第07話 幼なじみは何でも知っている

 入学してから数日たった。


 カードゲーム学園というぐらいだから授業も『デッキ構築論』やら『プレイング論』といったカードゲームに関する授業なのでは、なんて思っていたのだが、いたって普通の数学や英語といった科目だ。

 ただし、自分のように真面目に授業を聞いている生徒も一応はいるが、ほとんどの生徒はカードを広げたりマンガを読んだりゲームをしたりと自由に過ごしている。

 テストもないし、それで成績が変わるなんてことはないから当然といえば当然だ。

 授業中はどこの底辺高校だと言わんばかりなのだが、放課後になるとそんな不真面目な態度はみんな綺麗に捨て去り、真剣な表情をするようになる。

 ただし、その対象は勉学でも部活でもなく。


 「《[UC]ヘルハウンド》で攻撃!」


 「なんの! こっちのターン! 《[C]トロールメイジ》でそっちの《[UC]ヘルハンド》に2点を与えながら攻撃!」


 カードゲーム、『グランネストTCG』は幻想の大陸であるグランネストを舞台とするファンタジー世界がモチーフとなった英雄や魔物たちを操り、30ある相手のライフを0にすれば勝利。

 いたって普通のTCGでどこにでも売ってそうなのだが、全て学園オリジナルでよそでは手に入れることができない大変貴重な品だ。


 華戸学園では、このゲームの勝ち負けが全て。


 勝負に負けてゴールドが無くなるか、1か月間まったく対戦しなければ即退学だ。

 勉強机だと思っていた物は、2卓合わせると対戦台に早変わりする。

 始業式の日にデッキと一緒に渡されたIDカードを机の端にあるカードリーダーに差し込み、賭けるゴールドの値を設定すれば準備完了。

 先攻後攻まで決めてくれるしライフの表示もされる。

 さらには台の上に設置した英雄や魔物といったユニットカードは浮き出たように3D表示され、アタックしたりブロックするたびに派手なモーションで動き回る。

 カードゲームを遊ぶ上では夢の様な環境なのだが。


 「……金かかってるなぁ……」


 と、思うほかなかった。

 これだけの技術、作るのにどれだけの費用や時間がかかるのか。売り出したらいいんじゃないか?

 その他、カードを保護するスリーブや、保管するためのストレージなどは無料でいくらでも使える。

 偏差値も進学率も国内随一の超有名高校は金の使い方も他の学校とはひと味違うらしい。


 「…………?」


 ふと、視線を感じた。見ると、『銀雪の女王』こと紙手さんが、席に座ったままこちらをじっと見つめていた。彼女は対戦中以外でもその氷のような表情はまったく動くことなく、考えていることがまったくわからない。

 しかし、自分を見る人の思うことなどだいたい決まっている。


 『イカサマ野郎が。ジロジロ見てるんじゃねーぞ』『ここにお前の居場所なんかねーよ帰れ』


 中学の時のクラスメイトが言っていたことを参考にするなら、だいたいこんな感じだろう。たぶん彼女も同じようなことを考えているんだろうな。


 ため息をつきながら、こそこそと逃げるように足早に家路についた。

 華戸学園の敷地内には寮もあり、T組の生徒ならば無料で入ることができる。

 だが、俺はあえて学校から10分ほど歩いたところにあるアパート(家賃4万円。全額学園からの補助)を借りた。理由はと言えば、奏星だ。

 彼女が『優ちゃんとは絶対にお隣さんじゃないと嫌』とわがままを言い出したので、寮を諦めてわざわざ2部屋続いて空いている物件を探すことになったのだ。


 「あ、おかえり優ちゃんー」


 その奏星がなぜか奏星が俺のベッドに寝転がって棒アイスをくわえていた。


 「……あんまり勝手に上がりこまないでよ」


 「だって鍵持ってるんだもーん」


 足をばたばたさせながら子供みたいなことを言っている。

 うちの両親は一人息子よりもお隣さんの一人娘のほうを信用しているぐらいなので、それに賛同したばかりか、あろうことか俺の部屋の合鍵を彼女に渡していたらしい。

 やれやれ、とため息をつこうと思ったのだが、キッチンの方からいい匂いがすることに気づいた。


 「あれ、この匂い……」


 「あ、ご飯作っておいたんだよー。褒めて褒めて?」


 見ると、味噌汁、ハンバーグ、ポテトサラダ。俺の好きな物ばかりだ。

 キッチン用品など買った覚えはないので、鍋やら皿やらはもちろん、材料や調味料も全部、奏星が用意してくれたらしい。

 ここまでされてしまっては、ちょっと勝手に部屋に入ったことぐらいで文句を言う事などできない。


 「えへへ、一緒に食べよ食べよ?」


 「……奏星はアイス食べ終わってからね」


 っていうか晩御飯前にアイスなんか食べるんじゃないよ。

 せっかくいいスタイルしているのに太っちゃうぞ。まぁ、怒られるから言わないけど。


 「ねぇねぇ優ちゃん、おいしい? おいしいー?」


 「ごくん。……うん、おいしいよ」


 肉を飲み込みながらそう答える。ハンバーグはジューシーだし、味噌汁はいい香り。

 実家にいた時も、両親が外出した時なんかによく作ってくれていた。自分にとってはある意味第2の家庭の味だ。


 「……ていうか奏星、俺の部屋にあんまり変な物持ち込まないで欲しいんだけど」


 「変なものってなによー。かわいいじゃない」


 いつの間にか部屋の隅の棚の上に、洋風の人形が置かれていたのだ。

 勝手に部屋に入って来た呪いの人形でもない限りは、置いた犯人はぶーっとふくれっ面をしている目の前の少女だ。

 奏星は昔から、こういうホラー映画で動き出しそうな人形を集めるのが趣味なのだ。いわゆるアンティークドールから、子供向け人形や、どこかの民族で御守りになってそうな物まで多種多様。

 ただしアニメフィギュアは興味の範囲外らしい。俺としてはそっちの方がまだ理解できるんだけど。

 彼女の部屋に行くとこういうのが何十体と並んでいてぎょっとする。

 それだけならまだいいのだが、なぜか俺の部屋にまで置きたがる。現に実家の俺の部屋も、だいぶ浸食されていて寝ている時に勝手に動き出しやしないかと毎日びくびくしていたものだ。

 勝手に部屋に入るのは料理と相殺して許したとしても、この部屋にまで置かれるのは正直勘弁してもらいたい。


 「ちゃんと持って帰ってよ……」


 「ケチ―。そんなことより優ちゃん、クラスで友達できた?」


 こいつ、都合が悪くなったとたん話を変えやがった。


 「ん? ……も、もちろん」


 「そっかーまだできてないのかぁ」


 自分ではいたって自然に答えたつもりだったのだが、残念ながら奏星には簡単に嘘だとばれてしまった。誤魔化すために、こちらからも質問をする。


 「……奏星は友達できたの?」


 「うん、30人ぐらい」


 それ、1クラスほとんどじゃないか。その社交性があまりにもうらやましい。


 「でもやっぱり優ちゃんがいないと寂しいよー。あたしは友達100人と優ちゃん一人だったら、断然優ちゃんを選ぶもん。友達はたくさんいるけど、幼なじみは優ちゃんだけだし」


 冗談交じりにそんな事を言う。


 「はは……俺もクラスに奏星がいてくれたらどんだけいいか」


 「えへへー」


 にへら、と嬉しそうに笑った。まったく、こうしてると可愛いやつだ。


 「あ、そうだ。T組ってどんなことしてるの? あたし、T組の校舎に入ろうと思ったんだけど入れてもらえなっかったんだよね。やっぱり、特別な授業をしてるのー?」


 「……うん、まぁ特別って言えば特別なことをしているかな」


 「へー。どんな風に?」


 「えーっと……」


 『T組に関する情報を、外部の人間に漏らしてはいけない』。同じ学園の生徒であっても、通常クラスの奏星は外部ということになってしまうらしい。

 この幼なじみ相手に下手な事を言うぐらいなら正直に答えた方がマシだ。


 「……ごめん。それは言えないことになってるんだ」


 すると、心配そうな表情になった。


 「T組では『怪しげなゲームが行われていて、ゲームに負けた人はどんどん消えて行く』って友達から噂で聞いたんだけど、本当?」


 「……ブッッ!!」


 飲んでいた味噌汁を吹きかけた。

 半分ぐらい正しいのだが、その言い方だと闇のゲームかデスゲームでも行われているようだ。


 「ま、まさか。そんな変なゲームはしてないよ……」


 学校主催でカードゲームが行われているということはともかく、ゲーム自体はいたって普通だ。

 だが、疑わし気な目を向けてくる。


 「悪い遊びとか誘われたりしてなーい? たとえば……カードゲームとか」


 「……や、やってないよ! 本当に!!」


 慌てて首がもげそうになるほどぶるぶる横に振る。

 実際にやっていないのだから嘘ではないのだが、この少女にT組の実態を知られてしまったら何が起こるか想像もつかない。


 「ほんとーに? あたしに黙ってまたあんな紙遊び始めたらだめだよー? 許さないからね?」


 「……わ、わ、わかってるよ」


 奏星はどういうわけか、カードゲームが嫌いだった。

 彼女の両親は厳格で教育熱心な人達で、そういう娯楽品が好きではなかったからその影響かもしれない。

 奏星なら、校舎のどこにあるかわからない理事長室まで乗り込んで、俺の分も一緒に退学届を叩きつけてそのまま実家に帰るぐらいのことはやりかねない。

 そんな事になったら、奏星の両親になんて言えばいいんだ。

 

 正直舐めていた。高校生活……いや、華戸学園。

 もう少し、楽しい学園生活を送れると思っていたのに。


 「あー、これ当たり付きだったのかぁ」


 そんな俺の気持ちを知ってかしらずか、呑気にアイスを舐め終わり、残った木の棒をひょいっと、俺に差し出してきた。


 「はい優ちゃん。あげる。こっそりなら舐めてもいいよー? きゃあ! 関節キッスー♪」


 「……舐めないって」


 あたり付きの棒はそのまま捨てるのももったいないのにで、ティッシュで綺麗にふき取って念のために保管はしておくけど。

 こういうのってどこで交換してらえればいいの? 駄菓子屋? それともメーカー?

 まぁこんな春先でアイスを食べたいとも思わないので、適当に部屋の隅の教科書が積まれた辺りに放り出しておく。 


 問題はあまりにも山積みで、どうにも八方塞がりだった。

 ちなみに不気味な人形は結局置きっぱなしにされた。

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