第十一話「敵を知る方法を思い付きました。それが正しい方法か、まだ分かりませんが(笑)」
ゴブリンとの戦闘を終え魔石の回収をする。俺はその時、拾った魔石を眺めながら、ある可能性について考えていた。
「敵の強さを知るっていうことで思い付いたことがある」
『何を思い付いたニャ?』とベルが聞いてきた。恐らく俺の考えを読んで知っているのだろうが、考えを整理させるつもりなんだろう・
「同じ魔石の大きさでも強さが異なるんだよな。つまり、魔石の大きさは潜在能力で強さはその潜在能力をどれだけ引き出しているかなんじゃないかって……」
俺が考えたのは魔石の大きさはどのゴブリンもほとんど同じだった。
つまりゴブリンとしての能力の最大値はこの魔石の大きさで決まるが、最大値までの間で個体差が出るのではないか。
例えるなら、短距離走の場合、同じ筋力でも走り方、つまり筋力の効率の良い使い方ができているかいないかで結果は大きく異なる。
それと同じように同じ大きさの魔石であっても魔素から得られる力を十全に発揮できる者とできない者がいるのではないかと考えたのだ。
「……魔石の大きさが潜在能力、実際の能力はそれに効率を掛けたものだとすれば、それを知る
『旦那が今考えているのは戦闘民族が付けていた
「ああ、俺の考えた魔獣の能力を数字として表わすには、あれをイメージできればいいんじゃないか。それなら何となくできそうな気がするんだが……」
ベルが言う通り、俺が考えていたのは野菜の王子率いる戦闘民族が付けていた
『まだ時間は充分にあるニャ。今から試してみるニャ』
ベルも興味があるようでそう提案してくる。
「そうだな。一時間くらい休憩を兼ねて魔導を作ってみようか」
『その前にこの場所から離れた方がいいニャ。
魔素溜は
具体的には魔導器が魔素によって汚染され、魔素酔いという二日酔いに似た症状を発症し、最悪の場合魔人となる可能性があるということらしい。但し、魔人化についてはあくまで魔導師の塔などが言っているだけで、実際に魔人を見たという情報はない。
魔素溜から離れ、丘の斜面に腰を下ろす。
「さて、試してみるか……」と独り言を呟き、体内で循環している魔素を右目にゆっくりと集めていく。その際に某モノクル状の装置を思い浮かべる。
(表示すべき項目は潜在能力値と現在の値だ。潜在能力と効率で表示してもいいが、一番必要なのは現状の絶対値だから、そのままの数字を出す方が見落としにくい。有効数字は二桁くらいでいいだろう……)
戦闘能力という漠然としたものが表示できればいいが、何を基準にするかで変わってくる。
単純な近接戦闘力でも武器の有無で大きく変わる。更に魔導まで加味する必要があり、どうイメージしていいのか全く思い付かない。
だから、潜在能力と現状使える能力を表示することをイメージすることにした。
潜在能力の基準はゴブリンの魔石だ。
ゴブリンは下級の魔獣であり、最弱に分類される。これを十としておき、効率○パーセントを掛ければ現状使える能力値は単純な数になる。
中級や上級、更には災害級などの魔獣については基準をゴブリンとしておけば、ゴブリン十匹分とかという数字になり、分かりやすいだろう。
ゴブリンの魔石を見ながらイメージを作り上げていく。視界の右端に〇/一〇という表示が現れる。
(これで大雑把な戦闘力は把握できそうだ。残りの生命力を表示できれば楽になるんだが……)
とりあえず戦闘力に近い数字は表示できるようになったが、俺の欲しい情報としては敵の残りの
今は魔石しかなく、ここにいるのは俺とベルだけだ。
ベルに焦点を合わせ、HPを表示させようとしたが、潜在能力を見て思わず声を上げてしまった。
「三千だと! ゴブリン三百匹分か……」と絶句してしまった。
言われた本人は『そんなにあるニャ?』とかわいく首を傾げている。
『旦那も自分の能力を見ておいたらどうニャ?』
確かに自分の能力も見ておいた方がいいだろうと思い、自分の胸辺りを凝視する。
今俺の目に映っている表示は三〇〇/五〇〇〇。自分の潜在能力に絶句する。
(五千だと……いや、今使えるのは三百か。それでもゴブリンのフルの三十倍もあるのか……)
『旦那がゴブリンを瞬殺できる理由がよく分かったニャ。もう少し大物でも大丈夫そうだニャ』とベルは満足げに頷いている。
自分とベルの潜在能力に驚くものの、比較対象がゴブリンだけであり、本当にそれだけの強さなのか疑問が残る。
(俺の作った魔導が正しいとは限らんしな。俺が現状の能力で三百、ベルが二百というのは高過ぎる気がする。これは他の魔獣で検証するしかないな。さて、HPの表示をどうしようか……)
魔導器の能力値についてはゴブリン以外のサンプルを増やせば精度は上がっていくだろう。
HPを表示させるべく、ベル相手にいろいろ試してみるが、三十分経っても一向に表示されない。
『旦那のイメージが雑だからニャ。残りの生命力を表わすといっても“生命力”の定義ができていないニャ。それでは上手くいくはずがニャいニャ』
ベルの言うことはもっともだ。
俺の中で“生命力”という奴がうまく定義できていない。そもそも残りの“命”を数字で表すことができるのか? 出血多量とかなら、あと何分で脳死になるとかの指標があるのだろうが、医師でもない俺にそんな知識はない。
仮に知識があったとしても、出血だけでなく、打撲で死に至らしめるために、あとどれくらいの打撃が必要かなどという絶対的な指標は存在しないのではないか。そう考え始めるとHPを表示するということに無理がある気がしていた。
『一旦諦めてゴブリンを狩るニャ。思考の袋小路に入り込んだらいい考えは浮かばないニャ』
「そうだな。考えが行き詰ったら一度リセットした方がいい。残りのゴブリンを狩りにいくか。場所を教えてくれ」
ベルに残りの十五匹の場所を確認すると、ゴブリンたちは魔素溜に向かっているとのことだった。
『魔素溜に近いところに行きたがるようニャ。あの丘の向こうからやってくるニャ』
魔獣は魔素溜に近いところを好む。これは狩人にとって常識だが、それ以上のことはほとんど知らない。どこかで研究がされているかもしれないが、そういった情報は狩人組合にもなく、当然レオンハルトも知らなかった。
先ほどの群れがいなくなったことを何らかの手段で察知し、魔素溜に戻ってきたらしいのだが、どんな方法でそれを知ったのかは想像もつかない。
理由は分からないが、俺にとっては都合がいい。この辺りに潜んでいれば勝手に戻ってくるからだ
灌木の茂みの中に隠れ十分ほど待っていると、十五匹のゴブリンが丘の斜面に現れた。
ベルの情報通り、先ほどのような特殊個体の姿はなく、通常のゴブリンばかりで武器も貧弱で棍棒しか持っていない。
そしてすべてのゴブリンが姿を現したところで、先ほどの魔導を試してみる。
潜在能力に該当する分母部分はすべて十と表示され、現状の能力である分子部分は三から十の間でばらつきがあった。
先ほどできなかったHPの表示にチャレンジしてみるが、やはりイメージが曖昧なためか表示されない。
「遠距離から魔導で倒す。三の能力の奴と十の能力の奴だけを残して、どの程度の差があるか検証するぞ」
ベルは「ミャー」と鳴き、
『了解だニャ。でも、油断は禁物ニャ』と注意を促してくる。俺はそれに頷き、ブラスターライフルの魔導を練り上げていく。
十五匹のゴブリンとの距離はおよそ五十メートル。照準も含め、五秒に一発発射できれば一分ほどで二匹にできるだろう。
先ほどと同じように剣を突き出すように水平に構え照準を合わせる。気分は“背後に立たれることを極端に嫌うスナイパー”だ。
一匹目のゴブリンに照準を合わせる。今回もヘッドショットは狙わず胴体を狙う。
照準があったと感じた瞬間、引き金を引くイメージを強くする。傍から見ると間抜けな姿な気がするが、それは気にしない。
一匹目のゴブリンがエネルギー弾を受けて吹き飛ぶ。先ほどの群れと同じようにゴブリンたちは何が起きたのか理解できずパニックに陥る。
あとは右往左往する敵に一発ずつ撃ち込むだけの簡単な作業だ。
心の中で“二匹目”、“三匹目”というように数えながら、魔導を放つ。十三匹目を吹き飛ばしたところで立ち上がり、ゆっくりとした足取りで二匹のゴブリンに向かう。
立ち上がったことで敵からも俺の姿が見えたのか、二匹のゴブリンは「ギー」とも「ギャー」ともつかない声を発すると、俺に向かって駆け出してくる。魔獣は人を見たら見境なく襲ってくる。実力差が大きければ逃げ出すこともあるが、仲間を殺したのが俺だということ理解できるほどゴブリンは賢くない。
一匹目のゴブリンは現状の能力が十の強い方だ。
野球のバットほどの棍棒を振り上げ、ギャギャと喚きながら突っ込んでくる。がら空きの胴を薙げば一撃で仕留められるが、今回は棍棒を受け止めるだけにする。これは二匹目の弱いゴブリンとの差を確認するためだ。
ぼってりと突き出た腹を更に突き出すように振りかぶり、全身を使って振り降ろしてくる。小学生くらいの背丈しかないため真正面から受け止め辛いが、半歩横にずれながら剣を斜めに突きだすことで棍棒を受け止める。
剣の中ほどで受け止めたが、結構な威力があり、身体強化を加えている腕力でも僅かに剣を持っていかれた。
攻撃してきたゴブリンの方は全身を使って振り降ろした棍棒を受け止められたことから握力が負け、棍棒から手を放してしまう。
そのままでも危険は少ないが、面倒なので腹に蹴りを入れて吹き飛ばしておく。大きく後ろに吹き飛び、大木の幹に激突して動きを止めた。
その直後、弱い方のゴブリンが突っ込んできた。形としては一匹目と同じだが、勢いが弱い。先ほどの方は“走り込む”という感じだったが、こいつはバタバタと足音を立てるものの“早歩き”程度の速度しか出ていなかった。
同じように剣で受け止めるが、一匹目とは違い、片手でも受け止められるほど弱い打撃だった。
(やはり数値通りだな。弱い方なら確かに鉄級の駆け出しでも二匹同時に相手ができる。強い方は駆け出しだと乱戦になるとやばいかもしれないな。あの一撃を鎧の上からでも受ければ結構な衝撃がある。もし、剣を持っていたら革鎧程度では貫通するかもしれない……)
二匹目のゴブリンは俺に軽く受け止められたことに目を丸くして立ち尽くしていた。そして、俺が強敵だと気付いたようで後ずさりを始める。
しかし、俺に逃がすつもりはなかった。一気に距離を詰めると戦意を喪失したゴブリンの首を刎ね飛ばす。首が胴体から離れた瞬間、ゴブリンの身体はあっという間に薄くなり、すぐに魔石を残して消えた。
もう一匹のゴブリンは未だに木を背にしてぐったりとしているが、それに構わず心臓辺りに剣を突き込み、止めを刺した。
二匹の魔石を回収した後、最初に“ブラスター”で倒した魔素溜付近のゴブリンの魔石も回収する。
まだ正午前であり、この後どうするかベルと相談する。
「一応思った通りだが、ゴブリン以外でも試す必要があるな。まだ日は浅いから街道に向かいながら狩りをするというのでどうだろう?」
俺の提案に『それがいいニャ。ネズミや芋虫ならいくらでも見つけられるニャ』と賛同する。
魔素溜を後にし、街道に戻り始めると、すぐにネズミ型の魔獣
この大ネズミは中型犬ほどのサイズがあり、更にネズミだけあって動きも比較的速い。また、前歯は非常に鋭く、革の籠手を貫通することもある。
ゴブリンのように群れで行動するわけではないので危険度は低いが、単純に個体の比較だけならゴブリンより危険な魔獣だ。
大ネズミは俺を見つけるとすぐさま飛びかかってきた。奇襲を受けたのなら焦るところだが、俺には全方位の監視が可能な“早期警戒システム、MEWS――Monster Early Warning System――”を搭載した高性能なネコがいるため、奇襲を受けることはない。
今回も先に発見していたが、敵がどの程度でこちらに気付くか確認したいため、あえて気付かない振りをしてみた。
条件にもよるのだろうが、この大ネズミは三十メートルほどの場所で俺に気付いた。俺を見つけた後、草むらの中を、身を隠しながら接近してきた。この一点だけ見ても闇雲に突っ込んでくるゴブリンより危険度が高いと言える。
それでもしょせんはネズミだ。直線的に突っ込んでくるしか能がないため、向かってくる方向さえ分かっていればタイミングを合わせて剣を突きだすだけで対処は終わる。
突っ込んでくる前に能力を計ってみたが、潜在能力はゴブリンを上回る二十だった。つまり、ゴブリンの倍の能力を持っていることを示している。
たかがネズミだがレオンハルトの記憶からもだいたいの強さは分かっていた。レオンハルトたちがゲッツェの町で主に狩っていたのはこの大ネズミで、彼らはクランメンバー全員、つまり六人で一匹のネズミと戦っていたのだ。
もちろん、これは充分な安全マージンを取るというクランの方針だったのだが、それでも鉄級の駆け出しが安全を見込むなら複数人が必要になるほどの魔獣だ。
その後、大ネズミを中心に狩りを続けると、やはり個体差があることが分かってきた。
一つは現在の能力値に倍以上の差があっても、ゴブリンの時ほどの差を感じないことがあった。例えば現在の能力値が七のネズミと二十のネズミを比較した場合、三倍近い差になっているが、感覚的には二割ほどの差という程度の印象しかなかった。
これについては更なる検証が必要だが、能力値と戦闘力は単純な比例関係にあるわけではないことだけは確かだ。
二つ目は能力値が高い方が狡猾だということだ。
能力値の低いネズミは接近の仕方や攻撃のタイミングなどが稚拙だが、潜在能力まで振り切っているネズミは木の上から奇襲を掛けてきたり、腕を狙ってきたりと工夫している。
まだ仮説に過ぎないが、現在の能力値というのはある種の経験値なのかもしれない。
午後三時になったところで街道に戻る。そのまま街道を南下し、まだ充分日が高いうちにノイシュテッターの街に入き、狩人組合に向かう。
さすがにまだ早い時間であり、買い取りカウンターはガラガラだったのですぐに魔石を買い取ってもらう。今日の収獲はゴブリンの魔石三十四、特殊個体一、大ネズミ十と昨日に続いて四十以上だった。
組合職員は「本当に銅級になりたてなのか」と呟くが、すぐに精算に入り、七百マルク近い稼ぎとなった。
(これで今の宿でも充分に生活できることが分かった。あとはどの程度森に入るかだな。後でベルと相談しよう……)
そんなことを考えながら組合を出ていった。
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