第04話 銀雪の女王
『レジェンドヒーローTCG』は、10年以上前に発売されアニメにもなったことで爆発的にヒットした、子供から大人まで楽しめる大人気カードゲームだ。
競技としての人気も高く、プロ制度もある。毎年行われる全国大会には世界から数百万人規模の参加者が集う。
中学の時、クラスの男子たちの間でも大流行していて、友達を作るために自分も始めたのだが……。
「…………っ!!」
なんで知っているのか、なんて問う必要は無い。この男は、俺と同じカードゲームをしていたのだから当然だ。ただし、仲が良かったわけではない。どちらと言えば思い出したくない類の関係だ。相手もそう思っているのか、忌々しげに大きな音を立てて舌打ちをした。
「まじかよ、よりにもよってこんなやつが入学してくるなんてよ。……おい、お前ら。こいつは『レジェンドヒーローTCG』のチャンピオンだったんだが、全国大会の決勝戦でイカサマをして失格になって業界を追い出されたやつだぜ。お前らもイカサマされないように精々気をつけるんだな」
その発言に、周りに座っていた生徒たちも賛同の声を上げる。
「チャンピオンのくせにそんな大舞台でイカサマするなんて、なんてやつだよ」
「いや、イカサマはずっとしてたんだろ。じゃなかったら中学生でそこまで勝てるわけねーじゃん」
「イカサマ野郎と同じクラスなんてなぁ」
『そこまでして勝ちたいのか』『汚いやつだ』『イカサマ野郎』
クラス中の刺すような冷たい視線が一斉にこちらに向けられる。
……あの時と一緒だ。
あの時、あの大会の舞台上で失格を告げられた時も、観客も参加者も審判も皆一様に同じような目で自分を見ていた。
何か言おうとするが、何も言葉にならない。
何を言ったとしても、彼らの耳には届かない。
いたたまれない気持ちになり、思わず彼らに背を向けて逃げ出そうとした。
「黙りなさい」
その時。ずっと黙って聞いていた横の席の少女が立ち上がってそう言い放った。
なんというか、見た目は銀髪のお嬢様なのに、その立ち振る舞いは武士のように鋭い。
「私達はこれから同じ学園のクラスメイト。そんな事言うべきじゃない」
「あん?」
不良男が少女を上から睨みつける形になったが、彼女の気迫も負けてはいない。
先に目を逸らしたのは男の方だった。
「チッ。さすが、ポーカーの女王。『銀雪の女王』様は言うことが違うねぇ」
リーダー格の男が目を逸らし、不良たちは白けたように散り散りになった。
『銀雪の女王』という肩書き聞いてはっとする。
そうだ、思い出した。この少女の名前は『
若干15歳にしてポーカーで日本のトップになったとんでもない少女だ。
どんな手でも決してその表情は凍ったように動くことはなく、大胆なブラフで大人も手玉に取って勝ち上がった。
……というのを、ネットニュースで見た覚えがある。
「えっと……ありがとう」
「…………」
礼を言ったのだが、彼女はこちらの顔も見ずに、そのまま自分の席に戻った。
こちらのことなど相手にする価値もないと言いたいのかもしれない。
……それはそうだろう。
トランプとTCGという違いはあっても、カードゲームで王者となるような人間が、イカサマをするような奴を好むはずもない。
はぁ、とため息をついたが、ふと他の生徒たちがヒソヒソとこちらをバカにしたように笑っているのを見て、さらに深くため息をつく。
地元を遠く離れた進学校ならば、自分が『イカサマ王(ダーティキング)』と呼ばれていたことを知っている人なんていないと思っていた。
これでは中学の時と一緒だ。いや、あの時は奏星がいたからまだマシだったか。
このままだとまたしてもボッチになってしまう可能性が高い。
「……帰りたい」
寂しさと辛さのあまりスマホを開いてさっき別れたばかりの幼なじみにメッセージを送ろうかと思ったのだが、迷った末にスマホをポケットに戻した。
いつまでも奏星に甘えたくない。高校で新しい友達を作るんだと彼女と約束したのだ。
なんとか、この状況を打開する方法を考えないと……。
と、そうこうしているうちにチャイムが鳴り、全ての席が埋まって教室に40人余りの生徒達が揃った。
「は~~いッ!! みなさ~~ん!! 揃っていますよね~~!! ウーーイエーーーイッ!!!」
チャイムの音が鳴り終わるのと同時に、テンション高めの声で教室に飛び込んで来た人がいた。
「……は?」
教壇の前にふんぞり返ってビシッと音が鳴りそうな勢いでポーズを決める人物を見て、教室中がざわめく。
ピンクの髪に、いやに丈の短いスカート、露出度が高すぎてかなり危険な格好だ。
というか、『レジェンドヒーローTCG』のアニメに登場する女子高生ヒロインのコスプレだ。
そんなこの場にまったくそぐわない恰好をした人物の名は、葉月ゆず。年齢はたしか22歳。
カードゲームのプロプレイヤーで、カードゲームに少しでも関わったことがあるなら、誰もが知っているほどの有名人だった。
『カードゲームアイドル』という新ジャンルを作った人物で、その見た目と年齢にそぐわぬ、強烈なプレイは人を惹き付ける。
TCG(トレーディングカードゲーム)、DCG(デジタルカードゲーム)などを問わずに様々なタイトルのゲームをプレイし、生放送などに呼ばれて積極的にPR活動をしている。
「な、なんで、葉月ゆずがここに!?」
「は~いそこのキミ! 私のことは、先生って呼ばないとダメだぞッ!!」
思わず名前を呼んだ生徒が一人注意されてしどろもどろになっていた。
『まじかよ、葉月ゆずが先生?』『うわーエロい……』『俺、ファンなんだけど……』
生徒たちがザワザワとなったところを、彼女はパンパンと手を叩いて静める。
「静かにねッ!! さて、今から通常クラスの生徒達は講堂に移動して入学式に参加するわけど、君たちは残念ながら別! なんせ、君たちT組は『普通』じゃないからねッ!」
「……え?」
「君たちもわかっているでしょう? この学園は進学率トップ、成績優秀文武両道眉目秀麗……超難関の試験を受けて選ばれた特別な生徒たちしか入っていないわけだけど、君たちはその中でも特別中の特別。……世間が、普通の学校や企業が求める才能とは全然別の『力』を持った生徒達なわけだよねッ?」
半年以上前、中学3年で皆が高校受験のために必死に勉強していた頃。
いきなり当時の担任に呼びされて、華戸学園への推薦入学が決まったと聞いた。
あの『華戸学園』に試験無しで入れると聞いて両親も奏星も大喜びをし、普段は絶対に行かないような高級レストランで思う存分美味しい物を食べたものだ(会計の時に父さんが引きつった顔をしていた)。
だが、同時に疑問でもあった。なぜ、自分のような勉強も運動も特に得意ではない人間が推薦に選ばれたのか。
「あの、それって一体……」
嫌な予感がして思わず立ち上がったのだが、
「そこのキミッ! まだ私の
カッと目を見開き、窓がガタガタ鳴るほどの声量で威嚇するかのように叫んだ。
「何か発言をしたければ、私の
「……はい」
その気迫に何も言えず、すごすごと席に座る。
葉月先生はコホン、と咳払いをして再び説明を始めた。
「我が華戸学園は、評価しやすい学力や運動とは別の要素、本来ならば取るに足らない屑のような才能が、ひょっとしたら一見は屑でも、実際は星屑かもしれない、もっと磨けば夜空に煌めく星になれるかもしれない。そう考えたわけだよッ。だから、君たちはお互いに研鑽しあい、戦って磨き合わなければならないんだよッ!」
屑だと言われていることに気づいたのだが、それに怒ったりしている余裕は無い。
戦って、磨き合う?
一体、何と、何で?
そう言うと、彼女はにっこり笑った。
「じゃあ、みんな。机の中にある袋を開けて貰おうかな?」
先ほど見た、『指示があるまで開けちゃダメだぞ☆』と書かれていた大きな袋を慌てて取り出す。
嫌な予感がしながらもそっと開封する。
「君たちが戦うための剣はその
中に入っていたのは、さまざまなイラストが施された数十枚の紙束。
もう、二度とこんなものは手にしないだろうなと考えていた。
「嘘でしょ……」
まごうことなき、トレーディングカードゲームだった。
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