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 二人だけの四阿は、以前訪れた際は大人数だったということもあり、がらんどうとして物寂しかった。

 クラリッサは隣に座する若き首長を一瞥する。自分から誘っておいた癖に、彼はずっとだんまりを貫くのみ。居心地の悪い沈黙に包まれて、嫌でも気落ちしてしまう。


「……メクティワさんと、上手くいってないの?」


 開口一番に飛び出したのは、配慮もへったくれもない問いかけだった。これでは、あらぬ噂をささやく口さがない連中と変わりない。

 アロヒュリカは一瞬瞠目したが、すぐにわかりやすく嘆息した。そして、いつもと変わらぬじっとりとした眼差しでクラリッサを白眼視する。


「もう少し言い方というものがあるでしょう。あなたは野次馬ですか」

「いやあ、こういう時って何て言ったら良いのかわからなくて、つい。悪気はないから許してちょうだい」

「あったらこのような空気を保ってなどいられませんよ、まったく……」


 心底呆れた、とでも言いたげな口振りだったが、いつの間にかアロヒュリカはうつむいていた。クラリッサをたしなめてばかりもいられないのだろう。もとから深い眉間のしわがさらに深まっている。


「……どうか、メクティワを責めないでやってはいただけませんか。彼女がいきどおる理由も、もっともなものです。血縁を切ったとはいえ、エツィカシュイムの姉という立場からは離れられないのでしょう」

「まあ、随分心配しているみたいだったからねえ。あたしは妹だからメクティワさんの気持ちはよくわからないけど、それだけ本気ってことは何となくだけど理解出来るよ」

「……兄君か、姉君がいらっしゃるので?」


 意外なことに、アロヒュリカはクラリッサの話に乗ってきた。ずい、と身を寄せて、首をかしげながら問いかけてくる。

 こういった仕草をするとまだ若く見えるものだ、としみじみ思いつつ、クラリッサは「兄さんが一人」と答えた。すると、アロヒュリカはほう、と幾らか感情のこもった相槌を打つ。


「兄君がいらっしゃるのですね。少し羨ましいです、私には同胞きょうだいがいないものですから」

「無い物ねだりなんだろうけど、色々と大変だよ。うちの兄貴はだいぶ横暴だったからね。小さい頃はしょっちゅう喧嘩してたよ」

「しかし、仲はよろしいのでしょう?」


 私にはわかります、とアロヒュリカはまなじりを弛めた。自分のことではないというのに、何処と無く嬉しそうにも見える。

 心中を当てられるのはこそばゆい。クラリッサはこほん、と咳払いをして気を取り直してから小さくうなずいた。


「あたしは父さんや母さんと折り合いが悪かったからさ。消去法で、兄さんに頼るしかなかったっていうか……。多分、大人たちの価値観とあたしのそれが上手く噛み合わなかったんだろうね。兄さんだけがわかってくれたから、今ではすっかり仲良しさ」

「なるほど、ご両親と不仲だったのですね」

「……アロヒュリカさん、もしかしてさっきの当て付けだったりする?」

「さて、どうでしょう」


 不躾ぶしつけな物言いをしたことは謝るよ、とクラリッサは苦笑したが、若き首長はつんと澄ました顔をするばかりだ。

 案外根に持つんじゃないか、もクラリッサが肩を竦めると、首長は幾分か表情を和らげた。そして、「深入りするつもりはありませんよ」と付け足した。


「ただ、メクティワのところとは対照的だと思っただけです。彼女の親族は、家族の繋がりがあまりにも強かった」

「へえ、そうなんだ。ちょっと羨ましいかな。親とぎすぎすするのって、居心地悪いし」

「濃すぎる血がそうさせていたというのなら、皮肉なものでもありますがね」


 結束があろうとも子はほとんど死んでしまったそうですから、とアロヒュリカは遠い目をした。


「だからこそ、メクティワの両親は彼女──そしてエツィカシュイムを何としてでも守りたかったのでしょう。彼らを逃がした二人は、南の島の者によって殺されてしまいました。……五体をばらばらにされた二人が送りつけられてきた時は、私も驚いたものです」

「そんなことが……」

「このままでは、メクティワも殺されてしまうと思いました。あの時は私も幼く、未熟でしたから……父であった前首長に頼み込んで、しきたりを破って彼女を妻としました。そうすればメクティワの命が以前のように脅かされることはないだろうと……そう思っていたのです」


 けれど、とアロヒュリカは瞑目めいもくする。


「メクティワはきっと、侮られたと思ったでしょうね。命を救ってやる代わりに妻になれ、など──女の彼女にとっては、どれだけ屈辱的だったことか」


 クラリッサは何も言わなかった。ただ黙ってアロヒュリカの話を聞いていた。

 自分がメクティワと同じ状況だったなら、彼女と同様に受け取っただろうか。アロヒュリカを憎まずにはいられなかっただろうか。

 無駄な思案だ、と思う。フィアスティアリの価値観は、大陸とは大きく異なるだろう。それゆえに、比べるなど傲慢以外の何物でもない。


「良いのですよ。実際、私は彼女を傷付けたのだから。責められて然るべきなのです」


 何も言わないクラリッサを見かねてか、アロヒュリカはそうこぼした。諦めに満ちた声色だった。


「南の島の者から、これ以上目を付けられないために──東西の島の首長とも相談して、可能な限りエツィカシュイムは民と関わらせないようにしよう、と決まりました。その結果、彼はとがを持った者として扱われ、年齢が二桁になる頃には離れ小島に隔離することにしました。南の島から最も離れた場所であれば、彼らの接触も叶わないと思った」

「……それで、メクティワさんはツィカと絶縁させたの?」

「はい。……私は、同族同士で血を流すことになるなど、耐えられませんでしたから」


 アロヒュリカがそっと拳を握る。よく見れば、その手はかすかに震えていた。


「私は臆病者なのですよ、クラリス殿。滅びを粛々と受け入れるべき立場だというのに、目の前で大切なものが壊れてゆく様を見るのが心苦しくて堪らない。血が流れる様子さえ、平常心で見ることなど出来ない」


 恨まれて当然ですね、とアロヒュリカは自虐的に笑った。初めて見る笑顔だというのに、不快感がじわりとにじむ。

 ツィカは、神の意志を受け入れることこそがネツァ・フィアストラに対する敬虔さなのだと言っていた。たとえカペトラ族が滅ぶことになろうとも、抵抗すべきではないのだ──と。

 だが、アロヒュリカはどうだろうか。カペトラ族が滅ばぬためにと、大陸から流れ着いたクラリッサ──白き肌を持つ人すら頼ろうとしている。カペトラ族を存続させられるのなら、かつて自分たちを辺境に追いやる原因となった民族──その後裔こうえいにさえすがろうとする。

 その在り方は、果たして間違っているのだろうか。──少なくとも、カペトラ族にとっては道理に反したものなのだろう。

 今のクラリッサには、隣に座る青年を冷徹な首長として見ることなど出来なかった。彼もまた、迷える人間の一人に過ぎないのだ。


「……明日、お祭りなんでしょ。暗い話はこれでおしまいにしようよ」


 そう告げれば、アロヒュリカはおもむろに顔を上げた。何を言っているんだ、とその目は物語っている。


「悪いけどあたし、知らない土地の問題にあれこれ口出し出来る程偉くないんだよね。民族とか共同体とか、そういうのって専門外だし」

「……何が言いたいのです?」

「何って言われてもね。愚痴を漏らすのはここまでにしようってだけさ。せっかくのお祭りなのに、主役が辛気くさい顔をしてたら興ざめでしょ?」

「いえ、あくまでも祭祀の中心はネツァ・フィアストラ様ですから、私がその座を奪う訳には……」

「いや、真面目か」


 相変わらずアロヒュリカには冗談が通じない。普段ならつまらなさを感じるだろうが、今となってはそんな一面も可愛く思えてきた。


「ま、気持ちを切り替えて頑張ろうってことだな。あたしから言われたらむかつくかもしれないけど」


 ぽんぽんと肩を叩いてやれば、アロヒュリカは一瞬きょとんとした顔をした。──が、すぐにもとの硬い表情に戻り、「言われずとも」と平坦な声で言った。

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