最終話「すべてが終わりました。相棒がいなくなったこの地から去ろうと思います」

 真理の探究者ヴァールズーハー魔導師マギーア、ジクストゥスと、彼が召喚した合成獣キメラシメーレとの死闘に勝利した。


 勝利したものの代償は大きかった。

 相棒だった黒猫、ベルを失ったのだ。


 大怪我をおったラウラの治療を終え、キメラとの死闘の最後で特攻をかけたベルを探した。

 村の民家は未だに燃え盛り、時折家が崩れる音がしている。先ほどまで聞こえていた村人の悲鳴は聞こえないが、生存者がいる可能性はあった。しかし、俺には見知らぬ村人より、相棒の方が大事だった。村の様子を見ることなく、俺はベルを探し回った。


 広場とその周辺をくまなく探したが、ベルの愛らしい姿はどこにも見つからない。

 信じたくないが、爆発の衝撃で命を落とし魔素に返ったのだろう。


 俺がベルを探していると、ラウラが目を覚ました。


「無事でよかったです。本当に……」


 そう言って泣きながら抱きついてきたが、ベルの姿がないことに疑問を持った。


「ベルさんの姿が見えませんが?」


 そこまで言ったところで、俺が落ち込んでいることに気付いたのだろう。


「……まさか……ベルさんは、ベルさんはどこですか。生きていますよね。レオさん、ベルさんは大丈夫ですよね……」


 俺にしがみつきながらキョロキョロと周囲を見回す。


「いなくなったんだ。最後にトリヒターごと体当たりをした……どこを探しても見つからないんだ……」


 俺にはそのことを告げるだけで精一杯だった。それ以上言葉を紡げば、ベルの死を認めることになるような気がしたからだ。


 ラウラは「ベルさん! ベルさん!」と叫びながら、わんわんと大きな声で泣き始める。

 俺は彼女を宥めながら、こういう時は先に泣いた方が勝ちだなという関係ないことを考えていた。


 五分ほど泣くと、ラウラもようやく落ち着きを取り戻した。


「ここを離れよう。歩けるか?」


 俺の問いに小さく頷く。


「この辺りにある魔石マギエルツを回収しておいてくれ。もしかしたらベルの物があるかもしれないから」


 それだけ言うと俺は剣を拾い、燃え盛る村の中心部に向かった。


 そこは火炎地獄だった。

 魔導の炎は火力が強いのか、全ての建物が燃え、多くの焼死体が転がっている。生存者がいないか探したが、一人も見つけることはできなかった。


 そして、ジクストゥスの死体に向かう。


(こいつのせいでベルは……)


 言いようのない憎しみが湧き上がってくるが、死体に当たるために近づいたわけではない。

 キメラに与えると言っていた災害級の魔石を回収し、更に懐を検めていく。何らかの証拠になる物がないか調べようと思ったのだ。


 真理の探究者ヴァールズーハーのノイシュテッター支部を告発すべく物証を探した。しかし、証拠となる物は何一つ見つからなかった。


 ラウラとともに村を後にした。

 この村は道標を見るとゼクスシュタイン村というらしく、俺の記憶ではエッケヴァルトの南東三十キロメートルくらいの場所にあったはずだ。身体強化を掛ければ半日も掛からずに町に戻れる。

 俺たちは失ったものの大きさを噛み締めながら歩き出した。


(ベルの明るい声が聞こえないとこんなに寂しいものなんだな……馬鹿話をするのが当たり前で深く考えていなかったな。結局ベルは俺の半身だったんだ。こんな思いをするくらいなら、日本での記憶もなくなってくれればいいのに……)


 エッケヴァルトに到着する頃には、朝になっていた。

 俺もラウラも服はボロボロであり、対応した門衛に驚かれるが、狩りにしくじったと思われたのか、特に何も聞かれなかった。


 宿である“森の一軒家ヴァルトハウス”に入ると、従業員が無事を喜んでくれたが、俺たちは疲れた表情で応えるだけだった。


 宿に入ると張っていた気が緩み、疲れがどっと襲ってきた。しかし、一人になりたくなかった。特にベルと一緒に過ごした部屋にいることが。

 俺はラウラの部屋に行った。俺たちは何も言わずに二人で抱き合って眠った。


 夜になるとさすがに空腹になる。

 こんな時でも腹は減ると乾いた笑いを上げるが、ラウラは何も言わない。ただ、そんな俺を強く抱き締めてくれた。


 夕食後、今後のことを話し合った。


「この町を出ようと思う」と唐突に切り出した。


 彼女は何も言わない。


「この町は思い出が多過ぎる。ここやノイシュテッターを忘れられるくらい遠くに行きたい」


「どこか行きたいところはありますか?」


「グライフトゥルムに行こうかと思っている。シュヴェーレンブルクなら本もたくさんあるし、調べものには一番だろう」


 ラウラは小さく頷き、「ご一緒してもいいですか」と聞いてきた。


「もちろんだ。ラウラは大事な家族なんだから」


 翌日、狩人組合イェーガーツンフトに行き、転出の手続きを行う。職員には驚かれ、考え直すように何度も説得されたが、俺たちの決意が固いと知り、渋々諦めた。


「あなた方なら魔銀ミスリル級になれると思っていたんですが。残念ですが、戻りたくなったら、いつでも戻ってきてください。我々はいつでも歓迎します」


 シュヴェーレンブルク支部への異動手続きを終え、宿に戻る。


 一つ気になっていたことがあった。ラウラに俺が倒れたと言いに行った食堂の従業員のことだ。

 食堂に行き、その従業員を探すが、二日前から行方不明になっていると教えられた。


「真面目な奴だったんですがね。何も言わずにいなくなったんですよ。荷物も残したままでね。私としても心配しているんですが……」


 従業員には結局会えなかったが、ある程度想定していたことだった。恐らく魔導で操られた上、証拠を残さないために消されたのだろう。


 翌日、エッケヴァルトの町を出発し、その五日後ノイシュテッターに到着した。

 宿は定宿にしていたホテル・“十字路クロイツヴェーク”ではなく、別のホテルに泊まる。あの宿は思い出が多過ぎて二人とも入る気にならなかったのだ。


 到着したその日に真理の探究者ヴァールズーハーの支部を見にいった。支部は閉鎖され共和国軍の兵士が入口を封鎖している。


 ノイシュテッターではゼクスシュタイン村の事件は大きな話題になっていた。

 当初ははぐれの魔獣による襲撃だと思われたが、真理の探究者ヴァールズーハー魔導師マギーアの死体が残っており、更に大規模な魔導が行われた痕跡――広場に残された魔法陣――があったことから、真理の探究者ヴァールズーハーが何らかの実験を行ったのではないかと噂された。


 グランツフート共和国軍が調査に当たり、支部に捜索の手が入った。副支部長は頑として認めなかったが、支部長と部下の魔導師が何のためにゼクスシュタイン村に行ったのかと追求されると、何らかの実験を支部長が独断で行ったのではないかと証言したということだ。


 そのため真理の探究者ヴァールズーハーノイシュテッター支部は共和国政府の管理下に置かれ、残っていた魔導師は軟禁されている。


 噂によると、共和国政府は真理の探究者ヴァールズーハーに対し、事件の真相解明と補償を求めるが、支部長個人の暴走というシナリオに乗るつもりらしい。


 二百人以上の人が殺され、村が一つ全滅したのに軽い処置だと思うが、魔導士マギベアムテ――魔導師の塔から国に派遣される魔導師――の供給先として、真理の探究者ヴァールズーハーは有用であるため、排除することは難しいという話だった。



 納得はいかないが、俺たちがいたという事実を知られるわけにはいかない。

 知られればキメラを倒した話をしなくてはいけないが、銀級と銅級の若い狩人が災害級を倒したという話は信じてもらえないだろうし、信じてもらうには俺の秘密、魔導が使えるという事実を説明しなければならない。


 それに俺がエッケヴァルトを去った理由の一つに真理の探究者ヴァールズーハーとの関係を切りたいというものがある。支部の暴走らしいので近くにいなければ真理の探究者ヴァールズーハーから追われることもなくなるだろう。


 宿に戻ると偶然、知り合いに出会った。

 ゲッツェの町からノイシュテッターに向かう時に護衛をした商人エイセルだった。


「レオンハルト君じゃないか。珍しいところで会うものだね」と言って右手を差し出してきた。


「“黒猫シュヴァルツェ・カッツェ”の噂は聞いているよ」


 そう言ってにこりと笑う。


「もう、“黒猫”じゃありませんよ」


 俺の表情を見て何か感じたのか、それともベルの姿がないことに気付いたのか、エイセルはすぐに話題を変えてきた。


「エッケヴァルトで活躍していると思っていたのだが? なぜここに?」


「少し戦いから離れようかと思いまして。金も貯まったのでシュヴェーレンブルクに留学でもしようかと……」


 エイセルは驚いた顔をした後、笑顔を見せる。


「君には驚かされてばかりだ。その若さで狩人として頭角を現したと思ったら、今度は留学か。凄いもんだ。いや、馬鹿にしているわけじゃないんだ。若いうちに学ぶことはいいことだと私は思っているからね」


 話が終わったと思い、立ち去ろうとしたら、呼び止められた。


「急ぐ旅でなければゲドゥルトまで護衛をやってくれないだろうか? 今回は依頼料を出すよ。それに私と一緒の方がいい宿に泊まれる。どうだい?」


 俺に異存はないがラウラがいる。彼女に「どうする。普人族が多いが嫌なら断るが」と聞くと、首を横に振り、


「護衛ってやったことがないので面白そうです。レオさんがいれば特に気になりませんし」


 二人でよければ受けると言うと、「もちろん、そちらのお嬢さんも大歓迎だ」と言って話はまとまった。


 翌日、グランツフート共和国の首都ゲドゥルトに向けて出発した。

 今回は襲撃を受けることなく順調に進み、三日目にゲッツェの町に到着した。


「ここでベルさんと出会ったんですね」とラウラが誰に言うでもなく呟く。


「ああ。この町の汚い下宿だ」と俺も何となく答える。


 その夜、俺はラウラを連れ、薄暗い夜の町を歩いていた。

 行き先は昔使っていた下宿だ。

 家主に聞いてみると、まだ誰も使っていないということで、中を見たいと言って少なくない金を渡すと鍵を貸してくれた。


 特に理由があるわけじゃない。ただ、ベルと出会った場所をもう一度見ておきたかった。ただそれだけだ。


 下宿が見えてくると、なぜだが懐かしさを感じた。ベルとは短い時間しか過ごしていない場所だが、日本の実家に戻ったような、そんな懐かしさを感じた。


 部屋の中に入ると、昔と同じ三段ベッドが並んだ狭い部屋のままだった。

 長期間使っていないためか、酷くかび臭い。空気を入れ替えるために木窓を開けると、美しい月の光が差し込んできた。


「本当に狭いですね」と言ってラウラが小さく笑う。


 俺は「そうだな」と答えて、昔使っていたベッドに腰をかける。そして、ごろりと横になった。


(ここでベルと目があったんだよな。最初は魔獣がいるかと思って驚いたんだ。遠い昔のような感じがする……)


 その時、何かが動いた気がした。


『そうニャ。おいらのような愛らしい子猫を魔獣と間違えて、ベッドから転げ落ちたニャ』


「ベル! 生きていたのか!」と言って抱き締める。横では「ベルさん、お帰りなさい!」と言ってラウラも駆け寄ってきた。


『遅かったニャ。ほんと待ちくたびれたニャ』



 終

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