後悔と懺悔

 わたしは中学生一年になると成績は全学年で一番だった。雄琴の教えてくれた勉強法、いやテクニックでほぼテストで満点を叩き出していのだ。夜遅くまで模擬テスト問題を解いたり、ましてや時間を犠牲にして塾に通うこともなく、ただただ教科書を映像に変えて脳内カンニングしていただけなのだ。



 どんな成績を取ろうが大人からは褒められることもなかった。ただ、マキノだけは「すごい!」と言って喜んでくれていた。唯一勉強といえるかどうかわからないのだが、成績の振るわないマキノに教えることぐらいで、教えながらその意味を理解していたのかもしれない。



 次第に自分でも不思議な力を感じ始めている。それはテストの文面を見ているだけで、この出題者が何を思い、何が言いたいのか頭の中に囁きが聞こえてくるのだ、すでにテストに答えが書かれてあるのと同じだった。



 こんな私をみてやっかむ人の心の囁きも伝わってくる。「施設のくせに」「親もいないくせに」「塾も行ってないくせに」「誰にも望まれてないくせに」「将来なんてロクなもんじゃないのに」成績の上位者からの悲痛に似たドロドロとした声が心に届いていたのだ。



 始めは無視していたのだが、だんだんその怨念に似た言葉に嫌気がさし、成績を落とす行動に出る。名前を書かずに0点だったり、わざと解答欄を一つずらして答えるなど、教師をバカにした行為が目立つようになっていく。いつしか、わたしは昔のように未来を放棄し、真面目の対岸に住んでいるヤンチャな人間と関わりをもつようになっていったのだ。



 わたしが中2になると、一人暮らしでギャルをしている高校2年のゆめか先輩と知り合うことになる。この頃から施設に帰らなくなり先輩の家でゴロゴロしていることが多くなった。そして中学校にも行かなくなる。理由はマキノと顔を合わすことがイヤだったのだ。



 わたしはマキノを避けていた、今思い返すとそれは反抗期と呼べるものだったのかもしれない、唯一甘えられる人間に反抗する幼稚な行動だったと思う。いや、本当のことを言うと、こんなわたしに向けられるマキノの笑顔が何よりの辛かったのだ。



 転がり込んだ先輩の両親は離婚し、その後父親に引き取られたものの反発し険悪になり家を出て一人暮らしを始めたという。毎月送られてくる余りある生活費が親子の証だとつぶやいていた。



 糸が切れた凧のようなわたしの交友関係はさらに悪くなっていく。ゆめか先輩とそのギャル仲間にコンパに誘われ、危なさそうなバーに出向いた。そこには4人悪そうな男たちがいてお酒を勧めてくる。


「危ない!」


 わたしは男たちの目的が読めてしまったのだが、その場から逃げるタイミングがなく帰ることができない。決して酒には口をつけなかったのだが、ギャルの先輩が一人、二人と酔いつぶれていく、ゆめか先輩がそろそろ帰ろうといいだすと。男たちは先輩を押しのけ、わたしを玄関に引きずり出し車に詰め込もうとした。


 ゆめか先輩が必死に男たちを止めてくれいるのだが、力で叶う訳もなく恐怖で何もできなかった。子供の頃はどんな人間でも口答えしていたのに、生まれて初めて恐怖を知ってしまう。そしてあきらめて先輩にこう告げた。



「ゆめかさん、もういいっす。」



涙をながしながら車に押し込まれそうになった時だった。



「あらら、頭がわるそうな鼻垂れガキどもね!あさひを離しなさい!」



おかっぱ頭にセーラー服、片手には鉄パイプを握ったマキノが立っていたのだ、

わたしは身が震えた、そしてあろうことかマキノに助けを乞うてしまったのだ。



「マキノ!助けて!」



男たちはマキノに向かって歩いていく、そして3人がマキノを囲むと、マキノの前髪をつかみ顔を上げさせる。



「なんだよ、おまえもこいつのツレか?かわいいなぁ、一緒に遊んでやってもいいんだぜ。」


「うふふ!それは楽しみじゃない!一緒に踊りましょうか?」



「ぼぐぅ!」



マキノが鉄パイプの端で男の鳩尾を突いたのだ、大柄な男は地面につっぷし吐き戻している。



「なんだコイツ女のくせして、なめんなよ!」



 マキノよりも大きな男の拳がマキノの頬を狙う、ヒットする数ミクロンの差で後ろに避け、マキノの握りしめたカウンターが男の足元から進入し弧を描き正確にアゴヒットする。大男は激しく脳を縦に振られ脳震盪を起こし倒れ込んでしまう。一連の動作は雷が落ちるくらいの速さだった。


 一瞬の隙をついて立っていた男がマキノを背後から捕まえようとしている、わたしはとっさに「危ない!」と叫ぶ。


 瞬時にその男の片手をつかみ、肩にかけ柔道の一本背負いのような形で男を遠くへ投げ飛ばしてしまった。そう、二人が向き合ったあの日のようにわたしを守ってくれているのだ。


 残されたリーダー格の男が店先のビール瓶を割り投げつけると、マキノは半身をそらし瓶はビールを撒き散らしながらマキノの頭をこすっていく、おでこの上の毛が切れ血が吹き出した、しかし男をヤギのような縦割れの瞳孔で睨み返す、あの時とおなじでマキノの目が赤く光っているように見えた。


 とんでもない恐怖にさらされていた、車に押し込められる以上の恐怖、そうマキノから感じていたのだ。魔物のようなオーラを纏いリーダー格の男に飛びかかりあっさり地面にねじ伏せてしまう。馬乗りになったマキノは鉄パイプを縦に握り男の頭に向かってつき刺そうとしている。



「脳みそぶち撒いて死にたいんだ、このクズ!」


「ひゃっ、ひゃめてくれぇ!」


「やめろ!マキノ!」


「ズシャ!」



 叫んだ瞬間、鉄パイプが何かに刺さった音がした。恐怖で顔をそむけ、震えながらマキノを見た。鉄パイプは男の頭の数ミリ横をかすめアスファルトにめり込み、地面から白い煙が出ていた。



たちには家族もいないのよ。あんたを殺した所で誰も悲しまないのよね。ねぇ、中ボーの女にボコられたって噂にされたい?面子丸潰れで一生の恥よね!」



 馬乗りになったマキノは鉄パイプを地面から引き抜き男の首にあて地面におしつけている、その時わたしには見えたのだ、マキノの背中に羽が生え、まるで怒った天使が罰を下すような姿に。



「今回だけ黙ってあげるわ!でも、こんどあさひに手を出してみなさい、命を吸い上げてやるからね。」



 よろよろと3人の男が立ち上がり、失禁したリーダー格の男を車に乗せその場を離れていった。消えていくテールランプを見送ったマキノは地面に膝から崩れ落ち、半目で意識を朦朧とさせていた。



「マキノ!なんでそんな無茶すんのよ!」


「あ、あさひが無事でよかった。」


「マキノォオォォ!」



 わたしは意識を失ってしまったマキノを抱き上げ、空に向かって空気を切り裂くくらいの大声で泣き叫んだ。



「どうした!大丈夫か!」



 タイミングよく警官が現れて私たちを保護してくれた、わたしの手にはマキノの額から流れてくる血の温もりが伝わってきた。警官がマキノを止血してくれて一緒に救急車に乗せられた。意識の戻らないマキノの手を握りながら、深く目を閉じマリア様にお願いをした。


 わたしはどんな罰でも受けるからマキノだけは助けて欲しいと。

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あさひのマリア様 かもがわぶんこ @kamogawabunko

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