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 アロヒュリカの後を付いていくと、木陰で何やら作業をしている女たちの姿が見えた。彼女らはかしましくお喋りに興じていたが、来訪者二人の姿を見ると一斉に視線をそちらに向けた。


「先日お話しした、クラリス殿です。既にお会いした方もいらっしゃるでしょうが……今日は皆様のお手伝いをされたいそうで」


 自分から連れてきておいてよく言うよ、とクラリッサは思ったが、また睨まれそうだったので口には出さなかった。片手を挙げて、どーも、と軽く挨拶する。

 女たちは作業の手を止めて、皆クラリッサをじろじろと──人によってはちらちらと見る。公演の時とまではいかないが、何だかこそばゆい。


「……では、私はこれにて。作業が一段落し次第、また向かいます」

「えっ」


 照れているのも束の間、アロヒュリカはさっさとその場を後にしてしまう。愛想のひとつも振り撒かないとは、呆れを通り越して逆に感心したくなる。

 仕方ないので、クラリッサは女たちのところに混ぜてもらい彼女らの作業を手伝うことにした。もともとこの島を訪れるつもりはなかったのだが──まあ、郷に入っては郷に従えと言ったもの。耐えきれない程の重労働を強いられる訳でもなし、開き直って作業に取り組むことにした。


「クラリスさん、だったね? 私はモーワン。これから作業について教えるけど、わからないところがあったら気軽に聞いておくれよ」


 明るい笑顔で口火を切ったのは、モーワンと名乗る壮年の女である。クラリッサよりも、一回り程歳上だろうか。はきはきとした口調とどことない貫禄から、肝っ玉母さんといった印象を受ける。

 彼女いわく、現在島の女たちは幾つかの組に分かれて装飾品作りにいそしんでいるらしい。この組は、仕上げの段階を任されているようだ。


「あんたは、出来上がったものをこっちのむしろに寝かせてくれ。彩色の後には、塗料が垂れないよう乾かさなくてはならないからね。ある程度終わったら、乾いたものをいっしょに倉庫まで持っていってくれるかい」

「了解でーす」


 それなりに気を遣われているのだろうか。クラリッサの仕事は簡単なものばかりだった。

 外部の者だから、フィアスティアリの工芸に手を出せないのは道理である。しかし、クラリッサとしてはもっと──フィアスティアリだからこそ出来るような作業にも着手したかった。

 しかし、今やるべきは目先の作業。文句を言ってはいられない。

 モーワンに言われた通り、クラリッサは絵付けした装飾品を筵の上へと運んでいった。単純な作業だが、塗料が垂れて紋様が崩れてはいけない。そのため、装飾品を掌に水平な形で寝かせておかなければならず、クラリッサの両手はすぐに塗料で色付けられていった。


(しかし、これだけの量を作るとは。東西南北に島があるって聞いてるけど、まさか島民全員の分を作ってる訳じゃあないだろうね)


 次々と手渡され、そして並べられていく装飾品。首飾りと思わしきそれらは、今や菰の上を埋め尽くしそうな量にまで達している。

 新しい菰を持ってきた少女がいたため、クラリッサは両手が空になってから彼女に声をかけた。


「ねえねえ、質問しても良いかな。この首飾りって、どこに送るの? すごい量だけど」


 利発そうな目をした少女は何度か瞬きしてから、「お姉さん、もしかして知らないの?」と驚いた様子を見せた。


「もうすぐ、フィアスティアリ全体でネツァ・フィアストラ様にお礼を言う儀式が行われるんだよ。お祭りみたいな感じなんだけど……。その時に、他の島で作ったものと交換するの。いつもはこんなに作らないよ」

「交換……ってことは、これって他の三つの島の人たち全員分?」

「あと、ネツァ・フィアストラ様にもいくつかお捧げしなくちゃいけないから、それ以上だね。儀式まであと五日を切っちゃったし、急いで仕上げしないといけないって訳」


 なるほど、それでこれほど大量に装飾品を作らなければならなかったのか。クラリッサは合点がいった。

 少女は特に気を悪くした風には見えなかったため、もう少し聞いてみることにする。


「そのお祭りって、どんな感じなの?」

「楽しいよ! 普段は食べられないようなご馳走もたくさん出るし、夜遅くまで騒いでも怒られないからね。お祭りの日は、大人たちも働くのをやめて思いっきり遊ぶの。おやつももらえるし、良いことばっかり!」

「へえ、お祭り騒ぎって感じなんだね。でも、儀式って言うくらいだし、遊んでばかりもいられないんじゃない? 捧げ物って、装飾品だけで良いの?」


 続けて問いかけると、少女はううん、と首を横に振る。


「お祭りの日には、カペトラ族の皆で歌を歌うの。ネツァ・フィアストラ様を讃えて、日々の恵みに感謝する特別な歌」

「歌かあ。意外だね、もっと直接的な供物くもつでも捧げるのかと思っていたけど」

「供物……って、捧げ物のこと? ないない、ネツァ・フィアストラ様は殺生をお好みにならないんだよ? 自分のお祭りで人が殺されたーなんてことになったら、かんかんに怒ってひでりになるよ」


 少女はからからと屈託なく笑う。それを見たクラリッサも軽く笑い返したが、内心では安堵していた。

 『大いなる神』の信徒たちによる、異教の迫害。その一因は、異教徒たちの執り行う宗教的祭祀にあった。


生贄いけにえにされるとか勘弁だし……ここの信仰は穏やかっぽくて良かった)


 『大いなる神』への信仰において、神に生命を捧げる人身御供ひとみごくうという理念はない。信仰のために殉じた者は讃えられるが、少なくとも儀式において人の命を奪うことはない。

 いにしえの信徒たちにとって、その目に移る人身御供の儀式は凄惨極まりなかったことであろう。だからこそ、彼らは異教を徹底的に排除しようとした。それこそ、現地の文化を、風俗を、そして人を略奪し、踏みにじりながら。

──いや、それはあくまでも建前かもしれないが、今となっては後の祭り。クラリッサに言えることなど皆無である。


「はいはい、お喋りも良いけど、まずは任された仕事をこなすんだね。お祭りに浮かれる気持ちはわかるが、だからといって下準備を怠けて良い理由にはならないよ」


 二人の姿を見たモーワンは、彼女らが談笑していると推測したのだろう。苦笑いしながら、そう釘を刺した。

 たしかに、祭りの話をしていたのは事実だ。だが、浮かれていたのはカペトラ族の少女だけで、自分は至極冷静である。

──などと、言い訳をこねくり回す程クラリッサもひねくれてはいない。

 モーワンに対し、素直にすみません、と謝ってから、何事もなかったかのように作業へと戻る。作業そのものが停滞しているようには見えないが、迷惑をかけるのはやはり気持ちの良いものではないので、遅れを取り戻さなければなるまい。


(……それにしても、お祭りねえ)


 今となっては、懐かしい響きさえ覚える単語である。しかも、歌を歌うというのなら尚更だ。

 

「なんだい、あんたもお祭りが気になってるのかい?」


 あれこれと思案しつつ手を動かしていると、モーワンから声をかけられた。彼女に気取られた辺り、顔に出ていたのだろう。


「うーん、少しだけ。もしかして、作業遅れちゃってたりします?」

「いや、単純に物珍しそうな顔をしてたからね。お祭りのこと、聞かされてなかったんだろう? 気になるのも無理はないさね」


 モーワンは快活に笑うと、「あんたも参加すれば良いさ」と持ちかけた。


「ネツァ・フィアストラ様はお歌が好きと伝えられているからね。歌い手が増えれば、きっと喜ぶだろうさ。それに、フィアスティアリの美味いものがたくさん並ぶ。あんたの故郷ふるさとじゃあ食べられないものもあるかもよ」

「でも、あたしは余所者ですよ? 大事な儀式だっていうのに、しゃしゃり出たら迷惑でしょう」

「そんなことはないよ! 特別なことは何もしなくて良いんだ。好きなものを食うだけでも、お喋りするだけでも構わないんだよ。お祭りってのは、体いっぱいで楽しむものだからね」


 だから心配しなさんな、とモーワンは軽くクラリッサの肩を叩いた。

 恐らく、祭りとは無礼講のようなものなのだろう。日々の労働から解放され、享楽に耽る非日常。限られた時間だからこそ、人々はそれを楽しみに日常を生きる。


「……まあ、考えてみます。都合が合えば、お邪魔させてもらおうかな」


 祭りに対する興味はあるが、すぐに乗り気になれる程クラリッサは能天気ではない。

 一先ず誘ってくれたモーワンの厚意に感謝しつつ、クラリッサはそそくさと作業へと戻った。

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