第3話
「あー……暇だ」
自宅謹慎が正式に決まってから数日。
俺は日課であるトレーニングを終えてすっかりダレていた。
一応謹慎中の課題は渡されているが、久城先輩が何か言ったのか、渡された課題の量はそれほど多くなかった。
なので、それらの課題は一気に片付けてしまい、のんびり短期休暇を満喫しようとしたのだが、急な休みというのはそれだけでやることがない。
一応普段の筋トレに加えて色々と新しいトレーニングを費やしたりはしたのだが、無駄な筋肉は返って動きを阻害することもあるので一日でやれるトレーニングとは実は決まっていたりする。
そういうわけでクールダウンと柔軟を終えて俺は居間に大の字となって寝転んでいた。
特に何かするわけでもなく、何かしないといけないわけでもない。
ぶっちゃけ街にでも出歩こうと思ったが、行ったところでやることはないしで暇を持て余すしか無かった。
ちなみにここは一人暮らし用のアパートだが、よく漫画でみる安いオンボロアパートでも曰く付き物件というわけでもないごく普通のアパート。
母親はとっくの昔に離婚していなくなってるが、親父はまだ憎たらしいほど健在で今も海外のどこかでビジネスしてる。
収入は普通の一般家庭よりは多いようで毎月それなりの額が振り込まれてくるが、俺は中学校以来親父の顔を見ていない。
母親と離婚すると同時にゴミ箱に捨てるようにして一人暮らし用のアパートを借りてそこに放置されてきた。
まぁだからと言って別に恨んでるわけでも嫌ってるわけでもない。
実際に対面してみないと分からないが、きっと何の感慨もなく「久しぶり」の一言いって終わりだろう。
それでも「久しぶり」の前に「誰だおっさん」と言うのは間違いないが、それくらいの嫌味は言っていいだろう。
ーー♪
そんな事を考えていると、スマホから電話がかかってきた。
「……うへぇ」
画面に表示されるのは『会長』の二文字。
それだけで何となく嫌な予感を感じながら出ないわけにもいかないので、渋々応答することにした。
「……どもっす」
『やぁトラ。元気そうで何よりだ!」
「いや、まだ何も言ってないんっすけど」
『でも電話には出てくれたじゃないか。それだけの元気はあるって事だろう?』
寧ろ電話に出れないくらい落ち込んでいる状況を知りたいもんだ……いや、案外たくさんあるか。
「それで?俺一応謹慎中なんっすけど」
『建前はね。つまりないようなものだ!』
「それ、腐っても生徒会長が言っていいことじゃないっすよね?」
『何を言う。生徒会長だからこそ生徒の代弁者として振る舞わねばならんのだ。寧ろ私以外が言っていい言葉じゃないと思うぞ』
何だそのぶっ飛び理論……いや、ある意味間違ってもないからそうでもないのかもしれないが、やっぱこの人控えめに言っても頭のネジ飛んでんだろ。
「そっすか……それで何の用っすか?」
『出かけるぞ!帰りは明日になるだろうが着替えはこちらで用意するから11時に街駅に集合だ、遅れるなよ!』
「は?いや……って切りやがった。せめてどこ行くかくらい言えってんだよ、毎度毎度……」
実を言うとこのパターンは一度や二度ではない。
割と頻繁に……具体的には月に1〜2回のペースで行われるこの突然の呼び出し。
普通なら無視して然るべき行為なのだが、久城蓮花にはそれが通じない。
無視したら無視したで毎度どうやってるのか俺のいるところを調べ上げて迎えに来るのだ。
お陰で自宅は勿論、行きつけのゲーセンやたまに行くラーメン屋など全て網羅されているのだ。
ストーカーという言葉が生ぬるく感じる程の執念なので最近はもう諦めて忠犬よろしく呼ばれたら行くしかないのが現状だ。
「ったく、今度は一体どこに付き合わせる気だっての」
悪態をつきながらも時計に目をやると10時を少し回った所だったので告げられた時間までは一時間を切っている。
仕方ないと諦めながら軽くシャワーだけ浴びて街駅へと向かうのだった。
☆
「おーい、トラここだ!」
駅に着くと改札口を出てすぐに会長が俺を見つけて手を振って来る。
格好は革ジャンにジーパンというワイルドな出立ちをしているが、普段から堂々とした態度でいるせいか、それとも元が良すぎるからか文句の付けようがないほどに似合っていた。
……ただ一つだけの問題を残して。
「……毎度の呼び出しやら何やらはいいっすけど、アンタ本当に俺の部屋にカメラとか仕掛けてねぇっすよね?」
「? 何だね突然薮から棒に……流石の私でもそこまで変態ではないよ?それに仮にそうだったとしても私なら問答無用で居座るぞ」
「……まぁ、そうでしょうっすけど。流石に三回連続で同じ服装のコーデが被るとかなくないっすか?!」
「以心伝心という奴だな!心が通じ合ってるようで私は嬉しいよ♪」
そう、会長の服装は俺がつい三十分前に適当に選んだ格好そのままであったのだ。
しかも今回で三回連続で丸かぶりとなっては流石に盗撮の疑惑が浮上してもおかしくないのだが……自分でも言っていたように確かに会長ならば盗撮などせず無理矢理にでも同居してペアルックを強制して来るだろう。
そうしないと言うことはつまりこれは本当にただの偶然を示唆して来るわけなのだが……解せない。
ただこれ以上問い詰めたところで何の意味もないので俺は諦めて話を進めることにした。
「んで?今日はどこ行くつもりなんっすか?」
「東京だ。席は取ってあるから早速行くとしよう」
「……へいへい」
あっさり告げられた言葉に若干頭の痛い思いをしながらも俺は素直に会長の後を追うしかなかった。
どうせここで断っても碌なことにはならないし、いつだったかは福岡やら北海道やらを何の連絡なしで突発的に今日みたいに連行された事があるのだ。
今更目的地が東京だと聞かされても「まぁ今回は近いからいっか」と完全に感覚が麻痺した感想しか抱けなかった。
一先ずそのまま新幹線に乗り込むと予約されたグリーン席で腰を落ち着けていると会長が話しかけてきた。
「ところで、この間やってきた連中に君は何をやったんだい?」
「は?」
「先日事情聴取も兼ねてやってきた連中が入院している病院に行ってきたんだが、野戦病院も格やという様子だったよ?」
若干呆れた様子で問いかけて来る会長に逆に俺は驚かされた。
「事情聴取って、なんでまたそんな面倒なことを?」
「質問してるのは私の方なんだが……まぁいい、裏付けだよ。七瀬陽彦の話と彼らの話があっているのか擦り合わせる必要があってね。
それなのに殆どの連中は喋れないどころか文字を書くこと、首を振ることすらできなかったんだから苦労したよ。おまけに唯一喋れそうな子は心神喪失状態といった様子でうわ言のように同じことを繰り返すばかりでまともに会話できる相手なんていなかったんだからな」
「へぇ。そりゃ災難でしたね」
「……仕掛けてきたのが向こうからとはいえ、今回は人数が人数だったし、所持金の殆ども奪われてたようでね。警察も動くしかなかったようだが、あの様子じゃ捜査は難航するとのことだ」
「公務員も楽な仕事ばっかじゃないってことっすね、かわいそーに。あ、姉さんコーヒーとサンドイッチ二つずついっすか?」
「はい、畏まりました。砂糖とミルクはどうしますか?」
「いや、大丈夫っすよ」
白々しく応答しながら丁度やってきた車内販売のお姉さんに注文する俺に対して横から凄まじい圧とジト目が送られて来るのを感じながら俺は無視してお姉さんとのやりとりを済ませていく。
「トラ……君は時々人を怒らせる天才なんじゃないかと思う時があるのだが?」
「隠れた才能ってやつですね。あ、熱いんだ気ぃつけて下さい」
ぶるぶる震えてる会長の前にホットコーヒーとサンドイッチを置いてやりながらこれまた白々しく返しておくが、そろそろ引き際というやつだろう。
俺はサンドイッチの袋を開けながら質問に応えることにした。
「俺だって別に好きでやってるわけじゃねぇっすよ。
ただ売られた喧嘩は買わねぇといけねぇし、穏便に済ませられるならそれに越したことはねぇと思ってます。けど、中途半端に留めといたら馬鹿な奴らは必ず動きます。やるなら徹底的に叩き壊して、すり潰して、粉微塵になったら燃やし尽くすくらいやらねぇと理解出来ねぇんっす。連中みたいな馬鹿は特にね」
もくもくとレタスサンドを頬張りながら会長の問いに応えてやると、会長は口に手を当てて重々しく考え込んでいると、やがてそっと口を開いた。
「……やはり理解出来んな、トラ。私から見ての君は正しい倫理観や価値観を持ち、情にも厚く感情の制御も出来ている。
何より『自分』という存在を正しく認識して理解している……それなのに、どうして君はそこまでやれる?
普通なら思いとどまる筈だ。躊躇う筈だ。臆する筈だ。それなのに君は嬉々として犯行に及んだように連中の惨状を見て感じたよ。
私にはそれが分からない。理解できないんだ。どうして君のような人間があぁも凄惨な光景を作れたんだ?」
今の会長が一体どういう表情をしているのか、見なくても分かる。
その声音だけで泣きそうなくらい可哀想なものを見る表情をしながら、だが決して嘘は許さないという決然とした顔をしていることだろう。
ここでお茶を濁してもいいが、会長にしては随分と踏み込んだ問いかけをしてきたことからきっと俺が帰ってからあの現場を見てしまったんだろう事がすぐに推測できた。
別にだからどうしたという話じゃないんだが、少しだけその問いかけに応えることにした。
「俺のことを随分高く買ってくれてるみてぇっすけど、別に大したことじゃないっすよ。俺はただ受け入れてるだけです」
「受け入れる?」
「善意も悪意も恐怖も狂気も流れ弾も、そーいうのを全部受け入れてるだけで、俺からしたらあんなんただの草むしりと大差ねぇっんすよ。
ただ違いがあるとすればやらなきゃなんねぇならやるしかないって前提があるかないかの違いだけっすよ」
「…………」
「人によっちゃ俺みてぇな奴はサイコパスやら変人なんて呼ばれる分類になるでしょーけど、正直だからなんだって話ですし、綺麗なまんまで生きられる人間なんてそれこそ一握りだけなんで下手に隠すよりよっぽどマシな生き方をしてるつもりっすよ?俺は」
そこまで言い切るとまだ熱々のコーヒーをゆっくりと喉に流して一人勝手にほっこりする中、それでも難しい表情の会長を見てなんとなく親指と人差し指を使って丸を作ると会長の額目掛けて。
デコ♪ピン★
「〜〜〜〜〜ッ?!?!?!」
突然の衝撃に声にならない悲鳴をあげて涙目になってもんどりうったかと思えば珍しくも恨みがましい瞳で睨みつけてくる会長。
「いい加減こんな辛気臭い話やめましょーや。別に同情が欲しいわけでも理解して欲しい訳でもなくて、アンタにだから話したってだけなんっすから。
無駄に考えすぎて空回りするなんてのは馬鹿のすることっすよ。
それよりも今回の東京行きについての方が聞きたいんすけどね、俺的に」
それに対して会長はハッとしたように何かに行き着いたのか笑みを浮かべて「あぁ、そうだったな」と答えて。
「だがいきなりデコピンなんて酷いんじゃないかい?こんな言動だがこれでも乙女なんだがね?」
「いへーっすよ、はいひょー」
ギリギリと仕返しとばかりに頬をつねって来るがしばらくグニグニとされてから満足したのか手を離してくれた。が、普段立場もあってやられっぱなしだったのだ。ここはもう一つ意地悪してもいいだろう。
「あー痛かったー」
「白々しさ全開でいう言葉じゃないね」
「まぁ会長が乙女なんは知ってますけどね。部屋に等身大のぬいぐるみ置いてるくらいですし、女の子感全開なのは目に見えてますしね」
「なっ?!?!」
俺の発言が意外、というよりは予想外だったのか顔を赤くしてギョッとしている姿は普段の会長を知る人がみれば頭に?!を浮かべていたことだろう。
俺はスマホを捜査すると以前何故か送られてきた自撮り写真(胸元がやたらと際どい画像)を開き、その写真の隅っこに若干映っていたクマのぬいぐるみらしき耳を拡大してみせた。
ちなみに写真は以前、溜まっているなら使ってくれていいんだぞ?とからかってきた時送られたもの。
「これ、会長の写メの角度と部屋の奥行きから見るとどーしても等身大クラスの馬鹿でかいぬいぐるみになるんっすよね〜。あと、部屋の光量で薄ら分かりづらいっすけど、壁紙も薄いピンクっぽいし中身めっちゃ乙女なんだな〜って思いました♪」
「〜〜〜〜!!!」
自分が送ったものとは言え全て言い当てられたからか会長は顔を真っ赤に、というか耳まで真っ赤にしてバタバタと地団駄を踏んで悶えている。
俺はというと久しぶりに仕返しが出来たことですっかり満足し深々と座って、とりあえず会長が落ち着くまで待とうと悠々自適に待機するところで。
「ふ、ふふふっ」
「?」
「そうか……そういうことか、トラ」
「会長?」
何となく不穏な空気を感じながら若干引きつつ問いかけるが、会長は何故か不敵な笑みを浮かべて笑っていると。
「まさか私としたことがこんな初歩的なミスをするとは思いもしなかったし、君の観察眼を侮っていたが……こんな小さなものを見つけるまでじっくり見ていたということは、なんだ。君も満更ではなかったということか!」
「?!」
しくった?!まさかそっちにシフトするか?!
いや、確かにそーなるけど違う!たまたま目に入った一部だったってだけなのに……まさかそう切り返して来るか?!
「よろしい、ならば今晩を楽しみにしているといい!きっと満足のいくことだろう!」
ふははははっと何処ぞの魔王のような不敵な笑い声を漏らしているが……あえて言おう。
ここは部屋の個室ではなくグリーン席とはいえ他にも乗客のいる車内である。是非とも声量を落として周囲の人の迷惑にならないようにしてほしい。
☆
「あー……会長?」
テンションのおかしくなった会長だったが、東京に到着するや否や何処かを観光しに行くでもなく真っ直ぐにタクシーに乗り込むと案内された場所は明らかに一般人では絶対に宿泊先として選ばないような高級ホテルだった。
「む?どうした?」
「いや、どうしたじゃなくて。なんっすかこれ?」
「見ての通り、今晩着るドレスコードだが?」
部屋に到着するや否や会長がベッドに何着か並べ出したのは明らかに仕立ての良いドレスだった。
言い忘れていたが、会長は何処ぞの財閥だかのお嬢様だ。
実家は神奈川らしく、詳しくは知らんが田舎の高校に通っているのは家の教育の一環ということで一人暮らしを経験し、人を動かす為の能力を身につけるためとか……そんな会長だが、毎月頻繁にあちこち飛び回ってるのは家の都合で首席しないといけないパーティやら社交会に参加する為という。
まぁ実際はそういうのは割と少ない方で殆どが観光が目的なのだが。
その付き添い人としてよく俺を連れ回しているのだが、それはまぁいい。いや、よくはないけど、まだいい!
「そっちじゃなくてこっち!なんでこんな大物まで出席するパーティに俺みてぇな半グレつかませんですか!」
そう、パーティに関してはさして問題ない。
これまでも連れ回された先は大抵高級ホテルやら旅館やらで慣れているし、そういう場所に何度も連れてこられた事でパーティへの出席も問題ない。
だが問題なのはそのパーティに参加する者だ。
渡されたリストにザッと目を通しただけで政治関係者ばかりで総理大臣まで参加しており、他にも大手企業の社長やら会長やらが出席している。
ぶっちゃけこれまでのものに比べて群を抜いてヤバイ催しなのだ。
それなのに何が一体どうしてただの一介の高校生……それも社会のゴミに分類される俺みてぇな半グレが参加することになるのか疑問とかそういうのを通り越してキレそうである。
「あぁ、本当は父が参加する予定だったのだがな。取引先で問題があったらしく今はオーストラリアにいるらしい。だが、見ての通り集まってるのが大物揃いで参加しないわけにもいかないからな。代わりに私が参加することとなったのだ」
「いやっだからって俺なんぞを連れて来る理由には」
「理由にはなるだろう?何せ私が出向くんだ。君がいなくちゃ私は怖くて一歩も動けなくなってしまうからね」
「……はぁ〜……ホント、勘弁しろよ。埋め合わせはしてもらうからな」
「それなら安心してくれ。今晩にも埋め合わせはすると約束しよう」
「そーかい、期待しないで待っとくよ。蓮花さん」
「ふふっ。頼りにしてるよ」
名前呼びが気に入ったのかその声は嬉しそうに返事をしてくるが、これは俺の中で決めてる切り返えの一つだ。
会長と役職で呼ぶのはあくまで学校での立場を引きずってのもの。名前で呼ぶのはプライベートの時間だからだ。
つまりここから先は肩書きやらなんやら全て取っ払って俺の時間全部を久城蓮花という人間にくれてやるという俺なりの意思表示だ。
だから俺はそんな彼女に全力で応えるために渡されたリストにある人物。顔と名前、経歴、素性。それら全てを頭に叩き込んでパーティ会場で彼女のサポートに回るべく動くのだった。
★
長くなってますが、もう1〜2話で本編がスタートできると思います!
早く異世界行けよっと思われる方もいるかもしれませんが、本作は基本のんびりとした作品にしようと思っていますので何卒ご了承下さい。
後、誤字脱字がありましたらご一報頂けたら幸いです!
今後とも「これチートじゃなくて呪いじゃね?」をよろしくお願いしますorz
これチートじゃなくて呪いじゃね? ネルノスキー @nerunosky
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