第十話「北の森での狩り。魔導って慣れれば結構簡単でした」

 宿にしている“ホテル・十字路クロイツヴェーク”に戻りベルと反省会を行う。


「今回の反省点は調子に乗ったことだな。ベルがいなければ今頃大ケガをしていたかもしれない」


『確かにその通りニャ。旦那はソロニャ。ソロは慎重にいかないとちょっとしたことでも死んでしまうニャ。これは旦那も分かっていることだと思うけど再認識しておいた方がいいニャ』


 俺はベルの言葉に素直に頷いた。


 ソロの場合、動けなくなるようなケガを負うだけで死に直結する。そこまで大きなケガでなくても死の可能性は充分に高い。


 例えば複数人のパーティであれば、片足にケガを負った程度なら帰ることは難しくないが、一人の場合、片足にケガをすれば戦闘力はガタ落ちだし、移動速度も激減する。更に血の匂いで魔獣が寄ってくれば万事休すだ。


 ソロの厳しい点はそれだけじゃない。今日のように昼過ぎに戻って来られれば休憩の必要はほとんどないが、休憩中に襲われる可能性は否定できない。


 俺の場合ベルがいるからその危険は少ないが、この先遠出をして野営をすること考えれば一人では厳しいだろう。

 いくらベルが起こしてくれるといっても、疲れた体で一人で戦うことはできれば避けたい。


 といってもクランに入るつもりも仲間を作るつもりもなかった。これはレオンハルトの記憶にあるゲオルグの裏切りの印象が強く、俺自身二の足を踏んでいるのだ。


「まあ、当面は仲間を募る気はないが、少なくとも治療の手段を手に入れて置いた方がいいだろうな」


『それにはおいらも同意するニャ。おいらが治療ができれば一番ニャんだが……』


 その言葉に「お前も魔導マギを使えるのか?」と聞き返す。


『多分使えるニャ』と自信なさげに頷く。


「前に火も吹けなければ変身もできないって言っていなかったか?」と聞くと、


『それはできないニャ。でも、魔導は使えそうな気がするニャ』


 よく聞いてみると、俺が魔導の練習をしている時に同じように魔素の循環をやってみたらできたというのだ。


「俺としては支援をしてくれるのは助かるが、積極的に参加する必要はないぞ」


『いいのニャ? おいらに接近戦は無理だけど魔導で遠距離支援ニャらできそうニャんだけど……本当にいいのニャ?』


 本心を言えば後方からの支援がある方が戦いやすいだろう。しかし、ベルの真価は俺への助言と優れた索敵能力だ。念話の通信距離は数メートル程度しかなく、離れ離れに戦うのは逆にリスクが大きくなる。


「治癒の魔導を覚えてくれると助かる。俺も覚えるつもりだが、魔導を使えない状況になっている可能性もあるからな」


 ベルは『分かったニャ。でも攻撃手段もあった方がいいと思うニャ』と言って大きく頷く。



 翌日も朝から天気がよく、組合の掲示板を見に行った。昨日の朝のことが知られているのか絡んでくる者はいなかったが、俺を勧誘しようとする者は結構多かった。


 もしかしたら、昨日一日で下級とはいえ四十個もの魔石を得たことが知れ渡っているのかもしれない。


 すべての勧誘を断り、北の森に入る。

 昨日と同じくゴブリンが多く現れる場所に向かう。


 今日も魔導による攻撃と身体強化の精度の向上を目指し、ゴブリンを狩るつもりだ。ゴブリンを選んだ理由は懸念している個体差による能力の振れ幅を確認したいためだ。


 昨日の戦いでゴブリンであれば最強クラスでも特に苦労せずに倒せることが分かっている。もっとも最強クラスといっても鉄級の若造でも一対一なら充分に倒せる程度で、最弱クラスなら駆け出しでも二匹同時に相手ができそうなほど弱い。


 そうは言っても昨日一日で本当に最強クラスと戦ったのかは分からない。もしかしたら、奇襲を掛ける際の魔導で殺しているかもしれないのだ。そのため、サンプル数を増やす意味で今日もゴブリンを狩る。


 更に魔導の方も少し工夫するつもりでいる。昨日は魔象界ゼーレから取り出した魔素をそのまま具象界ソーマに放出するだけだったが、今日は四元、つまり火、水、風、土に変換してみようと思っている。


 恐らく直接放出の方が効率はいいのだが、変換した方が応用は利くはずだ。この辺りはコミックやアニメのイメージをうまく利用するつもりでいる。


 北の森に入ると昨日と同じように雑魚魔獣が徘徊していたが、ベルの索敵能力が高く、戦うことなく進めている。昨日は行き先が分からず回避できなかったが、今日は目的地とルートが決まっているため、回避することが可能だった。


 昨日と同じ場所に到着した。

 ベルに索敵を頼むが、ゴブリンの魔素は感じられない。更に魔素溜プノイマ・プファールに近づき、慎重に敵を探していく。

 すぐに昨日とは反対側の森の奥側に反応があった。


『百メートル以内に二つの群れがあるニャ。一つは二十匹の群れで一匹だけちょっと強い魔素を感じるニャ。もう一つは十五匹の群れニャ。こっちは全部下級の魔素しか感じないニャ』


 どちらから片付けるか悩みどころだ。少し考えた後、「強い方から片付ける」と声に出す。


『一応理由を教えて欲しいニャ』


「理由は二つある。一つは弱い方と戦っている時に強い群れが乱入してくるリスクをなくすためだ。強い個体がいるなら、この間のコボルトのように統制がとれている可能性がある。そんな敵に奇襲を掛けられたくない」


『もう一つの理由は何ニャ?』


「もう一つは特殊個体に奇襲を掛けたいからだ。この間のコボルトリーダーのようにそいつがゴブリンリーダーなら初撃の遠距離攻撃で仕留めることができれば、群れは烏合の衆になるだろう。もちろん、リーダーがいても烏合の衆かもしれないが、統制が取れていると考えておいた方が安全だ」


 ベルは分かったというように「ミャー」と鳴く。


 特殊個体がいる群れは魔素溜のすぐ近くにいた。

 俺は魔素溜を見下ろす丘の上から慎重に敵の様子を探る。丘と丘の間の窪地でほとんど草木は生えておらず剥き出しの地面が見えている。


 魔素溜からは魔素が見えない俺でも分かるほど黒い靄のような瘴気が吹き出しており、原初的な嫌悪感を抱かせる。


 その中にいるゴブリンたちは石を使って木の棒を加工していた。旧石器時代の原人並の知能はあるようだ。

 加工しているゴブリンたちを監督するように一際大きな個体が中央に立っている。


「奴が特殊個体だな」とベルに問うと、『そうニャ』といい、


『見た感じだけど、この間のコボルトより強そうニャ。気をつけるニャ』


 群れまでの距離はおよそ五十メートル。この先は木や灌木が生い茂っているとはいえ、斜面を見張っているゴブリンがいるため見つかりやすい。


 這うように灌木の間を抜け、三十メートルほどの距離にまで近づくことができた。


(ここから魔導で特殊個体を仕留める)


 ベルに念話でそう伝えると、体内で循環している魔素をゆっくりと指先に持っていく。

 今回は魔素を現象に変換して攻撃を加えるつもりだ。四元の中で最も攻撃力の高そうな火を使う。


 イメージはSFでおなじみの熱線銃ブラスター光線銃レーザーガンでも良かったのだが、趣味の問題だ。


 今回の元ネタは“遠い昔ア・ロング・タイム・アゴー遥か彼方の銀河系イン・ギャラクシー・ファー・ファラウェイ”を舞台にしたスペースオペラに出てくる、白い装甲服を着た機動歩兵トルーパーが持つ銃だ。


 俺の場合、力の覚醒を終えた“騎士”ではないからブラスターを無粋な武器だとは思っていない。


 これを選んだ理由は趣味の要素だけではない。あの映画に出てくるブラスターは命中後に爆発する。その効果をイメージできれば大きなダメージを与えることができると考えたためだ。


 充分に魔素を練り上げ、特殊個体のゴブリンに狙いを定める。何かないと狙い辛いため、剣を銃身に見立てて狙いを付ける。これでは銃ではなく魔法剣のようだが気にしない。


 ヘッドショットは殺傷力も強く派手でいいのだが、外れる可能性が高い。確実に当てることをイメージして胴体に狙いを定めた。


 ふっと息を吐き出し、仮想的な引き金を引く。

 シュッという音が聞こえ、次の瞬間には特殊個体のゴブリンがギャアという悲鳴を上げて吹き飛んでいった。


「成功だな。あと数匹、これで倒す」とベルにいい、ボスがやられた衝撃で右往左往するゴブリンを狙い撃っていく。


 僅か三十メートルということもあり、呆気ないほど簡単に命中する。特殊個体は吹き飛んだ後もまだ消えずにいるが、通常のゴブリンは胸に当たるだけですぐに魔石となって消滅していった。


 半数ほど“ブラスター”の魔法で倒した後、接近戦に持ち込むべく、丘を下っていく。


 パニックに陥っていたゴブリンたちだったが、俺の姿を見た途端、冷静さを取り戻し、武器を構えて俺を迎え撃とうとした。


 その昨日とは異なる行動に一瞬焦るものの、「昨日のゴブリンとは違うな」と言う程度の余裕はある。


『魔素溜に近いところにいる魔獣の方が強いのかもしれないニャ』とベルが分析する。


 それに返事をする暇もなく、戦闘に突入した。


 十匹のゴブリンが俺を取り囲むように広がった。

 小癪なと思うが身体能力の差は歴然であるため、囲まれないようにだけ注意することにし、当初の考え通り中央に踊り込む。


 真ん中にいたゴブリンを裂帛の気合と共に袈裟掛けにし、他のゴブリンが取り囲む前に包囲網を突破、すぐに反転し、今度は左端のゴブリンを横薙ぎに斬る。


 この間、僅かに五秒。身体強化を二倍にしていることから、一歩の動きが大きく速い。

 左端のゴブリンを斬り捨てた後、更に後ろに回り込み、剣を大きく振りかぶって二体同時に斬り裂く。


 あとは一撃離脱を繰り返すだけだった。そして僅か二分ほどで十匹のゴブリンを駆逐した。


 立っているゴブリンがいなくなったところで気を抜きそうになったが、ベルが『まだ特殊個体が残っているニャ』と指摘してくれ、吹き飛ばされて転がっているゴブリンリーダーに向かった。

 

 ゴブリンリーダーはぼってりとした腹の上に大きな傷を受けながらも、剣を杖に立ち上がった。そして、俺に向かって体当たりするかのように突っ込んできた。


 もし、ベルの警告がなければ無防備な後ろから攻撃され、致命的なケガを負っていただろう。


 だが、正面から来る分には何も問題はない。

 特殊個体といっても剣術の心得があるわけでもなく、闇雲に突っ込んでくるだけだ。


 決死の突撃を半身をずらすことで避け、すれ違いざまに滑らせるように首を斬り裂く。ゴリッという硬い手応えとと共にゴブリンリーダーはよろめき、そのまま霞むように消えていった。


 これで終わりだと思うが、念のため他に敵がいないか確認し、更にベルにも周囲の警戒を強めるように指示を出す。ベルも「ミャー」と鳴いて了解を伝え、


『お疲れニャ。すべて片付いているニャ。百メートル以内にいるのは残りのゴブリンだけニャ。そいつらもこっちに気付いていないニャ』と教えてくれた。


 今回、特殊固体がいるとわかっていながら、“ブラスター”などというふざけた武器をイメージした理由だが、昨日使っていた魔素を直接放出する方法は威力こそ大きいものの、大きな爆発音が発生し、他の魔獣を引き寄せる可能性があった。


 そのため、発砲音がほとんどなく、命中しても大きな爆発音がしない“ブラスター”を選んだのだ。

 宇宙世紀のビーム兵器でも良かったのだが、確かブラスターはプラズマ兵器だったはずで、“プラズマ”なら同じプラズマ状態の“火”と相性がいいだろうという単純な理由から選んでいる。


 この辺りの記憶はあまり定かではないが、あくまでイメージだから問題はない。

 また、今後の戦術を考える上で、連射が可能でそれなりに破壊力のある魔導を開発しておきたかったということもあった。


 他にも攻撃力を一定にできる点が使えると考えた。

 今回、同じ魔獣でも強さが違う可能性があることの検証を行うつもりでおり、そのため、一定の攻撃力で同じ箇所に当てた場合、一撃で倒せるものと倒せないものがでればHPヒットポイントに差があることがわかる。


 つまり、強さが違うと言う仮説の検証できると考えたのだ。

 しかし、今回は過剰攻撃力オーバーキルだったようでその検証はあまりできていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る