検挙するように頼んでくれないか!? お前の立場なら王様も耳を貸すはずだし!」


「いやそれは構わんが、城には防御結界が張られているはずだろう? それを私が強引に破って中へ入ったら、宣戦布告行為と見られても仕方がなくなると思うのだが」


 おっと、さすがこの辺の判断は魔族を治める王様だな。

 少し考えて俺はアスティに指示を出す。

 かつての自分の上司にさっきからタメ口で話す俺に、複雑そうな顔をドノエルがしている。

 バウはプリンの入った箱を、よだれをたらしながらガン見している。


「それじゃアスティ、マシュウ王女と一緒に行ってくれ。彼女がいる修道院は知ってるよな?」


「なるほど、確かにそのほうが確実だな。さすがはショウタだ。すぐに行ってくる」


 言うが早いか、残像を残して走り出したアスティ。

 なんか城壁をジャンプで飛び越えていったのが見えたが、気のせいだと思おう。

 残されたドノエルがため息とともに「こんな時こそ我々を頼ってくれたら良いのに」と呟いている。

 仕方ないだろ、なんだかんだ言って一番早く辿り着けるのが彼女なんだから。


 俺はドノエルの肩を軽く叩くと、兵士に向かって城門を閉めて不審者を外部に出さないように頼み込んだ。

 バウは相変わらずプリンを見ながら、涙を流している。

 泣くぐらいなら後でプリンを作ってやるか。



*****



「息子よ、『魔王』を討伐せし勇者ザルツプレッツェルよ。ドラゴンを追いかけさせていた諜報部員が報告に来ているぞ」


「YO! YO! とうとう王国、竜に負けたか。 YO! YO! そろそろ侵略、始めていい頃♪」


「殿下。皇子。アルフ・オート山のファイアドラゴン・シュネーバレンは王国にくだったようです」


「YO! YO! ドラゴン強いし、負けるの当然♪ ……なんだと、もう一度言ってみろ」


「おや息子よ、素に戻ったな」


「うるせえジジイ! ……聞き間違いか? パティスリー王国がドラゴンに下されたのではないのか?」


「シュネーバレンはパティスリー王国に下されました。どうやら魔族と協力して事に当たったようです」


「チッ魔族が……。しかしドラゴンが討伐されたのなら、アルフ・オート山を通る障害が無くなったという事だな。ならば山脈を通り抜けて王国に奇襲を……」


「そ、それがどうやら王国の一人の男に恭順したらしいと……」


「なんだと!?」


「最後は魔王が仕上げたようですが、ほとんどはその男が抑え込んでいたらしいです」


「魔王は分かるが、何だその男は!?」


「ええと、王国で菓子作りの名人として名を上げてきている……ショウタ・ノカシという名前の男のようですね」


「ショウタ・ノカシ……? ショウタ! あの雑用しか出来ない男か!! おのれ……!!!!」



*****



 ドラゴンが襲撃をかけてきたのに、死傷者がゼロだったのは幸いだった。

 王国内に入り込んでいた工作員も無事に捕まり、俺の風評被害も未然に防げたしな。

 まるで字で書いたようなご都合主義だぜ。

 とかメタな事を考える俺。


「ほらショウタ、ほうけてるんじゃないわよ」


 シーちゃん……シードルさんに脇を突かれながらそう言われて、現実に引き戻される俺。

 おっと、まだ朝の仕込みの最中だった。

 まあドラゴンを撃退した英雄はアスティになったけど、それはそれである意味好都合だ。

 菓子作り以外で有名になっても、わずらわしいだけだしな。

 ……泣いてなんかいないぞ、俺は!


 とか考えながら仕込みを続けていると、表の呼び鈴が鳴らされた。

 こんな時間に誰だろう?

 一瞬そんな事を思ったが、すぐに思い出す。

 こんな時間に店に来るヤツなんて一人しか居ない事を。


 案の定、表で大声で叫ぶ声が聞こえた。

 呼び鈴鳴らされてから、そんなに早く表に出れるか!


「ショウタ! ショウタ! いるんでしょ!? 早く出てきなさいよ!!」


 その声につられて急いで表に出るのもシャクだが、放っておくと近所迷惑になるから仕方がない。

 表のドアのカギを開錠するとドアを開け放つ。

 俺は表にふんぞり返って立っている少女に、不機嫌な表情を隠そうともせずに声をかけた。


「大声出さなくても聞こえてるって毎回言ってるだろラクリッツ。近所迷惑だから早く中に入れ」


「はん! アンタこそ毎回アタシを待たせるなんて大罪を犯し続けるなんて良い度胸じゃない!」



 そう傲慢ごうまんな態度で貧弱な胸をらせる少女。

 『魔王』討伐の元仲間、魔法使いだったけれども途中で聖属性魔法に目覚めた「真の聖女」。


 ラクリッツ・シュネッケン。

 帝国のクソ皇子ザルツプレッツェル・シュネッケンと結婚した女が立っていた。



*****


「うわーんトスティ! またついうっかり調子に乗って、ショウタの前で魔王のドヤ顔を晒してしまったのだー! 私はもうお嫁に行けない!!」


「はぁ……(盛大なため息)大丈夫ですよ姉上。嫁のもらい手が無くてもショウタが貰ってくれます」


「うう、ぐすっ。ショウタはプリンを変わらず私に作ってくれるだろうか?」


「彼はそんな事で態度を変えるタマではないですよ。ところで今日は、いつもよりもそのプリンの箱が多かったようですが?」


「ん? ああ、ショウタがバウへのおみやげにと奴の分のプリンも渡してくれたのだ」



*****



「バウ死ぬな目を開けろ! 糖尿病なんかに負けるな! 立て、立つんだバウ!!」


『ああっ! バウがプリンを頬張って幸せそうに倒れているわあぁぁ!?』



*****



注)生活習慣病型糖尿病(II型糖尿病)の中期に突然倒れる事例は滅多にありません。食生活や運動量を見直して下さい

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