第10話 パネエっす魔王アスティ様、というお話

「ドノエルおせえぞ! ったく美味しいところを持っていきやがって!!」


 俺と同じように、ワイバーンから地面に降り立ったドノエルに声をかける。

 遠くの方からシードルの「ドノエル様すてきー!」の声が聞こえる。

 シーちゃん、お店の番はどうしたのさ(泣)

 しかしドノエルは、氷漬けのシュネーバレンを見つめたままで渋い顔。


「どうしたドノエル。ドラゴンを倒したんだからもっと嬉しそうな顔しろよ」


「倒せてない」


「え?」


 俺は一瞬ドノエルの言葉が理解できなかった。

 ドノエルは渋い表情のまま、視線だけをこちらに向けて言う。

 聞きたくなかった事実を。


「シュネーバレンはまだ死んでない。そしてもう俺の氷も破られる」


「嘘だろ。あれって確かお前の最大威力の攻撃じゃ……」


「その通りだ。あれに魔力のほとんどを注ぎ込んだから、もうこれで俺に打つ手は無い」


「いや、そんな冷静に言われても」


 そう俺が言った矢先、氷が振動し始めた。

 シュネーバレンが氷漬けになってから、少し弛緩しかんした空気が漂っていた兵士に一気に緊張と恐怖が戻る。

 俺も信じられない思いで氷を見つめていた。


 祈るような気持で見ていたが、それにも関わらず無情にも氷にヒビが入り始める。

 すぐにドラゴンの顔のあたりの氷が砕け散ると、そこから炎が飛び出した。

 そうか、ドラゴンにはブレスがあった!

 あれで氷を溶かして、もろくしたのか。


 そのままドラゴンはバリバリと氷を砕き続け、首の拘束が無くなる。

 奴は、顔を上に向けると、嘲笑ちょうしょうじみた咆哮を長々とあげ続けた。

 さすがに絶望が頭をかすめながらその光景を見つめる俺。

 その時──。


「ん? コイツはアルフ・オート山に棲んでいるドラゴンではないか。むかし私が倒しそこねたコイツがなぜこんな所に居るんだ?」


 と、最近毎日のように閉店後に聞いている声がした。

 いまだ体力(正確にはMPだけど)が回復していない俺は、必死の思いでそちらに顔を向ける。

 そこには見間違えようがない、赤毛のイケメン王子な女魔王がそこに立っていた。



*****



「アスティ!」


「おお、ショウタではないか」


 俺が彼女に声をかけると、魔王アスティは軽い調子でこちらに片手を上げた。

 かたわらにそびえる巨大なドラゴンに全くおくした様子も無く。


 ……いや、それどころか逆にシュネーバレンのほうが明らかにおびえの様子を見せ始めた。

 いまの今まで俺たちを虫けらとしか見ていない態度だったのに。

 アスティを確認した途端に、挙動不審に首をせわしなくキョロキョロと動かす。


「ショウタ、このドラゴンをどうするつもりなのだ?」


「いやそんな事よりも、お前ですら昔に倒し損ねたって事はコイツそんなに強いのかよ」


「強いのは強かったな。あともう少しで倒せそうだったのに、一瞬のスキを突かれて逃げられてしまった。ああ、その後でコイツは休眠期に入ったんだっけ」



 シュネーバレンが休眠したのは、この女魔王が原因でした!!



 改めて確認する余裕が無かったから気が付かなかった。

 けど、よく見たらこのドラゴンの首元に大きな刀傷がついていた。

 『魔王』を倒した時からアスティが強い強いとは思っていたけれど。

 この、文字通りの化け物ドラゴンを怯えさせるほどの強さだったとは。


 いまや完全にドノエルの氷を砕き切り、俺のワイヤーをちぎり切ったドラゴン。

 ゆっくりとした動きで向きを変えて逃げ出そうとしていた。

 そのとき突然アスティからとんでもない殺気が吹き出る。

 それに当てられた王国の兵士がバタバタと倒れて失神していく。

 アスティは俺の方を向いたまま腕を組んで目を閉じると、低く威圧感のある声を出した。


「どこへ行くのだシュネーバレン。お座り!!」


 ビックゥ! と身を震わせたかと思うと、しゅたっと犬のお座り姿勢になるドラゴン。

 うわ、めっちゃ背筋が伸びてるよ。

 アスティはゆっくりとシュネーバレンへ振り向く。

 そのままドスの効いた声で続ける。


「どうやらお前は、随分とショウタに迷惑をかけたようだな?」


 ガタガタと震えるドラゴン。

 潰れずに残った目から、文字通りの大粒の涙がこぼれ落ちている。

 それは、いたずらが過ぎたペットがご主人様に怒られている姿そのものだ。


「バウ。お前の刀を貸せ」


 いつの間にかアスティのそばひざまずいていたドノエルとバウ。

 そのバウに向かって、歯向かう事を許さぬ圧力が込められた命令が下された。

 うやうやしく刀をアスティに差し出すバウ。

 それは普段俺に見せている顔とは全く違う、正しく魔王としての振る舞いそのものだった。


 アスティは軽く刀を振るう。ヒュン、と小気味よく鳴る風切り音。

 その後にバウの刀を肩に担ぐと、俺に訊ねてくる。


「どうするショウタ。今ならコイツを三枚におろすことが出来るぞ?」


 途端に俺は、このドラゴンに対するあわれみの感情が湧いてきた。

 さっきの大粒の涙を見たせいかもしれない。

 そもそも俺だってコイツを食肉加工するつもりで巣穴に行ったわけだし。

 こいつだって、どういう方法でかは分からないが、帝国の冒険者くずれ連中に無理矢理起こされてここに来た訳で。


 ようやく立ち上がれるだけの体力(正確にはMP)が回復した俺は立ち上がってドラゴンを見た。

 シュネーバレンは相変わらずお座り姿勢のまま項垂うなだれて、涙を流し続けている。

 俺は頭をかいてため息をついた。

 そしてアスティに今の自分の考えを伝える。


「いや、別にいいよ。コイツさ、実は帝国の連中に突っつかれて無理矢理に王国に来させられたみたいなんだ。おとなしく帰ってくれるなら、今回はお互い様ってことで」


 俺はアスティ達に「甘い」とか「こいつがどんなに危険な存在か」とか言われるのを覚悟でそう伝えた。

 だが意外にも俺の言葉を聞いたアスティ達はすぐに殺気と張り詰めた態度を崩す。

 そして少し嬉しそうな顔で俺に答えた。


「まったく。昔の私だったら、敵は有無を言わさず首をねていたところだったぞ」


 そして改めてシュネーバレンのほうへ向きなおり刀を持たない手を腰に当てて、お座りドラゴンに言った。

 遠くの方から女性陣の黄色い声がたくさん聞こえてくる。

 この声援の主たちのうち、何人がアスティの『正体』を知っているんだろう。

 ま、日本でも宝塚歌劇にハマってる女の人も多いから、案外と正体知られても問題ないかもしれないが。


「シュネーバレン・ガレット・カスタード。このショウタの恩情に感謝することだ。本来ならば殺しているところだが、どうやら今回はお前にも情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地があるらしい」


 アスティは傍らのドノエルを見る。

 いつの間にかドノエルは跪きながら箱を捧げ持っていた。

 アスティはニヤリと笑うとシュネーバレンに言った。

 めっちゃイケメンな笑顔だな、チクショウめ!


「このショウタは凄いぞ、めちゃくちゃ美味いお菓子をいつも作ってくれるのだ! 口を開けろシュネーバレン、今回は特別に食わせてやろう!」


 そうアスティが言ったが早いか、ドノエルがうやうやしく箱を開ける。

 中にはプリンがぎっしりとつまっていた。

 そうか、今日はこのプリンを取りに来たから、ここにいるのか。


 シュネーバレンは恐る恐るといった様子で、その大きな口をあけた。

 口の中にはびっしりと大小さまざまな牙が生えている。

 俺は昔どこかで見た、さめの口を思い出した。


 アスティはドノエルが持つ箱に手を突っ込むとプリンをひとつ取り出す。

 そしてその口に向かって取り出したプリンを放り込んだ。

 バクン、と音を立てて口を閉じるシュネーバレン。


 次の瞬間、俺のプリンを食べたこのドラゴンは目をカッと見開く。

 そしてどこからともなく照りつける後光と共に、潰れた片目や破れた羽根が再生した。

 後ろ足で立ち上がり、前足をガッツポーズの様にすると、顔を上に向けて叫び声をあげた。


「コ、コレハ! コレハッ!! 美味ウーマーーイーゾオォォーーーッッッ!!」


 仕上げとばかりに、天空にブレスを吐き出すシュネーバレン。

 俺は茫然としながら呟いた。

 王国の人々もあっけにとられた様子なのが見てとれる。


「こいつ……人間の言葉を話せたのか」


 アスティがそんな俺の疑問に答えてくれた。


「ん? シュネーバレンは長く生きてるからな。話そうと思えば人間の言葉ぐらい話せるぞ?」


「マジか」


「まあドラゴンなんてのは大抵が気難きむずかしいからな。滅多に人間と会話しようとしないのだが」


 話していた俺たちの元へ、シュネーバレンが戻って来る。

 再びお座りをすると頭を下げて、俺の目の前に鼻先を突き出してきた。

 それを見たアスティが少し驚いたように俺に話す。


「ほう、これは恭順きょうじゅんの姿勢だな! コイツ、よほどショウタのプリンが気に入ったらしい。ドラゴンのくせになかなか分かっておるではないか」


「恭順……?」


「お前を主人として認めたという事だ」


「えええええ!?」

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