第14話本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その六~剣戟娘:断八七志流可の章~

 僕は右手の親指で太刀の鍔を弾き上げ、掌のなかで四半分だけ回してみせる。

 その切っ先が三時の位置を指し示した瞬間に、逆手で握って身体の内側へと振り抜いた。

 そして勢いそのまま右腕と上半身を思い切り捻り込み、弧を描いて滑り込む。

 それは僕の首を落とさんと降ってくる垂直の彗星を、まさしく間一髪の間合いとタイミングで受け止めた。

 そのまま僕はカルシュルナさんに背中を向けるような体勢で、左の大剣を袈裟斬りに薙ぎ払う。

 その動きに刹那遅れて連動する右足が、引き絞られた矢のように彼女に向けて放たれる。

 支えのない宙で独楽よろしく縦回転し今度は逆に僕が蹴りを、まさかりさながらにカルシュルナさんの脳天目掛けて振り下ろす。

 まあ、僕の体格じゃあ手斧ちょうながいいところだろうけど。

 だけど、そのどちらも手応えはない。

 蹴りは完全に空を切り、刃は薄く掠めただけ。

 あれだけ深く間合いに入り込んでいたっていうのに、最早カルシュルナさんはそこにはいない。

 一瞬一足、驚嘆すべき速度と精緻極まる歩法を以て、僕の刃の軌跡から脱していた。

 それはまるでビデオの逆再生のよう。

 僕が着地と同時に右足を軸に身体を滑らせ回転し、牽制に振るった刃を向けたときには彼女は既に構えていた。

 あの美しく、苛烈にして峻烈極まる突きの構えを。

 けれど、

 さあ、これで降り出し。

 またしての、初見の再現。

 再びの、カルシュルナさんとの対峙だった。

 それは、彼女の流星と相対することが出来るということ。

 その事実が、僕の血を滾らせ熱量を上げていく。

 背筋はゾクゾク震えているのに、心がワクワクするのを止められない。

 さて、カルシュルナさん。

 次は一体、何を見せてくれるのかな。

 そして、僕は。

 果たして、僕は彼女に届くかな。

 それとも、彼女が僕に届くのかな。

 その想いに、自然と顔が笑みを浮かべる。

 獣が牙を剥くような、ひとに非ざるのの笑みを。

 産毛が逆立つような張り詰めた空気の中に、いるのは僕とカルシュルナさんのふたりだけ。

 周りにいる有象無象のどうでもいい連中は、ただ遠巻きに僕らを囲んで見ているだけ。

 何とか隙を探っているのか、はたまた漁夫の利が狙いのか。

 どちらにしても少なくとも、迂闊に手をだせば首が飛んで穴が開くことだけは理解しているらしい。

 そう、お前たちはそれでいい。

 そこで観ているだけでいい。

 それだけで、僕の目的とも一致するしね。

 だけど何よりも今此処は、僕とカルシュルナさんだけの戦場だ。

 そこに水を差すような、土足で踏み込むようなただの馬鹿に分からせるには。

 その生命だけじゃ、足りないからね?

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