第十二話「図書館に行こう! ペットの持ち込みはお断りでした」

 天気が良かったことから数日間、北の森に入り続け、様々な種類の魔獣を狩った。


 さすがにゴブリンのように群れを作る魔獣ばかりでないため、最初の二日間に比べ数は減っている。それでも二十から三十個の魔石を安定的に得ていたため、狩人組合イェーガーツンフトでは俺のことを注目し始めていた。


 その日は朝から雨が降りそうなどんよりとした蒸し暑い天気で、ベルの予報――耳の後ろを掻く予報――でも『午後から雨になるニャ』ということだった。


 雨が降るなら森に入らず、ここ七日間使い続けている剣のメンテナンスを行うことにした。

 狩人街には鍛冶屋が多くあり、何軒か回って良さそうな店を探す。


『良さそうな店っていってもどうやって探すニャ?』というベルの疑問に、


小人族ツヴェルクがいれば一番なんだが、確かほとんど普人族メンシュの街にはいないんだよな。まあ、置いてある剣を見て何となく決めようかと思っているんだが……」


 小人族はいわゆるドワーフ族で鍛冶師としての腕は一流だ。もちろんその分費用はかかるが、命を預ける剣に金を惜しむつもりはない。


 俺の愛剣だが、ゲッツェの町にいた時より酷使している。ここ数日で身体強化を三倍にまで伸ばし、常時掛け続けているから刃毀れが激しいのだ。


『小人族は見つからないと思うニャ。見つかっても金を積めば仕事をしてくれるとは限らないニャ。偏屈だっていう噂があるニャ』


「その点は大丈夫だと思うぞ。記憶にある小人族はテンプレのドワーフだ。つまり酒の話で盛り上がって意気投合できれば割と安くやってもらえるんじゃないか?」


『日本での経験を生かすってことニャ? 確かにいけそうな気もするニャ……』


 そんな話をしながら鍛冶屋の多い地区を巡っていく。鍛冶屋らしい槌の音や炭の燃える匂いが感じられる。


 看板が掲げられており、ざっと見ただけでも二十軒以上はあるようだ。外から見ていてもらちが明かないので適当に中に入ってみる。

 俺が選んだのは一本裏路地に入った場所にある工房だ。


『狙っているニャ。こういうところに隠れた名工がいるニャ。小説ならだけどニャ』


 ベルの軽口は聞き流す。そして、ベルに「中に入っていてくれ」と頼み、ドアを開ける。ネコを連れたふざけた奴と思われないためだ。


「すいません」と遠慮気味に声を掛けると、中から背が低い革のエプロンを着た十代半ばくらいの少女が現れた。頬に炭の黒い線が入っているが、クリっとした瞳が小動物のようで愛らしい感じの少女だった。


「いらっしゃい! 何かお探し物でも?」と元気よく聞かれる。


 この少女が店主ではないだろうから、どう切り出そうかと少し悩み、


「剣の手入れをお願いしたいんですが、この街に来て日が浅いので……」とおずおずと言った感じで剣を見せる。


「師匠! お客さんだよ! 剣の手入れを頼みたいんだって!」


 彼女の中では既に依頼することが決定事項になっている。


(まだ決めていないんだが……まあ、師匠って人を見てから値段交渉で断ればいいか……)


 少し待っていると、がっしりとした体つきだが背が低いヒゲモジャの男が現れた。レオンハルトの記憶にある小人族の鍛冶師と酷似していた。


(もしかしてドワーフか? 一発目に引き当てたんなら結構な運だが……それにしても今までで一番高い潜在能力だ……)


 俺の心の声が聞こえたのか、「儂は小人族じゃねぇぞ」と言ってきた。そして、少女が持っている剣を眺め、


「お前さんが噂の“黒猫シュヴァルツェ・カッツェ”か」と静かに言ってきた。


「黒猫?」と首を傾げると、その男は無表情のまま、


「最近黒猫を連れた凄腕の若造が街に来たって噂で持ちきりだ」


 ベルはバックパックの中に隠れて見えないはずで、どういうことだろうと思っていると、理由を説明してくれた。


「そいつは両手剣を使うって聞いた。それにこいつの刃毀れは駆け出しの下手くそが作ったものじゃねぇ。金級の連中に近い刃毀れだ。その若さで金に匹敵し、最近来た奴だとすればそいつは黒猫に違いねぇ」


 なるほどと思うが、いつの間にか俺の噂が流れていることに不快感を僅かに抱く。しかし、その不快感を隠し、鍛冶師に見積もりを確認する。


「いくらくらいでできますか? あと日数もどのくらいかを教えて頂きたいんですが?」


 鍛冶師は柄のところから剣身をすかすように見ながら、


「剣身に歪みはねぇな。刃毀れだけだから今日中に終わる。費用は……」とよどみなく説明していく。


 その言葉を聞きながら、念話でベルとどうすべきか相談していた。


(腕は悪くなさそうだし、値段的にも高くはない。ここでいいと思うが、一軒目で決めるのもどうかと思うんだが……何か意見はないか?)


 その問いに『ここでいいんじゃないかニャ。できが悪ければ次は別の店にすればいいだけニャ』と軽い調子で答える。


 命を掛ける剣の扱いにそれでいいのかと思わないでもないが、何軒か回って戻ってくるのも相手に悪い印象を与えそうだし、とりあえずこの店でメンテナンスを頼むことにした。


「それじゃ、それでお願いします。夕方に取りに来ますから」といって鍛冶師のいった金額をテーブルの上に置く。


「さすがは稼いでいるだけのことはあるな。一ペニヒも値切らんとは」と苦笑しているが、「俺はこういう交渉が苦手で……」と誤魔化しておく。


 そんな会話を交わしたので、小人族について話を聞いてみた。


「さっき小人族じゃないっておっしゃっていましたけど、ゲドルゥトの街で小人族にあったことがあるんですが、本当に違うんですか? それに並の狩人より腕が立ちそうな気がしますが?」


 そういうと僅かに目を細め、「ほう、儂らの一族と取引をしたことがあるのか」と呟き、「名前を聞いていなかったな」と聞いてきた。


 確かにまだ名前を言っていなかったと気付き、「レオンハルト・ケンプフェルトです」と軽く頭を下げる。


「ケンプフェルト……ケンプフェルト将軍のゆかりの者か?」


「一応は」とだけ答え、明確に関係は告げない。


 ケンプフェルト家はグランツフート共和国のエリート軍人の家として有名らしい。実際、祖父が国境を守る師団を指揮する司令官、父が首都防衛隊の大隊長を務めており、二人いる兄も軍に入っている。更に曾祖父は元帥にまで上り詰めていた。


 レオンハルトは家族からのプレッシャーに負け、狩人になるという道を選んだ。ほとんど出奔という形で家を出ており、祖父や父とは全く連絡を取っていない。


「この辺りじゃ、小人族を見たことがある奴などほとんどおらんからな。小人族と分かると面倒での。適当に誤魔化しておったんじゃ。ケンプフェルト家の者なら“黒猫”の噂も法螺ではなさそうじゃ」


 どうやら“小人族ブランド”というものがあり、価値も分からない連中が押し寄せてくるのを防ぐための手段だったらしい。


 小人族の鍛冶師に剣を預け、そのまま図書館に向かう。

 場所は既に狩人組合で聞いてあり、行政地区にある魔術師の塔の横にあることが分かっている。


 北通りを南下し、中央広場に出てから東に向かう。すぐにレヒト法国時代の教会があった城門の前に到着する。レヒト法国時代にはこの門でも検問をやっていたらしいが、今は自由に出入りできる。


 中に入ると正面に大聖堂と言った趣の荘厳な建物が目に入る。そこが昔の教会らしく、数百年経った今でもふんだんに金を掛けたことがよく分かる。現在ではノイシュテッターの市庁舎として使われているようで、役人らしい男たちがひっきりなしに出入りしていた。


 市庁舎を左手に見ながら南下していくと、陰鬱な雰囲気の四階建ての建物が見えてきた。そこは魔術師の塔、真理の探究者ヴァールズーハーの支部で、濃い灰色の外観が陰鬱さを感じさせているようだ。


 その建物の隣に目的地である図書館があった。

 図書館といっても役所の一部にある書庫のようなもので、単独で使われているのではないらしい。どちらかというと“図書室”という方が表現的に合うようだ。


 図書室のある役所に入ると、中は役所独特のせわしない雰囲気が漂い、声が掛け辛い。空いていそうな人がいないか探すが、動きまわっているか遠くのデスクで書類と戦っているかで俺に興味を示す者は誰もいなかった。


 仕方なく、周囲を見回し独力で図書室になっているところを探そうとした時、一人の女性が「何かご用かしら?」と声を掛けてきた。


 その女性は二十代後半くらい、頭頂部でまとめた髪と腕カバーが役所の人間だと雄弁に語っていた。


「図書室を探しているんですが……」と聞くと、


「ここの三階が図書室になっているわ。そこの階段から上がれるから」と教えてくれた。


 俺は軽く頭を下げ、そのまま階段に向かおうとしたが、後ろから呼び止められる。


「図書室にネコは持ち込めないわよ。本来ならここも駄目なんだけど……」


 背嚢から顔を出しているベルを見つけたようだ。どうやらペットの持ち込みは禁止されているらしい。


「この袋から出しませんので。それでも駄目ですか」と聞くが、


「規則なのよ。出直すか、誰かに預けるかしてね」と取り付く島がない。


 背嚢を降ろし、ベルを取り出す。


 そして、その女性職員に「預かっていただけませんか? とりあえず昼まで」と言ってベルを胸の辺りに差し出す。


 ベルも俺の考えが分かっているようで「ミャー」といつもより可愛げのある泣き声で媚を売る。

 その女性は「うーん」と唸るものの、つぶらな瞳のベルに見つめられて悩み始めた。


「粗相もしませんし、餌もいりません。それに滅多に鳴かないので迷惑をかけることはないと思いますが」


 その言葉が止めになったのか、女性職員は「仕方がないわね。今回だけよ」と言ってベルを受け取った。


 ベルに念話で「おとなしくしていろよ」と伝えると、頭を下げて階段に向かった。


 階段を上っていくと二階も執務室だった。そのまま更に階段を上ると図書室らしい受付のカウンターがあり、司書らしき女性が椅子に座って本を読んでいる。


 本に夢中になっているのか、俺に気づかないため、声を掛ける。それでようやく俺に気づいた。


「図書室の利用ですか?」と聞いてきたので頷くと、


「利用料が必要になりますが、この街の方でしょうか? 旅の方の場合、割高になりますので」と続ける。


「先日狩人組合の移転は終わっていますので、この街の住民ということになると思いますが」というと、小さく頷き、


「一日の利用に銀貨一枚、十マルクが必要です。出入りは自由ですが、本の持ち出しは原則お断りしていますので、閲覧室で読んでください……」


 一通り注意事項を聞き、説明が終わったので、十マルクを支払い、


魔導マギ関係の本はどこにあるのでしょうか」と確認すると、「狩人の方が魔導ですか?」と首を傾げるが、すぐに場所を教えてくれる。


 その場所に向かい、本を探していく。


 何冊かをランダムに手に取り、パラパラと斜め読みしていく。さすがにゲッツェの町の貸本屋より数は多いものの、内容的には似たり寄ったりで、魔導の概要や歴史といったことしか書かれていない。


(やはり魔導関係の情報は“塔”にしかないか……神話か伝承にシフトした方が良さそうだな……)


 魔導に関する本を探すことを諦め、神話や民間伝承の本を探していく。神話には昔の魔導が多く出てくるし、民間伝承にも魔導を使った奇跡のようなものがありそうだと予想したからだ。


 二時間ほど粘ってみるが、神話にも民間伝承にもこれといってめぼしい情報はなかった。

 昼食時間になったため、ベルを回収し一旦宿に戻ることにした。


 一階に戻ってみると、何やら様子がおかしい。ベルを預けた女性を中心に女性職員たちが輪を作っていたのだ。


「本当にこの子可愛いわね」とか「癒されるわ」という言葉が聞こえてくる。念話が届く距離になったため、ベルに何があったのかと聞いてみると、


『助けてくれニャ! こいつらに触り倒されてもう嫌ニャ!』という悲鳴が聞こえてくる。どうやら愛らしい姿のベルは女性たちのおもちゃにされていたようだ。


「すみません。うちのネコを返してもらえませんか」と言ってみるが、話に夢中になっているのか俺に気付いてくれない。大きな声で叫ぶとようやく俺に気付き、


「昼からはどうするの? 私なら別にかまわないから、食事の後もそのまま図書室に行ったら」と言われてしまう。


『駄目だニャ! 助けてくれないと大変なことになるニャ!』とただ単に触られていただけではなさそうな感じだ。


「とりあえず宿に戻りますので」といって輪の中に入っていくと、耳と髭が垂れ疲れ切った表情のベルの姿が見えてきた。


「預けてからずっと触っていたのですか?」とやや語気を強めて聞くと、女性職員たちはようやくベルがぐったりとしていることに気付いたようで、


「ごめんなさいね。あんまりかわいかったものだから」とばつの悪そうな顔で謝罪する。


 ベルを回収し外に出る。


「災難だったな。まあ、触っていたいという気持ちは分からんでもないが、限度と言うものがある」


『そうニャ! 背中なら我慢できるニャ! でも、腹やら脚の付け根やらを執拗に……おいらはもうお婿に行けないニャ……』


 その後、詳細を尋ねるが、


『回答を拒否するニャ!』と語ってくれない。


 どれほどのことがあったのかは分からないが、ベルは女性恐怖症になっていた。

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