第16話本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その八~剣戟娘:断八七志流可の章~

「完全に躱したと思ったのだけれど」

 カルシュルナさんの本気、必殺の刺突の構え。

 その不動を寸毫すんごうたりとも崩さぬままに、彼女は言葉を紡いでいく。

真逆まさか斬られているとは。流石は断八七、いえ、この言い方ではあなたに失礼ね」

 そこで彼女は言葉を切り、浮かべていた微笑みを深くする。

 それは大人の女性の魅力に満ちた、艶やかな咲き誇る薔薇のような笑み。

 僕には一生かかっても到達出来ないだろう蠱惑的な引力に、僕は思わず見惚れて引き込まれてしまいそうになる。

 だけど同時に真っ直ぐに瞳を射抜く彼女の眼差しが、蹌踉めきよろめきかけた僕の心を気付けて引き戻した。

 ふぅ、危ない危ない。

 何だかんだと言っても今は戦闘の真っ最中。

 しっかりと気を持って引き締めないと。

「あなたのようなつわものと出逢えた幸運に、最大級の感謝を捧げるわ。そしてわたしと剣を交わしてくれたあなたのことを、これから先に何がろうと何よりも誇りに思うわ。勝手な言い草で申し訳ないのだけれど、どうか許して頂戴ね」

 そう言って、彼女は長い睫毛を冠した翡翠色の瞳をパチリと閉じた。

 ああ! もう本当にこのひとは!

 一体何回、僕を

 僕ってこんなにも惚れっぽい人間だったっけ?

 いやいやそんなはずはない。

 つまり、それだけカルシュルナさんが魅力的なひとだということだ。

 うん、そうだ。そうに違いない。

 それだけは絶対に間違いない。

 だからこれは、浮気じゃない。

 彼女は戦場で出逢った敵であり。

 全力で戦える好敵手でもあり。

 生命を懸けて剣を交えたことを、誇りに思える本物の兵なのだから。

 だから、違うからね?

 大人の色香に惑わされたとか。

 女性の色気に絆されたほだされたとか。

 そんなことは、決してないからね?

 でも一応、そんな必要ないと思うけど、だけどここは念の為に謝っておくね。

 ごめんよ、フェル。

 ごめんね、ニーネ。

 ふたりが生命懸けで戦っている真っ最中に、こんなことに現を抜かして。

 謝るから、どうか僕を許してね。

 ・・・・・・・・・やっぱり駄目だ。

 思った通り、僕には無理だ。

 カルシュルナさんみたいには、出来ないや。

「いいえ、構いません。それに僕のほうこそ完璧に斬ったと思ったのに、真逆躱されるとは思いませんでした」

 そこで一旦余計な思考に区切りをつけて、カルシュルナさんの言葉に応える。

 彼女のお腹のあたり、最高級の背広と薄皮一枚を裂いた赤い線を見詰めながら。

「だから、僕からもお礼を言わせてください。さっきの一刀、

「いいえ、どういたしまして。でもそうね。それならわたしも、

 僕の言葉を聞いても、カルシュルナさんは艶やかに微笑んだままだった。

 でも僕のに応え終わったその瞬間、その気配が一変する。

「だから、わたしは次こそは・・・・・・・・・」

 その恐ろしいまでに美しい凄みが、僕の心を一気に最高潮まで昂ぶらせた。

「ええ、僕も次こそは・・・・・・・・・」

『あなたを必ず』

「殺してみせるわ」

「殺します」

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