第5話序幕/柝の二=チャンバラの巻~剣戟娘:断八七志流可の段~

 作戦通り敵群隊後方から轟くフェルの上げる花火の陽気な爆音と、どこからでも響いてくるニーネの可愛い雄叫びが僕の心を高揚させる。

 それでも浮足立つことはなくしっかりと地に足を着けて踏み込んで、振るう刃の軌跡にあるものを片っ端から斬り捨てる。

 僕の戦友と相棒はこれでなかなか欲張りだ。

 一振り一殺では足りないようで、その刃が届く限り三人だろうと四人だろうとお構いなしにどこでもまとめて斬っていく。

 もしかしたら単に横着者なだけかもしれない。しかしそれは決して僕ではない。

 確かに僕が最初に敵の大群に飛び込んだ位置からそれほど大して動いていない。でもそれには言い訳じゃないちゃんとした理由がある。

 残念ながら僕は自分がものぐさであることをできることなら撤回したいが否定できない。

 僕自身としては違うと声を大にして訴えたいところではあるけれど、周囲が温情を示してくれたとしてもまず間違いなくフェルとニーネが許してくれない。

 でもそれは日常での話であって、今は仕事の真っ最中でここは戦場の真っ只中だ。

 しかしその二つを別けて考えることに何か意味があるのかと問われれば答えに詰まってしまう。

 まさに何よりの証明になってしまう。

 僕たちがであるということを。

 僕たちは戦うことでたつきを繋ぎ殺すことで糧を得る。

 日常的に命懸けで戦い殺し合い、戦場でも普段通りにふれあい笑い合う。

 戦い殺すことを生業とし仕事にして日々を生きる僕たちには、どこまでが日常でどこからが非日常なのかその境界線は曖昧だ。

 それともそんものは最初からないんじゃないか。

 よじり合わせた二本の糸がもつれ合い絡み合い解けないように、混ざりあった硝子と水晶の粒が区別できなくなるように。

 そのなかから切り取られた断片や欠片からそれが何だったのか、終

 僕も剣の道に生き極みを目指し強さを求める者の端くれとして、兵との命と誇りを賭けた真剣勝負は心躍る望むべきことだ。

 己と相手双方の持てる力の全てを出し尽くしぶつけ合い、それでもなお互いに倒れない。

 それが楽しくてしょうがない。

 どれほど傷つき血を流そうとそれが僕のなかに棲む何か、が心と身体を加速させる。

 どうしたら相手の先手を取れるのか、どうすれば相手の隙をつけるのか、どうやったら僕の刃は相手の命に届くのか。

 そのために己の全てを使い尽くす。

 それが嬉しく仕方ない。

 相手が強ければ強いほど、怖ければ怖いほど、死に近づけば近づくほどに心の裡から歓喜と震えが湧き上がるのを抑えられない。

 だから死線に踏み込むことに躊躇はない。寧ろそこを超え踏み出すことが最初の一歩目だと思ってる。

 それはフェルが言うにはそれはもうとっくに人の道を外れてる、いえ堕ちている。

 僕のなかに棲むとは関係なくがもうとっくに人とは違う別のなのだそうだ。

 フェルが言うならきっとそうなのだろうし、自分でもきっとそうなのだと思う。

 いまだ僕のなかに棲むのが何なのか明確には解らない、を指摘されてもフェルの言葉は寸分の狂いなくぱちりとこころの隙間に嵌り込んた。

 その後「しーは自分のなかに何が棲むのかもうとっくに識ってるわ。ただ答えを知りたくないだけ。でもそれは決して悪いことじゃないわ。だってちゃんとしーは認めてるもの。だから答えを知るのを焦る必要も、知らないことを恥じることもないわ。

 大丈夫よ、私はそんなしーの全てを愛しているから。

 でも安心して。どうしても答えを知りたくなったときは、私がちゃんと教えてあげるから。もちろんベッドの上でね」

 最後は冗談めかして言っていたけど、きっと間違いなく本気だろう。

 とにかくフェルが僕のことを本当に真剣に想ってくれているのはこれ以上ないほど伝わった。

 自分に対して「大丈夫」と言ってくれるひとがいること。

 それがどれほど幸せなことか。、それがどれだけ得難く貴重なものなのか。

 そのひとを見つけるために人生があると言ってもいい。

 そのひとがいることが人生の全てと言ってもいい。

 それだけ大切な存在。そんな存在に出会えたこと。それが僕にとってフェルだったことは僕の人生で一番の幸福で幸運だった。

 だから僕は「ありがとう、フェル」と僕の想いのありったけをたった一言の感謝に込めた。

 フェルも「どういたしまして」と一言だけで返した。

 だけどその後「結局私も同じで何も変わらないけどね」といつもと変わらない口調で、でもはっきりと自嘲と自責が混じった声で僕にそう告げた。

 きっと自分はひとにそんなことを偉そうに言えるようなものじゃないと思ってるんだろう。

 なら僕がフェルに掛けてあげられる言葉は一つしかない。

 「大丈夫だよ、フェル。僕もそんなフェルを愛しているよ」

 そう言うと「ありがとう、しー。」とその眼からは自嘲も自責も消えていた。

 代わりに眼には大粒の涙が浮かんでいたけど、あえて気付かないことにした。

 そんな涙を拭うのも忘れて「でもニーネだけは……」と最後まで言えずに言葉は漏らす。

 僕も「そうだねニーネだけは……」と同じように最後まで口できなかった。

 親代わりだとか保護者だとかそんな大それたことを口にすれば、舌を引き抜かれるくらいじゃきっと済まない。

 もとよりそんなこと絶対に言えない。

 それでもただとして生きてほしい。幸せになってほしい。

 今は難しくても、最後にはそうなってほしい。終わる前にそうしてみせる。

 それだが願いで、そのためには

 そんな人でなしでも常在戦場、戦場こそが我が家であり戦闘こそが日々の営みとは言いたくなかったし、思いたくなかった。

 けど日常も戦場も同じ釜の中を揺蕩っているのなら、そこに違いを見出すとしたらそれはきっとニーネだ。

 この狂狂と回る日々を切り取った断片や欠片に煌めくものがあるとすれば、それはニーネが映っているものに違いないかった。

 ニーネのいるところこそ僕たちの日常だった。

 勿論ニーネはただの日々の座標を確かめるための針ではない。

 僕たの大事な仲間、かけがえのない存在だった。

 三人で笑い合い、三人で戦って、三人で生き抜いて、いつか二人で送り出す。

 それが人でなし同士が最後まで言えなかった秘密の誓いだった。

 最後まで言えなかったのも、いつかなんて曖昧な言い方になったのも突き詰めらばたった一つの単純な理由だ。

 別れたくない。ずっと三人で一緒にいたい。それだけなんだ。

 ニーネの幸せを願いながら自分たちのエゴも捨てられない。

 結局曖昧に言葉を切るしかない。

 実に人でなしには相応しい想いだった。

 それでもそこに嘘はない。

 曖昧で相反する願いと想い。それこそ決断のときは必ずくる。

 だから傲慢で身勝手だと分かっていても思わずにいられない。

 そのいつかを二人で笑ってむかえられるように、三人で笑っていたい。

 だから。

「こんなところで死ねないよね」

 と三人分の首をまとめて身体から斬り離したところで周囲の敵の動きが今日初めて止まった。

 それが今迄僕が動かなかった理由。

 わざわざ自分たちから斬られにきてくれるのに、わざわざこちらから斬りにいくことはない。

 単純に動かなかったんじゃなく動く必要がなかっただけ。

 やっぱりフェルとニーネの言うことは正しいのかもしれない。

 今迄は一応統制も連携もとってたみたいだけどひたすら遮二無二に向かってくるだけだった。

 それをとっかえひっかえ捌いていたというのがつまらない正解だ。

 もともと敵側も奇襲、襲撃、反抗などは当然予想してたと思うけど、それは少なくとも同規模の部隊か人外の大型個体だと

 まさかたった三人でくるとは思ってもみなかったんだろう。

 フェルじゃないけどやっぱり想像力って大事なんだな。

 その結果があの広くとりすぎて穴だらけになった、お湯を注いだまま放置していたカップ麺より伸び切った警戒網も防衛戦になったわけだ。

 おかげで空いているところから好きなように先手をとって奇襲できた。

 向こうの思惑としては自分をここに縫い付けて、後衛の遠距離魔術か狙撃で仕留めるつもりだったか、

 もしくは指揮系統が混乱したなか一人ならばと思い個人で判断し見誤ったか。

 どちらにせよ敵の選択と動きは僕にとって棚からぼた餅もいいところだ。

 敵の眼を自分に向けさせるのが作戦初期段階の僕の役目なんだから。

 その間に敵の指揮命令者はフェルとニーネが優先して潰していって敵群を混乱させるのが作戦の第一段階だ。

 それに僕も黙って向かってくる敵だけを捌いていたわけではな。

 二人と同じく目に入り、刃の届く範囲にいる指揮系統の上位者から優先して斬っている。

 遠距離からの狙撃や気弾射撃や魔術攻撃も兆候も何度かあったが一度も撃たせることはなかった。

 動かずと片手間で処理できた。

 その動きが止まったということは本格的にフェルとニーネが戦線に加わり状況が変化したからか。

 そのために態勢の立て直しと指揮系統の回復をようやく敵本陣が始めたか。

 当然そんなことをさせるつもりなんてない。先手で敵の目論見を潰すため今日初めて大きく動こうと正面に踏み込んだ瞬間だった。

 僕の踏み込みと意識が逸れたを狙いすました、不意打ちとして完璧な一刀を左の大剣で受けた。

 そういえば敵の攻撃を刃で受けるのはこれが今日初めてだっけ。

 そして左で受けた感触から心が弾むのを感じる。 

 初めてっていうのは重なるものだね。

「へえ、これだけいるんだからいると思ったけど、やっぱりいたんだ。じゃあこここからが本番だ」

  ここから一体と心の裡のが顔を覗かせ楽しげに笑いだした。

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