第09話 対戦開始

 …………。


 あまりの衝撃に、反応できないでいた。


 「……なんで……?」


 かろうじて口から絞り出せた疑問の声に答えようと口を開きかけたのだが、寺岡が大声でそれを遮った。


 「何バカなこと言ってんだ? いいか、俺様は見ていたんだぜ? あの日、決勝でそいつがイカサマで審判に連れていかれて、失格になるところをよ!」


 そうだ。この男は知っている。あの時、あの場所にいたのだから。


 「じゃあこれからもずっと。彼が対戦するのを邪魔し続けるの? いつまで? 現実的じゃない」


 「そうでもないぜ?」


 にやりと笑うと、振り返って教室中に聞こえるような大声を出した。


 「いいかお前ら! 俺様に協力する奴には金を出す! 1か月間こいつが対戦するのを邪魔し続けるんだ! 一緒にこのイカサマ野郎を退学にしてこの教室を平和にするんだ!」


 他の生徒たちにそう語りかけた。

 寺岡本人と取り巻きたちと合わせた5人ではずっと妨害し続けることは無理だろうが、他の生徒たちも協力するとなれば話は変わってくる。


 「まぁ、金をくれるってんなら……」


 「イカサマするやつとは対戦したくないしな」


 これなら、彼らにとっても損では無い。


 「下衆」


 彼女は、吐き捨てるように そう言った。


 「なぁ『銀雪』。お前がなんでそこまでそのイカサマ野郎の肩を持つのかはしらねぇが……もし俺様の言う条件を飲んだらそいつがこの教室で対戦するのを認めてやってもいいぜ」


 「条件?」


 「なあに、そんなに難しいことじゃないぜ。お前たちの持っているゴールド、全部パックに変えて俺達に寄越せよ」


 生徒間でゴールドを直接やりとりするためには、対戦を通すしかない。

 例えば紙手さんの所持ゴールド2000を全て賭けすぐに降参(サレンダー)すれば実質ゴールドの譲渡になるが、もし万が一彼女の気が変わり普通に勝負して勝てば寺岡のゴールドはマイナスになり、即退学だ。そんなリスクを冒す事はできないだろう。

 だが、ゴールドをパックに変えると交換や受け渡しができるようになるのだ。

 そんな無茶な要求があるか、と言おうとした。


 「私は別に構わない」


 「紙手さん……!?」


 「ただし私の分だけ。彼の分は絶対に許さない」


 彼女はあっけに取られている俺に向かって、優しく微笑みかけてきた。


 「心配しないで。自分のゴールドぐらい。自分で取り戻す」


 「なんで……」


 なんで、俺なんかのためにそこまで言ってくれるんだ。

 寺岡は少し考えていたが、満足げに頷いた。


 「まぁ、いいだろう。『銀雪』のゴールドだけでも十分だ」


 最初に無理な要求をしておいて、あとで要求レベルを下げる事で言う事を聞かせようとする。こんなの、詐欺師の手口と一緒だ。

 彼女もそんな事をわかっているだろうが、俺のために自らのゴールドを差し出しているのだ。

 『卑怯者』と罵ってやりたい。だが、俺のような人間……無法者だと思われている者の言葉は、決して彼らには届かない。

 『卑怯者』はお前だ、と返されるだけだ。言葉では、どうしようもない。

 行動で示さないといけないのだ。


 そうこうしているうちに、紙手さんはすっと教室の戸に手をかけた。

 教室の外にある、パックを販売している購買部に向かおうとしているのだ。


 「よろしくー!」


 「ついでに焼きそばパンも頼むわー!」


 寺岡とその取り巻き達は、パシリのような彼女の様子にゲラゲラ笑っている。


 もう、我慢の限界だった。


 「……待ってくれ!!」


 ピタっ、と彼女の足が止まる。

 寺岡は不愉快そうな目でこちらを睨みつけて来た。


 「なんだよ、イカサマ野郎」


 「……い、今ここで、俺と勝負してくれ」


 「あん?」


 心底バカにしたような表情だった。


 「何言ってんだお前。悪いが俺様はイカサマ野郎が大っ嫌いなんでな。お前なんかとは、絶対に対戦しねぇ。お前みたいなやつは、とっとと退学になってくれた方がありがたいんだからよぉ」


 「ああ、そうだろうね。……だったら、俺は全ゴールド”以上”を賭ける」


 その言葉に、男はピクッと反応する。

 ルール的には、マイナスになるようにゴールドを賭ける事も可能なのだ。

 今の手持ちゴールドは初期値の1000だが、1010でも、なんなら3000でも賭けることができる。

 寺岡のゴールドは1850だから、ここで俺が1010ゴールドを賭けた場合、負けてもゴールドは残るが俺はマイナス10ゴールドになる。即退学だ。


 「……それから、俺たちの戦いを撮影してもらえばいい。もし誰かが、俺がイカサマをしている証拠を見つけることができたのなら、今すぐにでも退学してやる」


 もう、腹は据わった。退学になるにせよそうでないにせよ、どちらにせよ奏星に土下座しないといけないだろうが。


 カードゲームはもうやらないと決めた。

 だが、こんな俺にだって、まだ残っている。すり減って削り取られて、搾りカスのようになってしまった小さなプライドが。


 こんな自分のために身体を張ってくれる女の子を……たった一人、自分の事を信じてくれている女の子を、見捨てることなんてできるわけがなかった。


 「お前、このゲームの対戦経験ないだろ? イカサマ無しで俺様に勝つ気だってのか?」


 「……勝つか負けるかなんて、神様でもないとわからないよ。そして、君は神様じゃない」


 「そうかよ。じゃあ、とっとと来いよ」


 「……まぁ、ちょっと待ってよ。こっちはまだデッキも用意してないんだ」


 横の人物に声を掛ける。


 「武束。ちょっと」


 「はてさて。なんだろうか」


 さっきからずっと横にいながらも知らん顔を決め込んでいた武束を廊下に無理やり連れ出し、ちょっとした作戦会議をする。


 「……10分だけ待ってくれ」


 「ああ、10分でも20分でも好きにしろよ。精々ばれないようイカサマの準備をするんだな」


 ゲラゲラと笑う彼らを残し、俺達は廊下に出た。


 「何か彼に勝つ作戦でもあるのかい?」


 武束の当然の疑問に返事をする前に、俺達を追って一緒に教室を出て来た人が頭を下げてきた。


 「ごめんなさい。私のせい」


 紙手さんだった。


 「……謝らなくていいって。この状況は、全部俺が招いたことなんだから」


 「でも」


 何か言いたげな彼女を制止する。今はそんなことを言い合っている場合じゃない。


 「武束。収集家コレクター)として、俺に力を貸して欲しい」


 「ふむふむ?」


 不思議そうな顔をする彼に、作戦の内容を説明した。

 彼は最初難色を示していたが、俺がある事を提案すると快く承諾してくれた。

 それから俺は大急ぎでデッキを用意した。


 「対策は練れたか?」 


 「……ああ」


 再び教室に戻ると、対戦台の机の周りには、大量のスマホのカメラが向けられていた。

 俺の一挙手一投足、すべてが撮影されていて、あらゆる不正行為を見逃さないぞという気概を感じる。

 椅子に座り、机にある差込口に生徒IDカードを差し込む。

 すると、パネルに名前と情報が表示される。


 『国頭優馬 戦績 0勝0敗 ランキング対象外』

 『寺岡敬介 戦績 9勝0敗 ランキング2位』


 端末を操作し、賭けるゴールドの設定を1010に合わせる。

 これで俺が負けた場合、所持ゴールドがマイナスになるので即座に退学だ。

 少し息を吸うだけで、喉がひりひりと焼けそうになる。

 二度と、こんな空気を味わう事は無いと思っていた。

 勝てば皆から賞賛されるが、負ければ誰からも見向きもされない。

 天国と地獄の分かれ目。

 真剣勝負の場だ。


 「よろしくお願いします」


 挨拶したのは自分だけだったが。


 試合開始だ。

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