第05話 ルールブックはきちんと読もう

 『グランネストTCG』。

 

 英雄やドラゴンを使って相手のライフを0にすれば勝ちという、いたって普通のTCGだ。

 ゲームは1対1で戦う個人戦。40枚のカードを集めて、ひとつのデッキとする。

 同じカードは1種類につき3枚まで入れることができるが、レアリティが最高の”SSR”のカードは、1種類につき1枚ずつしか入れることができない。

 どちらかと言えば、スマホやPCでプレイできるデジタルカードゲームのルールに似ていた。

 カードは赤、青、緑の3色とどの色でも使える無色があり、色ごとに特徴があるが混色にするとカードのコストの支払いが難しくなる。多くてもせいぜい2色だろう。

 かなりシンプルな構造だし、基本的なルールは把握できた。ルールは。

 だが、わからないのは。


 「な……なんでカードゲーム?」


 学校とカードゲームの組み合わせにただひたすら困惑したのだが、戸惑っているのは自分だけのようだった。周りを見ると、他の生徒達は黙々と与えられたカードのテキストを確認したり、ルールブックを読んだりしている。


 「『みんなすでに知っているように』、この華戸学園は毎年あらゆるカードゲームの実力者たちを集めています。それがT組。通称TCG組。そして、学校生活を通してTCGの腕を磨いてもらうわけだよッ!」


 知らなかったことを、知っていて当然のことのように言われてしまいますます戸惑う。


 「このクラスでは、TCGの強さが正義。構築。プレイング。運。全てを使って、勝ちを掴み取る……言わばここはTCG学園なんだゾ☆」


 頭が痛くなってきた。

 そんなアニメでしか見た事がないような設定の学校があってたまるか、と大声で言ってやりたかったのだがもはやそんな気力も無い。


 「これから君たちは放課後、お互いにT組共通の通貨……ゴールドを賭けて対戦をしてもらいます。手に入れたゴールドを使えば、購買部で新しいパックを買ってカードを手に入れることもできるよ。月末には大会もあって、ここで上位に入るとゴールドがいっぱい貰えるからぜひ参加してねッ!」


 ゴールドと言っても本当の金じゃない。IDカードに紐づけられた、仮想の通貨のことらしい。


 「もしも、ゴールドを大量に集めることができたら……あなた達の望む物、なんでも手に入る……かもねッ!!」


 「な、なんでも、って……」


 華戸学園に入れば、何でも手に入る。

 確かにそういう触れ込みだったとは、思うのだが。

 葉月先生はにやりと笑った。


 「たとえば情報。行方不明のお父さんを探したい人とかいないかしら?たとえばお金。こんなお金持ち学校に入ったけど実はお金に困っている人、いるかもね? たとえば物。世界に一枚しかないような超レアカードを欲しいとか、あるんじゃない?」


 まるで怪しいセールスマンみたいな事を言う。

 普通に考えたらそんな事無理なんだろうが、この学園の資金力をもってすれば、できるかもしれない。


 「でも、あんまりファンタジーなのは無理だよ? 『異世界転生したい!』とか言われても学校に用意できるのは轢き殺す用のトラックを用意するぐらいかなッ?」


 冗談のつもりだったんだろうが、誰も笑う人はいなかった。

 静まり返った空気を払いのけるようにごほん、と少し顔を赤くしながら咳払いをした。


 「詳しくはルールブックに書いてあるから、あとで読んでおいてねッ? ……まぁ、私の見立てだとそこまで集めきれる人は、いたとしても1人か2人かなッ?」


 なぜか先生と目が合った。

 彼女はにやりと笑うと、悪魔のような事を言いだした。


 「ただし、所持ゴールドが0未満になってしまうとゲームオーバー☆ 学園から荷物をまとめて出ていってもらうことになるから注意してね! しかもマイナスになったゴールド×1万円の罰金付き☆」


 これにはさすがにどよめきが起こった。

 俺はと言えば、お金(ゴールド)なのに体力(ヒットポイント)みたいだな、なんて場違いな事を考えていた。しかも借金を背負わされるなんて、ただごとじゃない。

 しかし、逆に考えると。これなら……ゴールドを賭けて勝負し、負ければ奪われるというルールなら、対戦さえしなければ退学にはならないはずだ。


 あの日。

 無実にもかかわらずイカサマをしかけたと疑われ、全てを失ったあの日。


 カードゲームはもうやらないと、奏星と約束した。

 もうあんな辛い思いはしたくない。

 だから、自分がやらなければいいだけだ。

 それならば、クラス内でちょっと流行っているだけ。そう思えばなんとかなる。

 クラス内で友人は作れないかもしれないが、T組以外の他のクラス……奏星のクラスメイトを紹介してもらうとか、色々やりようはあるはずだ。そうすれば……。


 「あ、そうそう。あなた達の対戦は、全て記録されます。誰といつ戦って、どんなカードを使って勝ったか負けたかまで。そして1ヶ月間対戦をまったくしなければ、やっぱり退学になっちゃうから、気を付けるんだゾ☆」


 淡い期待は簡単に打ち砕かれた。思わずうなだれる。

 退学というある種の脅し文句を告げられたが、周りの生徒たちは誰もそんなことに動じていない。

 『対戦をしない』なんてこと、彼らにとってはありえないのだろう。

 

 ここに、自分の居場所は無いのかもしれない。

 

 入学1日目にして、既に絶望の淵に立っていた。

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