第4話開幕/柝の一~花火とチャンバラと雄叫びと~

 時計の針が作戦決行の時刻を指し示し、三人の胸のなかで無音の開幕ベルが鳴る。

 これから踏み込むのはいかなる死線か。

 ここに待ち受けるのはかような修羅場か。

 ここで目の当たりにするはどれほどの地獄か。

 たとえどんなに厄介な難敵。苦しい局面。厳しい逆境が三人の征く道にはたちはだかろうと、

 諦めること、挫けること、絶望すことはないだろう。

 言葉を交わす必要などなく当然の認識として共有される明白かつ明確な意志。

 それは自分の務めこなすこと。自分の敵を倒すこと。自分の仲間を守ること。

そして必ず三人行きて帰ること。

 血が沸き立つ雨の如く降りそそぎ、肉が奇妙に踊り狂う。

 数多の命が、風に吹かれる花のように儚く散りゆき夜天に瞬き咲き乱れる星のように煌めく。

 艶やかなほど醜さを晒し無残なほど華やかに誘う戦場という名の美しき大舞台。

 そこに今三人にして一匹の可憐な化生が舞い降りる。

 無数に跳ね飛沫く紅を化粧とさして、自分のなすべき仕事を果たすめに一幕己の役を演ずるために


 錬金術師:フェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツの場合舞台

 時間ピッタリ寸分の狂いもなく、作戦決行時刻になったその瞬間にしーは敵の大群前方で煌めく白刃を振るっていた。

 私の眼じゃ一体どうやってあの高さから一瞬で移動したのか全く見えなかった。

 前にしーはそういうホホウ歩法があると言って実際に目の前で見せてくれたけど私は反応できなかった。

 そのとき、ただ闇雲に速く身体を動作させばいいってわけじゃないとも言っていた。

 誰何の声や悲鳴が上がる暇なんてなく、その代わりに首や胴体や手足といった身体のパーツが吹き出す血と一緒になってあちこちへと飛んでいった。

 速すぎて最初の一すら数えらないくらいとてつもない早さで数え切れなくなった。

 

 まさにこれが目にも留まらぬ早業なのねと、今私の見てる先でしーに斬り飛ばされ刈り取られているのが他人の命だということなんて、時も場所もも忘れて見惚れてしまいそうになる。

 しーは何かと、私のことをすごいと言って褒めてくれる。

 それが自分にとって何でもない、できて当たり前だと思っていたことでも、しーの賛辞が本当に心からものだと分かっているから心臓が飛び出てたら、ラッピングしてプレゼントしたいほど嬉しかった。

 でも私から言わせればしーのほうがよっぽどすごいと思う。

 それはニーネに対しても同じだった。

 ニーネはちょっと違うけど、私としーはお互い錬金術師と剣士。

 目指すものも修めるものも違うのは当然で、要はのだと私のは結論を出した。

 けど、私の二人に対する尊敬と敬意の想いは純粋に本物だと脳以外のどこか別の器官でそう確信している。

 錬金術師にとってといった言葉がどれだけの重さをもつのかそれこそ重々理解しているし、しかもその想いどこからくるのか曖昧にしか答えられないなんて錬金術師として決してあってはいけないことだ。

 けど、それでも私のこ

 それは錬金術師;フェルメルス・ジェルルド・ローゼンクロイツである私の思考と結論とは違うもの。

 しーとニーネがそう呼んでくれる一人のフェルとして大切な二人を想う仲間である私の想いなのだから。

 私の師も「己のなかにいくつも違う自分を持て。しかし決して飲まれるな。己の主人は常に自分一人だけなのだ」と言っていた。

 なんだか別の教えと矛盾してるような気がしないでもないけれど、まだ私が完全な理解に至っていないだけできっと二つの教えは通じあっているんだろう。

 「誰がいかなる未知を進もうとも最後に辿り着くの源理はだ」とも言っていたし。

 正しく教えに従ってるとは言い難いけど、これが私の進む未知なのだと思うことにしよう。

 そして横道と脇道に逸れまくった思考に一応の答えを見付けて区切りをつける。

 いつまでもしーに見惚れているわけにもいかない。

 ここからは脳と精神を完全に仕事モードに切り替える。

 一度今いる潜伏場所を出て移動しよう。

 二人の後衛役としてしっかりと仕事かできる敵後方に陣を張ろうと動き出したとき、敵の一人が確実に私のほうに眼を向けて「止まれ!」と大声で叫んだ。

 その声に反応した周りの敵たちも一斉にこちらを向く。

 どうやら敵のなかにいた魔術師に運悪くに見付かってしまったみたいだ。

 こいつは周囲の情報を集め状況を分析し戦術を組み立てる斥候、哨戒、偵察、分析、立案を専門とする戦計士せんけいしと呼ばれる連中だ。

 これくらいの規模の大群なら分隊単位で何人もいるだろうとは思っていたし、隠蔽の術式もしっかりと発動していたし、何より真っ先に潰していこうと思っていたけど、まさか先に見破られてしまうとは何という不覚。

 よりによって術式を見破られるなんて、はっきり言って恥辱以外の何ものでもない。

 それでも冷静に考えればそこらの魔術士、私の術式は破れない。

 ならばおそらくこいつはこういった隠蔽術式の看破や発見に特化した魔術の使い手、|単一魔術師だろう。

 私も油断していた。もっと強力な隠蔽術式を使えばよかったと今更後悔してももう遅い。

 だったらしーやニーネのところまで進むことプランに即路線変更し、脳と精神を切り替え術を解く。 

「なんだお前魔術師か……いや、まさか錬金術師か! ここはお前のような下賤な輩がいていい場所ではないぞ」

 困惑のあと明らかな嘲笑を込めて私に向けて言葉を放つ。頭の悪さとカラッポさが直に伝わってきて非常に不愉快なこと極まりない。

「だったらなんだというのかしら、使

 私の返答を聞いた相手の顔は一瞬で赤黒く変色し、こちらに持っている無駄に大きな杖を向け口角泡を飛ばすいきおいで捲し立てる。

「穴蔵暮らしの錬金術師風情が! お前らなどにいと高き天の下を出てくる権利などない!」

「その天にはがないのはそちらでしょう」

 それを聞いた相手は言葉を返すのも忘れ血が出るほどに唇を噛み締めながら、小刻みに震えだす。

 その度に身体中に付けた無駄な装飾品が、ガチャガチャと耳障りな音を立てる。

 目の前の魔術使いの格好はまさに絵に描いたように典型的な”魔術師”そのものの姿だった。

 頭をすっぽりと覆うフードを被り、明らかにサイズが合っていないぶかぶかのツナギのようなインナー、さらにその上から古式ゆかしい大きなローブを羽織っている。手に持つのは身長の一.五倍はありそうな木製の杖

 それらの服は全て黒で統一され、金糸銀糸をふんだんに使った華美な紋様が縫い込まれていた。

 そして肌を晒すことを極端に恐れるように、全身のあらゆる隙間にジャラジャラと取り付けられたの見本市。

 自分はと、何も言わなくても一目で分かる自己顕示欲と承認欲求と虚栄の下手なお手本だった。

 私もファションについてはあまり人のことを言えないがに比べたら田舎の修道女よりも質素で清貧に見えるだろう。

「たかがお前ら如きが……たかがお前らなんかに……」

 今度は小声で何やら呟き出した。

「何が分かる!」

「何も知りたくありませんわ」

 品性のかけらもない叫びを上げると同時に、と一つ指を鳴らして相手にに向ける、

 その汚い口を消すために肩から上がと派手な音とともに盛大に爆ぜ飛んだ。

 爆発の規模に比べて遥かに大きい空気の砕けるような音がお腹と耳と周囲に響く。

 カラッポだと思ってた中身が四方八方へと迷惑この上なく飛び散る。

「あら、あんなのでも一応人間らしきものが入ってたのね。それが一番無駄なものだったみたいだけど」

 こんなに簡単に起爆できたということは、やっぱりろくな魔術耐性も防壁もない単一魔術師だったみたいね。もうどうでもいいけれど。

 今の爆破を見て周りを取り囲んでいた連中の顔色が明らかに変わる。

 なら何時でも殺せると、完全に私を舐めきっていた顔に恐怖と動揺が拡がっていく。

 まったく、そんな顔をするくらいなら最初からやればいいのに。事前に調べた通りほとんど格好だけの二流、三流の寄せ集めみたいね。

「無駄なものを排除するのに無駄な時間を使っちゃったわ。私も早くお仕事を始めないと」

 そして私は自分の正面にピストルの形をとった右手を向ける。

 私に指を向けられた、さっきのカラッポの中身を浴びて頭からどろどろに汚れた相手は怯えた顔で後ずさる。

 周りの連中も何か得体の知れないもの見るような眼を向けてくる。

 まったく心外だわ。こんなのタネも仕掛けもある手品とさほど変わらないというのに。

 人を殺すため考えたという点以外は。

 もちろん教えるつもりはないし、この連中が知ることはもうこの先ないでしょうけど。

「聞いた話だとしーの国ではこういうときのお馴染みの台詞があるんだっけ」

 すると恐怖に背中を押されたのか、単なる生存本能か、これまた品のない、言葉になってない叫びを上げながら私に向かって殺到してくる。

 まったく人気者は辛いわね。

 でももうとっくに遅いわ。だって

「そう確かこう言うの。枯れた人生、最後に死に花、咲かせましょう!」

 そう言うと同時に正面だけじゃなく右も左も後ろも全て、私を中心に真っ赤な花が勢いよく咲いて散る。

「どちらかというと普通の花より皆で見た夏の花火が近いかな。全然きれいじゃないけど」

 そう独りごちてそのまま前に歩き出す。

 草原の爽やかさとは異なる、靴裏に感じる踏み慣れたぬるりとした粘性とべちゃりとした弾性の感触が安心感を与えてくれる。

 何も気兼ねすることも気にすることもなく、そのまま真っ直ぐ赤い花道を歩き出す。

 そうして私に向かってる人間も、私から逃げ出す人間も区別なくドカンズドンと音だけは本物らしく響き渡る。

 しかし鑑賞するには値しない、赤一色に染め上げられた地上の花火がいたるところで百花繚乱咲き乱れた。



剣士:断八七志流可の場合舞台

「この派手なの音、フェルも始めたみたいだね」

 僕はこれで何百人目かの胴を左の大剣で吹き飛ばすように輪切りにしながら呟いた。

 予想よりちょっと早いけどフェルのことだ臨機応変に対応するだろう。 

「これは負けてられないな」

 別に殺した数を競っているわけども命を点数スコアの代わりにしているわけでもない。

 そんな悪趣味は僕もフェルも持っていない。ただ単に気合を入れ直しただけだ。

 この作戦が始まってからまだ一度も敵の刃を受けていない。

 今も雑な動きで僕の脳天から真っ二つにしようとた大斧の一撃を相手に振り向くように身を翻して躱し、右の長刀でそのまま首を落とした。

 帯に短し襷に長しなんて言うけれど長い分には何も問題はないと思う。

 こうしてちょっと高いところにも簡単に手が届くしね。

 さて身体も大分温まってきたし、早く終わらせるためにももっと速くしないと。

 僕は独楽のように回って四人分の首と胴体を斬り離しながら、さらに二つの刃の速度を上げていった。



怪獣人間:ニーネの場合舞台

 わたしは舌に刻まれたに力を込めて火竜と同じ炎を吐いた。

 十人以上の悪いやつらが着ている鎧ごと焼かれて尽くされて黒い燃えカスだけが地面に転がった。

 特別な訓練を受けない限り人間は熱に弱いとフェルが教えてくれた。

 さっきと同じ様に左手に刻まれた刻印に力を込めて巨人と同じ大きさと重さになった手で、わたしの左側から襲いかかってくる悪いやつらをと手の平で圧し潰す。

 重いことはただそれだけで大きな力になるってしるかが教えてくれた。

 そうしてニーネは子どもが野原を駆け回るのと同じく、戦場を縦横無尽に駆け巡る。

 ただそのとき薙ぎ払われ、踏みつぶされ、蹴り飛ばされるのは草や虫や石ころではない。生きた人間だった。

 そんなことは構わずに、ニーネが刻印に刻まれた人外たちの力を振るうたび、人間は潰れ、砕け、ひしゃげ、折れ曲がり、壊されてぐちゃぐちゃのになっていく。

 それ以外は火竜の炎に焼かれて骨も残らず燃え尽きるか、氷霊の凍気を浴びて身体全てが凍りつき崩れ去るか。

 いずれも少なくとも元が人だと分かる形で殺された人間はいまのところ皆無であった。

一見無邪気に遊んでいる、人の命を玩具にしているように見えるがニーネ自身は自分が何をしているかしっかりと理解していた。

 自分の意志で人を殺していることに。

 人を玩具にして弄ぶ奴はニーネが一番憎むだった。

 そうだわたしは悪いやつらに悪いことをさせないために悪い奴らを殺してるんだ。

 そしてフェルとしるかを守るためにわたしたちを殺しにくる奴らを殺してるんだ。

 それを二人に伝えたとき何も言わずにそっと二人で抱きしめてくれた。

 だからそのとき二人がどんな顔をしてたのか、わたしは見てない。

 でもフェルもしるかもわたしの力が役にたってるって言ってくれた。

 なら二人のために一生懸命頑張って仕事をするだけだ。

 フェルとしるかはわたしがきっと守るからと。

「がおーーー」と夜空に響く雄叫びをあげる。

 今は離れていてもしっかりと繋がりを感じる二人へと、声と一緒にこの想いが届くように。


                           


 拍子木代わりに鬨の声と悲鳴があがり、紅い鮮血を花吹雪として賑々しく舞台の幕は開かれる。

 このあと三人が舞台の上でどのような役を演じどんな勤めを果たしどんな脚本に巻き込まれていくかどのような事態に陥るか

 そしてこの三人がいかな立ち回りを見せどうやって切り抜けいかにしてこの舞台に幕を引くのか仕事をやり遂げるのか

 それはいまだわからぬ道半ば。 

 ただひとの身にして未来の見えぬ道中であろうと一つの絶対アブソリュート・レアがそこにはある。

 三人の心を繋ぎ、想いを結び、意志を通じる。

 三人で一匹の化生となす。その絆を絶つことだけはいかなるものにも決してできはしないとだと。

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