第10話 金金金金金
「3コスト、《[SR]サラマンダー》をプレイ!! 速攻でライフに直接攻撃だぁ!!」
寺岡がカードをプレイすると、机の上に置かれたカード上に、真っ赤なドラゴンが浮かび上がった。
そして炎を吐いてこちらに襲い掛かってくる。
もちろんただの3D映像だが、凶悪な顔をした竜の炎はまるで本当に燃えてしまうかのようにリアルで少しひるんでしまう。
相手のデッキは赤単色の超攻撃的なデッキ。本来ユニットカードは場に出たターンには攻撃できないのだが、『速攻』を持つユニットでガンガンこちらのライフを削ってくる。
「オラオラオラッッ!!! ボヤボヤしているとあっという間にライフ0だぞ!! 『
「……ぐっ……」
当然だが、寺岡のデッキは初期から大幅に強化されている。
たった一週間程度の期間で、しかもパックを買える数も限られている現状だと、大した強化は見込めないだろうと思っていたのだが、少なくともこのレベルなら初期デッキには負ける事は99%無いだろう。
「……3コスト《[UC]大地の癒し》」
「マナを増やしている場合かぁ!? 随分悠長だなぁ!!!!」
一方、こちらのデッキの色は緑。カードのコスト支払いに必要なマナを増やして先に大型ユニットを出す構築だ。だが、この動きは初期デッキそのもの。
毎ターンユニットを出して攻撃してくる相手のデッキにとても勝てるような物では無い。
「オラッ!! 4コスト《[SSR]漆黒の火炎龍》!!! 一斉攻撃だぁぁ!!」
こちらの盤面のユニットにダメージを与え、防御すらさせてくれない。
ライフはもうあとわずかだ。
「もう諦めたらどうだぁ? これ以上やったって無駄だろ? もうイカサマしてもどうしようない。お前とは持っているカードのレベルが違うんだよ」
この男が何度か対戦しているのを見ていてもしかしたらと思っていたことがあったが、ここにきて確信に変わった。
「……やっぱり、他の生徒たちから、カードを集めているんだな」
「ほお」
この一週間、ランキングと一緒に注目していた物がある。
それは、誰がどんなカードを持っているか、ということだ。
生徒達が対戦しているのをじっと見て、誰が何を使ったか、を1枚1枚全て記憶してデータ化していった。
その結果わかったのは、ゴールドが減っているにも関わらず、強力なカードを持っていない生徒が多すぎる、ということだ。
最初は排出率の問題かと思ったのだが、そうではない。
この寺岡はゴールドを消費していないにも関わらず、わかっているだけでSRを5枚、SSRのカードを3枚所持している。
TCGにおいてカードのレアリティが高いほど能力が強い……とは限らないがその可能性は上がる。
「ああそうさ。レアカードを出した奴らから買ったのさ。カードを金で買う。別に不思議なことじゃねぇだろ?」
ちら、と向こうを見ると生徒たちが数名、バツが悪そうに目をそらしている。
寺岡はそんな生徒達を見て馬鹿にしたようにふん、と鼻で笑う。
「弱いやつらから金を使ってカードをかき集めて、1個の強いデッキを作った。それだけだ」
カードを金銭でやり取りすることは、ルール上禁止されていない。
決して悪いことでは、無い。
でも。それでは。
「それも一つの戦略だとは思う……でも、それじゃあ彼らは楽しめないんじゃないか?」
「ああ? 楽しむだぁ?」
「……せっかく手に入れた強いカードを取り上げられたら、その人達は弱いカードで戦うしかない。そうなると、楽しめないじゃないか」
俺の言葉に、寺岡は心底バカにしたような顔をした。
「何甘いこと言ってやがんだ! 俺様が勝つ!! 勝てば勝利の栄光が手に入る!! それ以外に何があるって言うんだ!? あのセンコー……葉月ゆずも言っていただろうが。この学校ではTCGが全てだってな。勝てばいいんだよ勝てば! それにこんな序盤から金に目がくらんでせっかく手に入れたレアカードを差し出しちまうような奴らは、どうせ生き残れやしねぇよ!」
寺岡にレアカードを売っただろう生徒達が、何か言いたそうにしているが結局何も言えない。
この男の言う事は、確かに正論だ。
「お前だって、あの時勝ちたかったからイカサマしたんだろ?」
「それは……」
「だが、お前と俺様は違う。俺様は金があるからイカサマなんて姑息な手を使わなくていいのさ!! 結局のところ、金だよ! 金金金金金金!!!! 金があれば何でも手に入る!! 強いカードも!! 勝利も!! 女も!!」
そう言うと、ふいに紙手さんの方を見てにやりと笑った。
「なぁ『銀雪』。お前んち、借金があるんだろう? ポーカーの日本王者になっても返せなかったような」
「…………!」
思わず横にいる紙手さんの方を見てしまう。
紙手さんの肩がびくっ、と震えていた。
「その借金、俺様が肩代わりしてやってもいいぜ?」
紙手さんはいつもの無表情を崩してはいないが、僅かにだが動揺しているようにも見えた。
「ただしお前は、一生俺様の奴隷だけどなぁぁぁあああ!! あーはっはっはっは!!!!!!」
彼女は汚い物を見るような目で、だが少し悔しそうな顔で睨みつける
「下衆」
「どうだよ『銀雪』! 金、欲しいんだろうが!?」
「お断り。私は自分の力でどうにかする」
ふん、とバカにした様子だった。
「『何でも手に入る』ってやつの『銀パック』だろ? あれ、10万ゴールド必要なんだぜ? どんだけ勝ち続けたらそんなゴールドたどり着けるってんだよ」
「私は諦めない。あなたの施しを受けるつもりは絶対にない。自力でどうにかする」
「デッキもまともに組めないポンコツプレイヤーのくせに、自力でなんとかできるってのか?」
「…………」
黙ってしまった。
そうだ。彼女はデッキの組み方を知らない。ならば。
「……寺岡。今のキミならば、素直に紙手さんに勝負を挑めば、勝てたんじゃないか?」
「ああ、余裕でそうだろうな。なんせ、この女プレイングはともかくデッキは組めない。だから、『銀雪』には俺達以外からのゴールドをできるだけ集めて貰って、最後に俺様がそれを回収しようと思ってたのさ!!」
「……」
「まあでも、いずれはどっかで戦うことになるだろうからな。まともにデッキ構築もできないヤツに負ける要素はねぇからよ。だが、お前は絶対にここでぶっ倒して、この学園から追い出してやる!! あの時の借りは、返してやるからよ!!!」
「あの時?」
事情を知らない紙手さんが疑問の声を上げる。
「ああ……この男は、前に俺と戦った事があるんだ」
「覚えてくれていて光栄だぜ、『
1年ほど前。俺がイカサマをしたとして追放されることになった全国大会。
準々決勝の相手が、目の前の男だった。
『なぁ、あんた。俺様に勝ちを譲っちゃあくれねぇか?』
『……え?』
『あんた、去年の優勝者だろ? だったら別にここで負けたっていいだろ? もちろんタダとは言わねぇからよ』
ちらっと、懐から札束を取り出し、それを見せつけてくる。
『……勝敗を金銭で買うのは、ルールでも禁止されているよ』
『ああ。だが、お前もこんな勝っても1円の特にもならない大会に勝ち進むよりも、大金を手にした方がいいだろ?』
『……断るよ。今まで俺と真剣に戦ってきた人たちにも、仲間たちにも失礼だから』
『あぁん?? くだらねぇなぁ!!』
試合には勝ったが、とても後味が悪かったのを覚えている。
「あんな事を言っていたお前が決勝でイカサマをして失格になるなんて、俺様は笑いが止まらなかったぜ? 結局お前も、”勝ち”という甘い魅力に囚われた哀れな囚人ってことだろ? だが、お前はカードゲーム業界から追放された。なぜか? 金が無いからだ!! 金があれば、そんなのどうにでもなっただろう? 結局最後は金なんだよ!」
「……君は、そんな風に勝って……楽しいのか?」
「ああ、楽しいねぇ!! 俺様が勝つからなぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は、この男のことを、絶対に認めたくない。
カードゲームは勝てば楽しい。当然だ。
でも、ゲームに関係ないところで、他の人の楽しみを奪うようなやり方は許せない。同じカードゲームをしているプレイヤーは、ライバルであり、仲間であるべきなのだから。
俺はそう、『王様』に教えられたのだから。
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