第3話
気がついたときには、彼の目に太陽の光が容赦なく差し込んでいた。そのまぶしさに耐えかねて目を覚ました。しかし、胸の奥につっかえている何かは未だに残っていた。一日何かしていれば忘れるだろう、と言う希望的観測の元ベッドの中でゴロゴロしながらSNSをチェックする。
『アメリカにて民族紛争再燃』『芸能人〇〇と女優〇〇の熱愛発覚』『〇〇動物園でコアラの赤ちゃん誕生』『リアル・ウォーの悪魔、レッド・バロン連続出撃回数更新中』
SNSの検索欄にはいろいろな言葉が無意味に羅列されている。そのうち一つをタップしたとしても、何か有益な情報が得られることはない。真偽があまりにも混合された情報の海の中で、正しさを見つけることは出来ない。ここに投稿されている言葉の内、一体どれだけの人がその言葉に責任を持つのだろうか。そんなことが起こるわけがない。もし、情報の一つに敬意を持って、責任を果たそうとするのならば、現状それに関わらないでいるか、公平でいるか。しかし、やはりそんなことは到底出来ない。ネットという広大な海の中に住むバクテリアの一つ一つに区別が付けられるはずもない。
彼は諦めて立ち上がり、テレビを付ける。
『……帝国軍は大陸における覇権を握る日もそう遠くないでしょう!』
そこから急に話される脈絡のない話に一瞬理解が止まってしまうが、すぐにプロパガンダ放送だと分かった。おそらく、「全自動化された軍隊が日夜攻勢を続けている」などと、いっていたのだろう、そう予測を付けた。
『次のニュースです。オンライン対戦ゲームとして現在大変人気を誇っている『リアル・ウォー』にて、先日全国大会が開催されました。大会ルールは最後の独りになるまで戦闘を続けるというバトルロワイヤル形式で、見事プレイヤーネーム「レッド・バロン」さんが優勝しました。彼は圧倒的テクニックと軍人顔負けの感をもって、敵を狙撃していき、最後の独りになるまで一度も撃ち返されることなく優勝するという人間離れをした成績で優勝しました。……』
するとすぐにスマホが連絡を受信する。
『世の中、おめでたい話か、お前の話題ばっかだなー。羨ましい―』
『まあ、頑張れや。手伝ってやるから』
『お、その約束忘れんなよ。レッド・バロン様』
『からかうなよ』
『うっせ』
友人からの連絡でちょっとやりとりをしている間に用意されていた朝ご飯を頬張り、高校の制服に着替えた。特にやることもなくそのまま登校時間になったため、あまりにも眠たい目をこすりながらゆっくりと歩き始めた。耳元では優雅にクラシックを流していた。狙撃するときも脳内でいつもながれている。それはただ優雅な気分にさせるだけでなく、心地の良いリズム、もしくは鼓舞するようなリズムは引き金を引く指を軽くしてくれる。
「智也、おはよう。何? 今日も遅くまでゲームしてたの?」
肩をバン、と叩かれて少し、前のめりになる。彼はゆっくりとイヤホンを外して、幼馴染みをみる。
「ああ、柚木か、おはよう。痛いなー」
「え? 何? リアクション薄くない? 元気ないのかなー」
「朝から、元気すぎない? それについていくのはしんどい……」
ぴょんぴょんと跳ねながら柚木はクスクスと笑い続けてた。
「別に、ゲームのしすぎじゃないよ。なんかよく寝れなかったんだ」
「何? 昔みたいに添い寝したあげようか? あ、変な気起こさないでね」
柚木は少し体を引きながら彼を見つめる。
「はは、そんなことしたら、おばさんに殺されるよ」
「うーん、多分喜びそうだけど……」
柚木は狙ってかそれとも天然なのか、判断できないことを簡単に言う。そして、それがどれだけのことなのかを気がついたときには顔を赤らめ、さらに空気が変になる。
「う、うん、さ、行こう!」
彼と柚木の関係は幼馴染以上でもそれ以下でもない。柚木の気持ちはすぐに理解できるのかもしれないが、彼にも確かにその気持ちがあるにはあるのだが、どちらも手をこまねいている状態だった。
彼は明らかにどうしようもなく朴念仁である。そのことを周りから良くからかわれるから、ようやく少しは分かったものの、やはり、先に進めないでいた。
「そういえばさ、なんか、大会で優勝したんだっけ?」
「うん。リアル・ウォーの全国大会に」
「つまり、この国一番の強さって事?」
「うーん、どうなんだろう。参加していない人も沢山いるし、師匠も出てなかったから、まあ、出た人の中では一番と言うだけで、エンジョイ勢といいながら凄く上手い人もいるから一番じゃないかも」
「謙虚だね」
彼はその返しに何も答えなかった。それは自分自身が一切謙虚ではないからだ。あの世界、リアル・ウォーにおいてこそ、彼は自分の存在意義を見出し、そして、そこではあまりにも貪欲に敵の命を狙う。彼のプレースタイルはそれの表れだった。スナイパーとしての信条をある意味で体現したプレイヤーだった。狙った獲物は逃さない。撃てるものから、殺せるものから殺していく。そうやって、点数を稼いでいった。
高校の授業に彼はあまり意味を見いだせていなかった。それは勉強に意味を見いだせていないのではなく、プロパガンダの意味合いを強めた教育に何ら興味がなかった。例えば、今、現代社会という強化が彼の眼前で繰り広げられている。それは、国際社会の情勢を正しく理解する、というのを名目にしてじつのところ、帝国の版図自慢を行っているだけである。だから、目の前に広げられている地図を見ても何ら関心すら抱けなかった。
帝国。三十年前までは極東にある(欧州からすれば)島国だった。二十年前より始まったポスト民族独立運動の余波により欧州各国は流入してくる難民、国内に存在している言葉が通じないがそれでも何年もそこに住んでいる現地民、経済はそういった者達でまかなわれていたが、この運動により大きな変革を余儀なくされた。そして、それは最悪の決断をすることとなった。
ポスト民族独立運動に対抗するために国家はこぞって単一の民族国家の樹立を果たすために排斥運動が始まった。それは、他民族を排除する。しかし、最大の問題は、それは、昔行われていたのと同じように、何が他民族で、どれが同民族か、これを規定し得なかった。だから、彼らは、そして例に漏れず他民族を内包する国家は、つまり、ありとあらゆる国家は内紛状態に陥った。
その中で、自国防衛を優先した、ある意味で単一を保持し続けて生きた国家である極東の島国はその内紛を収めるのではなく、さらに、勢力を伸ばす糧とした。その国は帝国領内に自治領を幾つも作り、民族がそれぞれ緩い機構で結ばれる同盟を作り上げ、民族自決を優先した国家を編成した。と。しかし、それはお題目に過ぎなかった。その国では極秘裏に(とは言うもののほとんど表立って)民族を真に独立させようとする運動者を、そうおぼしき人々を圧倒的武力で虐殺を続けていった。
民主主義は意味をなくした。その国では無関心が根幹を支え、一より多を選び続ける。「私」は「私達」へと昇華し、その「私達」すらも意味を無くす。それは一にして全となる。その国は初めから全体を内包していたし、それを理解していないが、理解していた。だからこそ、自国内で起こっている虐殺に何ら道徳的反感を抱けなかった。「皆がしているから」という全体の声がその意志の基盤となった。しかし、それは、先にも言ったように無関心が下地にある。その国にとって「皆」はどうでもいい。ただ、無関心である。
帝国はその版図を広げ続けた。かつての大国はその威勢を一切もてない。大陸へと進出した帝国は先ずは北へと目を向けた。南はあまりにも立地とその攻撃の難度が高かった。そのため、兵站問題さえ解消すればいくらでも攻めることの出来る北の豊かな(痩せ細った)大地を目指して進撃を開始した。
元々帝国は軍事大国からほど遠い国家だった。ありとあらゆる大国から干渉を受けがんじがらめにならながら、それを良しとしていた。しかし、先にも話した国家の分裂の危機に瀕したとき、自らの防衛を自ら担わなければならなくなった。それは自国民を前線に送らなければならない、ということである。しかし、無関心を根底としている帝国民はその現実を受け入れることはしなかった。楽観主義が蔓延し、「誰かがなんとかしてくれるだろう」という希望を抱き続けた。
しかし、同時に帝国は技術大国だった。これは幸いだったと言うよりほかないだろう。ドローンや無人偵察機、無人攻撃機を使った攻撃は行われてきたが、やはり、現地を占領するには最後には人間だった。そこで、死人が出る。どれだけ、訓練をしたとしても、地下に潜られては占領しきれなかった。そこで、財閥は人間を模した高性能機械を実用化した。それを駆るのは人間。自律した機械でありながら、人間がコントロールすることすら出来る。現地に行くのは後方支援部隊だけで済んだ。しかし、それでも、批判が続いているがそれでも、うんと戦死率は下がった。
機械化歩兵師団がはじめて現れたとき、装甲車を伴った歩兵師団だった。しかし、現代において機械化歩兵師団とは文字通り機械のみで構成された師団となった。すると、かつての大国は民族浄化を行いながらより効率よく戦争を行うため同じように機械化を図ることとなった。そして、十年前、戦場から人が消え去った。より正確に言葉を選ぶならば、大国における戦争から人が消えた。今もなおどうにか独立を維持している中小国の基本は歩兵であり、内戦となれば機械戦争からはほど遠い。
「それでは、不知火くん、帝国がどうしてここまで版図を広げられたと考える?」
彼の目の前の席に座る少年に教師が答えを要求する。
「帝国はそれまでも、そして、これからも勤勉と勤労に支えられているからです。それ故に版図を広げることもこれら二つの柱を持って日夜前進を続けた賜物です」
「うむ。良い回答だ。では、我々帝国臣民の義務とは何か?」
「国法を順守し、国家を愛し、国家に殉ずることです」
「では、国家とは何かな?」
「国家とは皇帝によって統治される領域ならびにそれらを構成する臣民の団結によって生まれる社会的集合です」
「うむ。よろしい。では、後ろ、須藤くん、たちたまえ」
彼が名指しで当てられる。彼は渋々立ち上がった。
「では、君はどうして、帝国臣民なのかね?」
彼はその質問の意図を良く理解できなかった。
「先生、その質問の意図がよく分かりません。つまり、こう聞きたいのですか? 『宣誓をしていないが、それでも、帝国領内で生まれた君はどうして帝国臣民と名乗れるのか?』と言うことでしょうか?」
「君は、ここに書いてある序章を読んでいないのかね?」
「いえ、読みました。ですが、それを踏まえた上で先生は質問しておられるようですが、しかし、それは質問として成り立っていなかったので、あえてその質問の意図を聞かせていただきました。それは、先ほどからの質問でも同じなのですが、国家を社会的集合と考えているようですが、集合と社会はどう区別されるのでしょうか? つまり、社会的という言葉と反対する私的集合というものも考えられているのでしょうか?」
彼は、教科書を先生に提示しながら聞き返す。
「私的というものは、まずもって想定されません。なぜなら帝国臣民である以上、そこに私的空間というのは必要ないからです。私的空間は個人を堕落させ、個人を活性化させてしまう。しかし、一致団結を語る我々の元に個人は不要である。うおって、私的集団というのは想定されていない。そして、本来ならこういった質問をする君を処罰しなくてはならないし、公安局に帝国臣民として通報しなくてはならないが、レッド・バロンくん、君はこの学校ではじめて栄誉を手にする生徒であるからそれをあえてしない。その位のことを君は今、質問したんだ。次はないと思い給え」
彼へ向けられる視線はなんとも言えない視線だった。柚木は頭を抱えていた。そして彼はそれをあまりにも誇りに思っていた。
「じゃあ、次」
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