第08話 転機

 入学してから1週間。

 この1週間、放課後はずっと教室の後ろで他の生徒達が対戦するのを一人、遠巻きに見ているだけだったのだが。


 「やぁやぁ、『イカサマ王ダーティキング』。今日も見ているだけかい?」


 「……できれば名前で呼んで欲しいんだけど」


 その蔑称で呼ばれるのにはとっくに慣れていたが、好んで呼ばれたいとは思わない。

 この教室で数少ない、自分に話しかけてくれる人物であるカード収集家コレクター武束集たけたばあつるなのだが、どうにもデリカシーというか、思いやりのようなものは欠けているようなのだ。


 「……そういう武束も対戦していないじゃないか」


 「僕は収集家(コレクター)だからね。対戦するよりもカードを集める方が重要なのさ。見てみるかい?」


 そう言って鞄からバインダーを取り出し自慢するかのように広げる。

 レアリティが最も高いSSRから最低のC(コモン)のカードまで、カード番号ごとに1枚ずつファイリングしようとしているらしい。

 だがさすがにまだ集めきれていないのか、空白のスペースが目立つ。


 「UC《アンコモン》までは比較的簡単に手に入ったが、SR《スーパーレア》以上ともなるとさすがに難しいね。もうゴールドは使い切ってしまったし……。カードプールが追加される可能性もあるから、早いところ今出回っている分だけでも集めたいのだがね」


 この男、この学園で生命線とも言えるゴールドを、カードを集めるためにいとも簡単に使い切ってしまったらしい。呆れたコレクター根性だ。


 「初期デッキと違う色のカードだと比較的手放してくれやすいのだが、こちらもそろそろ出せるカードが無いからね。対戦をしてゴールドを稼がないといけないかもしれないよ」


 入学式の日に、初期デッキ40枚が与えられたのだが、人によって色が違った。

 ちなみに俺の初期デッキは青。相手のユニットを除去したり手札を捨てさせたりといった、妨害が得意な色だ。

 目の前にいる物好きな人間を除いたら、だいたいの生徒は自分の最初の色のカードを中心に集めて行っている。

 パックを剥いて自分の色と違うレアカードが出た場合は、同じような人を探してトレードしているが、カードによって強さはまちまち。


 「おい、この《[SR]青い果実の収穫》、使ってみたらめっちゃ弱いじゃねぇか! さっき交換した《[SR]ブラックファントム》返してくれよ!」


 「今さらおせーよ! だいたい使ってみるまで強いか弱いかわからなかったのかよ」


 こんなトラブルも日常茶飯事だ。


 肩をすくめ、日課になっているランキングをチェックする。

 教室の後ろには電子掲示板があり、所持ゴールドのランキングが表示されている。

 初期ゴールドが1000で、カードがランダムに5枚入っているパックを1つ買うのに100ゴールドかかる。

 賭けるゴールドは、現在は最低50。ただし、これは月毎にどんどん上がっていくらしい。上限は10万だが、そんな大きな賭けに乗る生徒はいないだろう。

 なんせそれで負けたら10万×1万円で10億円の借金だ。冗談じゃない。

 月末の大会では対戦でゴールドを賭ける必要が無いらしく、勝てば大量にゴールドを得られるチャンスだが、そこまでにどこでどれだけパックを剥くか、そしてレアカードを手に入れられるか、それを使って対戦で勝ってゴールドを得られるか。考える事は多い。

 そんな中で、常に1位に君臨する者がいた。


 「彼女……すごいな」


 「ああ、紙手君か」


 教室の中央に陣取り、何人もの対戦相手を次々に倒していき順調にゴールドを稼いでいるのは、ポーカーの王者、『銀雪の女王』こと紙手かみて奈津なつ


 ランキングでも現在堂々の1位。現在の所持ゴールドは2000ゴールド。

 彼女はまさにポーカーフェイス。

 どんな手札や状況でも、有利でも不利でも彼女はずっと表情が変わらない。

 いつだって氷のように静かに、そして冷静に。

 相手の攻撃を華麗にいなしていく。だが彼女は攻め時を間違えない。

 あれでTCGは専門外だというのだから恐ろしい。


 「分野は少し違うが、やはり一流の人間は何をやらせても一流と言ったところだな」


 しかも、彼女の手札や場のカードを見ていると、あることに気づいた。


 「……あの子、もしかしてデッキ変えてないんじゃないの?」


 「おやおや、気づいたかい?」 


 彼女の持つカードは、なぜか最初に先生から配られた青の初期デッキほぼそのままだ。相手のユニットの除去などが中心の色ではあるが、もちろん大したカードは入っていない。

 他の生徒たちは少なからずパックを買っていて、それで引いたカードでデッキを強化している。

 普通ならば圧倒的に不利なはず。

 それでも、あれだけ勝ちまくっているのは異常としか言いようが無い。


 「……なんで?」


 「うむうむ。彼女に聞いてみたのだが、『買ったはいいがどうすればいいかわからない』だそうだ」


 一瞬意味がわからなかった。


 「……ん? それって、デッキが組めないってこと?」


 「うむうむ。ポーカーにデッキという概念は無いからなぁ」


 ……それは、なかなかに致命的だ。


 「……誰か、教えてあげる人はいないの?」


 「いるわけないさ。彼女は競争相手なのだよ?」


 そうこう言っている間に、目の前の対戦が終了した。 


 「ありがとうございました」


 「ぐっ……あとちょっとだったのに」 


 悔しがっている相手に向かって、立ち上がって深々とおじきをしていた。

 そのあまりに優雅な振舞に思わず見とれていた。

 が、彼女はくるっとこちらを向くと、驚く俺の目の前までツカツカと歩いてきた。


 「……えっと?」


 そしてじっと不思議そうにこちらを見つめてきて、思わずドキッとしてしまう。


 「あなたは対戦しないの?」


 「えっ」


 「ずっと見ているだけだけど。ずっと対戦しないでいると退学になってしまう」


 驚いた。対戦中よりかは、幾分か温かみのある言葉だ。

 なんと言ったものかと思ったのだが、突然横にいた不良男が口を挟んできた。


 「おい『銀雪の女王』。そいつは『イカサマ王(ダーティキング)だぞ。イカサマ野郎だ』


 「だから?」


 彼女は横やりを入れてきた男を、横目で睨みつける。

 その冷たい視線に、急に部屋の温度が2度ほど下がったように感じた。

 だが、男はそんな彼女にひるむ事なく、へらへらと笑っていた。


 「そんな奴、対戦したら何されるかわかったもんじゃねぇ。相手にしない方がいいじゃねぇか」


 「そういう仲間はずれみたいなの。私は嫌い。バカみたい」


 そう言ってこちらを向いて、手を伸ばしてきた。


 「これはカードゲーム。誰だって楽しむ権利はあるはず」


 「い、いや俺は……」


 「同じカードゲーマーなら私たちは仲間。そうでしょう?」


 いつかどこかで聞いたことのあるセリフだな、と思った。

 その甘い誘いに、心が揺さぶられる。

 ……でも、やっぱりだめだ。たとえこの少女がよくても、俺自身と、そして奏星がよくない。

 だから、『俺はカードゲームはもうしない』。

 そう言おうとしたのだが、彼女のまっすぐな瞳に気後れしてしまう。


 「ね?」


 そう言って、俺の手を掴んで、対戦台に方に引っ張られる。

 

 いいのか? 本当にいいのか?

 

 俺のような人間を……『イカサマ王(ダーティキング)』と呼ばれたような人間を受けて入れてくれる場所があるのか?

 

 もし、そうだとしたら……。


 「いいや、ダメだ」


 だが、不良男のそんな声で現実に引き戻される。


 「『銀雪の女王』……いや、紙手奈津。そんなやつがこの教室で対戦するのは、俺様が認めねぇ」


 確か名前は寺岡。いつの間にかクラスのリーダー格に収まり、何人もの取り巻きを従えている。 


 「彼がカードゲームをするのに。なぜあなたの許可がいるの?」


 「いいか、イカサマをしたやつは、他のゲームでも必ずする。性根が腐ってるからな。同じルールでゲームができない奴を仲間ともライバルとも認めることはできない。クラスメイトだともな。違うか?」


 周りを煽動するかのように、そう言うと他の生徒たちも同調する。


 「イカサマ野郎は、とっとと出け!」


 「そうだ! そんな奴、この学校に入ってきたこと自体が間違いだ!」


 確かに、その通りかもしれない。


 カードゲーム業界から爪弾きにされ、もう二度とカードゲームをしないと誓った俺が、こんな学校にくるべきではなかった。

 奏星にはなんとかうまいこと言って、彼女もついてくるなんてことだけは避けるようにしよう。

 ここでなければ、カードゲームをしなくてきっと友達ぐらい作れる。

 俺が、何か言おうとした時だ。


 「黙りなさい」


 地獄から聞こえてきたかのような声に、思わず騒いでいた周囲が凍り付く。


 「あなた達が彼の何を知っているというの? 彼は選ばれたからここにいる。彼を否定することは私が許さない」


 「あの、紙手さん……?」


 彼女の様子が今までと全然違う。明らかに冷静さを欠いている。

 さきほどまでが周りも凍り付きそうな冷気を放っていたのに対して、今は近づいただけで火傷するんじゃないかと思うぐらいの熱気だ。 

 寺岡も一瞬ひるんだようだ。


 「ほら。いきましょう」


 紙手さんはそう言って俺の腕を引っ張って対戦台の方に連れていこうとするのだが、その前を寺岡の取り巻きたちがにやにやとしながら腕を広げてとうせんぼうする。


 「邪魔をする気? 妨害行為は禁止されている」


 彼女は顔しかめたが、寺岡は相変わらずにやにや笑っている。


 「確かに試合中にプレイヤーの邪魔をするのはルールで禁止されているが、試合開始前なら別だ」


 確かにルールブックにそんな事が書いてあったような気がするが。


 「……紙手さん。俺の事は気にしなくていいよ。俺はカードゲームをやるつもりは……」


 「どうして?」


 「だって、俺は……」


 所詮、イカサマをして追放された哀れな王。

 真剣にカードゲームをやっている人達からすれば、忌み嫌われても仕方のない存在だ。

 寺岡たちのような反応の方が普通かもしれない。

 カードゲームは、一人ではできない。コミュニケーションが大事なゲームだ。

 お互いに正々堂々戦うという信頼が無いとゲームとして成り立たない。

 俺のような初めから信頼されていない人間とは誰も対戦したがらないだろう。


 だが、彼女は。


 「でもあなたは。不正なんてしていない」


 ごく自然に、当然のようにそう言った。

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