第02話 何でも願いが叶う華戸学園

 都会からほんの少し離れた町に、春の新しい風が桜の花びらを乗せて爽やかに吹いていた。

 まだ慣れない街並みを、おろしたてでぶかぶかの制服のズボンが地面に擦れそうになったり、新品の真っ白なスニーカーにまだ違和感を覚えながらも、周りにいる同じ格好をした生徒達について行くように大通り沿いに歩いていく。

 合格発表の時に一度来て以来だからまだ道は覚え切れていない。でも、彼らについて行けば問題無いだろう。

 そうしているうちに、目的地にたどり着いた。


 『私立 華戸はなど学園』 


 この学校に入れば、何でも願いが叶う。何でも手に入る。富も名声も。

 そんな漫画かアニメの設定かよと思うほど大げさな事を謳っているのが、この全国有数の進学率を誇る超がつくほどの名門校だ。


 世界的な遊園地ほどはあるだろう巨大な敷地の中には、大きなグラウンドが広がり、ガラス張りの校舎がいくつも並び立っている。


 学内の設備は完璧を遥かに通り越していて、学生ならだれでも無料で利用できる食堂、温水プール付きのスポーツジム、その他もろもろ、至れり尽くせりだ。


 これだけの物を見せられると、その誇大広告もあながち間違いではないのかもしれないと思わせられる。


 大理石でできた門柱の前まで来ると、足を止めてふぅ、と大きく息を吐く。

 突然立ち止まったこちらを、周りを歩いていた生徒達が不審そうな顔で見ていたが、それに何か反応を返す前に話しかけてきた少女がいた。


 「なあに? 優ちゃん、緊張してるのー?」


 ここまで一緒に隣を歩いていた女の子、幼なじみの一之瀬いちのせ奏星かなせがいきなり立ち止まったこちらを不思議そうな顔をして覗き込んできた。


 「……え、いや……そういうわけじゃないって」


 「隠さなくってもいいよー」 


 慌てて誤魔化そうとしたのだが、15年以上も隣に住んでいた相手に隠し事などしても無駄だった。


 「新しい学校でー、お友達ができるか不安なんだよねー?」


 彼女はいたずらっぽい笑みを見せる。

 栗色の髪、優し気な目。あまりにも見慣れている顔なので自分では正常な判断を下すことはできないが、中学の時に他の男子生徒たちが口を揃えて『可愛い』と言っていたので、おそらくそうなのだろう。

 その顔を見て思わず肩をすくめてしまう。


 「……奏星(かなせ)はなんでもお見通しなんだよね」


 「えへへ。優ちゃんのことだけねー!」


 彼女は物心つく前から同じマンションのお隣さんで、幼稚園、小学校、中学校と合わせて12年間連続で同じクラスという奇跡のような存在だ。


 小さい時は『ゆうちゃんは、あたしがもらってあげる!』なんて言っていたもんだ。


 「心配しなくても大丈夫! 優ちゃんにはがあたしがついてるからねっ! あたしが優ちゃんを立派な大人にしてあげるんだから!」


 そう言って胸をドンと叩いて『あたしに任せろ』と言いたげな姿に妙に安心する。

 奏星は小さい時からずっと、山やら川やら洞窟やら、色々なところに俺を引っぱって連れて行ってくれた。


 中学になってからはそれぞれ男女のグループで遊ぶ事が増えたが、俺が中学3年のときにとある事情で友達がいなくなってしまい、ボッチになってしまっても、奏星だけはずっと俺を一人にしないために側にいてくれた。


 自分一人が華戸学園にどういうわけか推薦で入学が決まったときも、『優ちゃんを一人っきりにさせるわけにはいかないもん!』なんて言って、必死に勉強して半年で偏差値を20以上も上げて一般入試で合格したのだ。


 おかげで実家から遠く離れていて知り合いが誰もいないこの学園に通うという不安が少しは無くなった。奏星には感謝してもしきれない。俺にとっては唯一無二の親友である。まぁ彼女からすれば、俺はいつまでたっても目の離せない手のかかる弟みたいなものなのだろうけど。


 「ほらっ。いこっ! 手つないであげるから!」


 「……大丈夫だって。俺だってもう高校生なんだから」


 彼女に手を引かれるのを断り、校舎の中に歩いて行こうとした時だ。


 校舎の入口あたりに立っている少女が、こちらの様子を遠巻きに見ている事に気づいて足を止める。

 スラッとした高身長で、ほとんど足元まで伸びている超ロングの銀髪が眩しく、顔つきは日本人のようだが瞳はサファイヤのような美しい青色をしている。

 立ち振る舞いにもどこか気品があって、どこぞのお嬢様のような風貌だ。


 「……?」


 こちらが見ていることに気づくと、ふっと視線を逸らして 校舎の中に入っていってしまった。

 はて、どこかで会っただろうか。 これでも物覚えには自信がある方なのだが……。

 あの銀髪はそう……どこかで……

 昔の記憶……小学生の時?

 いや、違う、あれは中学生の時……。

 場所はそういつものカードショップ……対戦相手……。


 『お前みたいなガキがあんなに勝てるなんておかしいと思ったんだ!!』『イカサマ野郎が!!』『お前なんて、イカサマ王ダーティキングだ!!』


 ズキッ。ふいに激しい痛みが頭に響く。


 「優ちゃん?」


 「……あ、いや、なんでもないよ」


 中学の時の事を思い出そうとするとどうしても、記憶の奥底に封じ込めたはずの忌まわしい事件と、あの男のことが思い起こされてしまう。

 俺こと国頭くにとう優馬ゆうまが、もう二度とカードゲームをやらないと決めるきっかけとなった、あの時のことを。

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