第13話本幕/柏手の一=チャンバラの巻/その五~剣戟娘:断八七志流可の章~

 僕は決して眼を閉じない。

 その美しい軌跡を描く剣閃に、僕は眼を離せない。

 剣風の尾を引いて降ってくる彗星に、僕は見惚れてしまっていた。

 たとえ垂直に流れるその一閃が、僕の首を断ち切るために振り下ろされたものだとしても。

 そういう訳で、心奪われるのはここまでだ。

 じゃないと僕は確実に死ぬ。

 首と胴体が綺麗にさよならした死体となって、地面に転がることになる。

 何処にでもあるありふれた、戦場の光景に溶け込んでしまうことにある。

 それはちょっとご御免被るこうむる

 僕はまだ、自分の死を受け容れられる程強くない。

 僕はまだ、自分の死に方を決められる程満足していない。

 僕はまだまだ、三人でいたい。

 みんなと一緒に、いたいんだ。

 けど、だったらなんでそんなに余裕なのって、ニーネあたりに突っ込まれてしまいそう。

 あの汚れのない、純真な瞳をキラキラと輝かせて。

 だから、この場をニーネに見られなくて本当によかった。

 だって、最初から僕に余裕なんてない。

 カルシュルナさんは本物のつわものだ。

 僕が本気で戦うべきひとで、僕を本当に殺せるひとなんだから。

 己の死が冷たく脊髄に染み込んでいくこの恐怖。

 己の死力を尽くして剣を振るえるこの歓喜。

 そのふたつが呼び起こす、己を抑えることなく曝け出せるこの愉悦。

 そして全く別のところで並行して推し量り廻り続ける、どこまでも客観的な戦闘思考。

 僕はそんな自分の心と嗜好を、ニーネに聞かせたくはなかった。

 それを過保護だなんて、とても今更言えやしない。

 それは偽善なんて都合のいいものじゃなく、ただの卑しい保身。

 こんなところに連れてきて、あんなことをさせておいて、そんなことも説明出来ないなんて。

 過保護と言うなら、僕が僕自身に対して誰よりも甘く不実だった。

 けれど、それもこれも乗り越えて、呑み込んで見せる。

 ニーネに何を訊かれても、あの綺麗な瞳を真っ直ぐ見詰めて応えることが出来るように。

 それにはまず、何としてでもこの場を生き延びないと。

 その為には、このひとを斃さないと。

 そこまで至った思いを断ち切るように、カルシュルナさんの刃はもう目前。

 膝をほぼ直角に曲げて、背中が地面と平行になるように身体を倒し躱していた、僕の首のもう寸前。

 だけど生憎、僕は人間であって海月くらげじゃないからこれ以上身体は曲がらない。

 限界まで顎を引いて逸しても、顔がみたいに剃り落とされるだけ。

 けれど僕は海月じゃなくて人間だから、人間にしか出来ないやり方で対応するまでだ。

 その一手を打つ為に、僕は右手の太刀をくるりと逆手に持ち替えた。

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