3
その後、クラリッサはチャムペカフによって無事に北の島まで送り届けられた。終始無言で雰囲気は最悪としか言い様がなかったが、傷付けられなかったという点においては幸運と言っても良いだろう。
クラリッサを下ろしてからは特に何をすることもなく、チャムペカフたち南の島の一団はさっさと帰っていった。それほど北の島を嫌悪しているのだろうか。揉め事が起こらなかったのはありがたいが、クラリッサとしては何とも言えない気分になるのでせめて挨拶のひとつくらいはして欲しかった。
「クラリス!」
あっという間に島民に囲まれ、矢継ぎ早に色々と問い質されたのは予想の範囲内であったが、一際大きく響いた声にクラリッサは面食らった。
見れば、こちらに向かって駆けてくるひとつの人影がある。その人影が近付いてくるのを見るや否や、クラリッサに群がっていた島民が蜘蛛の子を散らすように離れていく。
「ツィカ!? 君ってば、どうしてここに」
「どうしても何もないだろう、お前が南の島に連れていかれたと聞いて、いてもたってもいられなくて……」
駆け寄ってきたツィカは珍しく頬を上気させ、髪の毛がぺたりと頬に張り付く程の汗を流していた。頭巾を被った状態では、だいぶ蒸れていることだろう。
息切れする彼の薄い背中をおろおろと撫でながら、クラリッサは何だか面映ゆい気持ちになった。他人からこうまで心配されるのは、果たしていつぶりだろうか。
「大丈夫だよ、ツィカ。酷いことは何もされていないし、まあ、ちょっぴり釘を刺されただけさ。ほら、ご覧よ。この通り、怪我ひとつない。良い交流の機会を得られただけだから安心しておくれよ」
「ほ……本当に、何もされていないんだな?」
「本当だってば! ツィカ、これまであたしが君に嘘を吐いたことってあるかい?」
ふるふる、とツィカは
何はともあれ、ツィカに心配をかけるのは本意ではない。彼は余所者の自分を心から案じてくれている。その気持ちを平気で
「──無事のようですね、クラリス殿」
感動の再会──と形容するのは大袈裟だろうか──は、いつまでも続くものではないらしい。
だいぶ聞き慣れた声がすると思って振り向いてみれば、そこにはアロヒュリカとメクティワ、そして何人かの付き人らしき男たちがいる。アロヒュリカが人払いをさせたのか、先程まで群がっていた島民たちはすっかりその場からいなくなっていた。
アロヒュリカはじろり、とクラリッサを見下ろす。そして、普段と変わらぬ仏頂面で口を開いた。
「島の者たちから聞きましたよ。南の島へ連行されていたそうですね」
「そうそう、いきなりのことだったからびっくりしちゃったよ。特に何事もなかったから良かったけど」
クラリッサは軽快な調子で言ったが、それで場の雰囲気が和むこともなく。むしろ、メクティワの顔色はますます悪くなっていった。
そんな妻をちらりと一瞥してから、アロヒュリカはひとつ咳払いをして尋ねる。
「……して、あなたは南の島で何を? ただ連行されただけという訳ではありますまい」
「あー……それはまあ、何というか……」
内容が内容というだけではなく、チャムペカフたちが神の化身と一方的に崇めているツィカも同席している状況だ。クラリッサはわかりやすく視線を逸らし、ごにょごにょと言葉を
「……わかっています、クラリス様。この子のことについてでしょう?」
ここでおもむろに切り出したのは、アロヒュリカではなくメクティワであった。
彼女から発言するとは珍しい。そう思ったクラリッサだったが、話題に挙がっているのがツィカという以上、彼に最も近しい存在であるメクティワが口火を切るのは妥当である。そのため特に反応は示さず、無言で聞き役に徹することで彼女の言葉の先を促す。
「全て……全て、私どもの責任です。この子が神の化身として扱われるのに、どうしても耐えられなかったのです。他に方法もあったでしょうに、このような形で現在まで禍根を残すばかりか、クラリス様にもご迷惑をおかけして……。誠に、申し訳ございません」
「姉上、それは」
苦しげな顔をしたまま、メクティワは躊躇うことなくクラリッサに向けて土下座した。仮にも首長の妻ともあろう者がすることではなかった。
これに対して、彼なりに思うところがあったのだろう。ツィカが何やら意見しようとしたが、すぐにアロヒュリカが彼を睨み付けた。
「──とにもかくにも、クラリス殿。あなたにこれといった被害がなかったのは幸いでした。この島の民の中には、南の島の者に傷付けられた者も少なからずいますから……。こちらで対処出来ず、申し訳ない」
「いや、気にしないでよアロヒュリカさん。お祭りの準備とかで忙しいんだから、ちょっと伝達が遅れても仕方ないって」
すっかり押し黙ってしまったツィカなど意にも介さず、アロヒュリカはメクティワを立たせてから深々と頭を下げる。その声色は僅かに震え、彼が何かしらの感情を封殺せんとしていることがわかる。
まあ、フィアスティアリの中でも色々あるのだろう。クラリッサはそう考えることにした。余所者があれこれと口出ししたところで、良い結果が生まれないのは目に見えている。
「あの、クラリス様……」
アロヒュリカに片腕を掴まれ、再度の土下座が出来ないよう封じられているメクティワが声を上げる。消え入りそうな、儚い声だった。
「その……もしお時間が空いていらしたらで構わないのですが……。明日、私のところへ来てはいただけませんか。お話ししたいことがあるのです」
「話したいこと?」
「そうお時間は取らせません。無理なら、断っていただいても構いませんから……」
メクティワは遠慮がちだが、隣に控えている夫の顔つきからして断れるような空気ではない。
無言の圧力に気圧されたクラリッサは、流されるがままにこくりとうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます