第二十七話「キメラとの最終決戦です。出せる武器は全部出しました」
ラウラが拉致され、俺が連れて来られたゼクスシュタイン村は
魔導の炎は引火性が高いのか、すべての民家が焼けているかと思うほど、炎は燃え上がり、村人たちはその炎に焼かれていた。
阿鼻叫喚という様相だが、俺たちにできることはなかった。
ことの元凶、ジクストゥスこそ倒せたが、彼が召喚した災害級の
このキメラは召喚されたためか明確な知性を持ち、俺の力に興味を示している。だが、それは自らの力とするためで絶体絶命の状態が続いていた。
『観念したか異邦人』と黒ヤギが問い掛けてくるが、それに答える余裕がない。
この状況で俺たちが助かる方法を未だに思いつけず、必死に打開策を考えていたのだ。
『観念したようだ。では、苦しまぬように一思いに命を絶ってやろう』
『それでは詰まらん。少しは愉しませてくれよ』
獅子の言葉に大蛇が反論する。黒いヤギは黙って俺たちを見下ろしているが、獅子と大蛇は言い争っていた。
『一つだけ思いついた作戦があるニャ』とベルが伝えてきた。念話が盗聴されないか心配だったが、キメラは自分たちの会話に夢中で特にこちらを気にしていない。
どんな手だと聞くが、
『盗聴されると厄介だから言えないニャ。成功するかは分からないけど、やるしかないニャ』
ラウラも自分にできることがあれば言ってほしいと目で必死に訴えてくる。しかし、ベルはその視線を無視する。
『おいらと旦那でキメラを倒すニャ。ラウラは遠距離から石礫を投げて牽制するだけでいいニャ。近づいても足手纏いにしかならないからニャ』
ベルはきつい言い方でラウラを安全な場所に配置しようとしていた。ラウラは自分が足手纏いになるという言葉に肩を落とし、悔し涙を浮かべながら頷いた。
「分かりました。あたしは邪魔にならないところで牽制します」
『ところで宇宙世紀の金平糖要塞で大型の機動兵器を倒した方法は覚えているニャ』
ベルはこの緊迫した状況でそんなことを聞いてきた。
「なんだよ、唐突に」
『奴を倒す方法ニャ。おいらと旦那しか知らないから、この話が聞こえても奴には何を言っているのか分からないニャ』
ベルの意図は理解できるが、悠長に話をしている暇はない。しかし、今はベルが思い付いた方法に縋るしかないと話に乗る。
「ビグ○ムのことだな。あの有名なシーンを忘れるわけがない」
ベルはにやりと笑う。
『そうニャ。あの時、ビ○ザムをどうやって倒したニャ?』
俺が何をする気だと聞こうとした時、『いい加減にせぬか』と黒ヤギが言い争う獅子と大蛇を一喝し、キメラが俺たちに向き直った。
『小賢しく何やら相談しておったようだが、貴様らに我らを倒す方法などない。大人しく喰われるがいい』
黒ヤギがそう言うと獅子が一歩踏み出してくる。
『おいらのトリヒターはあれだけじゃないニャ』とベルが不敵に言い放ち、背中から大きな板状の物体が二枚現れ、それぞれがコの字型に折れ曲がっていく。
『何をする気だ? 先ほどで無駄なことは分かったはずだが』と獅子が嘲笑する。
ベルはその嘲笑に対し、小馬鹿にしたような口調で言い返す。
『おいらのトリヒターは進化しているニャ。
ベルの言葉が終わった時、そこには全長一メートルほどのトリヒターが浮かんでいた。
その姿にキメラも呆気に取られたのか、攻撃してこない。俺はその間に、俺が持つ最強の攻撃手段、
『こいつはさっきのとはちょっと違うニャ。
「乗る必要はないんじゃないか」
『遠隔兵器は動きを読まれて撃破されやすいニャ。これは宇宙世紀の常識ニャ。おいらが乗ればさっきみたいに簡単に撃ち落されることはないニャ』と言って、一気に飛び出していく。
『面白いぜ! 本当に飽きさせないな、お前たちは!』と大蛇が笑うが、黒ヤギは『その程度では大して変わらぬ』と言い、獅子が炎をベルに放つ。ベルはその炎をギリギリで回避する。
念話の通話距離から離れて聞こえないが、
『おいらは
とでも言っていそうだ。
回避した直後に急反転し、フロッセ・トリヒターをキメラに向ける。そして、ビームを放った。
その光条は旧型のトリヒターの数倍の太さがあり、キメラの背中に直撃した。しかし、キメラの背には焦げ一つ付いていなかった。
『効かぬわ。その程度の魔導では我に傷を付けることなど叶わぬ』
獅子が嘲笑する。
俺はその隙を突いて
十メートルほどの至近距離から撃ち込んだロケット弾は見事にキメラの腹部に直撃した。爆発音と共に爆煙が広がるが、煙が消え現れたキメラには傷一つなかった。
このパンツァーシュレックは貫通力の高い
それが全く効かなかった。
『小賢しいねぇ。折角連携してもお前たちの魔導は効かないんだ。残念だったね。ククク……』
大蛇の笑い声が頭に響く。
(駄目なのか……)
最強の遠距離攻撃手段を封じられ、絶望が心を侵食していく。その絶望が僅かに身体の動きを鈍らせたのか、キメラの突撃に僅かに反応が遅れる。
獅子の人間の胴ほどの前脚が右側から迫ってきた。転移の魔導も発動できず、最大まで上げた反応速度でもこの位置では逃れられない。
「レオさん!」というラウラの叫びがすぐ横から聞こえた。
ドンという衝撃が背中を襲うが、それ以上の力で前に吹き飛ばされていく。
十メートルほど無様に吹き飛ばされたが、獅子の巨大で鋭利な爪の一撃は襲ってこなかった。
キメラの追撃を恐れ、慌てて立ち上がる。
次の瞬間、血の気が失せていく。少し離れた場所に血塗れになったラウラの姿があったからだ。
ラウラは俺の背中を庇いながら、キメラの攻撃が致命的にならないよう、攻撃と同じ方向に飛び、衝撃を軽減させたのだ。しかし、彼女の無防備な背中はキメラの鋭い爪を受けて切り裂かれていた。
俺は「ラウラ!」と叫び、彼女のもとに向かおうとした。
『駄目ニャ! 敵から目を離しては駄目ニャ!』というベルの必死の叫びが俺の足を止めた。
キメラは俺とラウラを吹き飛ばした後、そのまま追撃してきていたのだ。
再び獅子の前脚が振り出される。残像が残るほどのスピードで振り下ろされるが、ギリギリで回避する。
ベルは俺のすぐ上に浮かんでいた。
『ラウラはまだ生きているニャ。早くこのデカ物を倒して治療してやらないといけないニャ』
「でも、どうやって倒すんだ。手がないんだぞ……」
『さっきの話の続きニャ。あのシーンを思い出すニャ……』
しかし、それ以上会話を続けられなかった。キメラが獅子の前脚に加え、大蛇による攻撃が加えてきたからだ。
ベルは俺の近くで器用に敵の攻撃を回避していく。俺も必死にキメラの猛攻を回避する。
『イメージニャ。この世界の魔導はすべてイメージで何とかなるニャ。旦那にもできるはずニャ。目で見るから反応が遅れるニャ。“力”を感じるニャ』
ベルは宇宙世紀の新型だけではなく、遠い銀河の騎士でもあった。
「そんなことで避けられるのか?」と言うものの、炎の巨人の攻撃を回避したときのことを思い浮かべる。
(確かにあの時、時間が間延びした感じがあった。もしかしたら、イメージで何とかなるかもしれない。理屈じゃない。イメージだ……)
剣を静かに構え、呼吸を整える。薄く目を瞑り、力を感じる。
俺の左側から強い憎悪が向かってきた。それは俺の上半身を抉り取ろうとする軌道を取ろうとしていた。俺は身体を右に回転させながらその軌道を避ける。
更にその直後、真上からも襲い掛かってきた。それは俺の頭を狙っているが、その軌跡が白く見えている。その軌跡から身体を外すように動くと、目の前を何かが通過する強い空気を感じた。
「確かに強力だが、当たらなければどうということはない」
『さすがは旦那ニャ! 身体の性能の違いが、戦力の決定的な差でないことを教えてやるニャ!』というベルの声が聞こえる。
俺は“第六感”の強化を施したのだ。今までの身体強化では筋力だけでなく、反射神経を向上させるため、その
イメージはもちろん宇宙世紀の新型と遠い銀河の光の剣を操る騎士だ。明確な理論などなく、単にイメージしやすいものを素直に自分に投影してみた。それがうまくいったのだ。
『何をしたのだ? 別人のようになったが』
『魔導ではないな。魔素の流れが変わったわけではない』
『本当に飽きさせないね、こいつら。だが、避けているだけじゃ、勝てないんだぜ?』
キメラの攻撃が一旦止んだ。
キメラの頭たちが俺の動きに戸惑っている。しかし、大蛇が言うように避けているだけでは勝機は見出せない。
ベルの言葉で攻撃方法も思いついていた。
奴の攻撃は獅子の口、前脚、大蛇になっている尾だ。つまり、真下はほとんど攻撃手段がないということだ。そこに攻撃を加えるには奴の腹の下に入り込むしかない。
懸念がないわけではなかった。
第六感によって攻撃を回避できるようになったとはいえ、相手は敏捷な魔獣だ。その腹の下に入るというのは至難の技だろう。
それに攻撃を受けにくいだけで、こちらの攻撃が通るとは決まっていない。確かに背中に比べれば腹部の方が皮は薄いのだろうが、魔素を纏って防御しているから、その強力な防御を突破することは容易なことではないだろう。
ベルが俺の前に滑るようにやってきた。
『これからやることは分かっているニャ?』
「ああ、多分お前と同じことを考えている。だが、それで勝てるのか?」
『おいらのフロッセ・トリヒター、旦那のパンツァーシュレック、そして、ミスリルの剣で攻撃すれば何とかなるはずニャ』
これからやろうとしていることは至近距離からの波状攻撃だ。いかに強力な防御力を持っていても、ゼロ距離からの攻撃を何度も食らえばダメージは通るはずだ。そこに活路を見出す。
『おいらが先陣を切るニャ』
「しかし、それじゃ、お前が……」というが、ベルはニヤリと笑って小さく首を横に振る。
『これ以上、犠牲を出すわけにはいかないニャ。悲しいけどこれ戦争なのニャ』
その軽口に俺は怒りを爆発させる。
「そんなフラグを立てるな! みんなで生き残るんだ!」
『冗談ニャ。宇宙空間じゃないから飛び降りればいいだけニャ』と言ってトリヒターを前に進めていく。
業を煮やしたのか、キメラが動き出した。
『これ以上何かさせると面倒だ。一気に叩き潰す』
『確かにこの異邦人は危険だ。我らの知らぬ概念を使ってくる』
『そうだな。遊んでケガしても馬鹿らしい。今度は本気で行くわ』
三者の言葉が終わった瞬間、嵐のような攻撃が始まった。
獅子の口から吐き出される炎、獅子の爪、大蛇の牙、更には今まで攻撃に加わっていなかった黒ヤギまでもが、口から火炎弾を吐き出し始めた。
俺とベルは木の葉のようにその怒涛の攻撃を回避していく。更に倒れているラウラに影響が及ばないように少しずつ場所を変える余裕すらあった。
俺とベルはタイミングを計っていた。
いかに強靭な体力を持つ災害級の魔獣とはいえ、永久に攻撃を続けることはできない。必ずどこかで止まるはずだ。そのタイミングで腹部に入り込み、一気に決着をつける。
『なぜ当たらぬ!』と獅子が吼える。
『どのような理論なのだ』と黒ヤギが冷静に疑問を口にする。
『いい加減にしてくれよ』とそれまで飄々としていた大蛇が苛立つ。
キメラに焦りが生まれ始めている。それでも激しい攻撃は止むことはない。
俺の体力も徐々に限界に近づいている。いかに最小限の動きで回避しているとはいえ、掠めるだけでもこちらはやられてしまうのだ。その緊張感も疲労に拍車をかけている。
(ここは我慢だ。俺も苦しいが、向こうの方が攻撃している分、スタミナを消耗しているはずだ。いくら災害級とはいえ、通常の
その勝機は比較的早い段階でやってきた。
五分ほど猛攻が続いたが、炎を吐き続けていた獅子と黒ヤギが攻撃を控え始め、更に獅子の前脚の攻撃も鋭さを失っている。大蛇も獅子の身体の動きが悪くなったことで攻撃レンジに入ることが少なくなった。
キメラは僅かに距離を取り唐突に止まった。巨大な獅子の口から荒い息が吐き出されている。
『今ニャ!』と言ってベルがトリヒターごと突っ込んでいく。
俺も右手にパンツァーシュレック、左手にミスリルの剣を持ち、姿勢を低くして突っ込んでいった。
『無駄だ』と獅子が吼えるが、向きを変えるだけで炎による攻撃はない。正面を向き、前脚で迎撃するつもりのようだ。
ベルはその動きに全く反応することなく、地面すれすれを飛んでいく。
あと三メートルほどというところで、一瞬振り返りニヤリと笑った気がした。
フロッセ・トリヒターは僅かに上昇する。
獅子の右前脚が振り下ろされていく。しかし、ベルはそれを避けようとしなかった。
俺は思わず「ベル!」と叫んでいた。しかしキメラへの突撃はやめない。
俺は間延びする時間の中でベルのトリヒターが破壊されていく姿を見つめていた。
時間の流れが元に戻った。そう思った瞬間、フロッセ・トリヒターが大きく爆発する。その爆発によってキメラの右前脚は大きく弾かれる。
巨大なキメラが僅かに揺らいだ。
その時、俺は何も考えずにキメラの下に飛び込んだ。キメラは爆風によって俺の姿を一瞬見失った。
『どこに行った!』
獅子の念話が響き、頭を必死に動かしている。
『真下だ! 何かするつもりだ!』と大蛇が叫ぶ。
俺は仰向けになりながら
そして、「食らえ!」と叫びながら、トリガーを引いた。
発射による爆風が砂塵を巻き上げる。真っ白な砂埃が視界を奪うが、それに構わず三発の砲弾を叩き込む。
砂塵が巻く中、すぐにキメラの腹の下から転がり出る。
『うっ!』という獅子の呻きと『何が起きた』という黒ヤギの言葉が聞こえる。
まだ致命傷を与えていないと確信していた。俺はすぐに立ち上がり、剣を振り上げて高く跳んだ。
『上だ!』という大蛇の言葉に黒ヤギが火炎を放つ。
その火炎を剣で両断すると、痛みに苦しむ獅子の頭に向けて、ミスリルの両手剣を逆手に持って突き入れる。剣は獅子の頭に突き刺さり、更に体重を加えて根元まで押し込んでいく。
「グウォォォ!」という念話ではない獅子の咆哮が空に放たれる。それでも黒ヤギは火炎を放つことをやめず、俺はその火炎に火達磨になって地面に叩きつけられた。
武器を失い、大きなダメージを負った。気力も尽き、立ち上がることすらできない。
俺は死を覚悟した。
既に魔素を纏うこともできず、まともに動くこともできない。キメラが前脚を軽く振るえば俺の命は簡単に消えるだろう。
(ここで死ぬのか……せめて相打ちだったら報われるんだがな……ラウラは大丈夫だろうか。ベルはどうなったんだろう……)
俺はその瞬間をぼんやりと待っていた。
しかし、その瞬間はなかなかやってこない。ゆっくりと目を開けると、ゆっくりと消えゆくキメラの姿があった。
『何者だ、お前は……』という黒ヤギの念話が頭に響く。
十秒ほどでキメラは完全に消え、ミスリルの剣がカランと音を立てて地面に落ちた。
「勝ったのか……」
信じられなかった。
あれほどの強敵と戦い生き残れたことが信じられなかったのだ。
次の瞬間、特攻を掛けた相棒のことを思い出す。
「ベル!」と叫び、立ち上がろうとしたが、ダメージが大きく無様に倒れてしまう。
まずは自分の治療をしなければ動くこともできないと、魔素を循環させて火傷と打ち身を治癒していく。
一、二分で動けるようになり、ゆっくりと死闘の場を見渡していく。
しかし、そこに黒い子猫の姿はなかった。
「ベル!」と叫んでみるが、現れない。
周囲を探し回りたい衝動に駆られるが、俺を庇い重傷を負ったラウラの治療を優先する。慌てて駆け寄ると、背中の大きな傷から大量の血が流れていたが、まだ微かに息をしていた。
しかし、その息遣いは弱く、顔も土気色に変わっている。
急いで治癒の魔導を掛け、十分ほど続けたところで、傷は消え血色も良くなった。更に五分ほど魔素を巡らせていくと、ゆっくりと目を開く。
「レオさん?」
まだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりとした表情で俺の名を呼んだ。
「ああ。ここにいる。もう大丈夫だ。全部終わった」
そういうと安心したように眠りに就いた。
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