第二十四話「敵の親玉が出てきました。徹底的にやるつもりです」

 エッケヴァルトの町を出てから結構な時間が過ぎた。正確な時間は分からないが、体感的には四、五時間くらいか。馬車は乗用の物で思ったよりスピードが出ているようだし、馬も途中で替えているから、少なくとも二、三十キロメートルは移動しているだろう。


 拘束された後もベルとの念話は続けていた。敵の人数や強さを確認してもらっているが、この馬車の近くいるのは監視していた五人のみ。そのうち三人が馬車に乗り、二人が護衛のため一緒に走っている。魔導師マギーアがいないことに安堵する。


 ここに来て常に監視していた五人だけということは、真理の探究者ヴァールズーハーのノイシュテッター支部には優秀な間者は少ないということだろう。

 ラウラを攫った者が十人程度だから、合わせても十五人程度しかいない。ここにいる連中と同程度の強さだとしても、十五人程度なら充分に勝機はある。


 もちろん、魔導師の能力が分からないからリスクはある。ラウラがあっさり捕らえられたということは、彼女を無力化できる何らかの手段を持っていたことは間違いないのだ。

 俺とベルは魔導か薬物によって身体の自由を奪われたのだろうと思っているが、あまり先入観は持たないようにするつもりだ。


 それよりも気になるのは相手の思惑が見えないことだ。

 今のところ、俺とベルを殺すつもりがないことは確かだ。殺すつもりならこの状況で首を掻き切ればいいだけだ。


 俺たちを生かしておきたい理由が思い付かない。単純な勧誘ならこの時点で印象は最悪で、ラウラの命を盾に組織に加わったとしても、いつか裏切ることは火を見るより明らかだ。

 洗脳とか行動の制限をかける魔導マギが存在する可能性は高いが、そこまでして俺たちを引き入れる理由が思い当たらない。


 相手の思惑がいまいち分からないが、こちらにも有利な点がある。

 それは俺とベルが魔導を使えるという事実を知られていないことだ。その認識があれば、少なくとも俺とベルの意識を刈り取っておくはずだ。それをしていないということは武器を取り上げ、人間では外せないほどの拘束をしておけば充分だと考えていることになる。



 唐突に馬車が止まった。監視者のリーダーが「立て」と命じたため、ゆっくりと立ち上がる。


「足枷が邪魔で歩けないんだが」と言うと、二人の男に突然抱えられ馬車から降ろされる。


 馬車から出たものの、目隠しはされたままで周囲の確認はできない。


『二百人くらい人がいるニャ。それも数人ずつ固まっているから家に閉じ篭っているって感じニャ。どこかの村かもしれないニャ。もしかしたら軍隊の野営地かもしれニャいけど』


 ベルの話では普人族らしい魔石マギエルツの反応があるが、軍隊のように集まっているわけでもなく、数人ずつ点在しているらしい。


(ラウラは近くにいるか?)


 そう確認すると、『いたニャ!』という明るい感じの念話が届く。


『ちょっと離れたところにいるニャ……でも結構強そうな力も感じるニャ……何ニャ? 魔石がたくさんあるニャ?……』


 そこでベルとの念話が途絶えた。どうやら一旦引き離されたようだ。

 ベルとの念話が途絶えた後、俺もどこかに運び込まれる。木の扉が開く音がしたので、家屋に入れられたのだろう。


 そんなことを考えていると、突然身体の力が抜け始める。

 脱力感は徐々に強くなり、更に温泉にでも浸かったかのように精神がリラックスしていく。


(なんだか気持ちがいいな……このまま眠ったら楽になるって感じだ……)


 その感覚に身を委ねそうになった時、ベルの鋭い警告が脳に響き渡る。


『しっかりするニャ! 魔素プノイマが噴き出しているニャ! 魔導を掛けられているニャ!』


 その念話に意識が戻る。


(こいつらは敵だ! ラウラを攫った敵だ! こんなところで敵に取り込まれるわけにはいかない!)


 敵に対する怒りで落ちていきそうになる意識をはっきりさせる。更に体内の魔素を強制的に循環させ、精神を防御するイメージを作り上げていく。


 今まで精神攻撃に対する防御など使ったことがなく、相手の魔素を弾くイメージを即席で作り上げた。それが功を奏したのか、俺を支配しようとしていた多幸感が一気に消えていった。


 どの程度対抗していたのかは分からないが、敵の魔導の影響を完全に排除することに成功した。

 そして敵にそれを悟られないよう身体の力を徐々に抜く演技をする。その演技に引っ掛かったのか、敵の一人が俺に声を掛けてきた。


「さて、今の気分はどうかね」


 俺はどう答えていいのか少し悩むが、


「暖かい感じがします。子供の頃、母上に抱かれたような……」と小さな声で呟く。


「どうやら成功したようだな」という声が聞こえ、目隠しの袋が取り外される。


 視界が急に開けたことにより慌てるが、精神力でそれを悟られないように抑える。寝ぼけたようなぼんやりとした表情を作っていく。

 目が慣れると、自分がいる場所が農家の納屋か倉庫だと分かった。


 魔導師のローブに身を包んだ四十代半ばの男が目の前にいた。彼は監視者のリーダーと部下の魔導師を従え、椅子に座っている。他の監視者は俺の周りで武器を突きつけていた。


「君の名前は?」と椅子に座っている男に聞かれたので、「レオンハルト・ケンプフェルトです」と抑揚のない平坦な声で答える。


「ではレオンハルト。君は今から私、ジクストゥスの僕となるのだ。私と真理の探究者ヴァールズーハーに対し、絶対の忠誠を誓いなさい」


 その言葉に小さく頷き、言われたとおりに忠誠を誓う。


「私レオンハルト・ケンプフェルトはジクストゥス様、真理の探究者ヴァールズーハーに絶対の忠誠を誓います」


 俺の感情を排した言葉にジクストゥスという男は満足げに頷く。


「うむ。ではレオンハルト。君が完全に我が僕となったことを確認しよう」


 ジクストゥスは右隣の魔導師に目配せをする。更に監視者の一人に俺の手枷を外させた。

 手枷は外れたものの、足枷は付いたままでまともに動くことができない。手枷で痛む手首をさすりたい衝動に駆られるが、それを我慢し無表情なまま正面を向き続ける。


 視線を動かさないように注意しながら、ベルが入れられた箱を探す。箱はジクストゥスの後ろにあり、念話でベルに状況を伝えていく。


 状況を確認し終えると、『何をさせるのか分かった気がするニャ』と伝えてきた。俺にも何となく分かっていた。


 真理の探究者ヴァールズーハーの連中は俺が完全に操られているか確認するために、生かしておいたラウラを使うのではないかと考えていた。


(やはりラウラを殺させるんだろうな)


 俺がそう伝えると、『おいらも同じ考えニャ』と同意する。


『ラウラが連れて来られるニャ』というベルの念話の後、手枷、足枷を付けられ、更に鎖で縛られたラウラが引き摺られてきた。その姿に怒りが込み上げるが、ぐっと我慢する。


 この千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。


(ラウラを殺すよう命じられたら、従う振りをして反撃する。ベルもタイミングを合わせて脱出してくれ)


 俺の指示に『了解ニャ』と明るく答える。


 俺の目の前にラウラが放り出される。大きなケガこそしていないが拘束によって憔悴していたのか、俺に気付いていない。


「その獣人の女を殺せ」とジクストゥスが愉悦を含んだ声で命じてきた。


「はい。ジクストゥス様」と答えると、俺の声にラウラが反応する。


「レオさん! どうして……」


 その後は言葉にならないのか嗚咽を漏らしながら俺を見つめている。


「剣を渡せ」という言葉に、監視者のリーダーが「危険です。首を絞めさせた方がよろしいかと」と進言する。


 ジクストゥスは「そうだな。アイン、よく進言した」と鷹揚に頷き、「その女を絞め殺せ」と命じた。


 俺は「はい」とだけ答えて跪き、ラウラに近づいていく。彼女は怯えた目をして俺を見つめている。

 ゆっくりと彼女の細い首に手を伸ばしていく。手を伸ばしながら、ベルに指示を出す。


(一瞬でいい。連中の注意を逸らしてくれ!)


 ベルから『了解ニャ!』という念話が返ってくる。その直後、ベルの入っている金属製の箱がガタガタと揺れた。


 監視者たちを含め、全員の視線が箱に向かう。その隙に爆発エクスプロージョンの魔導を発動しながら、ラウラに覆い被さる。爆風から身体を守るため、急いで魔素を纏わせる。


 爆発エクスプロージョンは俺の真上、一・五メートルほどの高さで爆発させた。背中に全力でのタックルを食らったような強い爆風の圧力を感じるものの、纏った魔素で何とか防ぐ。


 爆風が消えた後、俺に剣を突きつけていた四人の男は壁まで吹き飛んでいた。更にジクストゥスの横にいた魔導師も仰向けに倒れている。

 しかし、アインと呼ばれたリーダーの男だけは咄嗟に危険を察知したのか、顔の前で腕をクロスさせながらジクストゥスを庇うように立っていた。それでも彼も無傷ではなかった。爆風によって顔や腕に無数の傷がついていたのだ。


 アインは頭から血を流しながら「ここは危険です」と言って、ジクストゥスを引き摺っていく。ジクストゥスは何が起こったのか理解できないのか、目を大きく見開いたまま引き摺られていた。


 俺は敵の首魁、今回の元凶を倒すべきか一瞬悩んだが、この状況で魔導を発動しても入口から逃げられると思い直す。そして、今は自分たちの行動の自由を得ることの方が重要だと考え、自分の足枷とラウラの拘束を外すことに専念する。


 その間にベルがミスリスの箱を破って出てきた。箱が内側から大きく変形していることから、何らかの物体を召喚し、強引に蝶番を破壊したようだ。


「ラウラの枷を切ってくれ!」と頼むと、すぐに漏斗型遠隔砲トリヒターを召喚した。


 俺も魔導で光線銃レイガンを召喚し、足枷を止めるピンを破壊する。


「レオさん」というラウラの掠れた声に、


「ケガは無いか」と聞くと大きく頷く。


「ごめんなさい。あたしが捕まったばっかりに……」と言って涙を零すが、


『まだ敵が残っているニャ! 泣くのは生き残ってからニャ!』というベルの叱責が飛ぶ。


 魔導師は完全に気を失っており動く気配はなかったが、監視者たちは頭を押さえながらも起き上がろうとしている。


 完全に回復されると厄介なので、右手の光線銃レイガンで止めを刺していく。四人の男に止めを刺したところで、ベルがラウラの枷と鎖を外し終える。


 気絶している魔導師にもレーザーを撃ち込んで殺し、これで逃げた二人だけになった。


「俺は奴らを追う! ベルはラウラの回復を頼む」


 そう言って二人を追おうとしたが、足枷を長時間付けられていた影響のためか、足元がおぼつかない。


『先に回復した方がいいニャ。ここまで来て返り討ちにあったら洒落にならないニャ』


 その言葉に頷き、自らに治療の魔導を掛け、更に魔素の循環を強めて体内を活性化していく。


 五分ほどで体力は回復した。ラウラもベルの治療の魔導によって回復していたが、後悔の念が先に立つのか未だに暗い顔をしている。


「まだ親玉が残っている。逃げられる前に倒してしまう。こんなことは二度とごめんだからな」


 そう言いながら奪われていた剣と短剣を回収する。ラウラが丸腰だったので短剣を渡し、


「無事でよかった。俺のことを心配して罠に掛かったんだ。お前のせいじゃない」と言って抱き締める。


 ラウラは涙を浮かべながら、「ごめんなさい」と小声で謝罪するが、すぐに顔を上げた。


「あたしはもっと強くなります。こんなことが起こってもお二人に迷惑を掛けないように」と宣言した。


■■■


 ジクストゥスは真実の番人ヴァールヴェヒターのリーダー、アインの肩に掴まりながら、ゼクスシュタインの村の中を逃げていた。突然の爆発音に驚いた村人が顔を出すが、傷付いたアインの姿と怪しい魔導師マギーアの格好をしたジクストゥスを見て、すぐに家の中に引っ込んでいく。


 二日前、村人たちは突然現れたジクストゥスたちを胡散臭いと思いながらも、正面きって追い出すことはしなかった。

 一つには借り上げた家の持ち主に少なくない金を渡したことがあるが、それ以上に魔導師マギーアという存在を恐れていたためだ。


 この辺りは魔素溜プノイマ・プファールがなく、魔獣がほとんど出現しない土地だ。更に定期的にグランツフート共和国軍が盗賊を討伐していることから非常に平和なところだ。


 狩人や兵士に憧れる若者もいないわけではないが、基本的には荒事を好まない農民たちだけが住んでいる。まして、大都市でしか見ない怪しげな魔導師が平和な農村に現れたことなど一度もなかった。


 そんな田舎であるため、魔導師マギーアに対する認識は迷信に基づいていた。村人たちは神話で神々に挑み破れた魔導師と現代の魔導師を同一視しており、魔導師に対し恐怖と畏怖を合わせたような感情を抱いている。


 村人たちの行動を気にすることなく、ジクストゥスは自らに逆らったレオンハルトたちに対する怒りに打ち震えていた。


(よくも導師たる私に恥を掻かせてくれたな! この屈辱、晴らさずにはおかぬ!)


 彼は憤怒の表情を浮かべながらある場所に向かう。

 本来、導師のような高位の魔導師は地位や名誉に拘泥しない。長い年月をかけて修行を行い、自らを高める求道者のような者が多いのだ。


 しかし、ジクストゥスは普人族メンシュにしてはずば抜けた魔導の才能を持っていた。若くして導師への昇格条件である第五階位の魔導が使え、魔導師の塔でも数少ない導師となったことから増長していた。

 このため、高位の魔導師に相応しくない感情的な態度を取ることが多かった。


 彼の向かっている先は村の外れにある広場だった。そこには馬車と三人の魔導師の姿があった。


「準備はできておるか」とジクストゥスが問うと、待機していた魔導師が恭しく頷き、


「すべて完了しております。後は導師様が召喚の儀を執り行われるだけでございます」


 ジクストゥスはそれに応えることなく、アインに向かって、


「あの者たちが邪魔をせぬよう時間を稼ぐのだ」と命じる。更に部下の一級魔導師二人にも「アインの指示に従え」と命じた。


 魔導師たちは自分たちのより下位の存在である間者の指揮下に入ることに「間者風情の指揮下に入るのですか」と難色を示す。


 しかし、ジクストゥスが「私の命令が聞けぬのか」と一喝すると、部下はその剣幕に渋々承諾し、アインと共に村の中心部に向かった。


 若い二級魔導師だけが残された。彼は自分たちが危険な状況に陥っていると感じていたが、服従を刷り込まれているためジクストゥスの脇に控えていることしかできなかった。


 指示を出し終えたジクストゥスは痛む身体を庇いながら、広場の中心部に向かう。彼の足元には直径十メートルほどの巨大な魔法陣が描かれており、それに問題がないことを確認すると満足げな笑みを浮かべる。


(これで使い魔を召喚できる。強力な使い魔を召喚できればあの者たちなど恐るるに足らぬ……)


 魔法陣の中心部には直径五センチを超える大きな魔石が備えられている。更にその周りには大小さまざまな魔石が魔法陣に沿って並べられていた。


 ジクストゥスは魔法陣の中心に立つと、静かに呪文を詠唱し始めた。

 魔法陣は詠唱の韻に合わせ煌いていた。

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