第十三話「魔導師の塔って怖そう……これからの方針を考えます」

 役所の女性職員たちに弄ばれ放心気味のベルに、図書室で調べたことを話していく。


魔導マギに関する情報はほとんどなかった。神話や民間伝承も調べてみたが、大した情報はなかった……一応、メモは取ってきたが役に立ちそうにないな……」


 ベルはぐったりとしたまま、俺の記憶を検索しているようで静かに目を閉じている。

 五分ほど俺の腕の中で丸くなっていたが、静かに話し始めた。


『旦那の記憶を整理してみたニャ。確かに魔導の情報に新しいものはないニャ。でも、民間伝承には面白い話がいくつかあるニャ』


 俺は何のことか分からず、「どこに面白い情報があるんだ?」と聞き返す。


『微妙な表現の違い、食い違いが見られるニャ。おいらたちが魔導師マギーアと呼んでいるのは魔導を使える者のことニャ。でも、ある伝承ではヘルシャーに挑戦した者を“マギーア”と呼んで、他の伝承ではマギーアは助言者ベラーターを補佐する者、つまりヘルシャーの側にいる者として語り継がれているニャ』


 確かにそんな記述があった気がする。だが、それは単に伝承を語り継いだ者の主観が入っているだけではないかと思い、そのことを指摘してみた。


『そうかもしれないニャ。でも、全く反対の立場の者が同じ名称で呼ばれているニャ。それが今では違う意味になっているのニャ。意味が変わったと考える方が合理的な気がするニャ』


 俺は何か似ていると思い始めていた。


「つまりだ。“マギーア”は神がいた時代には二つの派閥があって……」


 そこまで言ったところで閃いた。


「そうか! キリスト教でいうところの天使と堕天使の関係か! 魔導師マギーアは元々神を補佐する者たちで、その中から反乱者が出た。神話だと神々は反乱者を処分し、更に反乱に加わらなかった魔導師からも力を奪っている。その後、神々がいなくなった……つまり、今の魔導師マギーアは昔の魔導師マギーアと違う。俺が求める力は神々に挑めるほどの力だ。だとすれば、やはり魔導師の塔、真理の探求者ヴァールズーハーに接触した方がいいのか……」


『結論を急ぐ必要はないニャ。神霊の末裔エオンナーハはともかく、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘは昔の魔導が使えるという噂があるニャ。どうやって接触するかはともかく、対立している組織の一つに接触するのは慎重にいった方がいいニャ』


 今いるエンデラント大陸には魔導師の塔が三つある。


 一つは最古の塔、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘで北の古国グライフトゥルム王国のヴォルケ山地を拠点にしているらしい。三つの塔で最古の歴史を誇るだけあって優秀な魔導師が多いと言われているが、塔に篭り一般の人々との接触がほとんどないため、詳しいことは分かっていない。


 二つ目は神霊の末裔エオンナーハだ。北の大国ゾルダート帝国のツィーゲホルン山脈に拠点があり、自らをヘルシャーの末裔と称している。強力な暗殺者集団“ナハト”を配下に持っているという噂があり、狂信者のイメージしかない。


 三つ目は真理の探究者ヴァールズーハーで、大陸の東にある島、オストインゼルのガオナァハイム山地に拠点を持ち、魔導師の能力を高めることを目的に積極的に研究を進めているらしい。能力を高め、いずれは神々のいた頃の力を復活させたいと考えているようだが、この組織にも暗殺者集団を配下に持っているという噂がある。


 いずれの組織も胡散臭さでは甲乙つけがたい。更にこの三つの組織は対立しているらしく、真偽のほどは怪しい噂だが、配下の暗殺者集団が暗躍し各国を牛耳ろうとしているらしい。

 つまり、一つの塔に接触するということは他の二つを敵に回すことを意味する。


 そして、すべての塔に言えることだが、それらが狂信者でないという保証がなく、迂闊に接触することは今後の行動の制約となり兼ねない。だから慎重を期す必要があるとベルは言ったのだ。


「そうだな。しかし、魔導を極めるには三つの塔か森人エルフェ族に教えを請う必要があるぞ。森人も普人族に対しては無茶苦茶排他的だというし、八方塞がりだな」


『そういうことになるニャ。今は自力で力を付けていくしかないニャ。幸い自力でも充分使えるようになっているニャ』


 ベルの言う通り、魔導器ローアを使った魔導マギと身体強化の術はここ数日で飛躍的に進歩している。


 身体強化は常時三倍を維持できるようになった。


 魔導もゴブリン退治で使った“ブラスター”や敵の能力を知る“偵察アオフクレーラ”、魔素をそのまま放出して爆発を発生させる無属性の“爆発エクスプロージョン”の他に、空気を超音速で移動させて発生させる“衝撃波シュトッスレ”、濃い霧を発生させ敵の目を眩ませる“濃霧ネーベルランク”なども完成させている。


 これらの魔導を作っていったため、徐々に魔導の原理が分かってきている。

 一つは、魔導はいわゆる“魔法”と異なり、ある程度の理屈が必要だということだ。厳密な理論は無くてもいいが、ある程度原理が明確になっていないと発動しない。


 例えば“四元”の一つである“風”だが、よくある真空の刃というものは結局作れなかった。真空自体に切断力があるという理論を思い付かなかったことが原因だと考えている。


 一応、局所的に真空にすることで気圧差を生じさせ、その気圧差で物体の表面を傷つけようとしたが、所詮一気圧では大した威力はなく、物体を切断するような機能を持たせることができなかった。


 逆に衝撃波の魔導は比較的簡単に作れた。音速の壁をイメージし壁の前面に圧縮波が生じるようにすれば、厳密なマッハ数などの理論を知らなくても作れてしまったのだ。


 こう考えると転移の魔導も理論さえ思い付けばいけそうな気がするが、ワープのように空間を歪めるとか、ワームホールとホワイトホールを利用するとかは、荒唐無稽過ぎて俺の頭では屁理屈すら作れなかった。


 ただ救いがあるのは実際に自分自身で瞬間移動を行っていることだろう。キメラから逃げる時にできたということは何らかの方法で転移はできるということだが、俺が目指しているのは俺の魂だけが日本に帰ることだ。


 このレオンハルトの身体で日本に行ってもあまり意味がない。不法入国者として拘束されるだけだろう。


 今の状況で塔に接触するのは時期尚早と判断し、他の情報を集めるべく相談する。


「魔導と神話関係はこれ以上図書室で調べても、何も出てこないと思う。あとは歴史くらいか。どう思う?」


『そうだニャ。歴史を調べるのもありだと思うニャ。ただ、この街では期待できない気がするニャ』


 ベルの言う通り、この街の図書室にある公開されている書籍の数は大したことがない。日本の一般家庭にある大きめの本棚が五つほどしかなく、恐らく千冊に達していない。

 その書籍も農業や商業などの実用書が大半で、歴史などの資料はほとんどなかった。


『調べ物をするニャら、グライフトゥルム王国に行った方が良さそうニャ。確か王都のシュヴェーレンブルクには大学もあったはずニャ』


 北の隣国グライフトゥルム王国の王都シュヴェーレンブルクは歴史ある街で、ここグランツフート共和国から多くの留学生が向かう学術都市でもある。レオンハルトの記憶によれば、首都ゲドゥルトから年間数十人程度で留学しているらしい。


 しかし、図書室での調査をやめると時間が余る。


「そうだな。ここでの調査はこれくらいにして、また調べたいことが思い付いたら行くことにするか。だとすると、今日の昼が丸々空いてしまうが、どうするかな」


『ゆっくりしたらいいニャ。一日も休まず森に入っていたニャ。たまには骨休めも必要ニャ』と毛繕いしながら答える。午前中の疲れが出ているのかもしれない。


 俺の方が貧乏性なのかどうしてももったいない感じが抜けない。しかし、今日は朝から曇り空でいつ雨が降ってもおかしくない。


「何かもったいない気がしてな。雨が降りそうだから森で訓練ってわけにもいかないし……」


『組合の訓練場で訓練すればいいニャ。ここにもあるはずニャ』


 狩人組合には屋内訓練場が併設されているところが多い。もちろん、ゲッツェの街のような小さなところは別だが、数百人単位で狩人がいるところには必ず訓練場があり、有償だが指導もやっている。


 ベルの案に乗ることにし、午後は一人で訓練場に行くことにした。ベルを誘ったのだが、


『今日はもう出たくないニャ』とのことでベッドの上で丸くなっていた。


 組合の訓練場は支部の裏にあった。大きさは大したことはなく、二十メートル×十メートルほどで、倉庫のような作りだ。


 中に入ると十名ほどの狩人が思い思いに汗を流していた。

 俺も素振り用の木剣を借り、無心になって素振りをする。レオンハルトが学んだ“四元流”には様々なかたがあり、初伝ではそれを叩きこまれる。中伝になっているため、形はすべて覚えている。


 最初の十分ほどは身体強化を掛けず、形をなぞるように振っていく。身体が温まったところで身体強化を掛け、同じように形をなぞっていった。


 身体強化を掛けると木剣からビュッという風切り音がし、徐々に素振りを速くしていく。連続的に耳に入る風を切る音が心地よく、無心になれる。


 俺自身、剣道の心得は学校の授業程度だが、レオンハルトの記憶を共有したことから自然に身体が動くという感じだ。


 二十分ほど素振りを続けていたら、周囲の注目を浴びていた。

 身体強化を掛け続けていることの異常さに気付かれたようだ。長時間強化を続けられるのは金級以上だけだ。銅級の俺がそれをやっていることは明らかにやり過ぎだった。


(拙いな。気持ちが良すぎて調子に乗ってしまった。まあ、誰も声を掛けてこないから問題ないだろう……)


 そう割り切って素振りを再開する。

 二時間ほど形稽古を続け、汗だくとなったところでその日の訓練を終える。訓練を終えるまで誰も俺に声は掛けてこなかったが、視線だけは強く感じていた。


 初日から勧誘を断り続けていることは知られているので問題ないが、あとでトラブルにならないようにする必要があるだろう。


 素振りを終え、汗を拭きながら他の狩人の能力を確認していく。

 偵察アオフクレーラは対象に視線を合わせるだけでいい便利な魔導だ。十名ほどの狩人を一人ずつ“鑑定”していく。


(潜在能力は二百から五百くらいか……これが人間、普人族の限界なんだろうな。今まで見た連中でも最高六百くらいだったし。それに比べたら小人族の親方は八百くらいあったから、小人族の方が潜在能力が高いってことなんだよな……)


 ここに来ている狩人たちは銅級の者が多いらしく、現状の能力値が百を超えている者はほとんどいなかった。以前、組合で見た時も金級で三百、銀級で百程度だったから、その程度の能力でも上に上がれることになる。


(今の俺の能力値は四百を超えている。つまり、金級より上ってことだ。ベルも同じくらいだから確かに銅級としては異常なんだろうな……)


 今の俺の表示は四二〇/五〇〇〇になる。俺が見た感じ、銅級の狩人の平均的な能力は五〇/三〇〇、銀級で一五〇/四〇〇、金級で三〇〇/五〇〇で潜在能力の異常さを無視しても、能力値の高さは際立っている。ちなみにベルは三八〇/三〇〇〇だ。


 この数字が戦闘力にどの程度反映されるかは未だによく分かっていないが、能力値が高い方が身体強化の度合が強く、結果として戦闘能力が高い感じだ。


(もう少しいろいろなサンプルを取らないとな……)


 外に出ると既に雨が落ちており、本降りになっていた。革のマントを雨合羽代わりにして鍛冶師の店に立ち寄った後、宿に戻っていった。


■■■


 レオが訓練場を立ち去ると、空気が一気に弛緩した。


「あいつは誰なんだ?」と一人の若い剣士が呟くと、


「知らないのか」と槍使いが呆れる。


「あいつが噂の“黒猫シュヴァルツェ・カッツェ”だ。銅級になったばかりなのに荒稼ぎしているっていう例の若造だ」


 槍使いの説明に剣士は驚きを隠せない。


「黒猫の噂くらいは知っているけど、あんなに若いのか! 俺よりも絶対若いぞ」


 しかし、すぐに「確かにあの腕なら一日で五百マルク以上稼ぐのも当たり前だな」と納得する。

 槍使いはそれに頷くが、「黒猫って一体誰なんだろうな?」と剣士と首を傾げている。

 その疑問に二十代前半の両手剣使いが得意げに話を始めた。


「奴の名前はレオンハルト・ケンプフェルトだ。組合の職員と話しているのを偶然聞いた。恐らくだが、あのケンプフェルト家の直系だぜ」


「ケンプフェルト家? 知っているか?」と若い剣士が首を傾げる。


 両手剣使いはやれやれという顔で、


「ケンプフェルト家っていえば、ここグランツフートの武の名家じゃないか。先代は元帥だったし、当代は将軍だ。それにケンプフェルト家は東方武術の名手を何人も輩出しているんだ。ゲドゥルトじゃ有名な話だぞ……」


「じゃ何でこんなところで狩人に? それもソロで?」と槍使いが聞くと、両手剣使いも肩を竦める。


「さあな。ケンプフェルト家でゴタゴタでもあって出奔したんじゃないのか?」


「そうかもしれないな。結構荒んでいるって話だし……何でもちょっと絡んだだけで壁に投げ飛ばされたって話だぜ」


 その後、訓練場では訓練もそこそこに、レオの噂話で盛り上がっていた。

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