第二十五話「だから狂信者は嫌いです。こんなところで魔獣を召喚しないでください」

 ラウラを救出し、体力を回復させた後、逃げた真理の探究者ヴァールズーハー魔導師マギーア、ジクストゥスを追った。

 既に深夜になっていたが、ベルの探知能力と身体強化による視力の向上によって、行動に支障はない。


 ラウラには連れ込まれた倉庫で待つように言ったが、


「あたしも戦います。これはあたしのせいなんですから」と取り合わない。防具を着けず、愛用の武器もない状態では満足に戦えないと指摘したが、


「この短剣があれば充分に戦えます」といって俺が貸した短剣を見せる。


『嫌な予感がするニャ。一緒にいった方がいいと思うニャ』というベルの言葉と、ここで無駄に時間を浪費することを嫌い、一緒にジクストゥスたちを追うことにした。


 ベルから小さな村だと聞いていたが、思ったより大きな家が多く、貧しい村というイメージはない。十軒ほどの家が密集している場所を抜けると、ベルが警告を発した。


『監視していた奴らのリーダーがこっちに向かってきたニャ! 他にも二人!……親玉は来ないニャ!』


 ジクストゥスという魔導師を逃がすため、時間を稼ごうとしているようだ。


「あの鉄球に注意しろ! ベルは他に敵が来ないか警戒してくれ!」


 そう言いながら剣を水平に構え、ブラスターライフルの魔導マギを練り上げていく。


 間者のリーダー、アインは家や井戸などの遮蔽物を巧みに使って接近してくる。俺が見せた魔導を警戒しているようだ。彼の後ろにいるのは魔導師たちのようで、三十メートルくらいの位置で呪文を唱え始めた。


「どこかに身を隠して!」というアインの焦りを含んだ声が夜の農村に響く。しかし、魔導師たちは実戦経験が少ないのか、彼の言葉にすぐに反応できない。


 そのチャンスを逃すつもりはなかった。

 ブラスターライフルのオレンジ色の軌跡が夜の帳を斬り裂く。魔導師の一人はブラスターのエネルギー弾をもろに受け、悲鳴を上げることなく吹き飛ばされていく。

 更にもう一人の魔導師はこの状況に頭が付いていけないのか、詠唱していた呪文を中断した上、呆然と立ち尽くしていた。


 俺にとっては絶好の好機だ。アインにもそれが分かっていたようで、隠れていた遮蔽物から猛然と突っ込んでくる。更に直径二センチほどの鉄球を俺に向けて放った。

 俺はチッと舌打ちをすると、真横に飛びながらその鉄球を避ける。唸るような風の音をさせて耳元を通り過ぎると、民家の漆喰の壁に突き刺さった。


「あいつはあたしがやります!」


 ラウラが短剣を構えながら突っ込んでいく。彼女にも鉄球が放たれるが、危なげなく回避し、アインの懐に入り込んだ。

 ラウラの方は大丈夫だと思い、先ほど撃ち漏らした魔導師に目を向ける。魔導師は俺たちのハイレベルな戦いに目を奪われ成す術がない。


『あいつは素人ニャ。折角、時間を作ってくれたのに馬鹿ニャ』


 ベルが侮蔑の言葉を吐くが、俺も同感だった。

 容赦なくブラスターのエネルギー弾を叩き込むと、一人目と同じように吹き飛んでいった。


 ラウラの方に目をやると素早い動きで敵を翻弄しているが、得物がいつもと違うためか、なかなか致命傷が与えられない。

 敵にも余裕はないが、忍者モドキの暗殺者であり、何をしてくるか分からない。早期に決着を付けるため、俺もその戦いの中に飛び込んでいく。


 アインは二対一という状況に不利を悟ったのか、一軒の民家の中に逃げ込んだ。

 民家の中から悲鳴が響く。

 慌てて民家に向かうと、アインが十歳くらいの少女を捕らえ、首に剣を突きつけていた。


「抵抗すればこの少女を殺す」と低い声で脅してきた。


 無関係な人間を巻き込むことに躊躇いを感じながらも、


「俺には関係ないな。そんなことをしても無駄だ」と感情を抑えた声で答え、剣を構えてズカズカと中に入っていく。


 母親らしい中年の女性が「助けてください! 娘を!」と懇願してくるが、俺はそれを無視して敵に向かっていく。


「止まれ!」と鋭い警告を発してきたが、俺は「無駄だといっているだろう」と言い、無視して近づいていく。無関係な少女を犠牲にするつもりはないが、ベルやラウラを危険に曝すつもりはない。相手に俺には脅しが通用しないと思わせることが目的だった。

 ゆっくりと近づいていくと、男がフッと笑った気がした。その直後、膨大な魔素が外で噴き上がるのを感じた。


『何かが出てくるニャ! 魔獣ニャ!』


 ベルの切迫した念話が頭に響く。

 男は俺たちを引き付け、あの魔導師が魔獣を召喚する時間を稼いでいたようだ。俺はそれにまんまと引っ掛かった。


(クソ! どんな魔獣だ!)


 そう念話で確認する。


『これは……災害級ニャ!……こいつはキメラシメーレニャ!』


 ベルの悲鳴に似た念話に絶望が広がっていく。

 俺とベル、ラウラの三人が全力で戦っても、災害級の魔獣に勝てる見込みはほとんどない。この村を犠牲にして逃げ出したとしても、身体能力の差から逃げ切れる可能性は低い。前の時のように転移できたとしても、ラウラを失うことになる。


(そんなことができるか!)


 俺は目の前の敵を無視して外に飛び出した。

 外に出ると村の外れの方から強い魔素が噴き上がっていた。普段は見えない魔素を目で感じるほど強い。


 俺はベルを抱えると、ラウラに「逃げろ!」と命じ、魔素が噴き出している方に向かって駆け出した。召喚直後なら勝機があるかもしれないと思ったからだ。


 ラウラは俺の命令を無視して付いてきた。


 もう一度逃げろと言おうと思ったが、ベルが『言っても無駄ニャ。旦那がラウラならどうするか考えたら分かるニャ』と意外に冷静に言ってきた。


「確かにな」と答えるしかなかった。


『アインが動き出したニャ。こっちに向かってくるニャ』


 俺たちを足止めするという任務をまだ続ける気らしい。だが、今はあの男に関わっている時間が惜しい。後ろを警戒しながらも身体強化を最大にし、一気に引き離していく。


『おかしいニャ。攻撃してこないニャ。敵の親玉と合流する気かも知れないニャ……』


 ベルの独り言にも似た念話が聞こえてくる。

 俺たちはすぐに村の外れの広場に到着した。そこには巨大な魔獣、合成獣キメラの姿があった。


 キメラは従えられたのか、大人しくジクストゥスの横に静かに立っていた。その大きさは以前見たものと同じ程度で、全長八メートル、肩までの高さは三メートルを超えている。更に三メートル以上の長さの大蛇が鎌首をもたげていた。


 その圧倒的な存在感に足が竦みそうになる。

 偵察アオフクラーレの魔導で確認すると、まだ災害級としては完全に力を得ていないが、今まで戦った魔獣の数倍の能力を持っていた。

 その存在感に圧倒された。


■■■


 真理の探究者ヴァールズーハーの導師、ジクストゥスは彼が使える最高位の魔導である第五階位の魔導を使い、召喚を行った。

 彼の魔導器ローアの能力で使い魔を召喚する場合、中級程度の魔獣が限界だ。それを補うため巨大な魔法陣と大量の魔石マギエルツを用いている。その結果、災害級と呼ばれる強力な力を持った使い魔の召喚に成功した。


 彼の後ろにいる部下の魔導師は災害級の魔獣に圧倒され、ガクガクと震えている。更に馬車に繋がれている馬たちは恐怖のあまり泡を噴いて気絶していた。


 第五階位という高位の魔導を用いたことにより、ジクストゥスに疲労の色が見えるが、彼は召喚の成功に満足げに微笑む。しかし、すぐに表情を引き締める。


(ここまでは前回も成功している。問題はこの後だ。契約フェアトラークを成功させねば使い魔とはできんのだ……)


 魔導師が使い魔を使役する場合、“契約フェアトラーク”に成功しなければならない。契約には対価が必要であり、強力な使い魔であればあるほど大きな対価を要求されることが多い。但し、これには例外があり、使い魔側が契約者に好意的である場合は、例えば名前を与えるなどの軽微な対価で契約できることもある。


 使い魔だが、必ずしも召喚する必要はない。例えば魔素溜プノイマ・プファールに出現した魔獣であっても契約することは可能だ。しかし、魔素溜に出現する魔獣は人間に対し非好意的であること、召喚された使い魔に比べ知性が低いことから、契約は難しいと言われている。


 ジクストゥスは見上げるほど巨大なキメラの姿に僅かにたじろぐが、


「我が召喚に応じてくれ感謝する。我との契約フェアトラークの対価を提示する。暫し、耳を傾けていただきたい」


 ジクストゥスの言葉に巨大な獅子と、その肩から生えるヤギが顔を向け、更に尾になっている大蛇が鎌首を持ち上げる。

 その圧倒的な力にジクストゥスはローブの下で大量の冷や汗を流していた。それでも笑みを浮かべ、契約内容をしっかりとした口調で述べていく。


「まずここにある魔石マギエルツの魔素を全て譲渡する」


 彼は手に持つ箱を開け、召喚に用いたものと同程度、災害級の魔獣の魔石を見せる。その大きさに獅子の目が僅かに細められた。


「更にこの村にいる全ての住人を生贄に捧げよう!」


 彼はこのゼクスシュタイン村の住人、約二百人を生贄にすると宣言した。


(前回は魔石しか用意しなかったから失敗したのだ。今回は二百人もの生贄を用意したのだ。充分な供物であるはずだ……)


 その言葉に黒ヤギが目をぎょろりと動かす。

 ジクストゥスは何も伝えてこないキメラに不気味さを感じるものの、今のところ敵対的な動きを見せないことから契約が成功すると判断した。


「では、契約フェアトラークを交わそう」


 そう言いながら右手を掲げる。

 しかし、キメラは何のアクションも起こさない。獅子は鋭い視線を向け、黒ヤギは何の感情も見せず、大蛇は赤く細い舌をチロチロと出しながら、ただ彼を見つめるだけだった。


「なぜだ。対価が足りぬということはないはずだ。何が不服なのだ」


 その問いに獅子がぺろりと自らの鼻を舐める。


『笑止! そなた程度の力で我らを従えると? 我らを愚弄するつもりか?』


 獅子の念話がジクストゥスの脳を直撃する。更に黒ヤギも侮蔑を含んだ言葉を放つ。


『愚者には彼我の力の差も分からぬと見える。否、己が何をしておるのかも理解しておらぬようだ』


 ジクストゥスは再び失敗したと落胆する。


『まあよいではないか。この愚か者のお陰で具象界ソーマに顕現できたのだ。ありがたく“供物”をもらっておこうではないか』


 大蛇の言葉にジクストゥスは希望を見出すが、大蛇はねっとりとした口調でその希望を打ち砕いた。


『対価には足らぬのだ。従う必要はないが、返す必要もなかろう。ククク……』


 ジクストゥスは膝を落とす。そして、自暴自棄になりキメラに向かって叫ぶ。


「では何を望む! 我に従うには何が必要なのだ!」


 獅子は興味なさげに再び鼻を舐め、大蛇は口を大きく開けて笑う。黒ヤギは四角い瞳をギロリとさせて睨みながら、三匹を代表する形で答えた。


『そなたの命でも足りぬ。せめて、今近づいてくる者たちであればよかったのだがな』


 召喚された使い魔が具象界に留まる場合、召喚者に危害を加えることはできない。その行為自身が召喚を拒否したものと看做され、魔象界ゼーレに戻ってしまうためだ。

 そのため、ジクストゥスはキメラに本能的に恐怖を感じるものの、自らの命が危ういとは思っていなかった。

 大蛇の言葉にジクストゥスはレオンハルトたちを生贄にすることを思い付く。


「あの者たちを捧げる! それで我と契約フェアトラークを!」


 獅子は『笑止!』と言って笑い、


『そなたがあの者たちを我の前に跪かせられるなら考えぬでもない。だが、そなたの力では獣人セリアンスロープの小娘にすら及ばぬではないか』


 ジクストゥスは再び絶望する。しかし、レオンハルトたちを倒し、供物とできれば契約できると賭けに出ることにした。


(我が魔導で奴らを倒す。怪しげな魔導モドキを使うようだが、正しい知識を持たぬ者に真理の探究者ヴァールズーハーの導師たる、この私が敗れるはずがない)


 彼は自らが使える最大の魔導、第五階位の魔導を発動させるべく、呪文の詠唱を始めた。

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