第21話 弟だなんて思ったことない

 「あ、そうだ! ねーねー優ちゃん! 部活! 部活入ろうよ! そしたら放課後一緒にいられるでしょ?」


 あいも変わらず俺のベッドを占領する奏星が突然そんな事を言いだした。


 「何がいい? 運動系? テニスとかどう? それとも文科系? 吹奏楽とかやってみない?」


 「あー……ごめん。T組は部活に入れないんだ」


 「ええーっ!! 何それ!? そんなの、学校じゃあ優ちゃんに会えないじゃんー!!」


 ある意味カードゲームが部活の様なものだから仕方ない。

 それに、今みたいにイベント戦にかかりきりになっていると、とても部活なんかやっている時間は無いだろう。チームメンバーの2人と相談してデッキを組んだり、カードについて話し合ってたり、毎日がとても忙しくて大変だ。


 「優ちゃん、すっごく楽しそうー」 


 「……え、そうかな?」


 慌てて洗面台まで行って鏡を見る。また口角が上がっていたりしないだろうか。

 うん、たぶん大丈夫……だと思う。

 そんな俺の様子を見て、奏星はなんだかつまらなさそうだ。


 「新しいお友達のおかげかなー?」


 「あー……どうだろう」


 そもそも、あの2人は友達と呼んでいいんだろうか。

 友達というよりかは、どちらかといえば……。


 「仲間……かな」


 一緒に同じカードゲームをする仲間。そう呼んだ方が、なんとなくしっくりくる気がする。

 俺のつぶやきを聞いて、ますますつまらなさそうな顔をする。


 「仲間ねぇー。あの人たちと、どんなことして遊んでるの?」


 「えーとほら……カ、カラオケ行ったり。歌を歌ったり」


 「カラオケで歌を歌うのは普通じゃないのー?」


 それもそうだ。

 この前の奏星とチームメンバー2人との邂逅以降、彼女は何事もなかったかのようにふるまっていた。

 逆にそれが不気味だった。ただし、黙って俺の部屋に人形を飾って満足していて、俺もそれについて恐くて何も言えなかった。


 「あのメガネの人はまぁいいとしてー。あの雪女は何なのよー!?」


 「何と言われてもなぁ……」


 「まさかー……カラオケであの女といかがわしい事してるんじゃっ!?」


 「ぶっ!!」


 どんな想像力だ。


 「いや、な、奈津とはそんなんじゃ……」


 「な、奈津ぅぅぅ!? あの雪女のこと、名前で呼んでるのーーー!?」


 しまった。墓穴を掘ってしまった。

 癇癪を起したように、ばんばん、と頭を振り回して枕を叩いている。


 「あんな表情筋死んでる女のどこがいいのよー!?」


 「いや、奏星……奈津のこと、そんな風に言わないでよ」


 いくら奏星でも、奈津の悪口を言われるのは気分が良いとは言えない。


 「ふうん。ずっと一緒にいたあたしより、あの子を選ぶんだ……」


 「そうじゃなくて……」


 奏星はたまにこういう事がある。

 中学の時にカードショップで女の子にカードゲームを教えたことがあったのだが、どうやらそれを見られたらしく、家に帰ってからさんざん理不尽に怒られた。

 理由は正直よくわからない。


 「あたしってさぁ……そこまで魅力なーい?」


 「……は?」


 思わず彼女の方を見る。


 「あの氷女よりよっぽど魅力的な身体してると思うんだけどなぁ~」 


 「……あの、奏星ちょっと?」


 急に瞳が潤みだしだし、四つん這いのまま、じりじりとにじりよってきた。妙に熱っぽく、顔も紅潮している。

 そんな幼なじみの変化に戸惑ってしまう。


 「だ、だって、奏星は幼なじみみだし……」


 「だからぁ~?」


 さらに距離を詰めてきて、壁際に追い詰められる。

 逃げ場所がない。

 襟元から、ほどよい大きさの胸が覗いていて、慌てて首を横に向ける。

 それに気づいたのか、艶めかし気に笑う。


 「なあに、優ちゃん? 恥ずかしがってるの? あたしの裸なんて、何度も見たじゃなーい?」


 「……いや、それは子供の時の話でしょ」


 幼稚園のころ、何度も一緒にお風呂に入った、というだけだ。

 語弊のある言い方をしないで欲しい。


 「……俺達今までずっと、姉弟みたいなものだったでしょ?」


 「あたしは優ちゃんのことー、弟だなんて思ったことない」


 突然、真面目な顔になった。


 「優ちゃん。誰だって大人になるんだよ。 いつまでも子供のままじゃいられないよ。大人になったら、好きな物だって、人との関係だって変わる。そうでしょ? あたし達も、変わらないと」


 「……奏星……」


 俺は、金縛りにあったように動けない。

 どんどん顔が近づいてくる。口元がくっつきそうになり……。


 「な~んて! 冗談冗談☆」


 「……へ?」


 突然、顔を離して立ち上がった。


 「もう優ちゃんったら可愛いんだからー! 本気にした? 本気にしたー? そんなに顔真っ赤にしちゃってさー! まったく、優ちゃんはいつまでたっても子供だなー! ほんと、あたしがついてないとダメなんだからっ!」


 「……勘弁してよ……」


 大きなため息をついて、脱力して床に大の字になって倒れ込んでしまった。

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