第二十三話「考えが甘いという批判は甘んじて受けます。ですが、この状況を何とかする方が先です」
監視の目は未だにしつこいが、徐々に慣れ始めている。
更に身体強化もエッケヴァルトにいる狩人に合わせて五倍程度に抑え、武器に魔導を纏わすこともやめている。このため、一日当たりの収入は減ったが、それでも二人が生活していく上では充分な金額は稼げていた。
天気がよければ毎日狩りに出かけているため、平和な日々という言葉は似合わないが、それでも信頼できる仲間と一緒に楽しく暮らせていると思っていた。
しかし、そんな楽しい生活は長くは続かなかった。
その日は朝から厚い雲が広がっており、密林特有の湿気た空気が町に漂っていた。そのため狩りには出ず、町でゆっくりとするつもりだった。
いつもは一緒にいるラウラだったが、その日は用事があると言って珍しく一人だけで町に出ていった。ベルを一緒に行かせようと思ったが、彼女に断られている。
何の用事だろうと思ったが、一人になりたいこともあるだろうと許可した。
相変わらず監視の目はあるが、襲われたことはない。
この町に限れば、本気になったラウラに対し、一対一で勝てるのは俺とベルだけだ。トップクランの連中でも三人程度なら逃げることなら充分可能だし、監視者たちの能力なら五人全員が一斉に襲ってきても何とかなる。
ここは
その油断が仇となった。
俺はベルと共に近くの食堂で昼間から飲んでいた。その食堂の料理人はこの世界でも有数の腕を持ち、俺の舌でも充分に満足させる料理を作ってくれる。もちろん、こちらが食材や調味料を指定し、通常の十倍ほどの金を掛けるという前提だが。
更にこの町には美味いワインを売る酒屋があり、魔導によって冷やすサービスすらあったのだ。
十二時過ぎから飲み始め、三時頃には気分よく出来上がっていた。一眠りしようと思い宿に戻ると、宿の女性従業員が安堵の表情を浮かべてから、不思議そうな顔で首を傾げる。
「ご無事だったんですね。あれ? ラウラさんとご一緒ではなかったのですか?」
「いや、俺は近くで飲んでいただけだが?」と答えると、
「おかしいですね。さっきラウラさんならレオンハルトさんが倒れたとおっしゃって、慌てて出て行きましたけど?」
何の話だろうと詳しく聞くと、二時間ほど前にラウラが慌てた様子で戻り、俺が食事中に倒れて治療院に運ばれたから、着替えを持って出て行ったというのだ。
一気に酔いが醒めていく。
「どこの治療院か聞いているか! ラウラがどこに向かったのか、教えてくれ! すぐに!……」
俺が焦って詰め寄ると、従業員の女性は驚愕の表情を浮かべ、言葉にならない。ベルの『落ち着くニャ。とりあえず落ち着いて話を聞かないといけないニャ』という念話で僅かに冷静さを取り戻す。
深呼吸をしてから「すまなかった。ラウラがどこに行ったか教えて欲しい」と言うと、北地区にある治療院であると教えられる。装備を整えながら治療の魔導で酔いを醒ましていく。
「何事もなければいいんだが」と呟くと、ベルも『ラウラの早とちりってこともあるニャ。あの犬娘は結構おっちょこちょいニャ』と俺を安心させるような念話を送ってくる。
しかし、その可能性は低いと思っていた。既に二時間ほど経っており、もし誤報と気付けば宿に戻っていてもおかしくない。
焦る気を抑えながら北地区に走っていく。
ラウラは結局見つからなかった。
しかし、痕跡だけは見つけている。俺の服が散乱している場所があり、その近くで聞き込みをすると、十人ほどの怪しい男たちが何かやっており、近づこうとすると脅されたという証言を得たのだ。
更に荷馬車が近くに待機しており、一時間ほどでいなくなったという話も聞いた。その辺りには商店も工房もなく、荷馬車がいることは珍しいので覚えていたとのことだった。
荷馬車の特徴を聞いてみるが、極普通の二頭立ての馬車であり、大きな木箱を載せて南に向かったということだけが分かった。
恐らく何らかの手段でラウラを拉致し、荷馬車で運んだのだろう。
結局、それ以上の情報はなく、南門に向かい、昼過ぎに荷馬車が通過しなかったか確認する。門衛に聞くが、既に交代の時間を過ぎており、見た者は見つからなかった。
既に午後五時を過ぎており、街道に出るか迷う。
南門を出た後はすぐに南行き、つまりノイシュテッター行きの街道と、東行きの街道に分岐する。既に四時間以上が経っており、無理をすれば二十キロほど進んでいるだろう。山勘で当たれば追い付けるが、外れた場合は完全に見失ってしまう。
「ノイシュテッターに向かうと思うか」とベルに意見を求めるが、参考になる意見は出なかった。
『当たり前過ぎる気がするニャ。おいらなら一度東に向かってから海まで出て、それからノイシュテッターに向かうニャ。でも、そっち行くように思わせて本命のルートを通ることもあり得るニャ』
とりあえず動かないと始まらないと東行きの街道を目指そうとした時、監視していた男の一人が接触してきた。
「娘を返して欲しければ我々の言う通りにしろ」
怒りを抑えながら、「どうすればいい」と聞くが、相手が答える前に、
『言うことを聞いても絶対に返してくれないニャ』というベルの警告の念話が聞こえてくる。
しかし、俺に選択肢はなかった。ここで拒否してもラウラの身に危険が及ぶだけであり、助ける術を思いつかないのだから。
男は仲間に合図を送った後、武装の解除を命じてきた。素直にそれに応じ、剣と短剣を渡す。数分後、一台の馬車が現れた。
男は馬車に積んであった金属製の箱を示し、
「使い魔をこの中に入れろ。逆らわないようにきちんと命じておけ」と命じる。
俺は頷き、ベルを中に入れながら、念話で大人しくするよう伝える。
『了解したニャ。この程度の箱ならいつでも飛び出せるニャ』と伝えてくるが、男は「その箱はミスリル製だ。魔導を使えん」とぼそりと呟く。
俺はそれに頷くと、馬車に乗り込む。中に入ると二人の男が座っており、すぐに手枷と足枷を付け始めた。ずっしりと重く、身体強化を行っても外せそうにないほど頑丈だった。更に目隠しのための丈夫な袋を被せられる。
俺を拘束したことに満足したのか、リーダーらしい男が出発を命じ、馬車はゆっくりと動き始めた。
念話でベルに連絡を取ると、すぐに反応があった。ミスリルの箱でも念話に支障はないらしい。
『これからどうするニャ? 大人しくラウラのところまで連れていかれるつもりニャ?』
(それしかないだろうな。こっちは完全に拘束されているが、いざとなれば何とでもできる。そっちはどうだ?)
『こっちも何とかできると思うニャ。確かにミスリルの対魔導性能は高いけど物理的に破壊すれば問題ないニャ』
ベルは箱の中で何かを召喚し、それを使って内側から破壊する気らしい。
俺の方も脱出手段は思い付いている。武器を奪われたとはいえ、魔導の使用に制限はない。レーザーか何かで手枷と足枷を溶断すればいいし、敵を倒すだけなら目隠しさえ外すことができれば何とでもできる。
懸念があるとすれば敵に魔導師がいるかどうかだ。どのような魔導を使って来るか分からないため、洗脳や暗示を掛けられたら対処することが難しいからだ。
いずれにせよ、ラウラの無事を確認するまでは行動を起こせない。
強い焦りを感じながら、大人しく馬車で運ばれていく。
■■■
久しぶりに狩りはお休み。いつもならレオさんと一緒にいるんだけど、今日はちょっとした用事があった。
普段は狩人が着る丈夫な服ばかりで全然女の子らしい服を持っていなかったから、レオさんには内緒でちょっとかわいい服を作ってもらっていた。
その服ができたという連絡が宿に入っていたから、一人で取りに行く。一人で行くのはレオさんを驚かせようと思ったから。
そのお店は娼婦や酒場の給仕の女の人が着るような服を売っていて、明るい色使いの物が多い。宿の人にこっそり教えてもらったんだけど、最初はドキドキしっぱなしだった。だって、村にいる時もきれいな服なんて作ってもらったことはないし、第一見てもらいたい人なんていなかったから。
十時頃にお店に行ったけど微調整に時間が掛かった。こんなに掛かるものなんだと思っていたけど、そんな時間も結構楽しめた。服が出来上がり、宿に戻ろうとした時、よく行く食堂の店員さんが慌てた様子で私に声を掛けてきた。
「レオンハルトさんが急に苦しまれて……今、北の治療院に運び込みました。よく分からないんですけど、うちの大将が言うには魚の毒にやられたんじゃないかって……」
最初はおかしいと思った。だってレオさんは食べ物に詳しいし、食あたり程度なら自分で治せるはず。
「ノイシュテッターから来ている人に聞いてみたんですが、その魚はある時期だけ毒を持つそうなんです。それもちょっと食べるだけで大の男が死ぬような強い毒らしくて……運よく大して食べなかったみたいで、今のところすぐにどうこうってことはないみたいなんですけど、服が酷いことになって……それで着替えなんかを持ってきてほしいって言われまして……」
その時あたしが思ったのは、自分で治療して何とかしたんだということだけど、それでも毒を消しきれなかったということ。物凄く苦しんでいるだろうし、すぐに行かないといけないと思った。
宿に戻ってレオさんの部屋の鍵を借り、急いで着替えを用意する。一応、宿の人には簡単に事情を説明して走って治療院に向かった。
北地区はあまり行かないところで土地勘がなかったし、ちょっと入り組んだところにあるけど、目的の治療院は割りと有名だし場所は分かっている。
狭い路地を荷物を持って走っていくと、突然目の前に網が現れた。荷物を持っていたからナイフで切ることはできなかったし、咄嗟のことで避けることもできなかった。
派手に転びながらも周囲を警戒していると、あたしたちを監視していた男たちに囲まれていた。
それでも余裕はあったわ。網に絡まっているとはいえ、この人たちなら何とかできるって思っていたから。
「レオさんが倒れたっていうのは嘘なの?」と尋ねる余裕があったくらい。でも、その余裕が仇になった。
男たちの後ろから
それでもまだ諦めていなかった。ナイフは取り出せたし、一、二発食らうかもしれないけど、その間に網を切り裂けるから。でも、あたしに向かってきたのは炎の矢でも
薄い煙があたしを包んだ。そこであたしの記憶が途切れた。
気付いた時、あたしは真っ暗な木の箱の中だった。それだけじゃなく、奴隷だった時みたいに手械と足枷を嵌められ、更に鎖でグルグル巻きにされている。どんなに力を入れてもびくともしない。レオさんやベルさんみたいに魔導が使えれば鎖を切って逃げ出せるのに……。
床からガタンガタンという音が聞こえているから、荷馬車で運ばれているみたい。
どのくらい入れられているのか分からないけど、一度も外に出してもらえなかった。食事どころか水すらもらえない。狭い木箱の中で無理な姿勢を続けているから、腕も足も感覚がなくなっている。
あたしは悔しかった。
今生きているってことはレオさんをおびき出すための餌にされるということが分かっていたから。
あたしがもっと注意していたらと涙が止まらない。
自分が死ぬのは仕方がない。でも大好きな人があたしのせいで危険な目に合う。それが許せなかった。
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