第03話 華戸学園1年T組
「うっそー!! なんで優ちゃんと一緒のクラスじゃないの!? 何よこのT組って!?」
奏星の無駄にバカでかい声が辺りに響き渡り、周りの注目を集めていた。
都内の高層ビルを横に倒したようなバカでかい校舎の前に設置されている巨大な掲示板に、これまた無駄にバカでかくクラス分けの表が張り出されていたのだが、このクラスが一風変わったものだった。
通常のA組、B組、C組、D組の4クラスとは別枠でT組とあって、奏星の名前はA組の欄に書かれていたが、俺の名前、『
普通ABCDときたらEが来るだろうに、Tが続いているのはあまりにも不可解だ。
「こんなの絶対おかしいよっ!! 今まで優ちゃんと一度も別のクラスになった事ないのに!! 誰に抗議すればいいの!? 先生!? 職員室ってどこ!?」
「ちょ、落ち着きなよ奏星……」
腕をぶんぶん振り回して、本当にそのまま場所もわからない職員室に殴り込みにいきそうな彼女を抑えつけた。クスクスと、笑われている気がする。俺がバカにされるのはもう慣れっこなのだが、奏星が笑われるのはあまり気分がよくない。だがそんな心配をよそに、こっちに嚙みつかんばかりに大声で叫ぶ。
「だってっ! 優ちゃん、あたしがいないと心配だもん!! 優ちゃんだって、あたしがいないと不安でしょ? 寂しいでしょ!?」
実際、不安ではないと言えば嘘になるのだが。それよりも。
奏星の『力』を知っている自分としては、この状況はかなり不思議だ。この少女がクラス分け程度で自分の思い通りにならなかったことなどほとんどない。
何か、誰かの明確な意図が働かないとこうはならないだろう。
「えええ!? 校舎まで違うの!?」
クラス分けの紙には『各々のクラスの教室まで来るように』、と書かれていて地図も貼ってあったのだが、AからD組の教室は目の前にそびえ立つ立派な中央校舎の1階。T組の校舎は敷地内のかなり奥まった所にある第7校舎というところのようだ。
「うーん、推薦入学だから、かなぁ……?」
自分でも何を言っているのかわからなかった。納得のいっていない奏星はこちらの教室の前まで着いていきたいと主張したのだが、さすがにそれは恥ずかしいので断った。
「忘れ物は無い? ハンカチ持った? ティッシュは?」
「それは家を出る時にも聞いた。……大丈夫、持ってるよ」
「休み時間になったら行くからね? 心配しないでね?」
「いや、それはいいよ……そこまで心配しなくても大丈夫だって。ただいたい奏星だって自分の教室でやることあるでしょ」
自分と違って社交的でいつでもどこでも人気者の奏星のことだ。自分のクラスであっという間に友達を作ってしまうだろう。
「じゃあ、またね優ちゃん。愛してるよ」
「はいはい。またあとでね」
今まで何百万回と冗談で聞かされた愛の言葉を軽くスルーして校舎に入ろうとした時。
ポタッ。
ふと、目の前に何か落ちて来た。平べったい紙のような物だ。
拾い上げてみて、その落とし物に驚く。
「……カード?」
カードといってもクレジットカードとか交通ICカードとかそういうものじゃない。少し固い紙製で光沢がある。
王冠を被った西洋風の男が、魔物達を相手に勇ましく戦っている様子が描かれている。
まごうことなき、TCG(トレーディングカードゲーム)で使われるカードだ。
ただし、どのカードゲームのタイトルかまではわからなかった。それはいいといて。
「……なんで、空からこんなカードが落ちてきたんだろう?」
校舎の上の階から落下してきたのだろうか? だが、上を見上げても人の姿は見えない。
首をかしげていると、奏星はそれを見るやいなや、顔色を変えてひょいと俺から取り上げるかのようにぽいっと投げ捨てる。
「優ちゃん、もう、紙遊びは卒業したんだもんね? もう、やらないもんね?」
「……う、うん」
『紙遊び』という小馬鹿にしたようなその言葉にドキリとさせられる。
中学一年の時に俺は当時の友人達とカードゲームを始めて、夢中になって遊びまくった。
ちょっとしたお小遣いでパックを剥いてレアカードを引き当てたり、それを友達と交換したり、学校で対戦しているのを先生に見つかりそうになって慌てたり、大会に参加してトーナメントを勝ち抜いたりもした。
だが、それも過去の話だ。
ちょっとした不幸な事件から、俺はカードゲームの引退を余儀なくされた。
そしてそれにともなって友人たちは離れていき、気づけば周りには奏星以外の人はいなくなっていた。
それからは、もう長い間カードゲームは触っていない。
「……俺はもう高校生だからね。カードゲームはやらないよ。卒業した」
「うん、よろしい☆」
奏星は満足げに頷いた。
実際、やらなくなってしまえば、カードなどただの絵のついた紙きれだ。
それが何千何万枚とあれば、重いし場所はとるしでいいことなど一つもない。できるとしたらせいぜい焚き火の燃料にするぐらいだろう。
なぜ今まで紙切れに必死になっていたのだろうかと疑問にも思ってしまう。
だから高校入学で一人暮らしを始めるのをきっかけに、全て実家に置いてきた。
「じゃあ、いってらっしゃいー!」
「うん、行ってくるよ」
T組のある第7校舎は4階建てのガラス張りの建物で、前にはガードマンらしき黒服の人物も立っていた。
不思議に思いながらも、軽くお辞儀をして中に入る。
外からは見えないが中から外が見える、マジックミラーのようになっていたようだ。
『1年T組』と書かれた教室の中に入る。
中にはすでに20人ほどの生徒たちがいて、グループになって話している者もいれば、一人で暇そうにスマホをいじっている者もいる。
皆入って来たばかりのこちらをチラッと見たが、その瞬間、空気が張り詰める。
「……?」
生徒たちはひそひそとこちらを見て何かささやいている。その生徒たちを見た瞬間、不思議だが、思った。
みな、自分と似た空気……いや、『匂い』を纏っていることに。かつて、似たような人達と、ショップや大会でしのぎを削っていた。
「……いや、まさかね」
慌てて自分のバカな考えを否定する。
教室の黒板には『お好きな席にどうぞッ!!』と書かれていたので、たまたま空いていた一番後ろの真ん中の席に座る。
だが、机が明らかに普通のもと違う。縦幅がやけに大きい。
手元側にはIDカードを挿入するためのカードリーダーと、小型の液晶画面とタッチパネルもある。
いずれも勉強机にはにつかわしくないものだ。
頭の中が疑問に支配されながらも、机の中を覗き込むと、中には紙袋が入っていた。だが、『指示があるまで開けちゃダメだぞッ!』と丸っこい文字で書かれている。
「……」
教室全体の空気。よくわらかない机。謎の袋。
得体のしれない、嫌な予感がする。何か、重要な事が隠れているような違和感。
例えるなら、中盤を過ぎても相手のデッキ正体がわからなかった時の様な、気味の悪さ。あれと同じだ。
だが、そんな事も言ってられない事情がある。
奏星とも違うクラスになってしまった以上、このクラスで友達を作らないとまたしてもぼっちになってしまう。
誰かに話しかけるべきだろうか。そう思って周りをキョロキョロ見回す。
前の方にいる一人でじっと窓の外を眺めている小柄の男子生徒なんてどうだろう。よし、話しかけにいこうかな。
そう思っていた時、空いていた右隣の席に座った人がいた。
「あ」
「…………」
なんと、さっきこちらのことを見ていた銀髪の女の子だ。
近くで見ると、その髪は新雪のようにキラキラしているし、青色の瞳は海のように澄んでいる。
触ったら凍傷を起こしてしまうのではないかと思ってしまうほど美しい。
向こうもこちらが見ていることに気づいたのか、ふいに目が合う。
「……えっと、その……は、はじめまして?」
「………」
勇気を出して挨拶したのだが、彼女は何事もなかったかのように完全スルーし、再び正面に向き直ってしまった。背筋に一本筋が通っているかのようにまっすぐで、姿勢まで美しかった。
……辛い。やっぱり大けがをしてしまった。
友達作りという目標の第一歩を踏み外し、がっくりと項垂れていると。
「お前……」
「え?」
突然声を掛けられた。
「お前ひょっとして」
顔を上げると、一流の進学校であるこの学園にはあまり似つかわしくない、茶髪を逆立てた不良のような男がこちらを見ていた。
「あ、君……」
この不良男。かつて会った事がある。あれは、そう……。
「『レジェンドヒーローTCG』の元チャンピオン……イカサマで失格になった『
それは、思い出したくない記憶。忘れたい過去。
捨てたはずの名前と称号だった。
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