第06話 王の誇り

 一通りの説明が終わったあと、休み時間になった。

 生徒たちはカードを広げてこれが強いだの弱いだの話し合ったり、中にはさっそく対戦をし始める連中もいた。

 みんな、新しいカードゲームを与えられた子供のように夢中になっていた。


 俺はと言えば、そんな空気に堪え切れられず教室から飛び出してしまった。

 校舎内にはラウンジもあり、そこの椅子に座って「はぁ」と大きなため息をついた。

 スマホを開くと奏星から『優ちゃん大丈夫? さびしくない?』とメッセージとスタンプが来ていた。

 心配かけないように『大丈夫だよ』とだけ返しておいたが、本音を言うとあんまり大丈夫じゃなかった。


 「TCG学園だなんて、そんな馬鹿な……」 


 あまりの現実感の無さに頭を抱えてしまう。

 中学のころに学校でカードゲームをしているのを教師に見つかって怒られたことはあったが、この学校では逆にカードゲームをやらないと退学になってしまうらしい。まるであべこべだ。そんな学校聞いたことがない。

 カードゲームをやらなければ問題無いと思っていたのだが、とんだ計算違いだった。ようやくカードゲームから卒業して、ただ普通の高校生活を送ろうと思っていたというのに。


 「こんなの、奏星になんて言えばいいんだよー……」


 退学まで賭けられている大きなゲームに強制的に参加させられることになるとは思いもしなかった。

 もし退学になったりしたら、両親は当然ながら、何より俺についてくるためにあれだけ勉強した奏星に申し訳が立たない。

 あの奏星のことだ。俺が退学になったら職員室に怒鳴り込みにいって散々暴れまわった後、自分も退学するなんて言い出す事が容易に予想できる。そんな事させるわけにはいかない。


 はぁ、とため息をつきながら、さっき隅の自販機(無料)から取って来た飲み物を口に入れる。


 「うげぇ、苦い……」


 失敗した。大人ぶってコーヒーのブラックなんか選ぶんじゃなかった。

 ますますため息が深くなる。


 「なんとかして、カードゲームをせずに退学もしない方法は無いかなぁ……」


 一縷の望みをかけて、ルールブックを開いた。もし何かあるとしたら、カードゲームのルールではなく、T組自体のルールについてだろう。



 1.ランク戦では、お互いのゴールドを賭けて勝負する。

   上限は10万ゴールド。下限は最初は50だが月毎に上昇していく。

   所持ゴールド以上でも賭ける事はできるが、0未満になった時点で即退学。


 2.対戦開始は19時まで。それ以降の対戦は認められない。

   全ての対戦が終了次第教室は施錠される。


 3.カードは購買部にて1パック7枚入り、100ゴールドで販売している。

   カードの交換・譲渡・売買などは自由。ただし窃盗は発覚次第厳罰に処す。


 4.対戦中のイカサマ行為禁止。

   代打ち、すり替え、ゲーム外からのドローなど。

   違反行為が発覚次第、教師が厳罰に処す。


 5.対戦中の妨害行為禁止。

   妨害を行った者は即座に退学。

 

 6.対戦中の暴力行為の禁止。

   発見次第即座に退学。


 7.T組に関わる全てについて、外部へ情報を出すことは禁止。


 8.T組の生徒は部活動禁止


 「……ダメか」


 当たり前だが、これは全てカードゲームをする人のためのルールだ。何か抜け道があるかな、と期待したのだがそんなものはなかった。

 どうしようもないことに頭を悩ませていたところに、


 「やあやあ! ここ、いいかい?」


 メガネをかけた大きなカバンを持った男子生徒が、こちらの返事も聞かずに、正面の席にどかっと座った。


 「僕の名は武束(たけたば)集(あつる)。カード収集家(コレクター)だ」


 「カード……収集家(コレクター)?」


 「ああ。あらゆるTCGで珍しいカードを集めることに生涯を捧げると決めた男さ」


 「はぁ……」


 その収集家が、自分に一体何の用なのだろうか。

 先ほどの教室での生徒たちの様子はお世辞にも自分を歓迎しているとは言いがたかったから思わず警戒してしまったが、その態度を見て彼は妙な誤解をしたようだ。


 「おや、信じていないようだね? その証拠に……ほら」


 彼はスマホを取り出すと、画面に映った写真を見せてきた。

 その画像を見て思わず目を疑った。


 「これ、オーパーツ5!?」


 オーパーツ5とは、世界一の人口をほこるTCGの最初期のトップレアカードの5枚のことだ。

 もっとも高いカードは、最近オークションで1億円の値段がついたと聞いたことがある。それらが額縁に入っていて、目の前の男がそれを持って満足げに笑っている写真だった。


 「ああ。3年前に集めたんだ」


 「すごい……」


 大人でも5枚全てを持っている人なんて、世界に何人いるのだろうか。


 「他にも、君のやっていた『レジェンドヒーローTCG』のカードならこれはどうだい? レジェドレアの特別仕様『黄金の魂―ゴールドタイガー』。世界に3枚ほどしかないと言われている超レアなやつだ。対になっている『シルバーレオン』の方は持っていないから手に入れたいところだね。あとは……」


 次々と珍しいカードを見せてきて、そのたびに驚く。

 中学の時にショップで知り合った人にもカードを集めるのが好きな人はいたが、この男はレベルが違う。感心していると、ふと、ひそひそとこちらをチラチラ見て何か話している生徒たちがいた。


 『あいつだぜ、イカサマ野郎……』『まじかよ、最低だな……』


 そんな言葉が聞こえてきて、慌てる。


 「えっと……いいの? その、俺は……」


 「ああ、君が『イカサマ王ダーティキング』と呼ばれたイカサマ野郎だという話かい?」


 慣れているとはいえ、こうまではっきりと言われてしまうと少し傷つく。

 だが、彼はふっ、と笑った。


 「あいにく、僕はカードを収集することにしか興味無くてね。対戦は二の次さ。だから君の過去についてどうこう言うつもりは一切無い。僕にとって重要なのは、君が僕の持っていない『覇者』のカードを持っているという事実だけさ」


 なんというか、いい意味でも悪い意味でも正直な男だ。こういう人間は嫌いではなかった。

 何よりも、自分に話しかけてくれたのが少し嬉しかったのだ。

 苦笑すると、ポケットの中から大きめの財布を取り出す。

 目当てはお金ではなく、その中にお守り代わりに入っているものだ。


 「ほら」


 中学2年のときに『レジェンドヒーローTCG』の全国大会を征し、優勝カップと共に手に入れた、『覇者』と書かれたカードだ。


 「おおおおお!! まさか持ち歩いているとは!!!」


 きちんと2重にスリーブをつけた上に頑丈なプラスチックのケースに入れて、万が一にも傷がつかないようにしている。

 彼は鼻息を荒くし、興奮のあまり身を乗り出して手渡されたカードを上から下から横からと舐めるように眺めた後、俺に向かって叫んできた。


 「頼む!! このカード、僕に譲ってくれ!!」


 「えっ……」


 そのあまりの勢いに思わずひるんでのけぞってしまう。


 「無論、タダとは言わない!! ここにあるカード全部出す!! トレードしてくれ!!」


 どっかの社長みたいなアタッシュケースを持ち歩いているな、と思っていたのだが本当に彼と同じように中身が全部カードだった。


 「いっ、やっ、えっと……」


 中身は、キラキラ光るレアカードだらけだ。ショップに買い取って貰ったら車ぐらいは買える値段になるんじゃないだろうか。想定もしていなかった提案をされて絶句してしまった。


 「……え、ちょ、ちょっと待って。このカードってそんなに価値あるの?」


 「当然だとも。『レジェンドヒーローTCG』は現在世界で2番目に人口の多いカードゲーム。その世界大会の優勝賞品な上に、このカードが配られたのは合計2枚。しかも微妙に絵柄が違う。コレクターとしては、ぜひとも両方揃えたいところだからね」


 これだけあれば最新ゲーム機もソフトも買い放題だしゲーセンにも行き放題だしそれから……。

 ……思ったより使うところが無かった。

 高校生にとっては見た事もない大金に正直ぐらついたが、すぐに冷静になった。

 カードゲームをやめてからほとんど趣味にお金を使うことが無かったのだった。

 それに。


 「……い、いや、ごめん。このカードは渡せないよ」


 もうカードゲームはやらない。そう決めた。

 だが、それでもこのカードを手放すことは、どうしても嫌だった。

 俺にとってこのカードは、唯一の証明書みたいなものだから。


 「……これは、とても大事なものなんだ」


 「そうかい。まぁ、気が変わったらいつでも言ってくれたまえ」


 彼はカードをこちらに返すと、肩をすくめてそう言った。

 

 「……でも優勝カードなんて、手に入れる意味あるの?」


 優勝カードはあくまで表彰状みたいなものだ。実際に対戦で使用できるものではないし、優勝者以外が所持しても意味があるとは思えなかったのだが、目の前の男はチッチッチッと指を振る。


 「大事なのは、自分の持っていない珍しいカードが世界のどこかに存在するということだからね。それがコレクターというものさ。……しかし、まさか君と同級生になれるなんて思ってもみなかったよ。苦労してこの学園に入ったかいがあったというものさ」


 「……苦労して入った?」


 「ああ、通常クラスが最難関のテストと面接に合格しないと入学できないのと同様に、T組に入るにはカードゲーム業界において優れた実績がないと入ることはできないからね。コレクターとしての実績をアピールしまくってようやく入れてもらえったのさ」


 「実績って……」


 「主にカードゲームタイトル毎で行われる大きな大会での戦績がそうだね。わかりやすいだろう? 須方君は『MOG』の全国大会の準優勝者。寺岡君は『レジェンドヒーロー』でベスト8。紙手奈津さんなんかはちょっと変わり種で、TCG出身ではないけど、ポーカーの日本王者だ」


 「……随分詳しいんだね」


 「ふっ。マンガでよく解説役のメガネキャラがいるだろう? 僕のことはあれだと思ってくれ」


 「……それ、自分で言うことではないよね」


 呆れながらそう言ったのが、彼は気にした様子も無かった。


 「カード収集家(コレクター)は、自分が持っていないカードを手に入れるためにも業界の情報に詳しくないといけないのさ。……この学校にも、世間で流通していないこの学校オリジナルのTCGを求めて入学したからね」


 「オリジナル? それじゃあやっぱり……」


 通りで見たことのないTCGだと思った。

 よほどマイナーなのか、市場に流通していないものなのかどちらかと思っていたのだが、まさか学園オリジナルとは。


 「超一流の進学校の華戸学園というのは表の姿さ。裏の名は『カードゲーム学園』。カードゲームですべてが決まる、僕たちのような人間にとっては夢のような学校さ。知らなかったのかい?」


 「……知らなかった」


 そうだと初めから知っていたら、俺がこの学園に入学することは決してなかったというのに。


 「それに、君も聞いただろう? この学園では『何でも手に入る』と」


 「ああ、あれ……」


 葉月先生言っていた、金でも情報でも『何でも手に入る』、というルールについてはルールブックの一番奥のほうに書かれていた。


 それは『金(ゴールド)パック』と『銀(シルバー)パック』と呼ばれるもので、それぞれ1000万ゴールドと10万ゴールド。


 『銀パック』の方は割とお手軽な望みを叶える物。

 車とか家とか、先生が言っていたような情報とかお金とか。


 だが、『金パック』の方はなんと華戸学園の持つ全てを手に入れることができる。

 この莫大な土地も金も人も人脈も情報も全て。何もかも。


 ……とのことだ。

 ただしどちらも実際にパックを買う際は理事長に要相談、とのことだ。

 

 最初に全員配られるゴールドが1000だから、『銀パック』でも百人分ということになる。T組の生徒は全部で40人ほどなので、おそらく学校から何らかの形でゴールドを配ることがあるのだろう。


 だが正直、今の自分にそこまでして叶えたいような願いは無い。

 あえて言うなら、しばらく会っていないとある人に会いたいというぐらいだが、そのためにカードゲームをする気にもならない。

 お金は欲しいと言えば欲しいが、そこまでするぐらいだったら『覇者』のカードを目の前の男に売りつけている。

 『金パック』にいたっては論外だ。

 華戸学園の全て、と言われてもそんなもの貰ってもどうしたらいいかわからない。

 とてつもない財産であることはわかるのだが。


 「僕にはどうしても手に入れたいものがあるのさ! 第1回『レジェンドヒーローTCG』の世界大会優勝カード『栄光の飛翔』! ああ、あれさえ手に入れられたなら!」


 それは、自分がカードゲームを始めるよりも遥か前の大会の優勝賞品だ。

 所持しているのは当時の優勝者だけだろうから、手に入れるのは非常に困難だろう。

 

 「……またとんでもないもの狙ってるんだね」


 「当時の優勝者を探してみたのだが居場所すら掴めなくてさ。僕としても困っているのさ。だが、この学園の力をもってすればいずれは手に入れることができるかもしれないからね。問題は僕は対戦の方はからっきしだということなのだけどさ」


 そう。対戦しなければ望む物も手に入らない。


 「カードゲームをしないって選択肢は無いのかなー……」


 「はっはっはっはっ! そんなの無いだろうさ」

 無情にもはっきりと言われてしまった。

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