第3話 三回裏

二回にフォークを完全に警戒されていると分かったのは事実だ。

下位打線からのこの回もまだ一巡目。

大幅にジャイアンツの戦略に変更は無いだろうと僕は考えた。


「7番 レフト ウィーラー」


前述の通り、去年は14打数5安打2本塁打でなおかつ極めて重要な試合の重要な場面で打たれておりかなり苦手意識があったのである。

そうは言っても逃げていい場面ではない。ここで本塁打を打たれたってまだ1点差だ。単打ならOKというくらいの気持ちで攻めの投球をしようと考えた。


 初球、拓也からカットボールのサインが出た。構えたのは、やはり外角。高めに入った球はほぼ真ん中だったが、ウィーラー選手の狙い球とは違ったのか手を出さなかった。

 2球目は、外角にストレートを要求されたので、了承して投げた。少し力んだ球は外れてしまった。

 3球目も押していこうということで投げたが、これも力んで外に完全なボール球となった。球速は157キロだから、苦手意識もあり抑えてやるという強い気持ちが逆に力みにつながっていると感じた。 

 4球目も低めのストレートのサインだったが、構えたコースとは全く違う高めに155キロの球となった。だが、ウィーラー選手は完全に狙いとは違う感じの振り遅れたスイングだった。

 5球目は外角低めにカットボールのサイン。打者は追い込まれたからフォークを警戒してくるし、ストレートも目が慣れていると拓也は感じたのかな。これも内角へ行ってしまった。拓也が構えたコースとは全く逆だ。

 ウィーラー選手は当てただけの一塁側へのファウル。

 6球目はストレートのサインだ。外角に構えられていたけど、これも内角高めのボール球となった。4球目よりは飛ばされたファウルだけど、完全な振り遅れには変わらない。

7球目は少しいなしにいこうと考えスライダーのサインだった。しかし、高めにすっぽ抜けた完全なボール球だった。全くの無駄球である。


「この回は全く構えた場所にいかんな。」


と思わず心の声が漏れてしまった。


8球目、真ん中から落とそうと拓也はフォークを要求。それに応え投げた。しかし、投げた球はど真ん中だった。レフト前への鋭いライナー性の当たりは、落ちた。去年のCSで本塁打を打たれた時のような甘いコースだった。


「ホームランにならなくてよかった。」


むしろ、そう考えた方がプラスだ。

やはり苦手意識は日本シリーズでも健在だったのだ。


「8番 キャッチャー 大城」


 大城選手は、下位打線ながら打撃力のある左打者の選手だ。ミート力もありパワーもある。去年阿部慎之助選手(現巨人二軍監督)に本塁打を打たれたことを考えるとリトル阿部のような存在だ。


 一塁に走者が出たとは言え、ウィーラー選手ということを考えるとこの場面では足で仕掛けるという可能性は少ないだろうと考えた。

 初球は、外のボールからストライクになるようなスライダー。縦の軌道を描いた球は低めに外れてボール。

2球目は、149キロのストレートが外れボール。低めに力んだ。

3球目は、内角へのカットボールのサイン。だが、カウントが悪かったのでストライクを取りに少々置きにいってしまった。真ん中へ甘いコースに入ったが、大城選手が打ち損じてくれた。

4球目は、外角へストレートが決まった。149キロ。少し球がいってないのかな。

5球目は拓也が内角高めへストレートのサイン。ここまで全部外だったから、胸元で詰まったフライを打たせようというのか。だが、渾身の153キロはひざ元へ僅かに外れた。思わず「惜しい」というポーズを取った。

6球目は低めへカットボールの要求。これはいい高さにいったけど、ついていかれた。

7球目は、拓也が外角へ構えていたけど要求とは全く逆の内角低めへ155キロ。この回はストレートがとにかくコントロールができない。

8球目と9球目は同じような軌道のストレートがど真ん中へ行ったけど、フォークをケアしながらカットしたというようなファウルだった。

10球目は、インコースのカットボール要求に対して投げたのはまたど真ん中。危ない球だが、引っ掛けた当たりのファウルだった。

11球目もど真ん中。154キロストレートだ。


「もはやストライクゾーンでの空振りは無いだろうという感じだ。ボールを見送るかボールを振るかストライクを当ててどこに飛ぶかの勝負だ。」


ここまで来たら根負けしたくない。


12球目はスライダー。外角の球を引っ掛けてファーストゴロ。一塁手の中村晃選手がベースを踏んでアウトにした。


シーズン中でもここまで粘られることはあまりなかった。


「ここで打ち取れたことを自信に変えよう。」


そう言い聞かせた。


「1番セカンド 吉川尚輝」


さあ、ここからは二巡目である。しかも、初めての得点圏に走者を背負った投球だ。ジャイアンツのチャンステーマがスピーカーから流れる。

少しアウェイ感を感じる雰囲気だ。


初球は高めへ154キロ。ボール。

二球目も高めへ153キロ。これは力のある球で空振りを取った。これは変化球狙いなのか。

3球目はスライダー。いいコースから曲がり落ちた。だが、全然反応がない。

4球目もスライダー。外のボールからストライクになる軌道を描いた球はストライク。

吉川選手は一球ごとに狙い球を変えているのは分かった。3球目の狙いは間違いなく曲がり球だったのだろう。

そして、5球目いよいよ内角のストレートだ。だが、要求より内へいってしまった。吉川選手はバットを出しながら逃げた。判定は死球、デッドボール!!

痛そうにしながら一塁へ警戒に歩いて行った。

 しかし、どう考えてもバットに当たっているように見えた。工藤監督もベンチを飛び出しリプレー検証を要求するポーズを取った。

肩を冷やさないように拓也に目掛けて数球投げた後、心配が出てきた。当然ファウルの判定である。真砂選手から水を受け取り飲んだ後、冷静にどう打ち取ろうか考えた。

6球目フォークを投げた。だが、いい場所から落ちた。拓也のミットも上から被せるようにして取ろうとしたのだから。ただ、全く振る気配は無いのである。

7球目もフォークだ。これは先ほどより少し甘くなったが、一応低くいったので吉川選手は引っ掛けた。

詰まった自分の前への打球は上から軽く投げたら高くボールが行ってしまった。何とか中村晃選手が爪先立ちで背を伸ばして取ってくれたおかげでアウト。 走者にも交錯しそうだったのに。


「ナイス晃さん!!」


そう伝えた。


「2番 センター 松原」


先ほどは四球で出塁を許している。意外性があるだけに、こういう時に迎えるのは嫌な選手だ。

1球目はフォークがワンバウンドしたけど、振ってくれた。これはストレートに山を張っていたなと感じた。

2球目、ならば裏をかいてストレート。どうだと言わんばかりに投げた渾身の158キロはど真ん中。少し捉えたようなライナー性の当たりだったが、グラシアル選手がほぼ動かずに取って3アウトチェンジだ。


この回初ヒットを打たれたり粘られたり、リプレー検証あったりといろいろあったけど、0で凌げてよかった。


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妄想の中の千賀一夜物語(2020日本シリーズ第一戦) てhand @kanakohand

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