完全現場再現探偵

イノリ

僕が現場を完全再現いたしました

 現場再現。探偵が犯人を追い詰めるに至って、これほど重要なものは他にない。

 言葉で追い詰めた。証拠で追い詰めた。

 だからどうした、捏造だ、と言われれば探偵は唸るしかない。

 そうして、議論というくだらない手段に飛びつく。

 こんな証言があった、こんな証拠があった。――相手と同じ土俵に立って相手をするのが、探偵の役割だろうか。

 そんなはずはない。探偵は華麗に、己の推理を完膚なきまでに叩きつけるのだ。

 現場再現をして、その方法での殺人が可能であることを証明する。

 ――それが、一流の探偵というものだ。




   ◇◆◇




「事件関係者は、全員集まりましたね?」

「あ、ああ、これで全員だ」


 僕は探偵として、とある館に招かれた。

 そこでは既に、一人の人間が殺されていた。

 呼吸不全を起こして死亡した被害者。部屋は密室となっていて、外側からは施錠できない環境になっていた。


「よろしい。では、真相をみなさんにお話ししましょうか」

「だ、誰なんですか!? 誰が――誰が花子を殺したんですか!?」


 容疑者は四人。

 館の主人、メイド、そしてその客二人。

 他にも人はいるのだが、その人たちは絶対に犯人ではないという確証を得られたので、既に容疑者から除外されている。

 既に、事件は終盤だ。名探偵である僕は、真相を掴んだ。

 それを今から全員に、現場再現として示そう。


「僕は、犯人を論破して鼻で笑うような間抜けな真似はしません。――現場再現で、犯人はこの人以外いないという証拠を、お見せいたしますよ」


 既に、現場は事件前の状況に整えられている。

 この部屋で、被害者は命を落とした。

 この状況下で、被害者は殺害された。

 それを思うと、どうしてか僕たちまで、たった今本物の命の危機に置かれたように思える。


「さあ皆さん、中にお入りください」


 僕は事件を詳しく説明するために、全員を中へと促した。

 まず真っ先に僕が入り、他の人間もそれに続く。

 部屋の中には、混ぜてはいけない系の洗剤が置かれている。これを混ぜると有毒な塩素系ガスが発生し、吸いすぎれば呼吸困難になるのは有名な話だ。


「みなさんもお分かりの通り、犯人はこの洗剤を使って被害者を毒殺しました」

「で、ですが……この部屋は、中からは簡単に開けられます。それに、犯人は花子の隣で、その洗剤を混ぜたということですか? いくらなんでも……それじゃあ、花子は逃げているはずでしょう?」

「それも説明できますよ。まず、この部屋のドアは外開きです。故につっかえ棒のようなものを用意すれば、簡単に中の人間を閉じ込めることができます」


 僕は部屋の外を指す。そこには既に、つっかえ棒となるモップが用意されていた。

 次に、殺し方の説明だ。


「窓は、部屋の上部にある小窓だけです」

「そ、そういえばさっきから、その小窓に糸がかかってるが……」

「それが、洗剤を混ぜるための仕掛けです。この小窓は内部からでは手が届かない場所にあります。部屋の中には、手頃な踏み台になりそうなものがないですし、中からは開けられないと見ていいでしょう。ですから、まず……どこへ行くんですか、メイドさん?」


 僕が説明している最中に、メイドさんは部屋を出ようとする。

 もうお分かりだろう。メイドさんがこの事件の犯人だ。

 彼女は、自分の罪が暴かれる前に、ここから逃げ出そうとしていたのだ。

 既に半身をドアに挟んで、今にも逃げ出そうとしている。


「仕方ありません。先回りの暴露は趣味ではありませんが……みなさん、彼女が犯人です。一度、彼女を抑えて――」


 ガタン。音がした。

 それは、ドアが閉まって――外からつっかえ棒がされた音。

 唯一の出入り口が塞がれた音。


 シュルシュル。音がした。

 それは、糸が引かれて――毒殺トラップが発動した音。

 僕らの命を奪う音。


「……あ」


 ちょ、ちょっと待って?

 後のトリックは既に分かっているのに――。

 この後は外に用意した踏み台で小窓を塞ぎ部屋を密閉して中にいる人間に毒を

 ああまだ密室トリックの説明がまだなのにどうしてそんな――


「うげぇ」


 塩素ガスが室内に充満し始めたもう駄目だおしまいだ

 現場再現になんて、拘るんじゃ、なかった……。


 ……バタン。バタン。人が折り重なって倒れる。

 メイド以外は全滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

完全現場再現探偵 イノリ @aisu1415

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ