第12話 真の聖女様は人望ナッシング

「それで今日は何のお菓子なんだ?」


 ラクリッツを店内に入れるが早いか、俺はすぐ厨房に引っ込んで仕込み作業の続きを始める。

 彼女に目もくれずに、作業のついでにそうたずねた。

 シーちゃんももう慣れたもので、俺と同じく彼女を気にした風もなくテキパキと開店準備をしてくれている。


「今日はお菓子のレシピを教わりに来たんじゃないわよ! 聞いたわ、この国でお菓子の品評会があるんですって!?」


「いちいち大声で言わなくても聞こえてるよ」


 半分聞き流しながら大鍋で豆をでて餡子あんこもとを作る俺。

 煮立にたつまでの間に、練り物に使う小麦粉や砂糖を取り出して準備。

 そうそう、この砂糖が魔族領で産出されるのが分かったから、王国とまともに交易できるようになったんだよな。

 そんなあわただしい朝の作業時間を切り裂くように、ラクリッツは叫ぶ。


「アタシもその品評会に作り手として参加するわ!」


「はぁ!!!?」


 何を言ってるんだ、コイツ。

 俺は目の前の、小柄な青髪童顔の魔法使いだった聖女な少女を見た。


 優等生ではあるけど、クラスカースト上位でイジメも上手くカモフラージュした上で積極的に参加しそうなタイプ。

 元仲間じゃなかったら、むしろ積極的に関わりを断ちたいタイプの人間だ。


 自分だけがチヤホヤされたい、他人がチヤホヤされるのは絶対イヤとずっと言っていたもんな。

 そのくせ、自分よりも強い相手には弱く、徹底的に卑屈に下手に出る。

 プライドだけはやたら高いけどな。


 帝国の貴族にバカにされて悔しいから、見栄みえ張って菓子作りが得意って宣言してドツボにハマったのに。

 それを何とかするために俺に泣きついて菓子作りの特訓をし始めたばかりなのに。

 時々、俺が作った菓子を持って帰って自分が作ったとホラ吹いて、さらにドツボってるのに。


 それがどうして品評会にお菓子を出そうと考えるのか。

 そもそも今までも、本気でお菓子作りを覚える気が無かったじゃないか。

 マヌカ帝国皇子の妻(側室だけど)の立場を使えば、参加は出来るかもしれないけど。


 でも結局は、実力がそれなりにないと大恥をかくのは一緒なんだぜ。

 そう思ってたら、とんでもない事をラクリッツはさらりと言い出した。


「だからショウタ、アンタは参謀としてワタシの代わりにお菓子を作る名誉をあたえるわ! ワタシはそのお菓子で優勝して宮廷の連中を見返してやるのよ! それに協力出来る事を光栄に思いなさいよ!!」


「帰れ」


 思考をいっさい挟む事なく即答。

 呆れてものも言えねえ。


 他人ひとのフンドシで優勝しようとか、どんな発想したらそこに辿り着くんだ。

 シーちゃんまで思わず手を止めて、信じられないものを見る目でラクリッツをながめていた。


 そんな俺たち二人の様子に気付いた風もなく、ラクリッツは叫ぶ。

 本当、なんでこんな奴に聖属性魔法が目覚めたんだ?


「何でよ!? ワタシはかつてのアンタの仲間よ!? そのアタシが困ってるのに何で見捨てるような事を平気で言うのよ!?」


「今までも散々お前を助けてやってたろ。魔族領と帝国との交易ルートを開拓した手柄をお前に渡してやったし、不倫相手のイケメン貴族に遊んで捨てられた復讐もしてやったし、高い服を買うために税金ちょろまかしたのがバレそうなのを誤魔化してやった事もあったな。あと他人のねたそねみを書きつづったノートの存在がバレて皇子や王様に流れそうになってたのを、その前に取り返してやったりとか」


「最初のやつ以外は、全部この女の自業自得のを代わりに尻拭いしただけじゃない」


 ラクリッツへ返した俺のセリフに、思わずシーちゃんがそうツッコむ。

 反射的に『聖女様ラクリッツ』が、ギイッと噛みつきそうな表情でシーちゃんをにらむ。

 そんなラクリッツを気にした風もなく、シーちゃんは軽く肩をすくめると開店準備の続きを始めた。

 姉が魔王アスティだから、ラクリッツ程度の威嚇いかくなんてそよ風程度にしか感じてないみたいだ。


「……お前の自業自得かどうかはこの際置いといて、だ。そうやって俺が助けてやった事に、今までただの一度たりとも『ありがとう』『ごめんなさい』を言ったこと無いよな?」


「何を言ってるのよ! このワタシに協力できたって名誉が謝礼じゃないの! アンタ何様のつもりなの、厚かましい!!」


「お前そんなんだから誰も味方が居ないんだよ」


 確かに貴族連中は、鼻もちならない傲慢な人間が多い。

 だけど、貴き者の責務ノブリスオブリージュを体現したかのような奴だって、少数ながらいるのも事実だ。

 しかしコイツの態度だと、そんな物好きな連中すら敵に回してしまうだろう。


「まったく、なんでお前が聖女様なんかになるのか神様の気が知れねえよ」


「『徹底的に自分の事だけしか考えていない姿勢が純粋過ぎて気に入った』って神様は言ってたわね!!」


「マジか。この世界の神様は最悪だ」


「とにかく! もうワタシは大会にエントリーしたから!」


「誰が付き合うか。お前自身の手で作ったので勝負しろ、じゃあな」


 しかし聞こえてないのか、聞こえてないフリをしているのか、俺の言葉に反応することのないラクリッツ。

 最後まで一方的にまくし立てて、言いたいことだけ言って俺に背を向けた。


「明日になったらワタシの処で打ち合わせだからね! じゃあね!!」


 その捨て台詞を最後に、俺の返事も聞かず打ち合わせ場所の説明もせずに店を出た『聖女様』。

 あまりの人望の無さに護衛の一人もつけらていない彼女は、そのままノシノシと歩いて去っていった。

 ま、聖属性魔法のまもりで誰も危害を加えることが出来ないけどな。



 それにあいつの性格考えたら、無視して放っておいても勝手にこの店まで怒鳴り込んでくるだろ。



*****



「信じられない! 昨日ワタシ打ち合わせだって言ったわよね!? 今日ずっと待ってたのに! なんでワタシが泊ってる宿に来ないのよ!! 信じられない! サイっっっテーーー!!!!」


 案の定、次の日の夕方に怒鳴り込んできたラクリッツ。

 お前の宿が打ち合わせ会場だって、昨日言わなかったじゃねえか。

 行くつもりも無かったけど。


 タイミングが良いのか悪いのか、アスティがこれから二階でプリンと紅茶を楽しむ時間にやって来た。

 ラクリッツの剣幕に、一瞬きょとんとして彼女を見るアスティ。

 そしてすぐにポンと左の手の平に右手を当てて反応した。


「おお。誰かと思えば、『魔王』討伐の時に一緒になった魔法使い殿ではないか」


「ワタシの名前はラクリッツよ! ふん! 誰かと思えば、あの時の魔族の脳筋ゴリラ女じゃないの!!」


「ふむ。今はアスティ個人として来ているから私自身は別に構わないが、魔法使い殿も……ラクリッツ殿も他人の名前はきちんと覚えておいたほうが良いぞ」


「うるさいわね! たかが魔族ごときが偉そうにワタシに指図するんじゃないわよ!!」


 ムッとした顔をしたのはシードルのほうだった。

 最近ずっと見た覚えのなかった不機嫌な表情でラクリッツのセリフに割り込む。


「とても帝国の皇子の妻が話す言葉と思えないわね」


「なにおうこの魔族の小娘! 魔族ごときのお前なんかがこの帝国皇子の妻で真の聖女たる私にそんな失礼な口を叩くとか、万死にあたいするわ!!」


「人の上に立ってる人物が足もとの人間を踏みつけることばかり考えてたら、すぐに足もとが崩れちゃうわよ。ああ、すでに崩れて誰もいないか」


「言わせておけばこの魔族のクソビッチ小娘が!」


「なにおう!」


 その時、シードルの両肩にポンと乗せられる手。

 彼女と俺は、それをした当人を見る。

 アスティだった。


「どうやら今日は出直したほうが良さそうだな。ショウタすまない、お詫びのしるしに私が購入したプリンを、こちらのマヌカ帝国皇子夫人に差し上げてくれ」


 え、マジか!?

 俺が作ったお菓子や料理の中でも、プリンを食べることを何よりも楽しみにしていたアスティが!?


 瞬間、そう思った俺はすぐに気がついた。

 シードルの肩に置いた手が白く強張こわばっているのを。

 アスティの表情は、相変わらずにこやかに穏やかなまま。


 姉の手に入った力に気が付いたシードルが、心配そうな顔でアスティの顔を見上げる。

 アスティはラクリッツから視線を外すことなく、シードルの頭を撫でた。


 こいつ……。


 俺は改めて、目の前の女魔王を尊敬の念を込めて見た。

 やはり「王」なのだ、目の前の赤毛の美しい魔族の女は。

 普段、俺に見せる態度がどうであろうとも。


 さすがにアスティの態度に気圧けおされたのか、ラクリッツがひるんだ気配を見せる。

 しばらく何度か口をパクパクさせた後、ようやく言葉を絞り出す。


「そ……そう。ショ……ショウタとその魔族の女どもの考えはよーく分かったわ……。覚えてなさい、後悔させてやるから」


 そう言うと、くるりと背を向けて店から出ようとするラクリッツ。

 ハッとなった俺は慌てて彼女に声をかけた。


「おいラクリッツ! プリンはどうするんだよ!?」


「せっかくくれるって言ってるんだから、持って帰るに決まってるでしょ!!」


 すぐにもう一度こちらにくるりと向き直るラクリッツ。

 プリンの入った箱をひったくるようにつかむと、昨日と同じようにノシノシと歩いて去っていった。



*****



「バウ……。貴方の雄姿は忘れないわ」


「我らに任せて、今はただ安らかに眠れ、バウ……」


「二人とも、拙者はダイモン先生に安静にして寝てろって言われてるだけプリン。そんな言い方されると、まるで拙者が死んでしまったように聞こえるプリン」

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